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記憶_1
管理庁の最上階、平衡感覚を失わせる疑似的な宇宙空間を打ち砕くほどの轟音が、ギガンとディメンション・パトロール・レッドを包囲する。
「一体何だ!?」
それまでどこか造り物めいた薄い表情をしていた男の瞳は、内なる闘志で燃え上がっているようだ。
死火山と呼ばれていた山が突如として溶岩を滾らせるがごとく、ヒトを模した異星人は生気に満ち満ちている。
彼はギガンの問いかけに、輝く白い歯を覗かせながら答えた。
「僕達にとって最凶の敵を呼んだんだ!」
「はぁ?」
「言葉で説明するより、見て貰った方が早いな」
男が左手を虚空へと差し出すと、ギガンと男の中央に突如正方形の切れ込みが現れた。
空中に浮かぶ厚みの無いディスプレイに、大勢のヒト型をした何かが映し出される。
ギガンの大きな眼は、画面中央に映る鈍色の男をいち早く捉える。
──あいつ……。
不気味な太刀を携え立っているところを見ると、まだ命は失われていないようだ。
暖馬の生存を確認し、知らず知らずのうちに安堵感を覚えていたギガンだったが、胸をなでおろすほどの余裕はない。
暖馬のすぐ目の前にある見たことも無い怪物に、ギガンも男も視線を奪われた。
「何だ、コイツは……」
これはヒトなのだろうか。
赤い出目金が腐敗し、最大限に膨張したような肉塊に、辛うじて手足が付いている。
異常増殖した細胞を現したグロテスクな作品と説明すれば、辛うじて現代アートとして扱ってもらえるかもしれない。
だが、ソレはまだ息があるようで、訳も分からないまま手足をバタつかせ、膨れた身体を左右に揺らしていた。
怪人の製造や改造にそれなりに携わってきたギガンでも吐き気を催すような生物を見て、未だ爽やかな男の姿を取っているディメンション・パトロールは悲しみの表情を浮かべて見せた。
「ああ、この隊のレッド君が当たってしまったのか。運が無い」
「おい、てめえは何がしてえんだよ」
ギガンはヒーローとニンゲンに敵愾心を覚えたことはあっても、生理的嫌悪を抱いたことはただの一度も無かった。
だが、今は違う。
ギガンにとってディメンション・パトロール・レッドはヒトでいう所の悪魔にしか映らなかった。
「言っただろう? みんなで力を合わせて戦おう、と」
「ニンゲンをバケモンに変える遊びして何になる」
「ニンゲンだけじゃないよ。凶星は平等だ。ヒトも家畜も怪人も、分け隔てなく無作為に災厄を落とす」
「何だと?」
男が手を振ると、更に画面が追加される。そこには半壊した街の瓦礫の上で、ヒトだったものと怪人だったものがもぞもぞと蠢いていた。
ネトルーゼ隊に配備した獣人型怪人の幾人かも原型をとどめておらず、見るも無残な化物と化していた。
「僕はずっと考えていたんだ。どうやったら僕達と君達が無理なく共闘できるか。どうやったらディメンション・パトロールが戦士として蘇られるか」
男の手が再度振られ、第三の画面が現れる。
そこには都内上空が映っており、赤黒い雲に覆われた空が画面いっぱいに広がっていた。
そして渦巻いた雲の中心には、ぎょろりとした一つの巨大な目玉があった。
「こいつは僕らでも手を焼く、うーん、星の寄生虫というところかな。生命体が繁殖している星に近づいて、自分たちの細胞核を打ち落とす。それらは色々食べた後、一つに集まってまた大きくなって、宙に昇って……の繰り返し。早く駆除しないと生態系はボロボロだ」
画面の中で、赤い化物が両手を挙げながら踊り狂い、屍となった下級戦闘員に躓いて転んだ。
化物は横になったまま、大きく裂けた口でその黒いものに齧りついている。
暖馬はヒーロー・レッドだったものから飛びのいて距離を取り、太刀の柄を握りしめながら異常な光景を見つめている。
画面端に映るヒーロー隊の仲間は、目の前の光景が信じられないようで、石像のように固まっていた。
