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第26話 親友
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電車の揺れが最高に心地よい。
日曜日の夕方、私はようやく帰路についていた。丸二日、早川君と一緒に居たことになる。
「夕飯も食べていけば?」と誘われたが、我ながら厚かましすぎると思い遠慮して、こうやって京王線で八王子に向かっているのだ。
結局、徹夜で執筆して、その勢いのまま夕方まで書き続けた。
早川君も、その間ずっと作業にあたっていたので、二人の間に怪しい空気は少しも流れることはなかった。
これなら、もしも今日の事がバレたとしても申し開きができる。完全に健全な夜だった。
ウトウトとしている間に電車は八王子に着こうかとしていた。
普段であれば、この移動時間でさえスマホでアルバイトとしているライティングの仕事に充てるのだが、今日はその気力さえも残っていなかった。
「そういえば……、スマホの電源を落としたままだっけ」
昨夜、千佳からのメッセージを遮断するためにスマホの電源を落としていたことに気づいたが、家に帰ってからで良いかと思い、スマホを取り出そうとした手を引っ込めて、私は座席に身体を預けた。
駅から徒歩15分のアパートへの道のりは、疲れ切った身体には鞭以上に応えた。重い足を引きずる思いでたどり着き、階段を上るのだが、上りきったところで私は思わず固まってしまった。
(誰かいる!)
私の部屋の前に人がうずくまっているのが見える。膝を抱えて頭を折り曲げた身体の中に埋めるようにドアの前に座り込んでいる。
「不審者?」と思ったが、直ぐにその人物が自分のよく知る者であることに気づくとともに、私は驚きの声を上げた。
「ち、千佳!?」
私の呼びかけに、その人物はゆっくりと顔を上げ、呆けた目で私を認めると、立ち上がり脱兎のごとく突っ込んで来たかと思うと、私に抱き着いてきた。
「カノン~!! よかった~帰ってきた!」
「千佳、どうしてここへ? いつ来たの?」
「2時間くらい前かな。もう~、カノンが帰ってこなかったら野宿になるかと思ったよ~ メッセージ送っても未読無視だし、電話かけても出ないし~」
「い、いや、それよりも何故ここへ?」
「カノンの事が心配だったんじゃない! あんな時間までオトコと一緒なんて、なんてフシダラな子なの!」
「ご、ごめんなさい。とりあえず入って……」
「おじゃましま~す」
ほぼ丸二日、住人が居なかった部屋は空気が停滞していた。そこだけまるで二日前のようだった。
「それにしても、よく迷えずに来れたわね」
「まあ、一度来てるしね。東京駅では迷ったけど『中央線』という文字を見ながらひたすら人の波をかき分けて来たのよ。
それにしても、相変わらずお祭りでもやってるのかと思うくらい人が多いね。
あ、これお土産の『かすたどん』、礼には及ばないぜ」
千佳は、そう言いながらお土産の箱をテーブルの上に置いた。
蒸氣屋のかすたどんは私の大好きなお菓子だ。
「とりあえず、コーヒーでもいれるね。
ちょうど、お腹すいてたの」
「ふふふ、オヌシやはり、かすたどんには目がないのう 笑」
「だって、お腹空いてたんだもん 笑」
口の中に広がる甘いクリームが、少し落ち込んでいた私の気持ちまで溶けさせてくれる気がした。
「さて、お腹も落ち着いたでしょ。説明してちょうだい!」
私は、金曜日の夜から今日までの事を千佳に話した。
「なるほど……。そんなにセックスって良いものなの?」
「そ、そこ? 一番気になったのは!?」
「だって~、ハヤカワ君は『凄く気持ち良かった』って言って、ミリンさんも朝まで、……その……、してたんでしょ。寝る間を惜しんで……」
そう言いながら千佳の喉がゴクリと鳴った。
彼女は恋愛やセックスに興味津々なのだ。
「でも、それをわたしに話すなんて、どう思う?」
「う、うん……。もしかしてハヤカワ君はカノンの事を誘ったとか?」
「誘った?」
「男はオオカミだって言ったじゃない。
