祝福の淡雪~結ばれない「運命」をあなたとなら壊したい~

八重

文字の大きさ
4 / 13

第4話 秘密の任務と慟哭

しおりを挟む
 夜の涼しい風と共に、笛の音が鳴り響く。
 心地よいその曲に合わせて太鼓が弾んで聞こえてきた。

 煌びやかな衣装を着た女性たちが、この宴のために庭作られた敷舞台の上で舞を踊っている。
 多くの貴族様たちも出席されている祝いの席には零様と、その横に綾芽様がいらっしゃった。

 伊織様に、お二人の護衛役を頼まれたけれど私で本当に大丈夫なんだろうか。
 正座をして少し離れた部屋の隅に座っていると、視線の先の零様が私に合図を送る。
 私は急いで宴を邪魔しないようにしゃがみながら、急いで駆け付けた。

「いかがいたしましたか?」
「もっと近づけ」
「……へ?」

 きょとんとしてしまった私の胸元を掴み、零様を私をぐいっと自らに引き寄せた。

「──っ!!」

 いきなり近づく零様に私の鼓動は大きく跳ね上がる。
 その瞬間、零様の低い声が私の耳元で聞こえた。

「懐刀は?」
「……え?」

 戸惑いの声をあげる私に、鋭い視線が送り込まれる。
 無言の圧力に急いで答えた。

「持っております」
「台所へ行け」
「……へ?」

 もしや刀で魚を捌いてこいとかそういう……。

「違う」
「まだ何も言ってません」
「どうせお前のことだから、魚を捌く想像をしたはずだ」

 ば…ばれてる……!
 私は必死に頭を振ってごまかしたが、零様は信じていないようだ。

 次の曲の始まりを告げる甲高い笛の音ではっとする。
 
 そうだ、台所に向かう……!
 零様から受けた指示を思い出して彼の目をみるが、その瞳はもう舞に移されていた。
 「行け」という指示だと捉え、私は後ろに下がろうと振り返る。
 すると、後ろから声をかけられた。

「『さばく』ものを間違えるなよ?」
「……? はい」

 その声はいつもより低く、それでいて重く感じた──。



 台所は確か廊下の突き当りを左に行った先にあったはず……。
 どうして零様は私に台所に行けなんて言ったのだろうか。
 魚を捌く?
 猪肉の解体だろうか?
 いや、もしかして、何かこっそり欲しいものがあったとか……!

 そう感じて先程の光景を思い出す。
 あれ……?

「あまりお善に手をつけていなかった……」

 今日は零様の生誕の宴ということもあり、めでたい料理や酒に加えて、零様の好物である海老のしんじょも出されていた。
 しんじょを召し上がっていなかったのも珍しい。
 それに先程近づいた時も、お酒の匂いがしなかった……。

 何か嫌な予感がして、私は台所へ行く足を速めた。


 台所に着くと、そこには誰もいなかった。
 明かりもつけられておらず、薄暗いそこには料理係の者が一人もいない。

 どういうこと……?

 その瞬間、奥の棚の後ろ側から何か物音がした。
 私は胸元に忍ばせてある懐刀に手をかけ、ゆっくりと静かに奥のほうを覗き込みながら進む。

 何か水のようなものを注ぐような音が聞こえてきたのと同時に、そこに何者かがいることを悟る。
 その人物の手元を見ると、酒の徳利に何かを注いでいた。
 注ぎ終えた瓶を棚に置くと、懐から何かを出して徳利に入れている。

 さらさらと粉状の何かが入れられたそれが、零様へ出される予定の食後酒だと気づく。

 まさか、毒……!?

 その瞬間、その人物の姿が月明かりに照らし出された。

「──っ!! 伊織……さま?」

 私の声を聴いた伊織様は、鋭い視線をこちらに向けてくる。
 手に持った酒を素早く棚へ置くと、懐から刀を抜いて襲い掛かってきた。

「伊織様っ! おやめください!」

 咄嗟に抜いた懐刀でその刃を受け止めると、押し負けて倒される。
 背中にひんやりとした感覚が広がると同時に、交わった刃は私の喉元のすぐそばまで来る。

「伊織様っ!」
「黙れ、邪魔をする者は殺す。お前でもだ」
「おやめください、どうして零様を……」
「どうして、だと?」

 その言葉に押し込まれる刀の威力が弱まる。
 私に馬乗りになって殺そうとするその手が、少しだけ震えだした。

「あいつは、あいつは私の弟を殺した」
「……え?」
「あいつは香月を、香月を見殺しにしたんだ!」
「──っ!!」

 強められた語気は私の心に重くのしかかる。

「助けられたはずなのに、なのに殺した。あいつは! 人の心のない化け物だ!」

 その言葉を聞いた途端に、私の中で何かがはじけ飛んだ。
 違う、そうじゃない!
 あの人は、あの人は……。

「化け物なんかじゃない……」
「は?」
「零様は化け物なんかじゃありません! あの人は私を救ってくれた。妖魔から守ってくれた……優しい人だ!」

 ひどく冷たい声を放って、笑顔も見せない。
 それでも零様は誰よりも強くて、そしてみんなを守ってる……。

「はっ、はは。お前はあいつを恋い慕ってるもんな。馬鹿馬鹿しい。結ばれないんだぞ、あいつとは、永遠に! 守護王の生まれ変わりは桜華姫の生まれ変わりと結ばれる! お前は選ばれない、あいつに!」
「それでもっ!! 私はあの人の役に立ちたいっ!」