「どうだ? みんな喧嘩してる場合じゃないだろ? こいつはすべての生命体の敵だ!」
「そんなヤツを、呼んだのか、お前は」
「そうだよ。共闘してやっつける相手にこれほど融通の利く相手もいない。一時休戦だ。今は互いに憎みあう事をやめ、巨大な敵に立ち向かおう! 勿論ディメンション・パトロールも戦うぞ! 僕らがもう一度戦う所を見たいという声も多かったからね。全ヒーロー、全怪人大集合だ。楽しくなるぞ!」
殺す。
こいつは絶対に死ぬべきだ。
絶対に。
ギガンが腰に吊ったレーザーガンに手をかけようとした、その時だった。
背中から一直線に、灼けるような衝撃がギガンの身体を貫いた。
息も出来ないほどの激痛が腹部に突き刺ささる。
轢き潰された蛙のようなうめき声をあげたギガンは、自分の腹から悪趣味な紫色の刀身が突き出ていることに気が付く。
「あがっ……」
口の中に血液が充満し、身体が内側から捻られるような凄まじい痛みに耐えられなくなった巨体が膝から崩れ落ちてゆく。
「何も刺さなくていいじゃないか」
「貴様の話は長いうえに退屈だ。運動でもせんとやってられん」
ギガンが眼を閉じる前に聞いた声は、第四超越・教団の長の声によく似ていた。
◆
『──放送内容を変更し、引き続き寄生型雲状生命体についての報道を続けます。先ほどありましたヒーロー管理庁からの発表によりますと、国際ヒーロー連盟はこの侵略生物を今後アンゴルモアと呼称するとのことです。また、このアンゴルモアの掃討に関しては、各国で活動を行っていた第四超越・教団との連携が必要と発表しており、全世界に波紋が広がっています。一体どういうことなのでしょうか。本日は怪人組織とヒーロー活動に詳しい専門家、出間先生をお呼びしております』
『どうも、よろしくお願いします』
『よろしくお願いいたします。早速ですが──』
国際ヒーロー基地東京支部北東京拠点の敷地内に建てられている基地内病院の存在を知る者は少ないだろう。
ヒーロー隊員が戦闘の際に負傷することは勿論、訓練中の怪我や事故などはなるべく世間の目に触れさせたくない。
完全無欠のクリーンなイメージは、なによりヒーローを輝かせる。
その一室に今、一人の基地職員が軟禁されていた。
彼はリクライニング式のベッドを起こし、半ば夢うつつでベッド脇に取り付けられたテレビモニターを眺めている。
どのチャンネルをつけても報じられているのは世界の危機であり、この星の生命体一丸となって異星人に対抗しようという喧伝だった。
番組では中年の男性アナウンサーが酷く真面目な顔つきで、椅子に座った初老の教授へ質問を繰り返している。
彼らは派手な色使いの巨大フリップを背に、ああですかこうですかと流れるように一問一答を繰り返す。
しかし実感がわかない。
彼にはここ数カ月間の記憶が無く、パラレルワールドにひとり放り込まれてしまったように思えてならない。
『──なるほど。初期に次元突破した第四超越・教団の怪人製造方法と、アンゴルモアの増殖方法に類似点がある、ということでしょうか』
『そうですね。彼らもまた、被害者です。アンゴルモアに寄生された最初の生物と呼んでもいいでしょう。彼らが人間社会の支配を目論んでいたのも、すべてはアンゴルモアからの重力派信号の影響です。アンゴルモアの先兵にされていたわけです。ヒーローに活動を制限され、ついに母体から切られた、というわけです』
『しかし第四超越・教団が人間社会に与えた損害は凄まじく、SNSではかなりの批判が見受けられますが、その点はいかがでしょうか』
『そうですねえ。これはあまり知れ渡っていないのですが、怪人の中には元人間もいましてね、密かに改造されてしまった人も居るんです。ディメンション・パトロールの言う通り、罪を憎んで人を憎まず。彼らの断罪より先に考えるのは、どうしたら地球が救われるのか、ということです』
『第四超越・教団と連携するメリットは何なのでしょうか?』
