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第2章 除霊編
後編 差し出された右手
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千年夜行 第2章 除霊編 後編
進展もなく神社仏閣を巡り、早一ヶ月……私達を嘲笑うかのように季節は残暑の残る新秋へと移りゆく。
神社の境内の端で車椅子に座り、生気を失い霞んだ瞳で漠然と空を眺める私の視界にヒラヒラと1枚の木の葉が舞い落ちる。それを包帯で覆われた両手でたどたどしく受け止めるも手の中で黒く変色し、程なく砕けて吹き抜ける風に乗り宙へ舞い上がる。それを虚ろな眼で眺めている。
この1ヶ月、私達が頼った霊能力者は巻かれた四肢の包帯の下を見て、ここでは対処出来ません、お引取り下さいと無慈悲に匙を投げた。そして例に漏れずここもダメだったのだろう……母が一礼し、こちらに歩いてくる。
「ここもダメだった……」
「……そう……」
この会話、霊能力者達の冷酷な言葉を数多に重ねるうちに、私から感情を奪った。
確かに最初は胸を締め付けられるほど悲しかったのかもしれない……。助けを求め懇願したのかもしれない……。
しかし今はそんな事どうでもいい……分かってしまったから……
「だ れ も わ た し た ち を た す け て く れ な い」
っと…………
私は漠然と青空を眺めている
カラカラカラ……
母が車椅子を押してくれているんだろう……微かな揺れと車輪の回る音が耳元で絶えず聞こえる。何時の間に車まで着いたようだ。母は私を車椅子から車の座席へ介助し乗せ、運転席に移動し車が出発する。暫く車に揺られていると、
「川沿いでも散歩してみない?気分転換になるかもよ」
母の問に私は少しばかり頷くと母は分かったと言い川の方面に進行方向を変える。
暫くすると近くの駐車場に着き、私は車椅子に乗せられ堤防の坂を登っていく。そして程なく坂を登りきり堤防の上に出る。堤防からの景色はさぞ綺麗なんだろう……私の瞳には真っ白な霧が掛かったようにしか見えないが……遠くから子供のはしゃぐ声も聞こえる私と同年代なのだろうか……ぼんやりとした意識の中でそのような妄想に耽っていると、突然額に激痛が走る……何かがぶつかったようだ……そして熱いものが額から頬や鼻を伝って顎へと流れる。その一部が少し開いた口から中に入ってくる。鉄の味がした。瞬時に「あ、私今、血を流しているんだ」っと自覚する。
背後から母の怒号が響き渡り、近くから数人の少年少女の声が聞こえる。
「おばさんなんで死体を車椅子に乗せて運んでるの?もしかして犯罪者?」
「でも石を当てたら血を流しているよ?生きてるんじゃない?」
「ここは包帯まみれの化け物が来る場所じゃねぇんだ!」
化け物?この私が?何故そんな事言われるの?なんで?なんデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ
………………ナゼわたしガ、ソンナコトイワレナキャイケナイノ……?
何処か、その問の答えが返って来る。
━━それはね、君がずっとこっち側だからだよ━━
ソウナンダ~……ナラ……モウどうナッテモ……イイヨネ……コノ恨ミ……シをモッテ贖ウベシ……
母の声や子供の悲鳴が遥遠くから聞こえる気がする……何処からか再び声が聞こえる……
━━ヤツガレに続いて言葉を━━
目の前の子供が綾乃に化け物と行った瞬間から周りの空気が一変する。
「綾乃!どうしたの!?」
そう言って綾乃の顔を覗き込んだ私の背筋は凍りつく。
満面の笑みなのだ……先程まで全くと言って良いほど無表情だったのに…そして両目から血の涙を流しながら瞳は確実に少年少女を捉えている。そしてその口が開かれ...
