悪の怪人謹製!絶対服従洗脳バトルスーツに屈するヒーロー

青野イワシ

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記憶_2

 突如現れた男に素直に従う道理はない。
 今すぐにでもナースコールを押し、この男の正体をはっきりさせなくてはならない。
 頭ではそう思うのに、暖馬の手は動かない。
 病室のドアに手をかけた男の背中を見て、暖馬は思わずスリッパに足を突っ込んでいた。

 病棟の廊下は恐ろしい程静かだ。
 一般総合病院とは異なる秘匿されたこの施設は、魚が隙間に身を潜めている大岩のようだった。
 どこかを目指して迷いなく廊下の奥へと進む男の半歩後ろを暖馬は不安げな足取りで追いかけている。
「貴方は一体誰なんですか?」
「私は君のだ」
「あの、記憶がどうとか、これって何かの行動療法ですか?」
「そうとも言える。君はどこまで自分のことを覚えているかな?」
「どこまでって……」
「質問を変えよう。君はアンゴルモアが現れた日、どこで何をしていた?」
 男の言葉に暖馬の脚が止まる。
 暖馬は薄い水色をした甚平型の患者衣の裾を知らず知らずのうちに握りしめている。
「わか、りません……」
「そうか。そうだろうな。君の脳は度重なるブレインウォッシングで疲弊しているはずだ。せめて君が我々の仲間であった記憶程度までは思い出してほしいものだね」
 仲間仲間と、こいつは何を言っているんだろう。
 この基地で働く全員が正義の味方、仲間と言っていい。
 それなのに、男が口にする者たちはこの拠点にいる人々を指していないように思えてならない。
 男はトイレ脇の曲がり角へと進み、小さな掃除用具入れスペースが備え付けられた裏手に暖馬を導いた。
 そこには銀色のこじんまりとしたエレベーターの扉があった。
 長年基地で過ごしていても、ここにエレベーターが取り付けられていることを暖馬は初めて知ることとなった。
「ここから先は化学班のラボだ」
「初めて来ました」
「ああ。あまり公に出来ない研究もしているらしいからね。司令官クラスじゃないと知らないんじゃないか」
「え……」
 それを何故知っている。こいつは医者じゃなくて化学班の人間だったのか。
 不安げに白いドクターコートの背中を見つめる暖馬の視線を無視し、男は懐から出した黒いカードを何の変哲もないエレベーターのボタンへと翳す。
 すると、下へ向かう逆三角形のボタンが緑色に点灯し、ゴウン、と昇降機が動き出す音が聞こえた。
「どこに行くんですか?」
 暖馬の問いに、男がようやく振り返る。
「最初に言っただろう? 君の博士君に会うのだよ」



