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社長と少年
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「はぁ」
誰もいない平日の公園。一流ブランドのスーツには不似合いなため息を、ジョージはもう5回は吐いている。そして、溜め息を吐く度に心が重くなっていった。
(私の何が間違いだったのだろう)
一流ホテルの創業主を祖父に持つジョージは、生まれも育ちもすこぶる順調だった。学業の成績もよく、スポーツも万能。友人も大勢いて、何もかもが満たされていた。
25歳の時には、父から新しいホテルの経営を任されマスコミから注目を浴びた。若きホテル経営者の名前はあっという間に世界中に知れ渡ることとなり、ジョージは連日雑誌の取材やテレビのインタビューに追われることとなった。大学時代から交際していた女性と結婚し、2人の息子にも恵まれ全ては順調だった。はずなのに…。
(どこで何を間違えたのだろう)
ジョージは、ただ会社を大きくしたかっただけだ。豊かな国を作るには、優れた企業が必要。どんな企業だってそう思っているはずだ。なのに、最近では業績が落ちる一方。数年前まで入社希望者が後をたたなかったというのに、今では退職する社員の方が多いぐらいだ。出社する度に、部下からコンプライアンスの説明を一からされる始末だ。正直、息が詰まりそうだ。が、それは家に帰っても同じ。
(家とは、もっと暖かいものじゃなかったか?)
かつては明るくて太陽のようだった妻。だが、今はその笑顔を見ることさえできない。ジョージが帰宅しても、妻の姿はない。連日のように友人達と遊び歩いている。まるで避けられているように感じ、声をかけることさえできない。おまけに息子達はラインの返信すら寄越さないという始末だ。家族に嫌われているのは明白だった。明るい笑い声が響いていたリビングで、ジョージは孤独に過ごしている。
(私が何をしたと言うんだ?家のため、会社のため、国のために頑張ってきたというのに…)
50代半ばを迎えて、ジョージは壁にぶつかっていた。その壁をぶち壊す術を、ジョージは知らなかった。
唯一の安らぎは、この公園のベンチに座りぼんやり過ごすこと。周囲の人間が聞いたら、あまりの滑稽さに笑うだろう。不意に小さな影が近づいてくる。
「おじさん。そこ、僕のベンチなんだけど」
怒ったような声に顔を上げると、小さな男の子が腕を組んで立っている。ジョージは男の子を冷ややかな目で見つめた。
「なぜこのベンチが君のなんだ?公園のベンチは皆の物だ」
言えば、男の子はへへんと笑って見せた。
「ベンチの裏をよく見てみろよ。そこにマイクって書いてあるだろ?」
確かに、ベンチの裏にはマイクと書いてあった。ジョージは思わずプッと吹き出してしまう。
「本当だ。確かに、君のだな」
「だろ?」
男の子がニカッと笑う。フワフワとした栗色の髪に、頬には小さなそばかす。ジョージは息子達が子供の頃を思い出した。休日にはよく遊園地へ連れていけとせがまれたものだ。
「でも、おじさんもこのベンチが気に入ったんだ。座ってていいかな?」
ジョージの言葉にマイクが眉をしかめた。考え込むこと数秒。
「いいよ。その代わり、僕の友達になってよ」
マイクが小さな手を差し出す。ジョージは苦笑を浮かべながら、その小さな手を握った。
「こんなおじさんでいいのかい?君のお父さんより、おじいさんの方が近いんだよ?」
「…僕、友達いないんだ」
マイクがジョージの横に座る。そして、ポツリポツリと自分のことを話し始めた。母親はアメリカ人だが、父親は日本人だという。3歳まで日本にいたが、母親の離婚と同時にアメリカへ引っ越してきた。6歳の誕生日。母親がアメリカ人と再婚し、苗字も変わってしまった。学校にも馴染めず、いつも一人ぼっちだと小声で呟いた。
「誰も僕に声をかけてくれないんだ。友達になってくれたのは、このベンチぐらいさ」
ジョージは、そんなマイクがどこか自分に似ているような気がした。何が悪いのかわからないが、気がついたら孤独になっている。
