レモンの花咲く丘

すいかちゃん

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キスしたい唇

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「よっ。待ったか?」
いつも通り、待ち合わせよりも5分遅れてきた康夫に、透子はキッと鋭い視線を向けた。
「あんたって、相変わらず時間にルーズよね」
「おいおい。5分ぐらいの遅刻で文句言うなよ」
困ったように笑いながら、康夫はウェイターにビールを頼む。笑った時にチラッと見える八重歯は、昔から変わらない。
「で、なんの話だっけ?」
「もう。電話で言ったじゃない。佐竹先生が定年退職するから、お祝いに何か贈ろうって」
「あー、そうだったな」
佐竹先生というのは、2人が小学生の頃にお世話になった先生だ。怒ると怖かったが、いつも2人を心配してくれた。中学生になっても、高校生になっても、大学生になっても、時折相談していた。
「康夫が社会人になれたのは、佐竹先生のおかげでしょ」
「そこまで言うか?確かに、そうだけどさ」
店員がテーブルの上に次々とメニューを並べていく。冷奴にシシャモ、大根おろしがかかった肉団子。どれもこれも康夫の好物だった。
「透子。何飲んでるの?」
「ジンよ。あ、こら。勝手に飲むなっ」
「いーだろ。へぇ、けっこう美味いな」
康夫と透子が暮らしていたのは、北海道のなかでもかなり田舎だった。小学校は閉校間近で、全校生徒は5人しかいなかった。康夫と透子が仲良くなったのは、ごく自然の事だったのだ。
「懐かしいなぁ」
康夫がシシャモを食べながら呟く。あの頃は、自分達の世界しか知らなかった。兄弟姉妹よりも、長い時間を過ごした。
「透子、逆上がりできなくて泣いてたよな」
「な、泣いてないっ」
「泣いてた、泣いてた。で、佐竹先生がつきっきりで教えてくれたんだよな」
康夫が喋る度に、ややふっくらとした唇が動く。透子が意識してやまない、魅力的な唇。
(や、やだ。私ったら何考えてるのよっ)
透子は赤くなった顔を見られたくなくて、ジンを一気に飲み干した。あまりにも慌てて飲んだため、ゲホゴホとむせ返る。
「お、おいっ。何もそんなに一気に飲まなくても」
慌てて背中をさすってくれる手に、透子は改めて康夫の中の「男」を感じた。小学生の頃は、男女の境なんてどうでも良かった。山や川で遊んだり、宿題も一緒にした。家出に憧れている透子のために、康夫も一緒に家を出た。平気で手も繋いだし、夜中まで話をした事もあった。
笑いも、哀しみも、全て一緒だった。
(いつからかな。康夫を好きになったのは…)
いつも一緒にいるのが当たり前だった康夫。意識したのは、きっと社会人になってから。康夫が自分以外の女性と仲良く話しているのを見た時だ。好きという気持ちに気付くのが遅すぎた。あまりにも近くにいて、これからもずっと一緒にいると勝手に思い込んでいた。透子にとって、康夫は誰よりも特別な男子だった。
「透子。大丈夫か?」
康夫の声にハッとする。
「だ、大丈夫。ちょっと疲れてるだけ」
結局、佐竹先生へのプレゼントは後日話し合う事になった。
「久しぶりだな。2人だけで会うの」
帰り道。康夫がのんびりと背伸びをする。
「…ねぇ、康夫」
「ん?」
「…恋人とか、いるの?」
「なんだよ。いきなり」
戸惑ったような康夫の声に、透子は自分が言ってはいけない言葉を口にしたと思った。これまで、2人の間に恋愛を意識したような会話はない。男友達のような、兄弟のような空気しかなかったのだ。
(康夫は、私の事を女として見ていない)
それでいいと、透子はずっと思っていた。恋人になれなくても、ずっと側にいたかったから。告白なんてしたら、側にはいられない。それはわかっていた。なのに、透子は自分からそのタブーに踏み込んでしまった。
「俺の好きな奴はさ、顔はそこそこの美人なんだ。性格もサッパリしていて、一緒にいて楽しい。泣き虫なくせして意地っ張り、でもそこが可愛いんだ」
スラスラと話す康夫に、なんだかとてもイライラした。
「わかったわよ。わかったから…」
そんなに惚気ないで、そう言おうとして顔を上げた瞬間。透子は硬直した。康夫にキスされているのだ。
「…そして、キスしたくなる唇の女だ」
顔を話した康夫は、これまでのなかで一際「男」の顔をしていた。
再び近づいてくる唇に、透子は目を閉じた。
近くにいすぎたせいで、気付かなかった。自分が、特別な「女」だった事に…。
長い長いキスの後、言葉はいらなかった。






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