 時は遡ること管理庁襲撃当日。
 ニンゲンが言う所の恐怖の大王が降ってきた日、擬態怪人オクトールは下級戦闘員と随分前に攫って来たニンゲンの基地職員とともに、管理庁の人員を脅しつけていた。
 あえて北東京拠点基地の司令官に扮していた頃と全く同じ姿を取ってみたが、管理庁のニンゲンは誰一人その趣向に気付くことができなかったようだ。
 それどころか、行方不明となっていたメカニックが入り込んでても、誰も気づかないらしい。
 ディメンション・パトロールが居なければこんなものか。
 あくまでお役所の事務職員というニンゲン達の振る舞いに拍子抜けしたオクトールは、このままいくと何の問題も無く作戦が遂行できるのではないかと考えていた。
 あの禍々しい稲光が落ちるまでは。
 その場にいた全員がすくみ上るほどの轟音と炸裂する光に、ニンゲンは両手を上げることも止めて悲鳴をあげ、蹲る。
 足元では駆け付けたヒーロー隊とギガンの飼い犬率いる防衛隊が小競り合いを始めていたが、落雷の後は戦いの気配が消えていた。
 外は水蒸気ではなく血液を気体にしたかのような不気味で厚ぼったい雲が渦巻いている。
 そして、落雷の余波は室内の生物にまで影響を及ぼしていた。
 一番窓際に座っていた中年の男が、顔を抑えながら叫び出したのだ。
「ああぁあっ! 熱いィッ!」
 ニンゲンも怪人も凍り付き、その男に視線を向ける。
 すると彼の身体はみるみるうちに膨れ上がり、赤紫色の肉塊となって、辛うじてニンゲンの形に見える手足で四つん這いになった。
「……目加山君。ニンゲンも変身できるようになったのかい?」
「し、司令がなんかしたんじゃないんですか」
 ほんの少し前までセキュリティシステムを弄らせ、ようやく合流した飼い犬にオクトールは疑問をぶつける。
 勿論オクトールも本気でニンゲンが変身したとは思っていない。
 ただ、このおぞましいメタモルフォーゼについて、ニンゲンがどう思っているのかくらいは聞いてみたかった。
 それも青ざめた顔で固まる管理庁職員の姿を見れば分かるものではあったが。
 化物からめきめきと何かが割れる音がし、這っている状態でこちらに向けている頭に黄ばんだ犬歯が並ぶ口が裂けて現れると、オクトールは静かに手を揺らし、下級戦闘員に武器を構えさせた。
 ヒーローにならまだしも、正体不明の怪物に食い殺されるわけにはいかない。を残して逝くのも心残りだ。
 変身を解いて触手を伸ばせば、何人かの職員を捉えて肉盾にもできる。下級戦闘員も使える。
「なんすかアレ」
「私が聞きたい。君は私の後ろに居なさい」
 普段命令すると物凄く渋い顔をするくせに、今日だけ物分かりが良いニンゲンに苦笑を浮かべそうになったオクトールだが、化物が床のカーペットを掻きむしり始めたのを見て、眉をしかめた。
「誰か助けてっ……!」
 化物から一番近い席の若い女性職員が、涙声で中腰になりながら椅子の背もたれを握っている。
 怪人部隊と化物に挟まれ、どこにも逃げ場がなくなったニンゲンから悲痛な祈りが発せられる。
 その願いが通じたのだろうか。
 空から一直線に青い光が窓を突き抜けて化物に突き刺さった。
「ギャァァアアァッ!?」
 窓ガラスの破裂音、人々の悲鳴、そして野太い化物の断末魔がフロアにこだまする。
 皆破片や光から顔を守るように頭を抱えるなか、オクトールはハッキリと外から一撃を放った者の姿を見た。
「あれが初代……か」
 フライングボードに乗った、目の覚めるような青いバトルスーツを身に纏った男が銃砲を構えている。
 怪人基地でも、ヒーロー基地でも資料に必ず出てくる原初の男のひとり。
 ディメンション・パトロール・ブルー。
 どす黒い血を流し、血霧となって消えてゆく化物を尻目に、銃口がしっかりとこちらへ向いたのを目視したオクトールは、仏頂面のまま手を顔の横まで上げて見せた。

怪人お前らには今後、ヒーロー隊員とタッグを組んでもらう」
 ディメンション・パトロール・ブルーと各基地の応援部隊によって捕らえられたオクトールは、北東京拠点のラボの一室に拘束されていた。
 寝台と床に開けられた排泄用孔しかない無機質な牢獄だ。
 そこには青いジャケットを着た、目鼻立ちが涼し気で冷たそうな若い男が元の触手の塊の姿を取らされたオクトールへ言葉をかけている。
「気でも狂ったのかね? ほかの怪人と同じく殺せばいいものを」
「ああ。こちらも出来るならそうしたい。だが、もうレッドの計画が走り出してしまった。これ以上の混乱はこの星の生命をより失わせる。今はヒーローと怪人が手を取り合うという茶番に付き合ってもらうほかない」
「嫌だと言ったら?」
「嫌とは言わせない。正義に目覚めるようするだけだ」
「……洗脳それは私の方が上手いと思うがね」
「何が言いたい。もとより、危険思想は消させてもらう」
「好きにしたまえ」
 オクトールは申し訳程度に巻かれた黒い拘束具の隙間からにゅるりと蛸脚を這い出させ、手を振るように揺らして見せた。
「自分は平気とでも言いたげだな。レッドと対話した巨人型怪人は既にクリーニング済みだ。義手と義足を新調すれば戦闘員として十分働くだろう。お前もそうなる」
「ほう。ギガン博士は元々戦闘用だ。私とはここの出来が違うのだよ。一緒にしないでくれたまえ」
 オクトールは自分の頭部を触手の先で指し示す。
 尚も挑発的な怪人にブルーは僅かに溜め息をついた。
「第四超越・教団オーダーのトップも既にレッドと組んでいる。お前の反抗は無意味だ。一から人格を初期化されたくなければ黙ってヒーローをサポートしろ」
「サポートしたくなるようなヒーローが居れば考えてあげよう。私がここの指揮を執っていた頃は、そのような者は居なかったが」
 ブルーはこれ以上の対話は無意味とばかりにオクトールへと背を向けた。
「一つ聞いてもいいかい?」
 オクトールの問いに、ブルーは振り返らない。
「何だ」
「私とギガン博士の大事なペットの行方だ」
「……ニンゲンを家畜呼ばわりするな。お前たちが誘拐した者は二人とも保護した。洗脳状態だった者は記憶をデリートしている。もうお前たちの支配下には無い」
 なるほど。私のペットは完全な被害者として保護されたのか。それは重畳。
 オクトールはその言葉を胸に仕舞い、もう聞きたいことはないよとだけ呟いた。