「今日から私達は友達だ」
ジョージの言葉に、マイクは嬉しそうに頷いた。
こうして、56歳と6歳の二人は友達になった。
友達になったといっても、互いの住所や連絡先は教えないことにした。たまにこの公園に来て他愛ない話をする。それだけだったが、なぜかジョージはその時間がえらく気に入っていた。おそらく、幼いマイク相手だったらなんの見栄も張ることなくなんでも話せるからだろう。
「へぇ。ジョージって社長さんなんだ」
「ああ。これでも偉い人なんだぞ」
「すごーい」
まるでヒーローに会ったかのように、マイクが瞳をキラキラと輝かせる。そんな反応はなんだかとても新鮮で、ジョージをくすぐったい気分にさせた。
「社長さんって、やっぱり豪邸に住んでるの?」
「まぁね」
「夕食は毎日ステーキ?」
「毎日じゃないよ。シェフが栄養管理をしてくれてるんだ。今朝は野菜だけのフルコースだったよ」
50代になってからは、だんだん肉料理よりも魚料理や野菜が多くなってきた。味に文句はないが、なんとなく味気ない。
「シェフがいるんじゃ、奥さんはさぞガッカリしてるだろうね」
マイクの言葉に、ジョージが首を傾げる。
「なぜだい?妻のためにシェフを雇ったんだよ?」
毎日の食事は大変だろうと思い、結婚してすぐに専属シェフを雇った。面倒な皿洗いもしなくていいのだから、かなり楽だろう。
「だって、奥さんは自分の手料理を披露する機会がないんだよ。それって哀しくない?」
言われて、ジョージはあることを思い出した。あれは結婚が決まった頃だ。料理教室に通っていると…。
『あなたの好きな物を作るわね』
そう嬉しそうに笑っていた。だが、元々不器用だった妻の指には絆創膏が増えていった。だからジョージは料理人を雇ったのだ。妻を案じてのことだったが、妻から見ればそれは嫌がらせのように見えたに違いない。
「ママが言ってたよ。献立を考えている時間はとっても楽しいって」
「…そうか」
ジョージは、マイクの素直で純粋な意見に耳を傾けた。子供の視点から見た家庭や職場は、思いの外新鮮だった。
「食事中にビジネスの話しはダメだよ。美味しい料理もまずくなる」
「たまには部下の家族に贈り物をするんだ。好感度が一気に上がるよ。あ、でも高すぎる物はダメ。相手が恐縮しちゃう」
もっとフレンドリーな喋り方をしたらいいとか、若者言葉を使ったら威厳がなくなるとか。子供の意見のなかには、思わずこちらがドキッとしてしまうものもあった。そして、半信半疑ながらもジョージはマイクのアドバイスを実践してみた。驚くことに効果は抜群で、いつしかジョージの周囲は明るくなった。
「マイク。話しかけられるのを待っているだけではダメだ」
ジョージは、マイクにコミュニケーション術を教えた。マイクは学校だけではなく、義理の父親との関係にも悩んでいたから。
「相手と仲良くなりたかったら、まずは聴く力をつけなくちゃ。そして、相手が何を言って欲しいのかを考えるんだ」
内気なマイクに、ジョージは積極的になることも必要だと教えた。ビジネスにおけるコミュニケーション術というのは、日常生活でも役立つものだ。マイクはそれらを実践し、次第に友達もできたようだ。そして、義理の父親とも次第に距離が縮まっていったらしい。楽しそうに笑う回数がどんどん増えていった。二人は次第にあの公園に行かなくなったが、その友情関係は不思議と続いていた。
「ほぉ。彼女ができたのか?」
「うん。とってもかわいい人さ」
思春期を迎えたマイクは、ジョージ相手に恋愛相談をしてきた。どうやら両親に言うのは恥ずかしいらしい。そして、義理の父親に対する遠慮はなかなか乗り越えられないらしい。
「父さんは、僕にエンジニアになってほしいんだ。でも、僕は植物園で働きたい」
「そのことを素直に話したらいい。君達は血の繋がりこそないが、れっきとした親子だ。きっと賛成してくれるよ」
「ガッカリさせるのが嫌なんだ。僕をここまで大きくしてくれたのに…」
「親子の間でそんな遠慮はしちゃいけないよ。君の人生は君だけのものだからね」