━━子らよ━━
━━子を呪う者らよ━━
━━四肢を打ちし穢れし楔よ━━
何処からか膨大な量の赤ん坊の鳴き声が響き始める。
━━七つの贄を七度捧げ━━
━━地を這う亡者は底を逝き━━
綾乃の周りに黒い人影が大量に現れ、いつの間にか夕焼け空になっている……いや違う……綾乃自身の空間に私とあの男女ごと引き摺り込まれたんだ。この感じ…まさか自分の娘が22年前と同じ事を……私は綾乃の頬を叩き正気を取り戻そうとするも先に
━━我が血道に……
ゴンッ……鈍い音と同時に綾乃が車椅子から崩れ落ちると同時に空間がひび割れ砕ける。いつの間にか元の周りは昼間に戻っている。そして崩れ落ちた綾乃の前に巫女服を着た綾乃と同年代の少女が立っている。その背中には「霊能暗躍特務部隊」と書かれている。それを見た瞬間私の頭を頭痛が襲う……
その部分の記憶に霧がかかり上手く思い出せない。あの時確かに何かあったはず……
「大丈夫ですか!?」
綾乃を止めてくれた少女が声をかけてくる。いつの間にか綾乃を化け物呼ばわりした子供達は居なくなっている。
「君は一体……」
その問いに少女はハッとした様子でペコッと頭を下げ
「私は神山 明美といいます。霊能暗躍特務部隊……通称「暗部」の和歌山支部で直階をやらせていただいてます。どうぞお見知り置きを」
明美と名乗った少女は綾乃の方を向き直り色々と調べ始める。間もなく同じような服装の大人が走ってくる。
「お嬢!なんでいきなり走って行くんですか!」
走ってくる女性の姿に……いや気配に何か違和感を感じるが今はそれどころではない。
「綾香姉さんこれを見て」
そう言い明美は綾乃を指さす。
「え!なにこれ!四肢が……」
綾香さんは綾乃の瞼を指で開き眼球を見る。
「四肢はこのままじゃ腐り落ちる……それに目にも……ここまで重度の霊障が……この状態で生きているなんて……地獄以外のなんでもない……明美、今すぐ田村正階に連絡!」
「はい!」
明美が何処かに電話をかける。暫くして
「綾香さん!いけます!」
「分かった!お母さん一応ここに住所と電話番号だけ書いてください」
「分かりました。」
サッと渡された紙に住所と電話番号を書いて綾香に返す。
「ありがとうございます。では明日お母さんとその他の家の方々も除霊しますのでお迎えに上がります。綾乃さんは最も重症なので今から支部に運びます。」
綾香は綾乃の頭部を処置し、背負い
「では明日に向けて準備お願いします。」
と言い綾香と明美は来た道を走り去る。私も来た道を引き返し車に向かう。
あれ……何かあった気がする…それにしても揺れてる……誰かが私を背負って走ってる……?
「お………かぁ……さん……」
私は掠れた声で母を呼ぶ。
「綾香さん!綾乃さんが意識を取り戻しました!」
「良かった……でも明美、流石に頭を鞘で殴るのは良くない。下手したら死んでたかもよ。」
「でも止められて良かったじゃん。あのままいってたら尋常じゃない被害が出てたんだし。」
「それもあるので今回ばかりは大目に見ますが……次からはやらないように!」
「は~い」
お母さんじゃない……誰なんだろう……知らない声……
「綾乃ちゃん大丈夫?」
なぜこの声の主は私の名前を知ってるの……?まあいいか…………
私は少し開いた瞳をゆっくり閉じる。
…………
「明美さん下がって!」
「え?」
誰か大きな声で話してる……
「やぁ愛宕の末裔よ」
私はゆっくり地面に降ろされて服であろう物を枕替わりに敷かれる。
「貴方は何者ですか?ただの一般人という訳でもあるまい!」
「そう身構えるなよ。お前らは知らない方がいい事もある。俺が用があるのはお前らじゃない後ろの愛宕の末裔だ。」
私が愛宕の末裔……?どういうこと?