『それはですね、彼らの核が関係しています。特殊な重力波同士を体感的に知覚でき、地上のアンゴルモアをいち早く見つけられます。外宇宙技術を持つヒーロー隊と組むことにより、一般的な軍隊と違って最小限の被害と費用でアンゴルモアを退治できるんですね』
『ありがとうございます。CMを挟みまして、この後は隠れアンゴルモア寄生体についてお伝えします──』
分からない。
夢じゃないのか。
怪人と俺達が手を組むなんて。
共通の敵が現れるなんて。
家族で入ればお得! を繰り返す携帯会社のCMから目を伏せた彼は、白く清潔なシーツを握りしめる。
「いや、九割ウソを流すとは。ニンゲンもやるものだね」
「えっ!?」
突然降ってきた男の声に、彼は腰を浮かせた。
振り返ってみると、白いドクターコートにワイシャツとスラックス姿の若い男が立っていた。
「随分テレビに熱中していたようだが、何か思い出したことはあったかな?」
断りもなく無言で病室に滑り込んできた男に、彼は呆気に取られて言葉が出ないまま固まる。
すっきりとした顔立ちをした黒髪の男は、微笑を口元に残したままベッドサイドへと近づいてきた。
白衣の裾が僅かに揺れるその光景に、ベッドに腰掛けていた彼の頭に鈍い痛みが走る。
何か大事なことを、忘れている気がする。
「あの、担当の、先生ですか?」
「いいや。君の担当は私じゃない。Dr.ギガンだ」
その名前を聞いた途端、彼の背筋がぞくりと震えた。
「今から博士に会いに行かないか? 互いに記憶を取り戻したほうがいい」
「え?」
この医者のような何かが言っている言葉がよく分からない。
だが、頭に流れる血管がずきずきと脈を打って、立ちあがれと命令してくる。
「貴方は、一体……」
「残念だな、かつては君も私の配下だったのに。この基地のニンゲンは皆、偉大なる御門司令官など居なかったという風に振舞うから傷ついているよ。まあ、怪人に支配されていました、というのは恥なんだろうがね」
シニカルな笑みを浮かべる男は、半口をあけたままの彼を見て踵を返す。
「鉛暖馬隊員、ディメンション・パトロールの傀儡から脱却したいなら、私についてきたまえ」
つづく
「一体何だ!?」
それまでどこか造り物めいた薄い表情をしていた男の瞳は、内なる闘志で燃え上がっているようだ。
死火山と呼ばれていた山が突如として溶岩を滾らせるがごとく、ヒトを模した異星人は生気に満ち満ちている。
彼はギガンの問いかけに、輝く白い歯を覗かせながら答えた。
「僕達にとって最凶の敵を呼んだんだ!」
「はぁ?」
「言葉で説明するより、見て貰った方が早いな」
男が左手を虚空へと差し出すと、ギガンと男の中央に突如正方形の切れ込みが現れた。
空中に浮かぶ厚みの無いディスプレイに、大勢のヒト型をした何かが映し出される。
ギガンの大きな眼は、画面中央に映る鈍色の男をいち早く捉える。
──あいつ……。
不気味な太刀を携え立っているところを見ると、まだ命は失われていないようだ。
暖馬の生存を確認し、知らず知らずのうちに安堵感を覚えていたギガンだったが、胸をなでおろすほどの余裕はない。
暖馬のすぐ目の前にある見たことも無い怪物に、ギガンも男も視線を奪われた。
「何だ、コイツは……」
これはヒトなのだろうか。
赤い出目金が腐敗し、最大限に膨張したような肉塊に、辛うじて手足が付いている。
異常増殖した細胞を現したグロテスクな作品と説明すれば、辛うじて現代アートとして扱ってもらえるかもしれない。
だが、ソレはまだ息があるようで、訳も分からないまま手足をバタつかせ、膨れた身体を左右に揺らしていた。
怪人の製造や改造にそれなりに携わってきたギガンでも吐き気を催すような生物を見て、未だ爽やかな男の姿を取っているディメンション・パトロールは悲しみの表情を浮かべて見せた。
「ああ、この隊のレッド君が当たってしまったのか。運が無い」
「おい、てめえは何がしてえんだよ」
