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04 真実と向き合う時

23 新しい方針

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「起きろ! 死ぬぞ!」

 プロトに怒鳴られて目を開けた。
 視界に入ったのはヨランドの後ろ姿だ。
 一人ではない。何人も何人も、ビルの屋上を埋め尽くすほどの無数の分身を出している。
 全員が何かの防御魔術を発動していた。

 遠くで何かが光ったと思ったら、数秒で防御魔術が破られ、分身の全てが一瞬のうちに吹き飛ばされた。
 フーベルトは、強い力に引っ張られて、もみくちゃにされて落とされた。

 フーベルトが状況を把握できた時には、ビルの屋上から五階ぐらい下がった所にいた。
 それより上の階は廃墟のようにボロボロになっていて、夜空が見えた。
 階段すら途中で崩れている。

「今のは、なんだ?」
「遠距離攻撃だ。遠かったからなんとかなったが、射程範囲内だったら絶対に助からなかったな……」

 プロトが教えてくれる。

「ふぐぐっ……」

 横でヨランドが呻く。片足が途中からなくなっていた。

「おい、大丈夫か」

 フーベルトはどうしていいかわからず呼びかけることしかできない。
 一方プロトは慣れているのか、手早く止血してモルヒネを撃っている。

「すまん、俺のわがままに突き合わせてこんなことに」

「よくあることですから。私の体は特殊なので、足は二、三日で生えてくると思います。ご心配なく」

 ヨランドは真っ青な顔でもどうにか笑みを見せた。
 プロトがフーベルトを振り返る。

「それで? 何か成果はあったか?」

「ミーナは間違いなく生きている。助けに行くと、約束した」

「そうか……犠牲を払った価値があったならいいがな」

 手当てを終えて、プロトはヨランドを抱きかかえる。
 エレベーターは壊れていた。というか、機械室は最上階にあったはずなので、消滅しているだろう。
 フーベルトが先導して階段を降りる。