「この子をどうする気だ?」
「殺すのさ」
「させると思うか?」
私…殺されるの……?何もしてないのに……
「女子がそんな危ない物を持っちゃダメだろ」
男性の声の後、パリンッと大きな音を立てて何かが割れる音がする。
「神々の忠犬共、邪魔はしないでくれたまえ」
「綾香姉さんアレなんですか!?」
「あれは特級禁忌呪物 黑芒眼……やばい綾乃さんを連れて逃げるよ!」
「逃がすとでも?愛宕の末裔は殺す。邪魔するならお前らも殺すぞ!陣地!屍国降誕」
突然周りが夜のように暗くなる。
あれ?夜になった……女の人の口調……何かヤバいのかな……
突然右腕が引っ張られ、激痛が走り誰かに背負われる
「まさか陣地まで……」
「どうするの!?明らかにやばいよ綾香姉さん!」
女の人達……なにか焦ってる……やばいのかな……
目を細めるも視界は白い霧を纏っており何も見えない……
「まてや!愛宕の末裔!!」
私は愛宕の末裔……私を助けようと奔走してくれてる……綾香さんと明美さんを助けなきゃ……でも私には何も出来ない……
私は何も出来ない悔しさで奥歯を食いしばり強く目を瞑るとピタッと音が聞こえなくなる。恐る恐る目を開けると目の前に「目」がある。
「ギャァァァァァ!」
よくよく見るとそれは顔布で黒い巫女服を来た黒髪の少女が覗き込んでいる。私の悲鳴を聞いたのか少し距離を取る。
━━絶望かい?後悔かい?あの程度で覚悟を揺さぶられようとは愛宕の血が泣くよ?━━
「貴方は何者ですか?それに目もよく見える……なんで?」
目の前の巫女は飛び退いた後、片足でクルンと一回転し
━━僕は案山子。愛宕の血族を導く為に晴子様が作り出した自立思考型の式ノ神だよ。因みに君の目が今よく見えてるのは愛宕の呪いが僕の陣地内では発動しないから。でもこのままじゃ君はおろか君を助けようとした人達も死んじゃうよ?そこで!━━
案山子は手をパンッと叩く
━━君に僕の力を少し貸してあげることにしたのさ。欲しい?━━
私は唖然としながら小さく頷く。
━━なら……2分━━
巫女がそう呟くと同時に急激な眠気が襲い自然に瞼が閉じてゆく中案山子の声が聞こえる。
━━2分間だけ……君を「禍神」にしてあげる━━
「クソ…奴の方が速い…追いつかれる……」
綾香さんの声が聞こえる……
恐る恐る瞼を開けると視界はとても澄み切っている。ごめんね綾香さんと心の中で謝り綾香の背中を蹴る。
「痛!何!?」
その反動で綾香の手は解け、綾乃は地面に着地するもバランスを崩しドサッと転ぶ。
久しぶりにこの足で地面にたったんだ……足に力が入らないな……
「何やってるの!!綾乃ちゃん!!」
綾香が叫ぶ。それを聞き、明美も振り返る。私はふらつきながら足に力を入れて立ち上がる。
「あいつらを助ける為なら自分は殺されると!?いい心掛けだな!!ではお望みどおり死んでもらおうか!」
男性は子斧を振り上げ、綾香がこちらに走ってくる。しかし私の目にはその2人の動きは果てしなく遅く見えている。
「え……」
男性の動きがピタッと止まりみるみる顔色が悪くなる
「なんでお前がそれを持ってる……どうしてお前がその瞳を持ってるって聞いてんだ!」
……2分って言ってたし勝負をつけなきゃ……
私は駆け足で男性の前に立ち右手で掌底を男性の胸に打ち込む。敵の胸は豆腐の様に柔らかく、いとも容易く貫通し、後方の骸骨の集団を吹き飛ばす。
「嘘……だろ……話が違う……じゃないか…………あの女…………俺を騙した…………のか……ゴボッ……」
男性の口から血が吹き出す。
━━君が言うべき言葉は分かるはずさ━━
不意に案山子の声が聞こえた。私は小さく頷くと
「……朽ち果てよ……」
男性の霊体は苦悶の表情を浮かべ崩れていく。
綾香と明美はその光景を愕然と見ている。
そして程なく約束の2分……全身が脱力しそのまま地面に倒れ込む。
あれ……指一本……動かない……視界もまた白く戻ってる……一時の奇跡かな……
「綾乃さん!?大丈夫ですか!?」
「ねぇ大丈夫?」
私は笑顔を作り、小さく頷く。
「じゃあ綾乃さん行きましょう。霊能暗躍特務部隊和歌山第2支部へ」
私は車に乗せられると疲れからか深い眠りに落ちていく……
