ガラスの王冠

すいかちゃん

文字の大きさ
8 / 9

農家に嫁いだ姫君

しおりを挟む
昔々、殿様が鹿狩りに出向いた時のことだ。すばしっこい鹿は、殿様の前をピョンピョンピョンピョン跳ね回り、気がつけば山の奥の奥へと入り込んでしまった。
「ここはどこだ?皆はどうした?」
右を見ても左を見ても、帰り道がわからない。歩き回るうちに殿様は足首を痛め、動く事さえできなかった。そこに、やたらと背が高い男が通りかかる。
「な、何奴だっ」
弓矢を引いて追い払おうとする殿様を、男はしげしげと見つめた。
「誰かと思えば、殿様ではないか。こんなところでどした?」
男はニッコリ笑うと、狼狽える殿様をヒョイッと担いだ。何がなんだかわからないうちに、殿様は男の家へと連れてこられた。家といっても、殿様からすれば隙間だらけの単なる小屋だったが…。
「なんもねぇが、どうぞ」
男がテキパキと飯の用意をする。野菜や魚を煮込んだ味噌汁に冷飯を入れただけの、実に簡素な料理だった。だが、その味はとても美味で殿様は何度もお代わりをした。殿様は男をたいそう気に入り、褒美を与えようとした。
「世話になった礼をしたい」
「そんなものはいらねぇよ」
男の名前は吾平と言って、ここで農業を営んでいるそうだ。山奥で暮らす吾平には、小判や壺など興味はない。侍になりたいわけでもなかったし、馬や牛も必要なかった。
「何かあるだろ。なんでも言え」
しつこい殿様に、吾平はアハハと笑った。
「そうだなぁ。嫁が欲しいな」
山奥に住んでいるのは年寄りばかり。若い娘は一人もいなかった。縁談の話もあったが、農家の嫁は嫌だと断られてばかりなのだ。話を聞いた殿様は、ニッと笑った。
「あいわかった。ワシに任せておけ」
翌朝。殿様は探しに来た家老達と帰っていった。吾平は、殿様はあんな約束を忘れるだろう。そう思っていた。
それから1ヶ月後。騒がしい音に扉を開けた吾平は、そのまま固まってしまった。
「な、なんだぁ?」
そこには、見た事もないぐらい立派な輿が停まっていた。中から、白無垢を着た美しい娘が出てくる。
「父上に命じられ、あなた様の妻になりに来ました」
「あの、あんたは?」
吾平には訳がわかりません。とりあえず名前を聞いてみる事にしました。
「梅と申します」
「う、梅姫様っ?」
吾平はすっとんきょうな声を出して、そのまま腰を抜かしてしまった。
殿様には、松姫と竹姫、そして梅姫という3人の姫君がいる。なかでも、梅姫の美しさは三国一といわれていた。
その梅姫が吾平の嫁になると来たのだ。だが、梅姫の顔に笑顔はなかった。当然だ。ある日、いきなり農家の嫁になれと言われたのだ。
(これが家?馬小屋のように小さくて、家具もない。本当に人が住めるのかしら)
おまけに吾平は背が高いだけの木偶の坊のような男。だが、梅姫には秘策があった。
(惣右衛門様が迎えに来てくださる。それまでの辛抱よ)
家老の息子である惣右衛門とは、幼馴染みの仲だった。将来は夫婦になろうと誓っている。

『梅姫様。必ずやお迎えに参ります。待っていてください』

梅姫はその言葉を信じていた。
粗末な着物を着て、農家の嫁として働き始めた梅姫。白魚のように美しい指にはあかぎれができ、頬は泥だらけ。誰が見ても姫とは思えなかった。その姿はとても痛々しく、吾平は何度もやめるように言った。
「梅姫様は居てくれるだけでいい」
慣れない作業に疲れ果てた梅姫を、吾平はいつも大事そうに抱えて帰った。どれだけ荷物が重くても、決して梅姫に持たせようとはしなかった。吾平は、一目会った時から梅姫に恋をしていた。それは、生まれて初めての恋だった。
(オレに何ができるだろう)
誰が見ても分不相応の嫁なのだ。本来だったら絢爛豪華な屋敷に嫁ぎ、何不自由なく暮らせた姫様だ。吾平は、梅姫のためならどんなことでもした。ホコリ1つ立たないように、どこもかしこもピカピカにした。躓いてはならないと、家の前の小石はどんなに小さくても退かした。
(いつか、お城に帰さねば…)
そう思う反面、ずっと側に居て欲しいと吾平は願っていた。

