2 / 13
第2話 冷たい夜風と共に、あなたは現れた
しおりを挟む
「はあ……はあ……はあ……」
私は夜の闇の中、ひたすら都の外れにある町屋の間を駆ける。
もう何十分走ったのだろうか。
いや、もしかしたら数分にも満たない短い時間なのかもしれない。
それでも、十歳ほどの細い私の足は限界を迎えていた。
「ぐああー!!」
犬でもない猫でもない。
禍々しい何か怖い「それ」は、狼のような速さで私に襲い掛かって来る。
「んぐ……」
私は裏道に入り込んで木樽を転がして相手の行く手を阻みながら、必死に前へ前へ走った。
なるべく細い道を選んで、大きな体の「それ」に捕まらないように逃げる。
なんとか闇に包まれた家の軒先に隠れ、小さく体を縮こませながら息を殺す。
うまく逃げられたのか、私を見失った「それ」の気配が消えた。
視線だけを動かしながら周りを確認する。
やがて、私の心臓の音が少し鳴りやんだその時、「それ」は突然現れた。
「ぐおおおー!」
私を見つけて雄たけびをあげた「それ」は私に手を伸ばしてくる。
「やだっ! 来ないでっ!!」
身軽な体を利用して素早くその手を交わすと、すぐさまもう一度走り出す。
裏道から大通りまで出た時に振り返ると、もう「それ」はすぐそばまで来ていた。
裸足の私は傷だらけで、血も滲んでいる。
けれど、不思議と痛みは感じなかった。
「──っ!!」
もう息もまともにできないほどの体は、足がもつれて地面に転んでしまう。
迫りくる恐怖で足もがくがくと震える。
「それ」が私に再び手を伸ばした。
立て立て立て立てっ!!!!!!!
心の中で自分を奮い立たせる。
地面についた両手で必死に体を引きずって、少しでも前へ逃げる。
助けて……!
もう声も出なくなった私は、自分の最期を覚悟して目を閉じた。
──しかし、その時は訪れなかった。
「ぐぎゃああああああああああーーーーーー!!」
耳をつんざく様な「それ」の叫び声が聞こえて、私はゆっくりと目を開いた。
私を「それ」から守るように立つ彼は、美しく長い黒髪を靡かせている。
その奥で先程まで私を追いかけていたものが、散り散りになって消えていった……。
「立てるか」
怖くて声も出ず、それでもなんとか必死に冷静で冷たいその声に応えようとする。
でもたった今、人間ではない存在に襲われ、そこを彼に助けられたのだと、ようやく理解をし始めた私の脳は、私の体をうまく動かしてはくれない。
「う……あ……」
言葉にならない声しか出すことができない私に彼の顔が近づいて来る。
視界でどんどん大きくなる彼の顔立ちは、この世のものとは思えないほどに美しい。
青紫の瞳と長いまつげに気を取られていると、形のいい唇が動いた。
「ちょっと失礼する」
「──わっ!」
か弱い少女のような声は出なかった。
なんとなく恥ずかしくなって私は着物の袖で顔を覆いながら俯く。
先程とは違い見晴らしのいい高さになる。
──ああ、彼に抱き上げられているんだ。
なんだか落ち着かない浮遊感に包まれながら、私はあたふたとする。
彼の逞しい腕に抱きあげられて、心臓が大きく鳴り響く。
彼に聞こえないだろうか。
そう思うほどに私の鼓動は速く大きく鳴っている。
今、誰かにこの状態を見られたらどんな風に思われるだろうか。
きっとなんて不釣り合いな二人なんだ、と思われるに違いない。
だって、彼の着物は上質な布であるのがわかるし、偉い人なのだと一目でわかる。
それに比べて私は貧相な体に、ボロボロの擦り切れた小袖に裸足。
段々申し訳思えてきて、私は黙って俯くしかなかった──。
帰る家もない私を抱えて、彼はどこかに向かって行く。
「ど、どちらへ?」
「家がないのだろう。うちに来い。面倒を見るくらいできる」
ああ、この人はなんて優しい人なんだろう。
ひどく冷たく聞こえたその声の裏には、きっと優しい気持ちが詰まっている。
そんな風に思いながら彼を見つめていると、視線がばっちりと合う。
「──っ!!」
「なんだ?」
「い、いえっ!」
月の光がより彼の青紫色の瞳を輝かせる。
どうしてこんなに目を奪われてしまうのだろう。
「名は?」
「え……」
もう一度言わせる気か、とばかりに目を細められる。
「凛……です」
「そうか。十八まで面倒を見てやる。それまでに自分で生きる術を身につけろ。できるか?」
そう聞いて私は俯いてしまう。
「できないのか?」
「いえ、ありがたいお話ですが、私は亡くなった父や母に拾われた子でございます。年は……わかりません」
そうだ、私は拾い子のため年齢がわからなかった。
だいたいの年月で覚えており、おおよそ十くらいの年齢だろうと思う。
彼は私から目を逸らす。
「では、今日がお前の生まれた日とする。十一の月の三日。今から八年後の今日までに身につけろ。できるな?」
どうやって生きる術を身につければよいだろうか。
そうして考えた時に、先程のことが頭をよぎった。
刀を手に持って救ってくれた彼のその後ろ姿。
頼もしくて、優しくて、そして何より強かった。
私もなれるだろうか。
この命を救ってくれた彼のように、強く、強く──。
「あなた様のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