真夜中……山頂の木の上から綾乃達を眺めていた影が2つ……
「良かったのかい?副将……末席だが大厄災霊を1人捨て駒にするだけの価値があの少女にあったのか?また大将に怒られるぜ……?」
無精髭を生やした着物を着た男性の問に隣に座っている左頬に北斗七星を線で結んだのような傷をもつ巫女服姿の少女が答える。
「下手な当て馬じゃ何も面白くないですし。どちらにしろ黒凛では大厄災霊の席位は役不足でしたし、あの小娘のお手並みを拝見出来たし、おまけ程度に処刑までしてくれた。一石二鳥でし。それにあいつら周辺の龍脈の集まる支部に行くみたいですし、一石三鳥も有り得そうでし。こりゃ計画より凄く盛大な祭りになりそうでし。」
男性はやれやれと言い座る。
「今日はいい夜になりそうだな……」
「そうでしね」
少女は近くの木の葉っぱを1枚千切り、フッと息を吹きかけ夜空に飛ばす。
木葉はヒラヒラと地面に向けて舞い落ち、地面の液体に波紋を作る。月明かりが山に差し込み、木の葉の舞落ちた血溜まりと大量の亡骸を照らし出す。
「今度はもっと強い奴が来て欲しいでし」
寂しそうに月を見上げる少女の背後から
「まさかアイツは!大厄災霊なんでこんな所に!?」
「早く上に連絡しないと……」
振り返り暗部の隊員達を見た少女はニタァと邪悪な笑顔を浮かべる。
「みぃつけた~」
進展もなく神社仏閣を巡り、早一ヶ月……私達を嘲笑うかのように季節は残暑の残る新秋へと移りゆく。
神社の境内の端で車椅子に座り、生気を失い霞んだ瞳で漠然と空を眺める私の視界にヒラヒラと1枚の木の葉が舞い落ちる。それを包帯で覆われた両手でたどたどしく受け止めるも手の中で黒く変色し、程なく砕けて吹き抜ける風に乗り宙へ舞い上がる。それを虚ろな眼で眺めている。
この1ヶ月、私達が頼った霊能力者は巻かれた四肢の包帯の下を見て、ここでは対処出来ません、お引取り下さいと無慈悲に匙を投げた。そして例に漏れずここもダメだったのだろう……母が一礼し、こちらに歩いてくる。
「ここもダメだった……」
「……そう……」
この会話、霊能力者達の冷酷な言葉を数多に重ねるうちに、私から感情を奪った。
確かに最初は胸を締め付けられるほど悲しかったのかもしれない……。助けを求め懇願したのかもしれない……。
しかし今はそんな事どうでもいい……分かってしまったから……
「だ れ も わ た し た ち を た す け て く れ な い」
っと…………
私は漠然と青空を眺めている
カラカラカラ……
母が車椅子を押してくれているんだろう……微かな揺れと車輪の回る音が耳元で絶えず聞こえる。何時の間に車まで着いたようだ。母は私を車椅子から車の座席へ介助し乗せ、運転席に移動し車が出発する。暫く車に揺られていると、
「川沿いでも散歩してみない?気分転換になるかもよ」
母の問に私は少しばかり頷くと母は分かったと言い川の方面に進行方向を変える。
暫くすると近くの駐車場に着き、私は車椅子に乗せられ堤防の坂を登っていく。そして程なく坂を登りきり堤防の上に出る。堤防からの景色はさぞ綺麗なんだろう……私の瞳には真っ白な霧が掛かったようにしか見えないが……遠くから子供のはしゃぐ声も聞こえる私と同年代なのだろうか……ぼんやりとした意識の中でそのような妄想に耽っていると、突然額に激痛が走る……何かがぶつかったようだ……そして熱いものが額から頬や鼻を伝って顎へと流れる。その一部が少し開いた口から中に入ってくる。鉄の味がした。瞬時に「あ、私今、血を流しているんだ」っと自覚する。
背後から母の怒号が響き渡り、近くから数人の少年少女の声が聞こえる。
「おばさんなんで死体を車椅子に乗せて運んでるの?もしかして犯罪者?」
「でも石を当てたら血を流しているよ?生きてるんじゃない?」
「ここは包帯まみれの化け物が来る場所じゃねぇんだ!」
化け物?この私が?何故そんな事言われるの?なんで?なんデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ
………………ナゼわたしガ、ソンナコトイワレナキャイケナイノ……?
