人が怪物化する世界だとしても、この少女だけは守りたい

ソエイム・チョーク

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04 真実と向き合う時

22 鳴らない電話が鳴る

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 十六番街の大通りは酷いありさまだった。

 事故で動かなくなった車があちこちに放置され、撃ち落されたダイルデサントがまき散らした腐敗泥が、所かまわず飛び散り、たまに人間の死体が放置されている。

 今もそう遠くないところでCCKがデサントを攻撃していて、あちこちから重い発砲音が聞こえてくる。
 プロトは車をラセントビルの正面に着けた。

「屋上へ出られるルートは?」

「知らない」

「……最上階まで行けば、どこかにあるだろう」

 エレベーターで上がれるところまで上がって、あちこち探しまわり、スタッフ用の階段というか、天井に取り付けられたハシゴを見つけた。
 鍵のかかったハッチを、ショットガンで破壊してこじ開け、屋上に出る。
 遠く、学園の隣に立つ時計塔。
 星空の下、時計塔に寄り添うように異様な物体が浮かんでいるのが見えた。

「デサントの群れは、CCK部隊が引き付けている。まだ爆撃機は出ていないようだ……」

 プロトが双眼鏡で周辺を索敵しながら言う。

 CCK部隊が引き揚げたら、それは爆撃機の登場の合図だ。
 どの程度まで被害が広がるかは不明だが、このビルの屋上にいたら、人間は無事では済まないだろう。

 しかも、ここは陸地ではない。
 爆発の威力次第では十六番街は丸ごと海に沈むかもしれない。

「早く終わらせよう。どうすればいいんだ?」

「まずアンテナを設置する必要がある」

 プロトは手早くアンテナの一つを屋上を囲むフェンスに取り付ける。
 ヨランドはマットのようなものを敷いて、フーベルトにその上に仰向けになるように指示した。
 そして二つ目のアンテナをフーベルトの頭に向ける。
 プロトが二つのアンテナから延びるコードを何かの機械に繋ぎ、顔をしかめる。

「やはり物理的な距離が遠すぎるな」

「ダメなのか?」

「いや……ロックオンに成功すれば、距離は問題なくなる。何かマーカーの役割を果たしてくれそうな物はないか?」

「ミーナ本人じゃダメなのか?」

「人間以外の物体があるならその方がいい」

 物理的な距離ではなく、魂の距離だと言った。それなら……。

「昔使っていたスマホをなくしたんだ。妹からの電話はそれで受けていた」

「は?」

「いや、ミーナとホテルの部屋に入った時には、まだあったはずなんだ。けど、ミーナがいなくなった時になくなっていた。たぶん、間違えて持って行ってしまったんじゃないかと思うんだが……」

 プロトは額に手を当てる。

「よくわからんが、やってみよう」

〇〇〇

 意識が一瞬遠のいたと思ったら、フーベルトは別の場所にいた。
 白い壁と天井、黒い床、何もない部屋。

「どこだ、ここは……」

 喋れば声が反響する。

「おい、プロト、ヨランド。これはなんなんだ? ここからどうしたらいい?」

 天井に向かって呼び掛けてみても、返事はなかった。聞こえているかも怪しい。
 ここから先は、フーベルトだけでミーナを見つけないといけないらしい。
 フーベルトはため息をつき、それから、目の前に白いワンピースを着た少女が立っているのに気付いた。

「……シーラか?」

 妹だ。何年も会いたかったのに、ずっと会えなかった。

「どうしたんだ、シーラ。行方をくらませたっきり、何年も連絡してくれない」

「そうね。私は連絡してない」

「え?」

「私は死んだの。だから一度も連絡してないわ。電話はかけてない。兄さんは、電話がかかってきたと思い込んで、独り言を言っていただけ」

「……」

「私は連絡をしたかったけど、できなかった……いえ、連絡をしたい、と思ってもいないわ、だって死んでしまったんだもの。もう何かを思ったりしない」

 シーラは悲しそうに目を伏せる。

「待ってくれ、シーラ、俺は……」

「私が悲しそうに見えた? でもそれも違うわ。死者は悲しまない、死者は何もしない……じゃあ、兄さんに話しかけている私は何なのかしら? 本物のシーラでないことだけは確かだけれど……」