私が尋ねると、こちらを向いて彼は口を開いた。
「零」
彼の名を聞けたことが少し嬉しくて、胸元をぎゅっと握り締める。
零様のために役に立つことができるだろうか。
そのために私は何をすべきだろうか。
「強くなれ」
「え……?」
「お前自身でお前の身を守れ」
まるで私の心の中を見透かしたかのような言葉に、私は生きる希望を見出した。
強くなることこそが、私が生きる道。
ならば、私はこの助けられた命を強くなることの為に使いたい。
こうして、私は新しい生きる道を見つけたのだった──。
私は夜の闇の中、ひたすら都の外れにある町屋の間を駆ける。
もう何十分走ったのだろうか。
いや、もしかしたら数分にも満たない短い時間なのかもしれない。
それでも、十歳ほどの細い私の足は限界を迎えていた。
「ぐああー!!」
犬でもない猫でもない。
禍々しい何か怖い「それ」は、狼のような速さで私に襲い掛かって来る。
「んぐ……」
私は裏道に入り込んで木樽を転がして相手の行く手を阻みながら、必死に前へ前へ走った。
なるべく細い道を選んで、大きな体の「それ」に捕まらないように逃げる。
なんとか闇に包まれた家の軒先に隠れ、小さく体を縮こませながら息を殺す。
うまく逃げられたのか、私を見失った「それ」の気配が消えた。
視線だけを動かしながら周りを確認する。
やがて、私の心臓の音が少し鳴りやんだその時、「それ」は突然現れた。
「ぐおおおー!」
私を見つけて雄たけびをあげた「それ」は私に手を伸ばしてくる。
「やだっ! 来ないでっ!!」
身軽な体を利用して素早くその手を交わすと、すぐさまもう一度走り出す。
裏道から大通りまで出た時に振り返ると、もう「それ」はすぐそばまで来ていた。
裸足の私は傷だらけで、血も滲んでいる。
けれど、不思議と痛みは感じなかった。
「──っ!!」
もう息もまともにできないほどの体は、足がもつれて地面に転んでしまう。
迫りくる恐怖で足もがくがくと震える。
「それ」が私に再び手を伸ばした。
立て立て立て立てっ!!!!!!!
心の中で自分を奮い立たせる。
地面についた両手で必死に体を引きずって、少しでも前へ逃げる。
助けて……!
もう声も出なくなった私は、自分の最期を覚悟して目を閉じた。
──しかし、その時は訪れなかった。
「ぐぎゃああああああああああーーーーーー!!」
耳をつんざく様な「それ」の叫び声が聞こえて、私はゆっくりと目を開いた。
私を「それ」から守るように立つ彼は、美しく長い黒髪を靡かせている。
その奥で先程まで私を追いかけていたものが、散り散りになって消えていった……。
「立てるか」
怖くて声も出ず、それでもなんとか必死に冷静で冷たいその声に応えようとする。
でもたった今、人間ではない存在に襲われ、そこを彼に助けられたのだと、ようやく理解をし始めた私の脳は、私の体をうまく動かしてはくれない。
「う……あ……」
言葉にならない声しか出すことができない私に彼の顔が近づいて来る。
視界でどんどん大きくなる彼の顔立ちは、この世のものとは思えないほどに美しい。
青紫の瞳と長いまつげに気を取られていると、形のいい唇が動いた。
「ちょっと失礼する」
「──わっ!」
か弱い少女のような声は出なかった。
なんとなく恥ずかしくなって私は着物の袖で顔を覆いながら俯く。
先程とは違い見晴らしのいい高さになる。
──ああ、彼に抱き上げられているんだ。
なんだか落ち着かない浮遊感に包まれながら、私はあたふたとする。
彼の逞しい腕に抱きあげられて、心臓が大きく鳴り響く。
彼に聞こえないだろうか。
そう思うほどに私の鼓動は速く大きく鳴っている。
今、誰かにこの状態を見られたらどんな風に思われるだろうか。
きっとなんて不釣り合いな二人なんだ、と思われるに違いない。
だって、彼の着物は上質な布であるのがわかるし、偉い人なのだと一目でわかる。
それに比べて私は貧相な体に、ボロボロの擦り切れた小袖に裸足。
段々申し訳思えてきて、私は黙って俯くしかなかった──。
帰る家もない私を抱えて、彼はどこかに向かって行く。
「ど、どちらへ?」
「家がないのだろう。うちに来い。面倒を見るくらいできる」
ああ、この人はなんて優しい人なんだろう。
ひどく冷たく聞こえたその声の裏には、きっと優しい気持ちが詰まっている。
そんな風に思いながら彼を見つめていると、視線がばっちりと合う。
「──っ!!」
「なんだ?」
「い、いえっ!」
月の光がより彼の青紫色の瞳を輝かせる。
どうしてこんなに目を奪われてしまうのだろう。
「名は?」
「え……」
もう一度言わせる気か、とばかりに目を細められる。
「凛……です」
「そうか。十八まで面倒を見てやる。それまでに自分で生きる術を身につけろ。できるか?」
そう聞いて私は俯いてしまう。
「できないのか?」
「いえ、ありがたいお話ですが、私は亡くなった父や母に拾われた子でございます。年は……わかりません」
そうだ、私は拾い子のため年齢がわからなかった。
だいたいの年月で覚えており、おおよそ十くらいの年齢だろうと思う。
彼は私から目を逸らす。
「では、今日がお前の生まれた日とする。十一の月の三日。今から八年後の今日までに身につけろ。できるな?」
