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01 崩壊する前の日常
01 海上都市グレイハイト
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四年後。
海面をひた走るクルーザー。
その乗り心地は思っていたほど快適ではなかった。
波を切るたびに突き上げるような衝撃が船全体に走り、床下からはエンジンの轟音と共に機械油の匂いが漂ってくる。
だが空は青い絵の具をぶちまけたように晴れ渡り、遠くの方にぽつぽつと、白い雲が浮いている。
フーベルトは、クルーザーの後部で潮風に当たりながら、スマホに向かって言い訳をしていた。
「またしばらくは帰れそうにないよ。でも仕方ないだろ。仕事なんだから」
数秒、相手の返事を待つほどの沈黙。
「大丈夫だって。別に危ない仕事じゃないさ。おまえはいつも心配のしすぎなんだ」
さわやかな風が吹き抜けていく。
「帰った時のお土産。希望があるなら聞くぞ。まあ何が売ってるかは知らないけどな……」
フーベルトはスマホをズボンの左ポケットに戻す。
と、背後から声がかかった。
「お熱いねぇ、恋人と電話か?」
フーベルトが振り返ると、そこにはアロハシャツを着た男がいた。クルーザーの船長だ。
船長は髭面の悪人顔だった。フーベルトの脳裏に「悪い魔法使い」という言葉が浮かんでくる。
黒いとんがり帽子でもかぶっていたら、似合いそうだ。
しかし「魔法使い」は笑い種だった。魔術が実用化され科学の一分野となったこの時代に、そんな言い回しもない。
「いや、妹だよ」
フーベルトが電話の相手について答えると、船長は笑みを浮かべる。
「そうか? しかし不思議だな、この辺りでは電波が入らないと思ったんだが。シスコンは物理法則も超えるのか?」
「うん?」
何を言っているのかよくわからないが、通話ができたのだから電波は入っているはずだ。
「いや……アンテナは、立たない事もないか? まあ、そろそろ見えてくる頃だからな」
船長の視線を追いかけてフーベルトも進行方向を見ると、水平線の向こうに影があった。
海の上に、高い塔やビルが立ち並んでいる。
「あれがアイランド・グレイハイト……、いわゆるメガフロートだ」
「人類が、ダイルの脅威から逃れるための「楽園」か」
フーベルトは呟く。噂には聞いていたが、実際に訪れるのは初めてだった。
地球の表面の七割は海で、陸地は三割しかない。
しかし、その陸地の大半は、もはや人類の土地ではない。ダイルと言う怪物たちに破壊されている。
火力を叩きこめばダイルを一掃できるが……
対ゲートミサイルは、着弾地点の周囲の何もかもを破壊する。
そこはガレキの山となった廃墟だ。当分の間、人は住めない。
そしてダイルは人間の密集地帯の中から出現する。人間が天使化しているのだから当然だが。
結局、不毛の地は増え続け、人は死に、町は次々失われ、追い詰められていく。
そんな事を繰り返した末に生み出された抜本的な解決が、海だった。
小型の浮体を無数に浮かべ、その上に陸地を作り、町を建設する。
船長が鼻で笑う。
「ばかみたいだよな」
「何が?」
フーベルトが聞き返すと、船長は皮肉げな笑みを浮かべる。
「ああやって無駄なコストを払って海の上なんかに街を作るのは」
「いや? 無駄か?」
「陸地から離れていれば、天使の脅威から逃れられると思っている。臆病者の集まりさ」
どうやら、この船長はグレイハイトのやり方が気に入らないらしい。
「……誰だって安心できる町に住みたいのは同じだろ。まあ、住人になるには、それなりに厳しい審査を通らなければならないとも聞いたが……」
「審査は厳しいとも。俺みたいなのは、はじき出されるようになっている。ふん。平等の島とは、笑わせてくれる」
「……」
フーベルトは、その言葉に答えるのを避けた。
実際、グレイハイトが海の上に作られたのは、審査によってダイル化の可能性がある人間の入島を防ぐためだという。
海の上なので密入島も難しく、違法な手段で入ろうとした者は警告なしで射殺されるらしい。
だから島の中は安全だ、ということになっている。
しかし、どんな審査をすればダイル化の可能性がある人間を見つけることができるのか、フーベルトには見当もつかない。
そんな都合のいい方法があるなら、世界中の防衛軍に実装して欲しい物だが。
噂では、賄賂の額で決まるとも言われている。
島に移住したくても、申請を却下されている人間は多いという。
「誰か、知り合いでもいるのか?」
この船長も引っ越したいのに却下されているのかと思って聞いてみると、船長は影のある笑みを浮かべる。
「知り合いというと少し違うんだが……俺の荷物を持ち逃げしたバカを探していてな。もし見つけたら教えてくれ」
「あ、ああ……」
フーベルトは表面上は頷いたが、「荷物」の内容も「バカ」の容姿も聞かなかった。マフィアが「落とし前をつけてやる」と言っているのに近い不穏なニュアンスを感じたので、あまり関わり合いになりたくなかった。
