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大型わんこ①
しおりを挟む誕生日を迎え十八歳となり卒業も間近に迫ってきた。なんとなく忙しいような寂しいようなとそわっとした空気が学年全体に漂う。
そんなある日のこと。担任にクラス分のノートの集客を頼まれた私の手伝いを申し出てくれたアダムと一緒に、歓談しながら廊下を歩いていた。
校舎の陰から抜けぽかぽかと陽気な光が足下を照らし、ゆっくりと身体に温もりを感じ私はほっと息をつく。
「さっきのジェシカの婚約とそのお相手には驚いたね」
「ああ。意外だった。しばらくはその話題で持ちきりだろう。ミラは卒業したらどうするんだ? そろそろ決めた?」
イーサンがこのまま伯爵家を継ぐのか、私が婿養子を取るのか。
同じ身分であり領地もそう遠くないことから、伯爵家の次男であるアダムはいつも気にかけてくれている。
といっても、アダムの家は私の家とは比べものにならないほどあらゆる事業に成功し裕福であるので、アダムはそのうちのいくつかの事業を受け継ぐ予定で将来の展望は見え余裕がある。
「うーん。そろそろ本格的に話し合わなければとは思うのだけど、デリケートな話だしね。家はどちらになってもいいって言うし」
「ミラはどうしたい?」
「私もどっちでもいいわよ。イーサンが幸せになるのなら」
そう。イーサンが伯爵家を継ぎたいのなら能力も申し分ないし、将来任せられると思っている。その場合は、私は他家に嫁ぐことになる。
逆にイーサンが子爵家を取り戻したいのなら、私は婿養子を取り伯爵家を継ぐ準備をしなければならない。
とりあえず、どっちに転んでもいいように母に言われてまずはと母が担っている伯爵家の仕事は教えてはもらっているけれど、中途半端な状態なのでお相手探しは難航していた。
「相変わらず義弟のことばかりだな。でも、いつまでもそんなべったりは無理だろう? 周りは婚約や結婚や働き口と将来のために動き出しているし、ジェシカだって婚約したんだし。なんなら俺と」
「ミラ、見つけた!」
アダムが何か言いかけたがそこで低くよく通る声とともに、長い腕が伸びてきて私は背後から捕われた。
一瞬、反射的にびくりと身体を強ばらせたけれど、その声と前に回された腕に覚えがあったのでそのまま彼の背に身体を預ける。
イーサンが伯爵家に来てから十一年。
すっかり体格もよくなりとっくの昔に身長を抜かされたけれど、懐きだしてからまったく態度が変わることのないイーサンに私は抱きしめられていた。
「イーサン」
「教室にいないから探しに来ちゃった」
そう言って、私を抱きしめながら頭に顎を置いてくる。
まるで尻尾を振ってご主人に懐く大型わんこのようにくっつき、威嚇するようにぐいぐいと後ろに下がりアダムから距離を取ろうとする。
「イーサン。アダムは私の手伝いをしてくれているのよ」
ずりずりと抱くように引っ張られながら私は顔を上げて下から覗くようにイーサンを見ると、アダムを睨み付けるように見ていた双眸を緩め、むっと口を尖らせた。
「僕が手伝うのに」
「これはクラスのだから。イーサンは学年もクラスも違うから無理よ。あと、そんなに威嚇しなくてもアダムは何もしないわよ」
嗜めると、無言で私の額に顎を置き直しぐりぐりしてくる。地味に痛いこの仕草はイーサンが納得していないときのものだ。
抱きしめというか、もうべったり私に張り付き、今は表情が見えているが背後にいてもどう思っているのか伝わりわかりやすい態度に呆れるとともに感心したが、さすがにクラスメイトにこの態度はいただけない。
「イーサン!」
「……わかったよ。でも、今から僕も一緒に手伝うからね。なんなら、アダムさんの分は僕が持つのでここままクラスに戻っていただいても結構ですよ」
普段からイーサンはこういう態度を取るわけではない。物腰は柔らかいし、体型にも恵まれたので自分より弱い相手には、特に子どもや異性には優しくするようにと言ってあるので基本は穏やかだ。
だが、ある時から私に関わる男性を威嚇するようになり、その中で特にアダムとは波長が合わないのか、やけに突っかかった物言いをするようになった。
「途中で放り出すくらいなら初めから手伝っていないが」
対するアダムもふんと鼻を鳴らし、年上の威厳を見せつけるかのように軽く顎を上げそれらをいなす。
「なるほど。でしたら、言い換えます。僕は姉に用事があるので、放り出せないというのならアダムさんが責任持って運んでください。ノートくらい一人で運べますよね? それとも一人でそのようなこともできないのですか?」
イーサンの失礼な物言いにアベルは頬を引きつらせ、私からぴたりとくっついて離れる様子を見せない姿に顔をしかめ、そして私へと視線を向けた。
「そろそろ義弟離れしろよ。いつまでもそのままじゃお互いのためにはならないってわかっているんだろ?」
「…………」
アダムの言葉に私より先に、イーサンがぴくりと反応した。
私の背後でどんな表情をしているのかまではわからないけれど、私がどう答えるかを待っている空気が伝わってくる。
確かにこのままではいけないと特にここ最近思うことはあるのだけれど、イーサンの前では口に出しにくくて黙っていると、アダムがあからさまな溜め息をついた。
「はぁ。そいつもミラが学園を卒業したら今みたいにくっつきたくてもくっつけないだろうし今は譲ってやるよ。また改めて話をする」
そう言うと、アダムは私が持っていたノート取り上げる。その際にイーサンを一瞥しふんと息を吐き出すと、ひらひらと手を振って去って行った。
「ごめん。ノートありがとう」
その背中に礼を告げ、彼の姿が見えなくなるとふぅっと息を吐き出し、まだべったりとくっつくイーサンを見上げた。
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