ギガンはヒーローとニンゲンに敵愾心を覚えたことはあっても、生理的嫌悪を抱いたことはただの一度も無かった。
だが、今は違う。
ギガンにとってディメンション・パトロール・レッドはヒトでいう所の悪魔にしか映らなかった。
「言っただろう? みんなで力を合わせて戦おう、と」
「ニンゲンをバケモンに変える遊びして何になる」
「ニンゲンだけじゃないよ。凶星は平等だ。ヒトも家畜も怪人も、分け隔てなく無作為に災厄を落とす」
「何だと?」
男が手を振ると、更に画面が追加される。そこには半壊した街の瓦礫の上で、ヒトだったものと怪人だったものがもぞもぞと蠢いていた。
ネトルーゼ隊に配備した獣人型怪人の幾人かも原型をとどめておらず、見るも無残な化物と化していた。
「僕はずっと考えていたんだ。どうやったら僕達と君達が無理なく共闘できるか。どうやったらディメンション・パトロールが戦士として蘇られるか」
男の手が再度振られ、第三の画面が現れる。
そこには都内上空が映っており、赤黒い雲に覆われた空が画面いっぱいに広がっていた。
そして渦巻いた雲の中心には、ぎょろりとした一つの巨大な目玉があった。
「こいつは僕らでも手を焼く、うーん、星の寄生虫というところかな。生命体が繁殖している星に近づいて、自分たちの細胞核を打ち落とす。それらは色々食べた後、一つに集まってまた大きくなって、宙に昇って……の繰り返し。早く駆除しないと生態系はボロボロだ」
画面の中で、赤い化物が両手を挙げながら踊り狂い、屍となった下級戦闘員に躓いて転んだ。
化物は横になったまま、大きく裂けた口でその黒いものに齧りついている。
暖馬はヒーロー・レッドだったものから飛びのいて距離を取り、太刀の柄を握りしめながら異常な光景を見つめている。
画面端に映るヒーロー隊の仲間は、目の前の光景が信じられないようで、石像のように固まっていた。
「どうだ? みんな喧嘩してる場合じゃないだろ? こいつはすべての生命体の敵だ!」
「そんなヤツを、呼んだのか、お前は」
「そうだよ。共闘してやっつける相手にこれほど融通の利く相手もいない。一時休戦だ。今は互いに憎みあう事をやめ、巨大な敵に立ち向かおう! 勿論ディメンション・パトロールも戦うぞ! 僕らがもう一度戦う所を見たいという声も多かったからね。全ヒーロー、全怪人大集合だ。楽しくなるぞ!」
殺す。
こいつは絶対に死ぬべきだ。
絶対に。
ギガンが腰に吊ったレーザーガンに手をかけようとした、その時だった。
背中から一直線に、灼けるような衝撃がギガンの身体を貫いた。
息も出来ないほどの激痛が腹部に突き刺ささる。
轢き潰された蛙のようなうめき声をあげたギガンは、自分の腹から悪趣味な紫色の刀身が突き出ていることに気が付く。
「あがっ……」
口の中に血液が充満し、身体が内側から捻られるような凄まじい痛みに耐えられなくなった巨体が膝から崩れ落ちてゆく。
「何も刺さなくていいじゃないか」
「貴様の話は長いうえに退屈だ。運動でもせんとやってられん」
ギガンが眼を閉じる前に聞いた声は、第四超越・教団の長の声によく似ていた。
◆
『──放送内容を変更し、引き続き寄生型雲状生命体についての報道を続けます。先ほどありましたヒーロー管理庁からの発表によりますと、国際ヒーロー連盟はこの侵略生物を今後アンゴルモアと呼称するとのことです。また、このアンゴルモアの掃討に関しては、各国で活動を行っていた第四超越・教団との連携が必要と発表しており、全世界に波紋が広がっています。一体どういうことなのでしょうか。本日は怪人組織とヒーロー活動に詳しい専門家、出間先生をお呼びしております』
『どうも、よろしくお願いします』
『よろしくお願いいたします。早速ですが──』
国際ヒーロー基地東京支部北東京拠点の敷地内に建てられている基地内病院の存在を知る者は少ないだろう。
ヒーロー隊員が戦闘の際に負傷することは勿論、訓練中の怪我や事故などはなるべく世間の目に触れさせたくない。