どうやって生きる術を身につければよいだろうか。
そうして考えた時に、先程のことが頭をよぎった。
刀を手に持って救ってくれた彼のその後ろ姿。
頼もしくて、優しくて、そして何より強かった。
私もなれるだろうか。
この命を救ってくれた彼のように、強く、強く──。
「あなた様のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
私が尋ねると、こちらを向いて彼は口を開いた。
「零」
彼の名を聞けたことが少し嬉しくて、胸元をぎゅっと握り締める。
零様のために役に立つことができるだろうか。
そのために私は何をすべきだろうか。
「強くなれ」
「え……?」
「お前自身でお前の身を守れ」
まるで私の心の中を見透かしたかのような言葉に、私は生きる希望を見出した。
強くなることこそが、私が生きる道。
ならば、私はこの助けられた命を強くなることの為に使いたい。
こうして、私は新しい生きる道を見つけたのだった──。
0
あなたにおすすめの小説
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
番(つがい)はいりません
にいるず
恋愛
私の世界には、番(つがい)という厄介なものがあります。私は番というものが大嫌いです。なぜなら私フェロメナ・パーソンズは、番が理由で婚約解消されたからです。私の母も私が幼い頃、番に父をとられ私たちは捨てられました。でもものすごく番を嫌っている私には、特殊な番の体質があったようです。もうかんべんしてください。静かに生きていきたいのですから。そう思っていたのに外見はキラキラの王子様、でも中身は口を開けば毒舌を吐くどうしようもない正真正銘の王太子様が私の周りをうろつき始めました。
本編、王太子視点、元婚約者視点と続きます。約3万字程度です。よろしくお願いします。
隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~
夏笆(なつは)
恋愛
ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。
ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。
『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』
可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。
更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。
『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』
『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』
夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。
それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。
そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。
期間は一年。
厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。
つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。
この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。
あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。
小説家になろうでも、掲載しています。
Hotランキング1位、ありがとうございます。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
〖完結〗時戻りしたので、運命を変えることにします。
藍川みいな
恋愛
愛するグレッグ様と結婚して、幸せな日々を過ごしていた。
ある日、カフェでお茶をしていると、暴走した馬車が突っ込んで来た。とっさに彼を庇った私は、視力を失ってしまう。
目が見えなくなってしまった私の目の前で、彼は使用人とキスを交わしていた。その使用人は、私の親友だった。
気付かれていないと思った二人の行為はエスカレートしていき、私の前で、私のベッドで愛し合うようになっていった。
それでもいつか、彼は戻って来てくれると信じて生きて来たのに、親友に毒を盛られて死んでしまう。
……と思ったら、なぜか事故に会う前に時が戻っていた。
絶対に同じ間違いはしない。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全四話で完結になります。
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる