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第3話 彼が「遺言」に従った理由
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馬車は二人を乗せてオランジュ公爵邸へと向かっている。
(馬車ってこんな乗り心地なのね)
平民育ちであるアネットにとって馬車は初めての経験である。
振動に少しばかり落ち着かない時間があったが、やがてだんだんそれも慣れてきた。
アネットの住んでいた村からオランジュ公爵邸へはそう遠くはない。
馬車で一時間足らずである。
(何を話したらいいのかしら……)
同乗しているジルベールは外を眺めていた。
その横顔はとても美しく絵になる。
そんな風に思いながらアネットがジルベールを見ていた時、ふと目が合った。
「乗り心地に不便はないか?」
(え……)
彼からの意外な言葉にアネットはすぐに返事できなかった。
ハッと我に返った彼女は、急いで答える。
「は、はいっ! 馬車は初めてなので作法がわからず申し訳ございません!」
アネットは勢いよく頭を下げた。
(何言ってるのよ、私……)
変なことを口走ってしまったのではないか。
そう心配して彼女はぎゅっと目を閉じた。
しばらくの沈黙の後、聞こえてきたのは彼の小さな笑い声だった。
「ふふ、すまない。いや、笑っては失礼だな。馬車に作法とは考えたことがなく、君の発想に驚かされた」
「公爵様……?」
口元に手を当てて彼は笑う。
(こんな優しい表情もするんだ……)
貴族でいきなり妻にしたいと申し出る人間のことだ。
訪ねてきた時の静かな所作からして無口で怖い人なのではないか、とアネットは思っていた。
「ジルベールでいい」
「え……?」
「夫婦になったのだから、名前で呼んでほしい」
彼の言葉に頷き、アネットは口を開いた。
「ジルベール様……」
その瞬間、アネットの顔がぶわっと赤くなった。
鼓動は速まり、今までに感じたことのない動悸がする。
(は、恥ずかしい……)
アネットに恋愛経験はない。
彼女は恥ずかしさで目をぎゅっとつぶって申し訳なさそうにする。
すると、ジルベールが彼女の頬に手を添えた。
「君のペースで私に慣れてくれればいい」
「……ありがとうございます」
湖が見える景色のいい場所を通りかかった頃、アネットはずっと気になっていたことを尋ねる。
「私が妻で、本当によかったのですか?」
アネットの表情はひどく不安な様子だった。
(平民と公爵なんて釣り合うわけない。どんなにお母様の遺言だったとしても、本当にいいの……?)
そう思う彼女に彼はゆっくりと語り始めた。
「母が私に何かを頼むなんて、久々だったんだ。私の両親は昔事故にあって、父は亡くなり、母は命は助かったが、心を塞いでしまった」
(そんな……)
「別荘で静かに一人暮らしたいと言ってから数年、私はおろか誰にも会うことはなかった」
アネットの頭に寂しく一人暮らす女性の姿が浮かんだ。
「そんな母が一カ月前に亡くなり、遺書を見つけた。その遺書には一言。『オード村のアネットという娘をあなたの妻にしてほしい』と」
彼は母親を思い出しているのか、だんだん小さな声になっていく。
最後に目を長く閉じ、そっと開いた。
「私は母に何もしてあげられなかった。だから、最後の願いを叶えたいと思った」
「ジルベール様……」
アネットも自身の母親を思い出していた。
(お母さんの願いを叶えたい。この方も同じ思いがあるんだ……)
そう思った時、自分の出自のことがふと頭をよぎった。
(そうだ。私の出自のこと、話したら嫌われてしまう離縁されてしまう……?)
