訳あり人外救済 外道街の解呪屋さん

青野イワシ

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巨人の章

本拠地へ

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 唐突に敵の本宅への突入案を唱えたテラポンに、レアンドロスとアストライオスは一瞬思考が停止した。
「テラポン、給仕が終わったら二度寝していい」
「僕は正常です!」
「どう思う、アステリ君」
「俺に聞かないでくれ」
 アストライオスは厄介事を放り投げてきたレアンドロスに壁を作る。
「こんなまどろっこしいことをしているから、いつまで経っても良くならないのです。エピフロン様を締め上げ、馬鹿なことはやめろと頬の一発や二発張ってやれば」
「思った以上に武闘派だったのだな、君は」
 苦笑いをして水を飲むレアンドロスの傍で、テラポンは歯噛みしている。
「しかし直に詰め寄ったところでな、しらを切られるのがオチだ。残念なことに、下手人すら割れていないからな」
「あんたの弟は相当したたかなのか」
 アストライオスの言葉に、レアンドロスが片方の口の端を吊り上げた。
 他人を小馬鹿にするような仕草も、レアンドロスが行えば随分と様になる。
「いいや。前にも言ったが、ただの臆病者だ。私に詰め寄られても顔色一つ変えないような男なら、こんな事は起こさんよ」
 レアンドロスは久しく会っていない弟の顔を思い浮かべる。
 恐らく今回の件を問いただしても、眼を泳がせ額に汗を浮かべながら否定するだろう。
 粘り強いのではない、一度走らせた計画から飛び降りる勇気もない男なのだ。
 レアンドロスは小さく嗤う。
「待てよテラポン、君は案外いい線を行っているやもしれんな」
「レアン様……!」
 自分の案が見直されたことにより、テラポンは瞳を潤ませている。
 それとは対照的に、アストライオスの顔が僅かに曇った。
「結局殴りつけて解決するのか。それなら俺は用済みだな。解放してくれ」
「待ちたまえアステリ君。私は暴力で解決しようとはしていない。それで呪いが解けるとも思わん」
「なら何のために」
「下手人が誰か、分かるやもしれん。それに」
 笑みを深くするレアンドロスに、テラポンが目を丸くする。
「それに、何です?」
「懐妊祝いを渡していなかったからね。兄としての礼節は尽くそう」
 自信満々に足を組むレアンドロスを見上げたアストライオスは、これの弟が性根を曲げるのも少し理解できるような気がしてきた。

 ✧

 鈍色に輝く金糸雀の模造品が窓辺に降り立ったとき、エピフロンは全身の毛穴がきゅっと締まる感覚に陥った。
 マギアで動く鳥は雨雪に濡れぬよう、なめし革で包んだ封書を咥えている。
 あれは兄の使いだ。
 無視したい。
 でも、無視する理由がない。
 そんなことをしたら、ますます不審がられる。
 エピフロンは恐る恐る窓を開け、偽の金糸雀を室内へと招き入れる。
 金糸雀は窓枠へ荷物を置くと、粉雪舞う空へ颯爽と飛び立っていった。
「寒いわ。どうして開けているの」
 背後から妻のカサリナが文句を発したが、エピフロンは振り向けない。
「ねえ」
 僅かに張り出た腹をさすりながら近づくカサリナは、荷物を持つ夫の指が震えていることに気がついた。
「どうしたの? あら、お義兄さんね」
 窓を閉め、固まっているエピフロンの手からするりと封書を抜き取ったカサリナは、さっそく中身を拝見する。
「あっ勝手に」
「いいじゃない。あら、お義兄さん、お祝い持ってきてくれるんですって。仲直りしたいって書いてあるわ」
 うふふ、とあどけない笑みを見せるカサリナに、亡者のように虚ろな眼をしたエピフロンがぱくぱくと口を動かしている。
 彼は何か言いたくても、言葉にならないようだ。
「随分急だけど、そういう人よね。あなたもいつまでも意地張ってないで、ね?」
「あ、あぁ……」