完全無欠のクリーンなイメージは、なによりヒーローを輝かせる。
その一室に今、一人の基地職員が軟禁されていた。
彼はリクライニング式のベッドを起こし、半ば夢うつつでベッド脇に取り付けられたテレビモニターを眺めている。
どのチャンネルをつけても報じられているのは世界の危機であり、この星の生命体一丸となって異星人に対抗しようという喧伝だった。
番組では中年の男性アナウンサーが酷く真面目な顔つきで、椅子に座った初老の教授へ質問を繰り返している。
彼らは派手な色使いの巨大フリップを背に、ああですかこうですかと流れるように一問一答を繰り返す。
しかし実感がわかない。
彼にはここ数カ月間の記憶が無く、パラレルワールドにひとり放り込まれてしまったように思えてならない。
『──なるほど。初期に次元突破した第四超越・教団の怪人製造方法と、アンゴルモアの増殖方法に類似点がある、ということでしょうか』
『そうですね。彼らもまた、被害者です。アンゴルモアに寄生された最初の生物と呼んでもいいでしょう。彼らが人間社会の支配を目論んでいたのも、すべてはアンゴルモアからの重力派信号の影響です。アンゴルモアの先兵にされていたわけです。ヒーローに活動を制限され、ついに母体から切られた、というわけです』
『しかし第四超越・教団が人間社会に与えた損害は凄まじく、SNSではかなりの批判が見受けられますが、その点はいかがでしょうか』
『そうですねえ。これはあまり知れ渡っていないのですが、怪人の中には元人間もいましてね、密かに改造されてしまった人も居るんです。ディメンション・パトロールの言う通り、罪を憎んで人を憎まず。彼らの断罪より先に考えるのは、どうしたら地球が救われるのか、ということです』
『第四超越・教団と連携するメリットは何なのでしょうか?』
『それはですね、彼らの核が関係しています。特殊な重力波同士を体感的に知覚でき、地上のアンゴルモアをいち早く見つけられます。外宇宙技術を持つヒーロー隊と組むことにより、一般的な軍隊と違って最小限の被害と費用でアンゴルモアを退治できるんですね』
『ありがとうございます。CMを挟みまして、この後は隠れアンゴルモア寄生体についてお伝えします──』
分からない。
夢じゃないのか。
怪人と俺達が手を組むなんて。
共通の敵が現れるなんて。
家族で入ればお得! を繰り返す携帯会社のCMから目を伏せた彼は、白く清潔なシーツを握りしめる。
「いや、九割ウソを流すとは。ニンゲンもやるものだね」
「えっ!?」
突然降ってきた男の声に、彼は腰を浮かせた。
振り返ってみると、白いドクターコートにワイシャツとスラックス姿の若い男が立っていた。
「随分テレビに熱中していたようだが、何か思い出したことはあったかな?」
断りもなく無言で病室に滑り込んできた男に、彼は呆気に取られて言葉が出ないまま固まる。
すっきりとした顔立ちをした黒髪の男は、微笑を口元に残したままベッドサイドへと近づいてきた。
白衣の裾が僅かに揺れるその光景に、ベッドに腰掛けていた彼の頭に鈍い痛みが走る。
何か大事なことを、忘れている気がする。
「あの、担当の、先生ですか?」
「いいや。君の担当は私じゃない。Dr.ギガンだ」
その名前を聞いた途端、彼の背筋がぞくりと震えた。
「今から博士に会いに行かないか? 互いに記憶を取り戻したほうがいい」
「え?」
この医者のような何かが言っている言葉がよく分からない。
だが、頭に流れる血管がずきずきと脈を打って、立ちあがれと命令してくる。
「貴方は、一体……」
「残念だな、かつては君も私の配下だったのに。この基地のニンゲンは皆、偉大なる御門司令官など居なかったという風に振舞うから傷ついているよ。まあ、怪人に支配されていました、というのは恥なんだろうがね」
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