災いをもたらす人間など屋敷に入れたくない。
家族になるなってもってのほかだろう。
そうアネットは考えた。
(言えない……)
そんなアネットに彼は言う。
「自分の家族のことを考えているのか?」
「はい」と返事をしようとしたその時だった。
「それは、育ての親のことか? それとも、君を実家に匿い預けた実の母親のことか?」
「え……」
馬車はもうまもなくオランジュ公爵邸へ着こうとしていた。
(馬車ってこんな乗り心地なのね)
平民育ちであるアネットにとって馬車は初めての経験である。
振動に少しばかり落ち着かない時間があったが、やがてだんだんそれも慣れてきた。
アネットの住んでいた村からオランジュ公爵邸へはそう遠くはない。
馬車で一時間足らずである。
(何を話したらいいのかしら……)
同乗しているジルベールは外を眺めていた。
その横顔はとても美しく絵になる。
そんな風に思いながらアネットがジルベールを見ていた時、ふと目が合った。
「乗り心地に不便はないか?」
(え……)
彼からの意外な言葉にアネットはすぐに返事できなかった。
ハッと我に返った彼女は、急いで答える。
「は、はいっ! 馬車は初めてなので作法がわからず申し訳ございません!」
アネットは勢いよく頭を下げた。
(何言ってるのよ、私……)
変なことを口走ってしまったのではないか。
そう心配して彼女はぎゅっと目を閉じた。
しばらくの沈黙の後、聞こえてきたのは彼の小さな笑い声だった。
「ふふ、すまない。いや、笑っては失礼だな。馬車に作法とは考えたことがなく、君の発想に驚かされた」
「公爵様……?」
口元に手を当てて彼は笑う。
(こんな優しい表情もするんだ……)
貴族でいきなり妻にしたいと申し出る人間のことだ。
訪ねてきた時の静かな所作からして無口で怖い人なのではないか、とアネットは思っていた。
「ジルベールでいい」
「え……?」
「夫婦になったのだから、名前で呼んでほしい」
彼の言葉に頷き、アネットは口を開いた。
「ジルベール様……」
その瞬間、アネットの顔がぶわっと赤くなった。
鼓動は速まり、今までに感じたことのない動悸がする。
(は、恥ずかしい……)
アネットに恋愛経験はない。
彼女は恥ずかしさで目をぎゅっとつぶって申し訳なさそうにする。
すると、ジルベールが彼女の頬に手を添えた。
「君のペースで私に慣れてくれればいい」
「……ありがとうございます」
湖が見える景色のいい場所を通りかかった頃、アネットはずっと気になっていたことを尋ねる。
「私が妻で、本当によかったのですか?」
アネットの表情はひどく不安な様子だった。
(平民と公爵なんて釣り合うわけない。どんなにお母様の遺言だったとしても、本当にいいの……?)
そう思う彼女に彼はゆっくりと語り始めた。
「母が私に何かを頼むなんて、久々だったんだ。私の両親は昔事故にあって、父は亡くなり、母は命は助かったが、心を塞いでしまった」
(そんな……)
「別荘で静かに一人暮らしたいと言ってから数年、私はおろか誰にも会うことはなかった」
アネットの頭に寂しく一人暮らす女性の姿が浮かんだ。
「そんな母が一カ月前に亡くなり、遺書を見つけた。その遺書には一言。『オード村のアネットという娘をあなたの妻にしてほしい』と」
彼は母親を思い出しているのか、だんだん小さな声になっていく。
最後に目を長く閉じ、そっと開いた。
「私は母に何もしてあげられなかった。だから、最後の願いを叶えたいと思った」
「ジルベール様……」
アネットも自身の母親を思い出していた。
(お母さんの願いを叶えたい。この方も同じ思いがあるんだ……)
そう思った時、自分の出自のことがふと頭をよぎった。
(そうだ。私の出自のこと、話したら嫌われてしまう離縁されてしまう……?)
災いをもたらす人間など屋敷に入れたくない。
家族になるなってもってのほかだろう。
そうアネットは考えた。
(言えない……)
そんなアネットに彼は言う。
「自分の家族のことを考えているのか?」
「はい」と返事をしようとしたその時だった。
「それは、育ての親のことか? それとも、君を実家に匿い預けた実の母親のことか?」
「え……」
馬車はもうまもなくオランジュ公爵邸へ着こうとしていた。
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