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第6話 触れた頬と頬
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「さ、入って」
早川君が入り口の装置を操作すると、扉が静かに開いた。スーパーの自動ドアとは明らかに違う動作だ。
彼に続いてホテルのロビーのようなエントランスを抜けるとエレベーターがあり、エレベーターの中もピカピカに掃除してある。
管理が行き届いている事が伺えた。
「す、凄い所に住んでいるんだね」
もしかしなくても、早川君はお金持ちなんだ。
てっきり、早川君も自分と同様におんぼろアパートに住んでいるものと思っていた私は、すっかり身分の違いに萎縮してしまった。
「親が勝手に契約してくれてるから住んでるだけだよ。こんな広い部屋、必要ないのに」早川君は8階のボタンを押すと、閉ボタンを押した。
ドアが閉まり、エレベーターは上昇を始める。
何か喋らなきゃ、そう思うが言葉が出て来ない。気まずい沈黙の中、エレベーターは上昇を続け8階で止まった。
「こっちだよ」
またしても早川君の後を追っかける私。吉祥寺に着いてから、ずっと同じ事を繰り返している気がする。
広い廊下を少し進むと、「ここが僕の部屋だよ」といって早川君は立ち止ると、ドアの横の装置にカードみたいなものをかざした。
玄関の扉も立派なつくりになっている。モルタルアパートの私の部屋のベニアの玄関ドアとは大違いだ。
ピーっと電子音のあとガチャリと重厚な音がし、「どうぞ、入って」と早川君が玄関を開けてくれた。
ドアを開けると、玄関からして広い。
「おじゃましま~す」
あまりの豪華な作りに緊張しながら、中に入ると早川君が後ろ手にドアを閉め、またしてもガチャリと重厚な音がする。オートロックというやつだ。
「こっちだよ」玄関から続く短い廊下の先のドアを開けると広いリビングになっていた。そこも掃除が行き届いていて綺麗にしてある。通されたリビングだけでも私のアパートの部屋の二倍は広いのではないだろうか。
リビングには50インチはあるだろうか、大きなテレビが置いてあり、その前に2~3人がけ位のソファが置いてある。
ソファーは私がそのまま横になって寝れそうなくらい大きい。
「その辺に座って、今、飲み物を持ってくるから」
私は、ソファに座って良いものかわからず、ローテーブルの端の方へ座った。
テーブルの下に敷いてあるラグも高価そうなもので、フカフカしている。
早川君は、私をリビングに置いたまま、対面式のキッチンにある冷蔵庫を開け、何やら取り出していた。ガチャガチャと食器の音がした。
「早川君って、お金持ちだったんだね」そう言いながら、私はキョロキョロと部屋の中を視線を泳がせている。
「親が医者で、金はあるかもしれないけど、僕がお金持ちな訳じゃないよ」
「え、実家ってお医者様なんだ。
あれ、じゃあ、早川君って医学部に進まなくてよかったの?」
と、言ってしまって(しまった!)と後悔した。他人の家庭の事情に無神経に踏み込むのは良くない。
(ばか、ばか、わたしの馬鹿!)と心の中で自分を罵倒した。
「うん、僕は医者になるつもりはなかったから、実家は妹が継ぐことになっている。
妹は僕と違って優秀で、国立大学の医学部を目指しているんだ。
あ、今、高校2年生」
「あ、あの、ごめんなさい。なんだか、余計な事を聞いちゃって、わたし馬鹿だから、無神経で……」
消えてしまいたいとはこの事だろう。いつの間にか早川君に嫌われたくないと思っている私がいた。
「あはは、そんな、気にされると恐縮してしまう。気にしないで」早川君は優しく笑いながら否定の意味を込めたのか、手を振った。
「オレンジジュースしかなくて、コーヒーが良ければ煎れるけど」
何事もなかったかのように、早川君はジュースを注いだグラスをテーブルに並べた。
「あ、どうぞ、お構いなく」
お決まりの文句を述べながら、私はクッキーを渡そうか、迷っていた。
こんな生活をしている早川君にとって、手作りの粗末なクッキーなんて貰っても迷惑なだけなんじゃないか……。
リュックのジッパーを両手で開きかけたまま、固まってしまう。
こういう所が、私のダメなところだ。意気地がなく、臆病で卑屈。
少し惨めな気分になる。
「あの……荷物があるのなら、その辺に出して置いて大丈夫だよ。例の参考にしていた本?」
「うん……」
「どうかしたの?」心配そうに早川君が私の顔を覗き込む。
眼鏡の奥の彼の目は、いつも通り優しい。
本当に私は馬鹿だ。早川君がたとえ迷惑だったとしても嫌な素振りなど見せるはずがない。私は覚悟を決めリュックを開けて中からクッキーの入った袋を取り出した。
「あの、クッキーを焼いてきたの。お口に合うか分からないけど」
と言って、クッキーを手渡した。
早川君は、クッキーを受け取りながら惚けた表情で固まっていた。何が起きたのか分からないという表情だ。
(あ~~自爆した~~~、戸惑っている。迷惑だったかな?)