 シーラはどこかに向かって歩き出す。フーベルトはその後をついていく。
 扉を開けて、廊下に出て、シーラが振り返る。

「私の代わりは見つかった?」

「違う……」

「いいのよ。生きるって大変なことだもの。よりどころは必要よね」

 シーラは意味深な笑みを浮かべると、廊下をスタスタと歩いて行ってしまう。
 フーベルトは慌てて追いかける。

「違うんだ、シーラ。俺はおまえを忘れた事なんか一度もない……」

「兄さん、少し落ち着いた方がいいわ。私は本物のシーラじゃないのよ? 私の口からどんな言葉を引き出したとしても、そんなの何の意味もないの」

「そうだな。本当はわかっていた。……おまえは死んだんだ」

 フーベルトは、妹の死を認めた。

「それに兄さんは勘違いしている」

「勘違い?」

「私は兄さんに助けて欲しかったわけじゃない、ただ最後に声が聞きたかっただけ、私は大丈夫って言いたかっただけ」

「そんなの嘘だ! 大丈夫なわけがあるか!」

「そうかもね」

 シーラは足を止めた。廊下の端についていた。壁の一部が上にせりあがっていく。

「でも、どっちにしろ間に合わなかった。そのことで兄さんを恨んだりしないわ」

「シーラ……」

 廊下の先は暗い部屋だった。

「今回はまだ間に合うかもしれない。頑張ってね」

「待った! おい、シーラ!」

 扉が閉まるような音。
 あたりが真っ暗になる。何もない暗闇。
 いや、空中にスマホが浮いていた。これが誰かに繋がるとしたら、その相手は妹ではないだろう。

 フーベルトはそれを手に取ると耳に当てる。

「……ミーナ? そこにいるのか?」

『フーベルトさん?』

 ミーナの声が聞こえた。フーベルトはスマホに呼び掛ける。

「ミーナ! 無事か? しっかりしろ……」

『私は、まだ生きてます。でも、ちょっと無事じゃないかも……』

「生きてるならなんでもいい。助けに行く」

『フーベルトさん。その、私、謝りたくて』

「やめろ、そんな必要ないんだ」

『あの、ごめんなさい。なんか、スマホ、間違えて持ってきちゃったみたいで』

「いや、それはもういいんだ。本当にもういいんだ」

 どうせ電話がかかってくることなどない。
 そのスマホに繋がる番号などない。

『あと、私を助けたせいで、立場が悪くなったり逮捕されてたら、ごめんなさい……でも、私はとても嬉しかったです』

「ミーナ……」

 フーベルトは何かを言おうとするが、どうしていいかわからない。状況が絶望的すぎる。

『私のことは、もう忘れてください。私は一人でも大丈夫だから』

「大丈夫なわけがあるか! そんな嘘はやめてくれ。必ず助けに行く」

『でも、そんなの無理ですよ……』

 フーベルトはため息をつく。

「ミーナ。これから俺が言うことを復唱しろ」

『え? なんですか?』

「フーベルトはかっこいい」

『はぁ?』

「ほら、言うんだ。フーベルトはかっこいい」

『……フーベルトさんは、かっこいい』

「フーベルトは強い」

『フーベルトさんは強い』

「フーベルトはなんでもできる」

『フーベルトさんはなんでもできる』

「ほら、認めたな」

『え?』

「俺は強くて、かっこよくて、なんでもできる。おまえがそう認めたんだ」

『いや、それは……』

「その俺がおまえを助けると言っているんだ。どうしてできないなんて思うんだ?」

 ミーナは数秒間沈黙していた。

『うーん、やっぱり、その理屈は……おかしいと思うんですよ』

「なあ、ミーナ。ここまで言っても、俺に助けられる気にならないのか? 他に何が足りないんだ」

『何がって……それは……』

 ミーナはしばらく困っていたが、やがて言う。

『あの、フーベルトさん。こんな質問するのはおかしいかもしれないんですけど……なんでそんなに私を助けたいんですか?』

「わからない。けど、助けに行くって言うのはもう俺の中では決まってるんだ」

『それは、私のためですか? それとも、フーベルトさん自身のためですか?』

 フーベルトは目を見開く。ずいぶん鋭い質問をしてくるな、と思った。

「俺のためだ、たぶん」

『そっか……』

 躊躇うような間。

『じゃあ、約束してください』

「え?」

『私を助けたら、キスしてください』

「は? なんでそうなる?」

『約束してくれるなら、私もがんばってみます』

「……わ、わかった」

 ミーナはくすくすと笑い始める。

『なんで困ってるんですか。それって、私をこの状態から助け出すより難しいことなんですか?』

「いや、それは、時と場合によるな……」

『あっ、気づかれた?』

 ミーナが慌てたような声で叫ぶ。

「え? そっちはどうなってるんだ?」

『ダメ! 逃げて!』

 ノイズと共に通話が切れた。
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