「僕の人生?」
「そうだよ。失敗しても大丈夫。人生というのは、いつからでもやり直しができるんだ。私のようにね」
ジョージとマイクの友情はそれからも続いた。ジョージは息子に会社を譲り、70代という若さで隠居生活に入った。
「やぁ。マイク」
いつもの公園は、時が過ぎてもほとんどその姿を変えることはなかった。あのベンチもそのまま…。
マイクは植物園の館長となり、今や3児の父親になっている。
「子育てって難しいな」
「はは。君もそんなことを言う年になったんだね」
ジョージとマイクは並んで腰掛け、互いの近況を語り合った。互いの住所も電話番号も、SNSさえ知らない。だが、二人は互いのことをとても理解しあっていた。
「マイク。ずっと聞きたいことがあったんだ」
「何?」
「君は、困った時に一度も私を頼らなかったね。なぜだい?」
マイクの人生はかなり波乱万丈のものだった。義理の父親が理不尽なリストラにあい、目標としていた大学に行けなかった。就職もかなり難しかったようで、植物園に勤務できたのは30間近だった。ジョージはこのことをかなり後で知り、とても虚しくなった。
「私が大企業の社長だと知っているのに、なぜ頼まなかったんだ?私達は友達だろ?」
もしマイクが頼んできたら、ジョージはどんなことでも手を貸しただろう。父親の再就職先を世話し、大学への学費も援助した。自分の会社に入社させたって良かった。ジョージの質問に、マイクは笑って答えた。
「僕は、ずっとジョージと友達でいたかったんだ」
「助けるのが友達じゃないか」
ジョージは心のどこかで拗ねていたのかもしれない。友達なのに、なぜ頼ってはくれなかったのかと。もしかすると、友と思っていたのは自分だけだったのかと。だが、マイクの言葉を聞いてその考えは変わった。
「もしジョージに頼ってしまったら、僕達の関係は変わってしまったと思う。僕はあなたに遠慮するようになり、なんでも話せる関係ではなくなってしまう。それが嫌なんだ。友達って、一方的に寄りかかる相手ではないだろ?僕は、あなたと対等でいたかった」
「…マイク」
「僕は幼い頃、とても孤独だった。義理の父親に馴染めず、友達も出来ない。勉強にもついていけず、世界で一人ぼっちのような気分になったんだ」
ジョージは、自分も同じだったと話した。家族や社員に理解されず、どこにも居場所がないと…。だが、違った。ちゃんと、居場所はあったのだ。自分が気付かなかっただけで…。ジョージも、やっとマイクの言おうとしていることがわかった。
「僕達、ずっと友達だよね?」
「ああ。何年たとうが、君は私の友達だ。最高のね」
二人はそれからも友情を育んだ。
ベンチの裏。
マイクの名前の横には、マジックでジョージと書かれていた。
誰もいない平日の公園。一流ブランドのスーツには不似合いなため息を、ジョージはもう5回は吐いている。そして、溜め息を吐く度に心が重くなっていった。
(私の何が間違いだったのだろう)
一流ホテルの創業主を祖父に持つジョージは、生まれも育ちもすこぶる順調だった。学業の成績もよく、スポーツも万能。友人も大勢いて、何もかもが満たされていた。
25歳の時には、父から新しいホテルの経営を任されマスコミから注目を浴びた。若きホテル経営者の名前はあっという間に世界中に知れ渡ることとなり、ジョージは連日雑誌の取材やテレビのインタビューに追われることとなった。大学時代から交際していた女性と結婚し、2人の息子にも恵まれ全ては順調だった。はずなのに…。
(どこで何を間違えたのだろう)
ジョージは、ただ会社を大きくしたかっただけだ。豊かな国を作るには、優れた企業が必要。どんな企業だってそう思っているはずだ。なのに、最近では業績が落ちる一方。数年前まで入社希望者が後をたたなかったというのに、今では退職する社員の方が多いぐらいだ。出社する度に、部下からコンプライアンスの説明を一からされる始末だ。正直、息が詰まりそうだ。が、それは家に帰っても同じ。
(家とは、もっと暖かいものじゃなかったか?)