 そんなことは言われなくてもわかってた。
 零様は綾芽様と結ばれて、この国を平和に導く使命がある。
 私の想いは届かない、届くことはない。
 だからこそ、あの人の盾となり矛となって役に立つ。
 それが……。

「それが、私の生きる道だから」

 私は体を丸くさせて膝をあげると、そのまま勢いよく相手の腹部を蹴る。

「んぐ……っ!」

 苦しそうな声をあげた彼の一瞬の隙を見て、彼の拘束から逃げた。
 相手はすかさず私に大きく刀を振り上げてくる。
 その刀を懐刀で受けると、そのまま相手の力を利用してくるりと身を翻した。

「くそっ!」

 怒りに身を任せた彼の攻撃は一気に単調になり、隠し持っていた武器を今度は私の顔目がけて突いて来る。


 ──次の瞬間に勝負は決まった。
 突き攻撃をかわした私が、彼の下から喉元に切っ先を向ける。

「お願いです、罪を償ってください。伊織様」

 悔しそうな舌打ちと、鋭い視線に負けそうになる。
 しかし、そんな見つめ合いの静けさを破ったのは、あの人だった。

「終わりだ、伊織」
「──なっ! ……天城、零」

 零様と伊織様の視線が交錯する。

「お前が俺を恨むことは否定しない。だが、お前は踏み越えてはいけない一線を超えた」
「ふざけるなっ! 部下に死ねと命じるようなお前に言われたくはない! 香月にお前は死ねと命じた!」
「ああ」

 動揺することなく肯定する零様の様子を見て、大きく顔を歪めた。
 伊織様は、零様が憎らしくてたまらないというような視線を向ける。

 二人の凄まじい圧に一瞬ひるんだ私は、伊織様に反撃を許す。

「──っ!」

 弾き飛ばされた私の懐刀は、地面を滑っていく。
 伊織様はその隙に私を仕留めようと、刀を振りかざす。

「凛っ!」
「──っ!」

 私の名を呼ぶと共に零様から投げ渡されたそれは、守護王の護身刀だった。
 私はすかさずそれを抜くと、頭の上から降りて来る刃を受け止める。
 そうして、さっと身を引いて相手が自分の勢いでよろめいたところに、私は寸止めで相手の喉を狙う。

「諦めろ、伊織。お前はそいつには勝てない」
「こんな小娘に負けるわけが……」

 悪態をついたところで、伊織様は何かに気づいたように目を見開いた。

「ふふ、ふはははは! そうか、天城零、お前は俺ではなくこいつを選んだのか」

 理解ができずに私は零様を見ると、彼は静かに伊織様を見つめていた。
 そうして刀を捨てた伊織様は、手をあげて降参の意を示す。

「連れていけ」

 零様の指示を受けて、廊下に控えていた護衛兵たちが、伊織様の身柄を拘束する。
 伊織様は最後に立ち止まって笑いながら私に告げた。

「お前はいずれ捨て駒にされる。あいつに」

 そうして零様を一瞥した彼は、護衛兵に連れていかれた。

 立ち尽くす私の元に、零様が近づいてくる。
 俯く私の頭に彼の大きな手が触れた。

「よくやった」
「──っ!!」

 その言葉に私は喉の奥がツンとなって、唇を嚙みしめて感情を押し込める。

「その刀、お前に預ける。使いこなせ、それを」

 それだけを残して、零様はその場から去って行った。
 私は誰もいなくなった冷たい空間で泣く。

 零様のぬくもりと優しさを感じながら──。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

番(つがい)はいりません

にいるず
恋愛
 私の世界には、番(つがい)という厄介なものがあります。私は番というものが大嫌いです。なぜなら私フェロメナ・パーソンズは、番が理由で婚約解消されたからです。私の母も私が幼い頃、番に父をとられ私たちは捨てられました。でもものすごく番を嫌っている私には、特殊な番の体質があったようです。もうかんべんしてください。静かに生きていきたいのですから。そう思っていたのに外見はキラキラの王子様、でも中身は口を開けば毒舌を吐くどうしようもない正真正銘の王太子様が私の周りをうろつき始めました。 本編、王太子視点、元婚約者視点と続きます。約3万字程度です。よろしくお願いします。  

隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)
恋愛
 ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。  ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。 『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』  可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。  更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。 『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』 『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』  夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。  それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。  そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。  期間は一年。  厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。  つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。  この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。  あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。    小説家になろうでも、掲載しています。 Hotランキング1位、ありがとうございます。

貴方の願いが叶うよう、私は祈っただけ

ひづき
恋愛
舞踏会に行ったら、私の婚約者を取り合って3人の令嬢が言い争いをしていた。 よし、逃げよう。 婚約者様、貴方の願い、叶って良かったですね?

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

〖完結〗時戻りしたので、運命を変えることにします。

藍川みいな
恋愛
愛するグレッグ様と結婚して、幸せな日々を過ごしていた。 ある日、カフェでお茶をしていると、暴走した馬車が突っ込んで来た。とっさに彼を庇った私は、視力を失ってしまう。 目が見えなくなってしまった私の目の前で、彼は使用人とキスを交わしていた。その使用人は、私の親友だった。 気付かれていないと思った二人の行為はエスカレートしていき、私の前で、私のベッドで愛し合うようになっていった。 それでもいつか、彼は戻って来てくれると信じて生きて来たのに、親友に毒を盛られて死んでしまう。 ……と思ったら、なぜか事故に会う前に時が戻っていた。 絶対に同じ間違いはしない。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全四話で完結になります。

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

処理中です...