 明日の食事について指示をしに行ったカサリナの背を見送りながら、エピフロンはよろめく足で書斎へ転がり込んだ。
「何故今になって……!」
 流石の兄も自分の身体に起きた変異が弟由来であることくらい、見抜いているだろう。
 だがそれまでだ。
 俺が知らないと言えば、それ以上何もできまい。
 呪詛と言う目に見えぬマギアは便利だ。
 効いてから気づき、かかったときには手遅れだ。
 エピフロンは懐から鍵を取り出し、両袖机に近づく。
 彼は巨体を屈め、左の一番下にある引き出しの鍵を開けた。
 そこにはいくつもの紙束が麻紐で括られて保管されている。
 一番上に置かれていた紙束を手に取り、エピフロンは逡巡する。
 これさえ破棄してしまえば、足はつかない。
 ニンゲンの魔導士と交わした契約書は、今もしっかりと残している。
 阿漕なことをしている証左を書き記すことで、互いに弱点を握り合っている関係性を築かなければ、誰も信用できないのがエピフロンという男であった。
 やはりこれは捨てられない。
 今や宮廷魔導院の中核に食い込んでいる男の汚れ仕事だ。
 しかも、大義のための暗殺でもなく、一個人のシモに関わる醜聞である。
 世へ明るみに出れば、エピフロンは一族の恥さらしで済むが、彼は王侯貴族の笑いものになった後、失脚するだろう。
「まだ使える男だ……」
 あの兄をどうにかできる稀有な対抗札はとっておきたい。
 エピフロンは紙束を引き出しの奥へと押し込むと、引き出しへきっちり鍵をかけて書斎を後にする。
 背にした大窓の向こうに、きらりと軌跡を残す一条の光があった。
 
 ✧

 レアンドロスが便りをよこした翌日、エピフロン邸のホールには巨人の男二人と人間の男一人の姿があった。
 鉱床を繋ぐトロッコを利用し、深い山中に建つ小城の足元に辿り着いたアストライオスは、こんな便利な帰路があるなら早く言えと思っていた。
 しかし巨人や亜人の動かす工業用運搬装置はどれも大きく、アストライオス一人に動かせそうもない。
 アストライオスは脱走を諦め、現在渋々レアンドロスの主治医として付き添う事となっていた。

 エピフロン邸はレアンドロスの住まいより、幾分質素だった。
 華美な装飾を嫌っているのか、調度品はどれも単一的に見える。
 使用人に連れられて奥の間から出てきたギガンテスは、レアンドロスの言う通り、兄とは似ても似つかない男だった。
「久しぶりだな、エピフロン」
「驚いたよ、いきなりなんだから」
 柔和な顔で挨拶をするレアンドロスに、エピフロンはどこか卑屈な笑顔で応対する。
 後になでつけたエピフロンの髪は茶褐色で、立派なもみ上げが顔の輪郭を縁取っている。
 太い眉にがっしりとした首が、ヘラジカを想起させる巨人だった。
 レアンドロスと通ずる部分は、瞳の色くらいだ。
「テラポンも、元気そうだね」
「ありがとうございます。エピフロン様もお変わりないようで」
 テラポンの表情は固い。
 上官に声をかけられた兵士のようである。
「それで、こちらのニンゲン、殿は」
 エピフロンはどこか怯えた様子でアストライオスを見下ろす。
「私の先生さ。どうも身体の調子が悪くてね。ここ最近は何処へ行くにも一緒に来て貰っているんだ」
「そ、そう」
「アストライオスです。どうぞよろしく」
 アストライオスが右手を差し出すと、エピフロンは殆ど指先に触れるだけの握手をした。
「どうしたね。何が怖い」
 揶揄うような声色のレアンドロスに、エピフロンが苦笑を浮かべる。
「握りつぶしちゃ悪いじゃないか。俺達はニンゲンより力が強いんだし、慣れないよ……」
 はは、とから笑いをするエピフロンを見るレアンドロスの瞳が細く弧を描く。
「そうか? お前の方がニンゲンと親しいと思ったが」
「兄さんじゃあるまいし、ニンゲンと顔を合わせる機会なんてないよ。さ、奥へどうぞ。カサリナも待ってる」
 いそいそと背を向けて歩き出すエピフロンを、にんまり顔のレアンドロスが追う。
 何も最初から圧かけなくても。
 祝いの品が入った箱を両手に抱えたテラポンが、やや呆れの籠った眼差しをレアンドロスへ向けていた。

 つづく
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