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第24話 童貞卒業のフラグ

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五月も終盤に差し掛かっていた。

GWの最終日に陽菜とのデートに乱入した時、小梢はちゃんと話すと言ってくれた。
そして、その機会は程なくしてやってきた。

いつものように一緒に講義を受けた後、僕たちは学食でお茶を飲みながらお喋りをしていた。

「ねえ、圭君……」

不意に小梢が話を切り出す。

「今度の土曜日だけど、家庭教師のバイトが終わった後に会えないかな?」
「うん、夕方には終わるから、何処かでご飯でも食べる?」
「そうね……、圭君のアパートの近くで食べたいな」


「いいけど、小梢の家からは遠くない?」

僕の住むアパートと、小梢が住んでいるアパートは大学を挟んで反対方向にあり、かなり離れている。


「だから……その……、泊まっても良いかな?」


「え?」


「この意味、分かる……よね?」


どういう意味だろ? 分かっているような分かっていないような、僕はまた何時ものように思考停止に陥る。

「え……と、それって、つまり……」

女の子が男の部屋に泊る、という事は考えられることは一つしかない。
つまり、これは僕の童貞卒業のフラグが立った、という事で良いのではないか!?

僕は、思わず喉をゴクリと鳴らした。
しかし、挙動不審に陥っている僕とは裏腹に、小梢はいたって落ち着いている。

「その……、言いにくいんだけど……、ひ、避妊の準備は圭君がしてね。
わたしが準備するには、ちょっと恥ずかしい」

やはり、ついに、ついに、この時が来たのだ 
僕は、興奮を抑えるのに全集中する。

「分かった、僕のほうで準備しとくよ」


「それから……、先に言っておくけど」

「ん?」

「わたし、初めてじゃないから……、ゴメンね」

そう言って、小梢は目を伏せた。

小梢が言った『考えさせて欲しい』というのは処女じゃない事と関係しているのだろうか? だとしたら、僕は小梢がたとえヤリマンでも構わないと思った。
たとえ小梢にどんな過去があっても、絶対に気持ちが変わることはない。


   僕は、小梢が好きだ。





~・~・~





そして土曜日。

僕は陽菜の家庭教師だというのに、そわそわして集中できないでいた。

「圭……、また集中してない」

「ん? そんなことないぞ、闘魂注入したじゃないか」

「闘魂注入って、キスのこと?」

上唇と鼻の間にペンを挟み、陽菜がクルリと椅子を回して僕を見上げる。

「あれは、嬉しかったけど、何かアヤシイのよね」

(く! 相変わらず鋭い!)


僕は、しばらく陽菜とキスはしていなかったが、今日は機嫌よく授業を受けてもらうために久しぶりにキスをしたのだった。
陽菜は、ペンを挟んだまま目を細める。明らかに疑いの目を向けていた。

「もしかして、小梢さんとデートなんじゃないの?」

毎度毎度、陽菜の感の鋭さには舌を巻く。

「陽菜には関係のない事だ」

「なんでよ? ワタシとのデートもまだなのに小梢さんだけ狡い」

「しかたないだろ、中間テストもあったんだし、そっちが優先だ」

僕の指導のおかげ――だけでもないのだが、陽菜は中間テストで学年3位の好成績をおさめていた。
そのご褒美もかねて、今度デートしようという事になっていたのだ。


「ちゃんとデートしないと、小梢さんに言いつけるからね」
「言いつけるって?」
「ワタシ、小梢さんとメッセージのやり取りしてるの」

「(いつの間に!?)ず、ずいぶんと仲良くなったものだな」

「まあ、同じ人を好きになった者同士だし~小梢さんもワタシの事を一応ライバル視してくれるし、でも、ワタシを使って監視させる気かもね 笑」

「なんだよ。秘密の条約とか結んだのかよ?」

「なに? それ 笑」

「あ、でも変な事言ってたな~」

「どんな?」


「『もし圭君が困っていたら助けてあげてね』って」
「どういう意味だ?」
「さあ? 圭がフラフラしているから、やっぱり見張っててって意味かもね 笑」

以前から、漠然と感じていた不安が実体を帯びてきた感覚を受ける。
僕は何かモヤモヤしたものを感じた……。




~・~・~




家庭教師が終わり、僕は急いで自宅の最寄り駅まで戻った。
小梢と待ち合わせをしていたからだ。

小梢は時間どおりに現れ、僕たちは商店街の一角にある小さな定食屋さんで早めの夕飯を食べていた。

のだが……、


僕に落ち着けというのが無理な話だ。
なにせ今日、僕は童貞を卒業するのだから。

「このお店、凄く美味しいね~。わたし、東京に出てからはコンビニのお弁当ばかりだから、こういうご飯って久しぶりかも」

「小梢って、料理はしないの?」

「えへへ、わたしって家事、特に料理は何もできないの。実家にいた時は勉強ばかりしてたから」

「それは意外だね。僕は誰が見てもガリ勉タイプだけど、小梢は勉強しなくてもできそうに見える」

「そんなことないよ……、多分わたし、圭君よりガリ勉してると思う」

「そうなんだ……」

という事は、小梢がヤリマンという事はなさそうだ。ならば、一体なにが小梢を躊躇させているのだろうか?

僕の疑念は深まるばかりだが、とにかく、この後に僕の人生で忘れる事の出来ないイベントが待ち受けているのは確かだ。


「ごちそうさま」
「ごちそうさま」

二人でご馳走様を言って、お店を出る。
すると、小梢が手を絡めてきた。

二人で手を繋いで、アパートへ向かう。初めて手を握った時のように、二人の手のひらから微かに汗が滲み出ているのが分かる。

小梢も少なからず緊張しているみたいだった。


「ここだよ……、むさ苦しい所だけど、入って」

ドアを開け、先に小梢を通し、僕も中に入った。
小梢は、キョロキョロと中を見渡し、落ち着かない様子で立っていた。

「あ、その辺に座ってよ」

「うん、ありがとう」

僕の部屋は都会にありがちのワンルームで、居間と寝室と台所と物置、なんでも兼ねている作りになっている。
座ると言っても、ベッドが占有していない狭いスペースに適当に座るしかない。

小梢は、空いているスペースにちょこんと座った。




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