かつては明るくて太陽のようだった妻。だが、今はその笑顔を見ることさえできない。ジョージが帰宅しても、妻の姿はない。連日のように友人達と遊び歩いている。まるで避けられているように感じ、声をかけることさえできない。おまけに息子達はラインの返信すら寄越さないという始末だ。家族に嫌われているのは明白だった。明るい笑い声が響いていたリビングで、ジョージは孤独に過ごしている。
(私が何をしたと言うんだ?家のため、会社のため、国のために頑張ってきたというのに…)
50代半ばを迎えて、ジョージは壁にぶつかっていた。その壁をぶち壊す術を、ジョージは知らなかった。
唯一の安らぎは、この公園のベンチに座りぼんやり過ごすこと。周囲の人間が聞いたら、あまりの滑稽さに笑うだろう。不意に小さな影が近づいてくる。
「おじさん。そこ、僕のベンチなんだけど」
怒ったような声に顔を上げると、小さな男の子が腕を組んで立っている。ジョージは男の子を冷ややかな目で見つめた。
「なぜこのベンチが君のなんだ?公園のベンチは皆の物だ」
言えば、男の子はへへんと笑って見せた。
「ベンチの裏をよく見てみろよ。そこにマイクって書いてあるだろ?」
確かに、ベンチの裏にはマイクと書いてあった。ジョージは思わずプッと吹き出してしまう。
「本当だ。確かに、君のだな」
「だろ?」
男の子がニカッと笑う。フワフワとした栗色の髪に、頬には小さなそばかす。ジョージは息子達が子供の頃を思い出した。休日にはよく遊園地へ連れていけとせがまれたものだ。
「でも、おじさんもこのベンチが気に入ったんだ。座ってていいかな?」
ジョージの言葉にマイクが眉をしかめた。考え込むこと数秒。
「いいよ。その代わり、僕の友達になってよ」
マイクが小さな手を差し出す。ジョージは苦笑を浮かべながら、その小さな手を握った。
「こんなおじさんでいいのかい?君のお父さんより、おじいさんの方が近いんだよ?」
「…僕、友達いないんだ」
マイクがジョージの横に座る。そして、ポツリポツリと自分のことを話し始めた。母親はアメリカ人だが、父親は日本人だという。3歳まで日本にいたが、母親の離婚と同時にアメリカへ引っ越してきた。6歳の誕生日。母親がアメリカ人と再婚し、苗字も変わってしまった。学校にも馴染めず、いつも一人ぼっちだと小声で呟いた。
「誰も僕に声をかけてくれないんだ。友達になってくれたのは、このベンチぐらいさ」
ジョージは、そんなマイクがどこか自分に似ているような気がした。何が悪いのかわからないが、気がついたら孤独になっている。
「今日から私達は友達だ」
ジョージの言葉に、マイクは嬉しそうに頷いた。
こうして、56歳と6歳の二人は友達になった。
友達になったといっても、互いの住所や連絡先は教えないことにした。たまにこの公園に来て他愛ない話をする。それだけだったが、なぜかジョージはその時間がえらく気に入っていた。おそらく、幼いマイク相手だったらなんの見栄も張ることなくなんでも話せるからだろう。
「へぇ。ジョージって社長さんなんだ」
「ああ。これでも偉い人なんだぞ」
「すごーい」
まるでヒーローに会ったかのように、マイクが瞳をキラキラと輝かせる。そんな反応はなんだかとても新鮮で、ジョージをくすぐったい気分にさせた。
「社長さんって、やっぱり豪邸に住んでるの?」
「まぁね」
「夕食は毎日ステーキ?」
「毎日じゃないよ。シェフが栄養管理をしてくれてるんだ。今朝は野菜だけのフルコースだったよ」
50代になってからは、だんだん肉料理よりも魚料理や野菜が多くなってきた。味に文句はないが、なんとなく味気ない。
「シェフがいるんじゃ、奥さんはさぞガッカリしてるだろうね」
マイクの言葉に、ジョージが首を傾げる。
「なぜだい?妻のためにシェフを雇ったんだよ?」
毎日の食事は大変だろうと思い、結婚してすぐに専属シェフを雇った。面倒な皿洗いもしなくていいのだから、かなり楽だろう。
「だって、奥さんは自分の手料理を披露する機会がないんだよ。それって哀しくない?」
言われて、ジョージはあることを思い出した。あれは結婚が決まった頃だ。料理教室に通っていると…。
『あなたの好きな物を作るわね』
そう嬉しそうに笑っていた。だが、元々不器用だった妻の指には絆創膏が増えていった。だからジョージは料理人を雇ったのだ。妻を案じてのことだったが、妻から見ればそれは嫌がらせのように見えたに違いない。
「ママが言ってたよ。献立を考えている時間はとっても楽しいって」
「…そうか」
ジョージは、マイクの素直で純粋な意見に耳を傾けた。子供の視点から見た家庭や職場は、思いの外新鮮だった。
「食事中にビジネスの話しはダメだよ。美味しい料理もまずくなる」