一方。梅姫は複雑な胸中で日々を過ごしていた。農家の仕事にはかなり慣れてきたし、吾平に対しても好意は持ってきた。だが…。
(惣右衛門様。いつ迎えに来てくれるの?)
待てども待てども、惣右衛門が迎えに来ることはなかった。数週間後。様子を見にきた侍女からある衝撃的な事実を告げられた。惣右衛門は、姉の竹姫と婚礼を挙げていたのだ。
(惣右衛門様が好きだったのは、私ではない。父上の婿の座だったのだ)
梅姫は落ち込んだ。毎日毎日泣き続けた。そんな梅姫を励ましたのは、吾平だった。吾平は庭に花を植え、甘い菓子を買ってきてくれた。
吾平のおかげで元気になった梅姫だが、不思議でならないことが1つあった。
(夜中にどこに行っているのかしら?)
夜中に目を覚ました時、吾平は必ずといって床にいないのだ。それでいて、朝は梅姫よりも早く起きている。梅姫は寝たフリをして、吾平の動きを探った。そして知ったのだ。彼が何をしているのかを…。
(小石や雑草を取っている。私のため?)
農作業を始めた頃は、小石で指をケガしていた。肌が弱いため、雑草でかぶれたこともある。だが、最近はそんな心配はない。
(優しい方…)
思えば、吾平は最初から優しかった。梅姫のために果物や花を持って帰ったり、山のことを色々教えてくれた。心を開かない梅姫を、吾平なりに愛してくれていたのだ。
「吾平さん。風邪を引きますよ」
「う、梅姫様っ」
吾平は恥ずかしそうに頬を真っ赤にして、これまでのことを教えてくれた。
「オレにできるのは、こんなことぐらいだけど…。実は、昨日は町へ行ってこれを買ってきたんだ」
吾平が差し出したのは、梅が描かれた麻の着物だった。
「絹のような美しい衣ではないが、どうか着てください」
梅姫は着物を大事そうに抱き締めて、真珠のような涙を流した。吾平が心に秘めた想いを告げる。
「いつか梅姫様を城に帰さねばと思ってました。だけど、今は帰したくない。梅姫様が好きで好きで、大好きなんです。オレの嫁さんになってください」
頭を下げる吾平に、梅姫は笑った。
「私は、とっくに吾平さんの嫁です」
その夜。
吾平と梅姫は本当の夫婦になった。梅姫は姫を捨てて、梅として生きることを決めた。
吾平と梅は、いつしか誰もが羨む夫婦になった。狭い家は、2人にとって小さな城となっていたのだ。
そんな2人の元に、殿様がやってきた。すっかり年をとった殿様は、梅の姿に涙を浮かべた。
「梅。すまなかった」
謝る殿様に、梅はニッコリ笑った。
「父上。素敵な旦那様を見つけてくれて、ありがとうございます」
それからも、吾平と梅は仲睦まじく暮らしたそうだ。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

だーるまさんがーこーろんだ

辻堂安古市
絵本
友だちがころんだ時に。 君はどうする?

稀代の悪女は死してなお

朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
「めでたく、また首をはねられてしまったわ」 稀代の悪女は処刑されました。 しかし、彼女には思惑があるようで……? 悪女聖女物語、第2弾♪ タイトルには2通りの意味を込めましたが、他にもあるかも……? ※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

アリアさんの幽閉教室

柚月しずく
児童書・童話
この学校には、ある噂が広まっていた。 「黒い手紙が届いたら、それはアリアさんからの招待状」 招かれた人は、夜の学校に閉じ込められて「恐怖の時間」を過ごすことになる……と。 招待状を受け取った人は、アリアさんから絶対に逃れられないらしい。 『恋の以心伝心ゲーム』 私たちならこんなの楽勝! 夜の学校に閉じ込められた杏樹と星七くん。 アリアさんによって開催されたのは以心伝心ゲーム。 心が通じ合っていれば簡単なはずなのに、なぜかうまくいかなくて……?? 『呪いの人形』 この人形、何度捨てても戻ってくる 体調が悪くなった陽菜は、原因が突然現れた人形のせいではないかと疑いはじめる。 人形の存在が恐ろしくなって捨てることにするが、ソレはまた家に現れた。 陽菜にずっと付き纏う理由とは――。 『恐怖の鬼ごっこ』 アリアさんに招待されたのは、美亜、梨々花、優斗。小さい頃から一緒にいる幼馴染の3人。 突如アリアさんに捕まってはいけない鬼ごっこがはじまるが、美亜が置いて行かれてしまう。 仲良し3人組の幼馴染に一体何があったのか。生き残るのは一体誰――? 『招かれざる人』 新聞部の七緒は、アリアさんの記事を書こうと自ら夜の学校に忍び込む。 アリアさんが見つからず意気消沈する中、代わりに現れたのは同じ新聞部の萌香だった。 強がっていたが、夜の学校に一人でいるのが怖かった七緒はホッと安心する。 しかしそこで待ち受けていたのは、予想しない出来事だった――。 ゾクッと怖くて、ハラハラドキドキ。 最後には、ゾッとするどんでん返しがあなたを待っている。

神ちゃま

吉高雅己
絵本
☆神ちゃま☆は どんな願いも 叶えることができる 神の力を失っていた

処理中です...