でも、私の心配は杞憂だったと直ぐに分かる。
「あ、ありがとう。これって、もしかして綾瀬さんの手作り?」
「う、うん。下手くそだけど……」照れくさくて、謙遜する。
「僕、女の子に手作りのお菓子貰うのなんて、初めてだよ。
凄い! 嬉しい! ありがとう」
少し卑屈になっていたところ、早川君が喜んでくれたことで私も幸せな気分になった。
それにしても、こんなに喜んでくれるなんて。笑顔の早川君をつい覗き込んでしまう。
私の視線に気づいたのか、それとも興奮した自分が恥ずかしくなったのか、「コホン」と咳ばらいをすると、いつもの落ち着いた早川君に戻り、今日の本題に触れ始めた。
「早速だけど、ビデオを観てみようか」と言いながら、テーブルに置いてあったタブレットを手に取り、画面を操作し始めた。
私も画面をのぞき込む。
自然と二人の顔が近づき……、頬がふれた。
早川君が入り口の装置を操作すると、扉が静かに開いた。スーパーの自動ドアとは明らかに違う動作だ。
彼に続いてホテルのロビーのようなエントランスを抜けるとエレベーターがあり、エレベーターの中もピカピカに掃除してある。
管理が行き届いている事が伺えた。
「す、凄い所に住んでいるんだね」
もしかしなくても、早川君はお金持ちなんだ。
てっきり、早川君も自分と同様におんぼろアパートに住んでいるものと思っていた私は、すっかり身分の違いに萎縮してしまった。
「親が勝手に契約してくれてるから住んでるだけだよ。こんな広い部屋、必要ないのに」早川君は8階のボタンを押すと、閉ボタンを押した。
ドアが閉まり、エレベーターは上昇を始める。
何か喋らなきゃ、そう思うが言葉が出て来ない。気まずい沈黙の中、エレベーターは上昇を続け8階で止まった。
「こっちだよ」
またしても早川君の後を追っかける私。吉祥寺に着いてから、ずっと同じ事を繰り返している気がする。
広い廊下を少し進むと、「ここが僕の部屋だよ」といって早川君は立ち止ると、ドアの横の装置にカードみたいなものをかざした。
玄関の扉も立派なつくりになっている。モルタルアパートの私の部屋のベニアの玄関ドアとは大違いだ。
ピーっと電子音のあとガチャリと重厚な音がし、「どうぞ、入って」と早川君が玄関を開けてくれた。
ドアを開けると、玄関からして広い。
「おじゃましま~す」
あまりの豪華な作りに緊張しながら、中に入ると早川君が後ろ手にドアを閉め、またしてもガチャリと重厚な音がする。オートロックというやつだ。
「こっちだよ」玄関から続く短い廊下の先のドアを開けると広いリビングになっていた。そこも掃除が行き届いていて綺麗にしてある。通されたリビングだけでも私のアパートの部屋の二倍は広いのではないだろうか。
リビングには50インチはあるだろうか、大きなテレビが置いてあり、その前に2~3人がけ位のソファが置いてある。
ソファーは私がそのまま横になって寝れそうなくらい大きい。
「その辺に座って、今、飲み物を持ってくるから」
私は、ソファに座って良いものかわからず、ローテーブルの端の方へ座った。
テーブルの下に敷いてあるラグも高価そうなもので、フカフカしている。
早川君は、私をリビングに置いたまま、対面式のキッチンにある冷蔵庫を開け、何やら取り出していた。ガチャガチャと食器の音がした。