何処か、その問の答えが返って来る。
━━それはね、君がずっとこっち側だからだよ━━
ソウナンダ~……ナラ……モウどうナッテモ……イイヨネ……コノ恨ミ……シをモッテ贖ウベシ……
母の声や子供の悲鳴が遥遠くから聞こえる気がする……何処からか再び声が聞こえる……
━━ヤツガレに続いて言葉を━━
目の前の子供が綾乃に化け物と行った瞬間から周りの空気が一変する。
「綾乃!どうしたの!?」
そう言って綾乃の顔を覗き込んだ私の背筋は凍りつく。
満面の笑みなのだ……先程まで全くと言って良いほど無表情だったのに…そして両目から血の涙を流しながら瞳は確実に少年少女を捉えている。そしてその口が開かれ...
━━子らよ━━
━━子を呪う者らよ━━
━━四肢を打ちし穢れし楔よ━━
何処からか膨大な量の赤ん坊の鳴き声が響き始める。
━━七つの贄を七度捧げ━━
━━地を這う亡者は底を逝き━━
綾乃の周りに黒い人影が大量に現れ、いつの間にか夕焼け空になっている……いや違う……綾乃自身の空間に私とあの男女ごと引き摺り込まれたんだ。この感じ…まさか自分の娘が22年前と同じ事を……私は綾乃の頬を叩き正気を取り戻そうとするも先に
━━我が血道に……
ゴンッ……鈍い音と同時に綾乃が車椅子から崩れ落ちると同時に空間がひび割れ砕ける。いつの間にか元の周りは昼間に戻っている。そして崩れ落ちた綾乃の前に巫女服を着た綾乃と同年代の少女が立っている。その背中には「霊能暗躍特務部隊」と書かれている。それを見た瞬間私の頭を頭痛が襲う……
その部分の記憶に霧がかかり上手く思い出せない。あの時確かに何かあったはず……
「大丈夫ですか!?」
綾乃を止めてくれた少女が声をかけてくる。いつの間にか綾乃を化け物呼ばわりした子供達は居なくなっている。
「君は一体……」
その問いに少女はハッとした様子でペコッと頭を下げ
「私は神山 明美といいます。霊能暗躍特務部隊……通称「暗部」の和歌山支部で直階をやらせていただいてます。どうぞお見知り置きを」
明美と名乗った少女は綾乃の方を向き直り色々と調べ始める。間もなく同じような服装の大人が走ってくる。
「お嬢!なんでいきなり走って行くんですか!」
走ってくる女性の姿に……いや気配に何か違和感を感じるが今はそれどころではない。
「綾香姉さんこれを見て」
そう言い明美は綾乃を指さす。
「え!なにこれ!四肢が……」
綾香さんは綾乃の瞼を指で開き眼球を見る。
「四肢はこのままじゃ腐り落ちる……それに目にも……ここまで重度の霊障が……この状態で生きているなんて……地獄以外のなんでもない……明美、今すぐ田村正階に連絡!」
「はい!」
明美が何処かに電話をかける。暫くして
「綾香さん!いけます!」
「分かった!お母さん一応ここに住所と電話番号だけ書いてください」
「分かりました。」
サッと渡された紙に住所と電話番号を書いて綾香に返す。
「ありがとうございます。では明日お母さんとその他の家の方々も除霊しますのでお迎えに上がります。綾乃さんは最も重症なので今から支部に運びます。」
綾香は綾乃の頭部を処置し、背負い
「では明日に向けて準備お願いします。」
と言い綾香と明美は来た道を走り去る。私も来た道を引き返し車に向かう。
あれ……何かあった気がする…それにしても揺れてる……誰かが私を背負って走ってる……?