徹夜でしたのに、足りなかったのよ。だから、カノンをその気にさせて『あわよくば』って思ったんじゃない?」
「ん? ん?」
私は頭が混乱した。早川君にはそんな気配は微塵も感じなかったからだ。
「何を呆けてるのよ~
だってハヤカワ君は半月を見て『今の自分だ』って言ったんでしょ?」
「そうだけど、それってわたしを誘ってたって事?」
「そうだよ。まだまだ足りないから満たされてなかったんだよ」
「ちょ、ちょっと待って! でも、それじゃ論理破壊してない?」
「なにが?」
「だって、早川君はミリンの事が大好きで、私に変なことをすると彼女との仲が壊れてしまうから、わたしに手を出さないんじゃなかったの?」
「そうか……、確かに変ね。
だとすると、本当に『今一緒に居るのがカノンじゃなくてミリンさんだったら』って思ったって事か……。
それって酷くない!?」
せっかくかすたどんのクリームのおかげで溶けていた私の気持ちが凍り付く思いがした。
昨夜、寂しげに月を見上げていた早川君の横顔を思い出すと涙が零れそうになる。
「カノン……、大丈夫?」
「う、うん……。仕方ないとは思っていても、やっぱり拒絶されたみたいで辛いね 笑」
笑って見せたが、自分でも分かるくらい弱々しいものだった。
「おそらく天然が入ってるんだろうけど、女の子の扱い方を弁えてない子ね。
暗に『お前と一緒に居ても楽しくない』みたいな事を本人を目の前にして言うなんて」
「早川君を悪く言わないで。彼はわたしにとても優しいの。自分だって忙しいのにわたしの小説に付き合ってくれてるんだもの」
「それとこれとは別よ。
そんな態度を失礼とも思わないなんて、どうかしてるわ。
ねえ、カノン。もう分ったでしょ?」
「う、うん」
「これからも毎週一緒に過ごすわけ?」
来週、早川君と一緒に過ごしたとして、どんな態度で接すればよいのだろうか?
千佳に言われるまでもなく、不安でしかない。
「やっぱり、もう『互助関係』は終わりにしたほうが良いかな……」
「そうだよ!
その前に、そのふざけた奴の顔を拝んでやるわ!」
「え?」
「だから、ワタシも明日、カノンと一緒に学校に行くから。
そこで、ハヤカワ君を見せて。何なら、ワタシが『ガツン』と言ってやるから!」
「明日って、千佳の学校は?」
「明日、始発で帰っても間に合わないし、たまにはサボってもどうって事ないよ。
親友の一大事の方が優先度が高いってもんよ」
(とか言って、本当は興味本位なだけじゃ……
それに『ガツンと言う』って、千佳って男の子の前ではまともに喋れないじゃない。
でも……)
きっと、千佳が居なかったら私は独りで落ちるところまで落ち込んでいただろう。
なんだかんだ言っても、こうやって話せたことで私は救われた気がした。
「ありがとう……。千佳」
「なーに、礼には及ばないぜ 笑」
日曜日の夕方、私はようやく帰路についていた。丸二日、早川君と一緒に居たことになる。
「夕飯も食べていけば?」と誘われたが、我ながら厚かましすぎると思い遠慮して、こうやって京王線で八王子に向かっているのだ。
結局、徹夜で執筆して、その勢いのまま夕方まで書き続けた。
早川君も、その間ずっと作業にあたっていたので、二人の間に怪しい空気は少しも流れることはなかった。
これなら、もしも今日の事がバレたとしても申し開きができる。完全に健全な夜だった。
ウトウトとしている間に電車は八王子に着こうかとしていた。
普段であれば、この移動時間でさえスマホでアルバイトとしているライティングの仕事に充てるのだが、今日はその気力さえも残っていなかった。
「そういえば……、スマホの電源を落としたままだっけ」
昨夜、千佳からのメッセージを遮断するためにスマホの電源を落としていたことに気づいたが、家に帰ってからで良いかと思い、スマホを取り出そうとした手を引っ込めて、私は座席に身体を預けた。
駅から徒歩15分のアパートへの道のりは、疲れ切った身体には鞭以上に応えた。重い足を引きずる思いでたどり着き、階段を上るのだが、上りきったところで私は思わず固まってしまった。
(誰かいる!)