「後は実際に助けるだけ、なんだが……」

「勝つ手段はあるのか?」

「……何の当てもないんだ。何か武器のあてはないか?」

 約束した以上、成功率が低い手段を選ぶわけにはいかない。
 せめて50%ぐらいまでは勝率を引き上げたい。

「セベクノートに対して、爆撃機のミサイルより有効な武器はない」

「それだとミーナも一緒に死ぬ」

「それならまだマシだ。あんな遠距離攻撃が使えるなら、ミサイルの一つや二つ、撃ち落とせるかもな」

 対セベクノートミサイルが効かなかったら、人類は詰みだ。

「軍が全力を挙げても倒せないなら、どうすればいいんだ?」

「どうにもならん。陸地から離れた海の上で良かった、などと言われるようになるかもな」

 とにかく三人は車まで戻ってきた。

 プロトは車を走らせる。
 目的地は決まっていない。
 またビームを撃たれたら防げないから、とにかく距離を取る必要があった。

 そんな中、ヨランドのスマホが着信音を鳴らす。
 ヨランドは何かを話していたが、嫌そうな声でスマホを差し出してくる。

「フーベルトさん、あなたに代われと」

「は?」

「マルヴァジタを名乗っています」

 よくわからないまま電話を替わる。通話はスピーカーホンになっている。

『よう? 俺が誰だかわかるか?』

「いや、誰だ?」

 フーベルトは、声に聞き覚えがあるような気がした。
 だが、念のため名乗らせてみる。

『通りすがりの正義の味方だよ』

「名前を言え」

『最近は、マルヴァジタ・スペッキオと呼ばれているな。だが、おまえにはその名では名乗らなかったな』

「……」

『おまえを船で島に送った時の船長、と言えばわかるか?』

「あの船長……やっぱりお尋ね者だったのか」

『俺の話をしている時間はない。今はおまえの話をしようか』

「聞こう……」

『ミーナ・ニアルガを助けに行くんだな?』

「何で知っている?」

『さあな? だがおまえは無力だ』

「いいや。俺は強くてかっこよくて、なんでもできる男さ」

『嘘をつくな。何の手段もないくせに。……アヌビス拳銃とシールドデバイス、それだけで何ができる?』

 何もできない。
 あの巨大なセベクノートを相手に、傷一つ与えられないだろう。
 しかも相手は宙に浮いている。
 近づくことすら難しい。

『おまえは何もできない。例え、今そこにフル装備のCCKがあったとしてもだ。』

「は?」

『おまえがどれだけ頑張ろうが、仲間に恵まれようが、運がよかろうが、あれに取りつくのが精一杯だろうよ。おまえの運命はその程度ってことだ。じゃあな』

「え? おい……嘘だろ?」

 通話は切れていた。
 リダイヤルしてもなぜか繋がらない。
 何のために電話をかけてきたのか、全く理解できなかった。

 もし今の電話に何か意味があるとしたら、フル装備のCCKを入手しろとアドバイスしている、ぐらいだろう。それ以外の解釈が思いつかない。

「もしかして、CCKって軍の基地とかに落ちてるんじゃないでしょうか?」

 ヨランドが言うと、プロトが呆れたように言う。

「もっと正しい言葉を使え、予約済みで用意されている物を、落ちているとは言わない」

「いや、予約済みは違うだろ。軍の所有物だぞ。俺の私情で持ち出せるわけがない」

 奪うならまだしも、と言いたいところだが、今は一斉出撃の最中だ。
 格納庫に残っているかすら怪しい。

「それがあり得るのがマルヴァジタ現象だ。わざわざ私に聞こえるように電話をかけてきて、何の用意もないということはないだろう」

「そういう物なのか?」

 フーベルトにはよく意味がわからなかった。
 プロト達がなにを追いかけているのかすら、。

「癪に障るが、今回はそのプランを採用するしかないな……」

***

 基地に戻る道は、渋滞していた。
 どの車も、軍基地に向かっているようだ。

 ヨランドが、16番街とその周辺地域に対して避難命令が出ている、と教えてくれた。

「16番街を、丸ごと沈めるつもりらしいですよ」

「随分と大規模に切り捨てるんだな。投資家は大慌てだろう」

「ダイル災害が起こった時点で、かなり暴落していたようなので、誤差の範囲でしょう」

 ふと、誰かが車の間をぬって駆け寄って来るのが見えた。
 シューマッハだ。
 その後ろから、フーベルトが知らない長身の女もついて来る。

「また、面倒な時に面倒な奴が来たな……」

 プロトが嫌そうな顔で言う。
 シューマッハは車の横に取りついて、笑顔で手を振っている。
 声は聞こえないし、敵対的な要素は全く感じない。

 だが、なぜかフーベルトには、窓を開けないと光剣でぶった切るぞ、というメッセージが伝わってきた。
 しかたなく窓を開ける。

「いよう! おまえら野菜も食えよー、今ならトマト……」

「ピザは野菜じゃないぞ!」

 フーベルトは先制して突っ込んでおく。
 長身の女がやってきて、ヨランドも助手席側の窓を開ける。

「モルガナさん。何しに来たんですか?」

「……おまえ、その足はどうした?」

「お恥ずかしながら、ちょっとビームを避けそこなってしまって……」

「そうか。普通は避けられないから恥じることはないだろう。私は、フーベルトがおまえらと一緒にいるのが私の考えと違うような気がしたので見に来た。これから尋問か?」

「いえ。いろいろあって和解しました」

「それはよかった、ついでに乗せてもらえるか?」

「断る。我々はタクシーではない」

 フーベルトより先にプロトが返事をした。
 プロトは運転席側のボタンを押して窓を閉めようとするが、シューマッハが起動前のフェイルノートを見せびらかし始めたのを見てまた窓を開けた。

「ねえ、向こうに出現してるセベクノート体。あれってミーナなの?」

 シューマッハは、16番街の方を指さす。

「いや、あれはたぶん、シスター・エルミーナだ」

 フーベルトが答えると、シューマッハは露骨に嫌そうな顔になる。

「マジかよ。……見た感じ、鉄板よりは堅そうだったよね」

「そうだな、どうしたもんか」

 意味のわからない会話をしている二人。
 フーベルトがどうやって追い払おうかと考えていると、シューマッハは運転席側に回り込む。
 プロトがイライラした様子で窓を開けると、シューマッハは楽しそうに笑う。

「ねえ、乗せてよ。おまえらが遊園地に行くのはバレバレなんだからさ!」

「遊園地ではない。基地に帰るだけだ」

「嘘だぁ。何か荷物を取りに行って、また出撃するんでしょ? 銃? 爆弾? 戦車?」

「常識で考えろ。いや、おまえは何も考えるな」

「わかった、CCKだ! すげー、おまえのこと、頭の硬いバカだと思ってたけど、頭が柔らかいバカだったんだね」

 プロトは無言で窓を閉めた。

 今の会話だけで計画の全貌がバレるのは恐ろしい。
 まあ、計画と言えるほどの何かがあったわけではないし、確かにバカげている。
 勝ち誇った顔のシューマッハはフーベルトの近くの窓に戻ってくる。

「見破ったんだから私の勝ち。ほら乗せろ、席を空けろよ!」

「ついてくるな。いや、仮についてくるとしても移動手段は自分で探せよ」

「やだよ。だってキスシーンは見逃したくないじゃん。おまえらがシナプス姫やってるのは知ってるんだからさ」

「白雪姫だ!」

 そんな間違え方をした人間は、人類初めてだろう。

「残念ですが、あなたは遅刻しましたよ」

 ヨランドが言う。

「キスシーンはもう終わりました。毒リンゴはまだ吐き出していないかもしれませんが」

「おい」

 フーベルトはやめろと言いたかった。
 そんなことを教えたら。さらに興味を引く。
 案の定、シューマッハは助手席側の窓に食いつく。

「ほら、やっぱりシリコン姫じゃん。いやラプンツェルかな」

「なんでそっちは間違えないんだ? とにかく、どっかに行け」

「ないないない。おまえは、全然わかってない」

 シューマッハは指を振る。

「あのさ、ジェットコースターに乗ってるとするでしょ。それで坂を上りきるじゃん? さあ滑り出すぞ、って時に、終わりでーすって言ってお客を降ろしちゃうの? ないわー、それはないわー」

「おまえは客じゃない」

「ある日本人はこう言った、お客様は神様です。私は神! だから客!」

 無茶苦茶だった。いつか殴られろと思う。
 とうとうプロトも折れた。

「時間が惜しい。乗ってもいいが、邪魔するなよ」

 モルガナが、なんでこんなやつとコンビを組んで平気なのか、世界七不思議の一つに加えてもいい。フーベルトはそう思った。
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