「お………かぁ……さん……」
私は掠れた声で母を呼ぶ。
「綾香さん!綾乃さんが意識を取り戻しました!」
「良かった……でも明美、流石に頭を鞘で殴るのは良くない。下手したら死んでたかもよ。」
「でも止められて良かったじゃん。あのままいってたら尋常じゃない被害が出てたんだし。」
「それもあるので今回ばかりは大目に見ますが……次からはやらないように!」
「は~い」
お母さんじゃない……誰なんだろう……知らない声……
「綾乃ちゃん大丈夫?」
なぜこの声の主は私の名前を知ってるの……?まあいいか…………
私は少し開いた瞳をゆっくり閉じる。
…………
「明美さん下がって!」
「え?」
誰か大きな声で話してる……
「やぁ愛宕の末裔よ」
私はゆっくり地面に降ろされて服であろう物を枕替わりに敷かれる。
「貴方は何者ですか?ただの一般人という訳でもあるまい!」
「そう身構えるなよ。お前らは知らない方がいい事もある。俺が用があるのはお前らじゃない後ろの愛宕の末裔だ。」
私が愛宕の末裔……?どういうこと?
「この子をどうする気だ?」
「殺すのさ」
「させると思うか?」
私…殺されるの……?何もしてないのに……
「女子がそんな危ない物を持っちゃダメだろ」
男性の声の後、パリンッと大きな音を立てて何かが割れる音がする。
「神々の忠犬共、邪魔はしないでくれたまえ」
「綾香姉さんアレなんですか!?」
「あれは特級禁忌呪物 黑芒眼……やばい綾乃さんを連れて逃げるよ!」
「逃がすとでも?愛宕の末裔は殺す。邪魔するならお前らも殺すぞ!陣地!屍国降誕」
突然周りが夜のように暗くなる。
あれ?夜になった……女の人の口調……何かヤバいのかな……
突然右腕が引っ張られ、激痛が走り誰かに背負われる
「まさか陣地まで……」
「どうするの!?明らかにやばいよ綾香姉さん!」
女の人達……なにか焦ってる……やばいのかな……
目を細めるも視界は白い霧を纏っており何も見えない……
「まてや!愛宕の末裔!!」
私は愛宕の末裔……私を助けようと奔走してくれてる……綾香さんと明美さんを助けなきゃ……でも私には何も出来ない……
私は何も出来ない悔しさで奥歯を食いしばり強く目を瞑るとピタッと音が聞こえなくなる。恐る恐る目を開けると目の前に「目」がある。
「ギャァァァァァ!」
よくよく見るとそれは顔布で黒い巫女服を来た黒髪の少女が覗き込んでいる。私の悲鳴を聞いたのか少し距離を取る。
━━絶望かい?後悔かい?あの程度で覚悟を揺さぶられようとは愛宕の血が泣くよ?━━
「貴方は何者ですか?それに目もよく見える……なんで?」
目の前の巫女は飛び退いた後、片足でクルンと一回転し
━━僕は案山子。愛宕の血族を導く為に晴子様が作り出した自立思考型の式ノ神だよ。因みに君の目が今よく見えてるのは愛宕の呪いが僕の陣地内では発動しないから。でもこのままじゃ君はおろか君を助けようとした人達も死んじゃうよ?そこで!━━
案山子は手をパンッと叩く
━━君に僕の力を少し貸してあげることにしたのさ。欲しい?━━
私は唖然としながら小さく頷く。
━━なら……2分━━
巫女がそう呟くと同時に急激な眠気が襲い自然に瞼が閉じてゆく中案山子の声が聞こえる。
━━2分間だけ……君を「禍神」にしてあげる━━
「クソ…奴の方が速い…追いつかれる……」
綾香さんの声が聞こえる……