「たまには部下の家族に贈り物をするんだ。好感度が一気に上がるよ。あ、でも高すぎる物はダメ。相手が恐縮しちゃう」
もっとフレンドリーな喋り方をしたらいいとか、若者言葉を使ったら威厳がなくなるとか。子供の意見のなかには、思わずこちらがドキッとしてしまうものもあった。そして、半信半疑ながらもジョージはマイクのアドバイスを実践してみた。驚くことに効果は抜群で、いつしかジョージの周囲は明るくなった。
「マイク。話しかけられるのを待っているだけではダメだ」
ジョージは、マイクにコミュニケーション術を教えた。マイクは学校だけではなく、義理の父親との関係にも悩んでいたから。
「相手と仲良くなりたかったら、まずは聴く力をつけなくちゃ。そして、相手が何を言って欲しいのかを考えるんだ」
内気なマイクに、ジョージは積極的になることも必要だと教えた。ビジネスにおけるコミュニケーション術というのは、日常生活でも役立つものだ。マイクはそれらを実践し、次第に友達もできたようだ。そして、義理の父親とも次第に距離が縮まっていったらしい。楽しそうに笑う回数がどんどん増えていった。二人は次第にあの公園に行かなくなったが、その友情関係は不思議と続いていた。
「ほぉ。彼女ができたのか?」
「うん。とってもかわいい人さ」
思春期を迎えたマイクは、ジョージ相手に恋愛相談をしてきた。どうやら両親に言うのは恥ずかしいらしい。そして、義理の父親に対する遠慮はなかなか乗り越えられないらしい。
「父さんは、僕にエンジニアになってほしいんだ。でも、僕は植物園で働きたい」
「そのことを素直に話したらいい。君達は血の繋がりこそないが、れっきとした親子だ。きっと賛成してくれるよ」
「ガッカリさせるのが嫌なんだ。僕をここまで大きくしてくれたのに…」
「親子の間でそんな遠慮はしちゃいけないよ。君の人生は君だけのものだからね」
「僕の人生?」
「そうだよ。失敗しても大丈夫。人生というのは、いつからでもやり直しができるんだ。私のようにね」
ジョージとマイクの友情はそれからも続いた。ジョージは息子に会社を譲り、70代という若さで隠居生活に入った。
「やぁ。マイク」
いつもの公園は、時が過ぎてもほとんどその姿を変えることはなかった。あのベンチもそのまま…。
マイクは植物園の館長となり、今や3児の父親になっている。
「子育てって難しいな」
「はは。君もそんなことを言う年になったんだね」
ジョージとマイクは並んで腰掛け、互いの近況を語り合った。互いの住所も電話番号も、SNSさえ知らない。だが、二人は互いのことをとても理解しあっていた。
「マイク。ずっと聞きたいことがあったんだ」
「何?」
「君は、困った時に一度も私を頼らなかったね。なぜだい?」
マイクの人生はかなり波乱万丈のものだった。義理の父親が理不尽なリストラにあい、目標としていた大学に行けなかった。就職もかなり難しかったようで、植物園に勤務できたのは30間近だった。ジョージはこのことをかなり後で知り、とても虚しくなった。
「私が大企業の社長だと知っているのに、なぜ頼まなかったんだ?私達は友達だろ?」
もしマイクが頼んできたら、ジョージはどんなことでも手を貸しただろう。父親の再就職先を世話し、大学への学費も援助した。自分の会社に入社させたって良かった。ジョージの質問に、マイクは笑って答えた。
「僕は、ずっとジョージと友達でいたかったんだ」
「助けるのが友達じゃないか」
ジョージは心のどこかで拗ねていたのかもしれない。友達なのに、なぜ頼ってはくれなかったのかと。もしかすると、友と思っていたのは自分だけだったのかと。だが、マイクの言葉を聞いてその考えは変わった。
「もしジョージに頼ってしまったら、僕達の関係は変わってしまったと思う。僕はあなたに遠慮するようになり、なんでも話せる関係ではなくなってしまう。それが嫌なんだ。友達って、一方的に寄りかかる相手ではないだろ?僕は、あなたと対等でいたかった」
「…マイク」
「僕は幼い頃、とても孤独だった。義理の父親に馴染めず、友達も出来ない。勉強にもついていけず、世界で一人ぼっちのような気分になったんだ」
ジョージは、自分も同じだったと話した。家族や社員に理解されず、どこにも居場所がないと…。だが、違った。ちゃんと、居場所はあったのだ。自分が気付かなかっただけで…。ジョージも、やっとマイクの言おうとしていることがわかった。
「僕達、ずっと友達だよね?」
「ああ。何年たとうが、君は私の友達だ。最高のね」
二人はそれからも友情を育んだ。
ベンチの裏。
マイクの名前の横には、マジックでジョージと書かれていた。
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