「早川君って、お金持ちだったんだね」そう言いながら、私はキョロキョロと部屋の中を視線を泳がせている。
「親が医者で、金はあるかもしれないけど、僕がお金持ちな訳じゃないよ」
「え、実家ってお医者様なんだ。
あれ、じゃあ、早川君って医学部に進まなくてよかったの?」
と、言ってしまって(しまった!)と後悔した。他人の家庭の事情に無神経に踏み込むのは良くない。
(ばか、ばか、わたしの馬鹿!)と心の中で自分を罵倒した。
「うん、僕は医者になるつもりはなかったから、実家は妹が継ぐことになっている。
妹は僕と違って優秀で、国立大学の医学部を目指しているんだ。
あ、今、高校2年生」
「あ、あの、ごめんなさい。なんだか、余計な事を聞いちゃって、わたし馬鹿だから、無神経で……」
消えてしまいたいとはこの事だろう。いつの間にか早川君に嫌われたくないと思っている私がいた。
「あはは、そんな、気にされると恐縮してしまう。気にしないで」早川君は優しく笑いながら否定の意味を込めたのか、手を振った。
「オレンジジュースしかなくて、コーヒーが良ければ煎れるけど」
何事もなかったかのように、早川君はジュースを注いだグラスをテーブルに並べた。
「あ、どうぞ、お構いなく」
お決まりの文句を述べながら、私はクッキーを渡そうか、迷っていた。
こんな生活をしている早川君にとって、手作りの粗末なクッキーなんて貰っても迷惑なだけなんじゃないか……。
リュックのジッパーを両手で開きかけたまま、固まってしまう。
こういう所が、私のダメなところだ。意気地がなく、臆病で卑屈。
少し惨めな気分になる。
「あの……荷物があるのなら、その辺に出して置いて大丈夫だよ。例の参考にしていた本?」
「うん……」
「どうかしたの?」心配そうに早川君が私の顔を覗き込む。
眼鏡の奥の彼の目は、いつも通り優しい。
本当に私は馬鹿だ。早川君がたとえ迷惑だったとしても嫌な素振りなど見せるはずがない。私は覚悟を決めリュックを開けて中からクッキーの入った袋を取り出した。
「あの、クッキーを焼いてきたの。お口に合うか分からないけど」
と言って、クッキーを手渡した。
早川君は、クッキーを受け取りながら惚けた表情で固まっていた。何が起きたのか分からないという表情だ。
(あ~~自爆した~~~、戸惑っている。迷惑だったかな?)
でも、私の心配は杞憂だったと直ぐに分かる。
「あ、ありがとう。これって、もしかして綾瀬さんの手作り?」
「う、うん。下手くそだけど……」照れくさくて、謙遜する。
「僕、女の子に手作りのお菓子貰うのなんて、初めてだよ。
凄い! 嬉しい! ありがとう」
少し卑屈になっていたところ、早川君が喜んでくれたことで私も幸せな気分になった。
それにしても、こんなに喜んでくれるなんて。笑顔の早川君をつい覗き込んでしまう。
私の視線に気づいたのか、それとも興奮した自分が恥ずかしくなったのか、「コホン」と咳ばらいをすると、いつもの落ち着いた早川君に戻り、今日の本題に触れ始めた。
「早速だけど、ビデオを観てみようか」と言いながら、テーブルに置いてあったタブレットを手に取り、画面を操作し始めた。
私も画面をのぞき込む。
自然と二人の顔が近づき……、頬がふれた。
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