恐る恐る瞼を開けると視界はとても澄み切っている。ごめんね綾香さんと心の中で謝り綾香の背中を蹴る。
「痛!何!?」
その反動で綾香の手は解け、綾乃は地面に着地するもバランスを崩しドサッと転ぶ。
久しぶりにこの足で地面にたったんだ……足に力が入らないな……
「何やってるの!!綾乃ちゃん!!」
綾香が叫ぶ。それを聞き、明美も振り返る。私はふらつきながら足に力を入れて立ち上がる。
「あいつらを助ける為なら自分は殺されると!?いい心掛けだな!!ではお望みどおり死んでもらおうか!」
男性は子斧を振り上げ、綾香がこちらに走ってくる。しかし私の目にはその2人の動きは果てしなく遅く見えている。
「え……」
男性の動きがピタッと止まりみるみる顔色が悪くなる
「なんでお前がそれを持ってる……どうしてお前がその瞳を持ってるって聞いてんだ!」
……2分って言ってたし勝負をつけなきゃ……
私は駆け足で男性の前に立ち右手で掌底を男性の胸に打ち込む。敵の胸は豆腐の様に柔らかく、いとも容易く貫通し、後方の骸骨の集団を吹き飛ばす。
「嘘……だろ……話が違う……じゃないか…………あの女…………俺を騙した…………のか……ゴボッ……」
男性の口から血が吹き出す。
━━君が言うべき言葉は分かるはずさ━━
不意に案山子の声が聞こえた。私は小さく頷くと
「……朽ち果てよ……」
男性の霊体は苦悶の表情を浮かべ崩れていく。
綾香と明美はその光景を愕然と見ている。
そして程なく約束の2分……全身が脱力しそのまま地面に倒れ込む。
あれ……指一本……動かない……視界もまた白く戻ってる……一時の奇跡かな……
「綾乃さん!?大丈夫ですか!?」
「ねぇ大丈夫?」
私は笑顔を作り、小さく頷く。
「じゃあ綾乃さん行きましょう。霊能暗躍特務部隊和歌山第2支部へ」
私は車に乗せられると疲れからか深い眠りに落ちていく……
真夜中……山頂の木の上から綾乃達を眺めていた影が2つ……
「良かったのかい?副将……末席だが大厄災霊を1人捨て駒にするだけの価値があの少女にあったのか?また大将に怒られるぜ……?」
無精髭を生やした着物を着た男性の問に隣に座っている左頬に北斗七星を線で結んだのような傷をもつ巫女服姿の少女が答える。
「下手な当て馬じゃ何も面白くないですし。どちらにしろ黒凛では大厄災霊の席位は役不足でしたし、あの小娘のお手並みを拝見出来たし、おまけ程度に処刑までしてくれた。一石二鳥でし。それにあいつら周辺の龍脈の集まる支部に行くみたいですし、一石三鳥も有り得そうでし。こりゃ計画より凄く盛大な祭りになりそうでし。」
男性はやれやれと言い座る。
「今日はいい夜になりそうだな……」
「そうでしね」
少女は近くの木の葉っぱを1枚千切り、フッと息を吹きかけ夜空に飛ばす。
木葉はヒラヒラと地面に向けて舞い落ち、地面の液体に波紋を作る。月明かりが山に差し込み、木の葉の舞落ちた血溜まりと大量の亡骸を照らし出す。
「今度はもっと強い奴が来て欲しいでし」
寂しそうに月を見上げる少女の背後から
「まさかアイツは!大厄災霊なんでこんな所に!?」
「早く上に連絡しないと……」
振り返り暗部の隊員達を見た少女はニタァと邪悪な笑顔を浮かべる。
「みぃつけた~」
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