「ありがとう目加山君。来てくれると信じていたよ」
「別に司令を助けたくて来たんじゃないんで」
 基地から攫われ、晴れて職場に戻ってきた目加山がまず知ったことは、自分が殉職者として扱われていたことだった。
 鉛暖馬も同様で、二人とも怪人との応戦の最中、運悪く命を落としたことになっている。
 目加山に至ってはヒーローの目の前で連れ去られたにもかかわらず、怪人の時空間超越技術に身体が耐えられず即死と断定されていたようだ。
 攫われてからしばらくはヒーローの助けを待ったものだったが、一向にやってこない理由を悟った目加山の心には憤怒しか残っていなかった。怪人側に順応していた自分を棚に上げていることには目を伏せつつ。
 相変わらずパスワード管理の甘い基地システムと閉鎖的な空間でやることが無い暇な職員の噂話を繋ぎ合わせ、目加山はオクトールが収容されている病棟の地下のロックを解除して見せた。
 下剤を大量に飲み、怪人基地から貰って来たウイルスかもと嘯いて基地内病院の隔離室に入り込むことをしてみせた目加山は、ひょっとして自分はメカニックではなくエージェントの方が向いているのではないかとすら思い始めていた。
 自分の触手を切り離したダミーを寝台の上に残し、データベースで見た記憶のある医療スタッフに化けたオクトールは、こうして堂々と院内を歩けることになった。
 頃合いを見て戻らなくては脱走が発覚するだろうが、それまでには暫しの時間がある。
 彼らはまるで本物の患者と医者のように連れ立って、わずかなスペースに造られた中庭にぽつんと置かれたベンチに腰掛けた。
 周りに人の気配がないことを確認すると、二人はぽつりぽつりと言葉を交わす。
「もうここが信じられないですよ。今整備班が何やってるか知ってます? 怪人とヒーローが同時使いできるウェポンの試運転ですよ?」
「それは面白いね。君と私で使ってみようじゃないか」
「冗談やめてくださいよ。俺はヒーロー隊員じゃないんで。……本当に、ディメンション・パトロールって、何なんですか」
「それを知っているのは我が同胞だろうね。彼はこの厄災の発端、ディメンション・パトロール・レッドに遭遇したという。まあ、頭の中を空っぽにされてしまったようだが」
「うわぁ」
「けれども希望はある。ディメンション・パトロールも神ではない。ラボのニンゲンの腕が悪いのだろうが、私はこの通り記憶をプロテクトした」
「どうやって」
「気合で」
「……」
「冗談だ。体内で脳の位置を動かして、洗脳機の電波から遠ざけただけだよ」
「そんなこと出来るの司令くらいですよ。想像したら気分悪くなってきた」
「まあ、何だ、彼らの技術はあくまでお下がりだ。君みたいな他者に関心の薄い猜疑心の塊だと、効き目が薄いだろうね」
「……鉛隊員は元ヒーローだし、あのデカい博士も単純そうだし、詰んでませんか」
 げっそりとした顔つきで下っ腹を摩る目加山を見て、ヒトに化けたオクトールは目を細めた。
「どうかな。大脳を刺激してやれば、案外思い出すかもしれない。非常に下らないやり方だが、やらないよりはいいだろう」
「なんすかそれ」
 オクトールは目加山の問いに応えようとしたが、窓の向こうの廊下に人影を見つけると、ゆっくりと立ちあがった。
「とにかく、私は二人を引き合わせてみよう。君も病室に戻りなさい」
「はあ」

 ──こうして医師モドキが暖馬の病室を尋ねることになったのであった。

 つづく
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