私の部屋の前に人がうずくまっているのが見える。膝を抱えて頭を折り曲げた身体の中に埋めるようにドアの前に座り込んでいる。
「不審者?」と思ったが、直ぐにその人物が自分のよく知る者であることに気づくとともに、私は驚きの声を上げた。
「ち、千佳!?」
私の呼びかけに、その人物はゆっくりと顔を上げ、呆けた目で私を認めると、立ち上がり脱兎のごとく突っ込んで来たかと思うと、私に抱き着いてきた。
「カノン~!! よかった~帰ってきた!」
「千佳、どうしてここへ? いつ来たの?」
「2時間くらい前かな。もう~、カノンが帰ってこなかったら野宿になるかと思ったよ~ メッセージ送っても未読無視だし、電話かけても出ないし~」
「い、いや、それよりも何故ここへ?」
「カノンの事が心配だったんじゃない! あんな時間までオトコと一緒なんて、なんてフシダラな子なの!」
「ご、ごめんなさい。とりあえず入って……」
「おじゃましま~す」
ほぼ丸二日、住人が居なかった部屋は空気が停滞していた。そこだけまるで二日前のようだった。
「それにしても、よく迷えずに来れたわね」
「まあ、一度来てるしね。東京駅では迷ったけど『中央線』という文字を見ながらひたすら人の波をかき分けて来たのよ。
それにしても、相変わらずお祭りでもやってるのかと思うくらい人が多いね。
あ、これお土産の『かすたどん』、礼には及ばないぜ」
千佳は、そう言いながらお土産の箱をテーブルの上に置いた。
蒸氣屋のかすたどんは私の大好きなお菓子だ。
「とりあえず、コーヒーでもいれるね。
ちょうど、お腹すいてたの」
「ふふふ、オヌシやはり、かすたどんには目がないのう 笑」
「だって、お腹空いてたんだもん 笑」
口の中に広がる甘いクリームが、少し落ち込んでいた私の気持ちまで溶けさせてくれる気がした。
「さて、お腹も落ち着いたでしょ。説明してちょうだい!」
私は、金曜日の夜から今日までの事を千佳に話した。
「なるほど……。そんなにセックスって良いものなの?」
「そ、そこ? 一番気になったのは!?」
「だって~、ハヤカワ君は『凄く気持ち良かった』って言って、ミリンさんも朝まで、……その……、してたんでしょ。寝る間を惜しんで……」
そう言いながら千佳の喉がゴクリと鳴った。
彼女は恋愛やセックスに興味津々なのだ。
「でも、それをわたしに話すなんて、どう思う?」
「う、うん……。もしかしてハヤカワ君はカノンの事を誘ったとか?」
「誘った?」
「男はオオカミだって言ったじゃない。
徹夜でしたのに、足りなかったのよ。だから、カノンをその気にさせて『あわよくば』って思ったんじゃない?」
「ん? ん?」
私は頭が混乱した。早川君にはそんな気配は微塵も感じなかったからだ。
「何を呆けてるのよ~
だってハヤカワ君は半月を見て『今の自分だ』って言ったんでしょ?」
「そうだけど、それってわたしを誘ってたって事?」
「そうだよ。まだまだ足りないから満たされてなかったんだよ」
「ちょ、ちょっと待って! でも、それじゃ論理破壊してない?」
「なにが?」
「だって、早川君はミリンの事が大好きで、私に変なことをすると彼女との仲が壊れてしまうから、わたしに手を出さないんじゃなかったの?」
「そうか……、確かに変ね。
だとすると、本当に『今一緒に居るのがカノンじゃなくてミリンさんだったら』って思ったって事か……。
それって酷くない!?」
せっかくかすたどんのクリームのおかげで溶けていた私の気持ちが凍り付く思いがした。
昨夜、寂しげに月を見上げていた早川君の横顔を思い出すと涙が零れそうになる。
「カノン……、大丈夫?」
「う、うん……。仕方ないとは思っていても、やっぱり拒絶されたみたいで辛いね 笑」
笑って見せたが、自分でも分かるくらい弱々しいものだった。
「おそらく天然が入ってるんだろうけど、女の子の扱い方を弁えてない子ね。
暗に『お前と一緒に居ても楽しくない』みたいな事を本人を目の前にして言うなんて」
「早川君を悪く言わないで。彼はわたしにとても優しいの。自分だって忙しいのにわたしの小説に付き合ってくれてるんだもの」
「それとこれとは別よ。
そんな態度を失礼とも思わないなんて、どうかしてるわ。
ねえ、カノン。もう分ったでしょ?」
「う、うん」
「これからも毎週一緒に過ごすわけ?」
来週、早川君と一緒に過ごしたとして、どんな態度で接すればよいのだろうか?
千佳に言われるまでもなく、不安でしかない。
「やっぱり、もう『互助関係』は終わりにしたほうが良いかな……」
「そうだよ!
その前に、そのふざけた奴の顔を拝んでやるわ!」
「え?」
「だから、ワタシも明日、カノンと一緒に学校に行くから。
そこで、ハヤカワ君を見せて。何なら、ワタシが『ガツン』と言ってやるから!」
「明日って、千佳の学校は?」
「明日、始発で帰っても間に合わないし、たまにはサボってもどうって事ないよ。
親友の一大事の方が優先度が高いってもんよ」
(とか言って、本当は興味本位なだけじゃ……
それに『ガツンと言う』って、千佳って男の子の前ではまともに喋れないじゃない。
でも……)
きっと、千佳が居なかったら私は独りで落ちるところまで落ち込んでいただろう。
なんだかんだ言っても、こうやって話せたことで私は救われた気がした。
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