海面をひた走るクルーザー。
その乗り心地は思っていたほど快適ではなかった。
波を切るたびに突き上げるような衝撃が船全体に走り、床下からはエンジンの轟音と共に機械油の匂いが漂ってくる。
だが空は青い絵の具をぶちまけたように晴れ渡り、遠くの方にぽつぽつと、白い雲が浮いている。
フーベルトは、クルーザーの後部で潮風に当たりながら、スマホに向かって言い訳をしていた。
「またしばらくは帰れそうにないよ。でも仕方ないだろ。仕事なんだから」
数秒、相手の返事を待つほどの沈黙。
「大丈夫だって。別に危ない仕事じゃないさ。おまえはいつも心配のしすぎなんだ」
さわやかな風が吹き抜けていく。
「帰った時のお土産。希望があるなら聞くぞ。まあ何が売ってるかは知らないけどな……」
フーベルトはスマホをズボンの左ポケットに戻す。
と、背後から声がかかった。
「お熱いねぇ、恋人と電話か?」
フーベルトが振り返ると、そこにはアロハシャツを着た男がいた。クルーザーの船長だ。
船長は髭面の悪人顔だった。フーベルトの脳裏に「悪い魔法使い」という言葉が浮かんでくる。
黒いとんがり帽子でもかぶっていたら、似合いそうだ。
しかし「魔法使い」は笑い種だった。魔術が実用化され科学の一分野となったこの時代に、そんな言い回しもない。
「いや、妹だよ」
フーベルトが電話の相手について答えると、船長は笑みを浮かべる。
「そうか? しかし不思議だな、この辺りでは電波が入らないと思ったんだが。シスコンは物理法則も超えるのか?」
「うん?」
何を言っているのかよくわからないが、通話ができたのだから電波は入っているはずだ。
「いや……アンテナは、立たない事もないか? まあ、そろそろ見えてくる頃だからな」
船長の視線を追いかけてフーベルトも進行方向を見ると、水平線の向こうに影があった。
海の上に、高い塔やビルが立ち並んでいる。
「あれがアイランド・グレイハイト……、いわゆるメガフロートだ」
「人類が、ダイルの脅威から逃れるための「楽園」か」
フーベルトは呟く。噂には聞いていたが、実際に訪れるのは初めてだった。
地球の表面の七割は海で、陸地は三割しかない。
しかし、その陸地の大半は、もはや人類の土地ではない。ダイルと言う怪物たちに破壊されている。
火力を叩きこめばダイルを一掃できるが……
対ゲートミサイルは、着弾地点の周囲の何もかもを破壊する。
そこはガレキの山となった廃墟だ。当分の間、人は住めない。
そしてダイルは人間の密集地帯の中から出現する。人間が天使化しているのだから当然だが。
結局、不毛の地は増え続け、人は死に、町は次々失われ、追い詰められていく。
そんな事を繰り返した末に生み出された抜本的な解決が、海だった。
小型の浮体を無数に浮かべ、その上に陸地を作り、町を建設する。
船長が鼻で笑う。
「ばかみたいだよな」
「何が?」
フーベルトが聞き返すと、船長は皮肉げな笑みを浮かべる。
「ああやって無駄なコストを払って海の上なんかに街を作るのは」
「いや? 無駄か?」
「陸地から離れていれば、天使の脅威から逃れられると思っている。臆病者の集まりさ」
どうやら、この船長はグレイハイトのやり方が気に入らないらしい。
「……誰だって安心できる町に住みたいのは同じだろ。まあ、住人になるには、それなりに厳しい審査を通らなければならないとも聞いたが……」
「審査は厳しいとも。俺みたいなのは、はじき出されるようになっている。ふん。平等の島とは、笑わせてくれる」
「……」
フーベルトは、その言葉に答えるのを避けた。
実際、グレイハイトが海の上に作られたのは、審査によってダイル化の可能性がある人間の入島を防ぐためだという。
海の上なので密入島も難しく、違法な手段で入ろうとした者は警告なしで射殺されるらしい。
だから島の中は安全だ、ということになっている。
しかし、どんな審査をすればダイル化の可能性がある人間を見つけることができるのか、フーベルトには見当もつかない。
そんな都合のいい方法があるなら、世界中の防衛軍に実装して欲しい物だが。
噂では、賄賂の額で決まるとも言われている。
島に移住したくても、申請を却下されている人間は多いという。
「誰か、知り合いでもいるのか?」
この船長も引っ越したいのに却下されているのかと思って聞いてみると、船長は影のある笑みを浮かべる。
「知り合いというと少し違うんだが……俺の荷物を持ち逃げしたバカを探していてな。もし見つけたら教えてくれ」
「あ、ああ……」
フーベルトは表面上は頷いたが、「荷物」の内容も「バカ」の容姿も聞かなかった。マフィアが「落とし前をつけてやる」と言っているのに近い不穏なニュアンスを感じたので、あまり関わり合いになりたくなかった。
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