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01 冥界の門を入手する

ヘレナとの夕食(14日前)

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 ヘレナと一緒にハマナス亭へと入る。
 ハマナス亭はスナホリにとっては憩いの場だ。

 店内は、いくつものテーブルと椅子が並んでいる。
 仕事を終えたスナホリたちがいて、満員に近かった。どの座席も埋まっている。

「混んでいますね」

「ああ」

 夕食時なので、もちろん人が多い。

「席が空くまで、少し待った方がいいでしょうか」

「そうだね」

 俺たちは店の外で待つことにした。

 真ん中あたりの席でニックが、スナホリ仲間と料理を食べていた。
 俺に気づいて手をあげかけ……ヘレナがいるのに気づいて、ひゅう、と口笛を吹く。

 俺は苦笑いして、軽く手を振った。


 店の外、涼しい風が吹いている。

 ヘレナはハマナス亭の壁に背を預け、上の方を見る。
 俺も同じように見上げると、星空が見えた。

 輝く無数の小さな光と、上空を流れていく細い雲。

 空なんて、久しぶりに見た気がした。
 スナホリをしているせいか、最近は、いつも下を見てばかりだ。

「ソリスさんは、何のスキルが欲しかったんですか?」

 ヘレナに聞かれ俺は答える。

「将軍のスキルだよ……」

「将軍になりたかったんですか?」

「いや……そこは、なんでもいいんだけど……」

 俺は、どう答えていいのかわからず、語尾が曖昧になってしまう。

「なんでもいいと言う割には、必死だったように見えましたよ?」

「俺は強力なスキルが欲しかったんだ。スナホリでは終わりたくなかったから……」

「強力なスキルって言うと?」

「それは……将軍とか、剣豪、英雄、魔術師」

「戦闘系が多いですね」

「そりゃ、まあね」

 この世界は、影の軍勢の襲撃を受けている、らしい。

 だから、皆が協力して戦っている。
 人族、トカゲ族、猫族、ゴブリン族、オーガ族……他にもいろいろ。
 全てが種族の分け隔てなく、協力して、影の軍勢と戦っている。

 ……ということになっている。

 けれど、実際はどうやっても破滅を避けることはできないらしい。
 俺たちは、沈む船の中で救命ボートを争っているような物なのかも知れない。
 ニックみたいな人は、終末略奪戦争、なんて言い方をしたりする。

 影の軍勢だけでも大変なのに、仲間同士で争って、どうしようと言うのだろう。

 しかし、それはそれとして、戦争だ。
 戦闘系のスキルは、とにかく重宝される。
 中でも、一番強いのが将軍のスキル。

 戦場にいるだけで、部下全員のステータスが強化される。

「ヘレナは、何のスキルを持ってるの? 魔術の風系統?」

「あたりです。これを見ただけでわかったんですか?」

 ヘレナは、自分の腰に下げている本を指でつつく。

「うん。その本は魔術具だよね?」

「ええ。随分、詳しいんですね」

「ときどき、北岸の町に行って図書館の本で調べてるんだ」

「図書館……あなた、文字が読めるんですか?」

「うん。スキルについて知りたかったから、頑張って覚えたんだ」

 スナホリの三人に二人は文字が読めない、らしい。
 もちろん読み方を教えてくれる人もいない。
 俺は読み書きができるのが、ちょっと自慢だった。

 でも、ヘレナは領主の館で秘書をしているぐらいだから、当然俺より読み書きが得意だろう。
 そう思っていると、ヘレナは微笑む。

「スキル辞典なら、領主の館にもありますよ。来てくれれば、いつでも見せてあげられます」

「いいのか?」

「ええ」

 北岸の町へ行くには船に乗らなければいけないし、時間もかかる。
 領主の館でいいなら、仕事が終わった後に行くこともできる。
 それにヘレナに会う口実にもなる。

「だけど、スキルに詳しくても、ガチャで引けなかったら何の意味もない」

「そうですね……」

 ヘレナの視線が揺れた。
 何かを話すべきか迷っているようにも見えた。

「ソリスさん。もし……」

 ヘレナが何か言いかけた時、ハマナス亭の扉が開いた。
 四人ぐらいのスナホリの集団が出ていく。

 俺とヘレナはそっちを見る。

「あの人たちは、もう帰って寝ちゃうんでしょうか」

「いや。たぶん娼館に行くんじゃないかな」

 娼館は、ハマナス亭の隣にある。
 規模はそんな大きくない。

「ソリスさんも、そういう所に……ごほん」

 ヘレナは言いかけて、慌ててごまかす。
 少し顔が赤かった。

「行かないよ!」

 俺は答える。
 嘘をついたとかではない。本当に行ってない。

「いえ。いいのですよ。男の人ですからね」

「本当だってば。……お金はガチャに使ってるから、そんな余裕はないんだ」

 思えば、ニックも商館に行くタイプだ。
 この中州島にいると、スキルガチャか商館ぐらいしかお金の使い道がない。

 ちょっと気まずい空気が流れる。

「あ、あのさ。あの人たちが帰ったってことは、テーブル、開いたんじゃないかな?」

「そ、そうですね」

 俺たちは再度ハマナス亭の中に入った。

 店内は、まだ込み合っている。
 さっきの人たちが使っていたテーブルを、ウェイトレスが片づけている所だった。

「このテーブル、使える?」

「ええ、どうぞ。……あら?」

 ウェイトレスはヘレナの方を見て、瞬きをした。
 顔を知らなくても、高級そうな服を着ているのには、気づいたのだろう。
 俺に小声で耳打ちしてくる。

「やるじゃない」

「いえ、別にそういう物では……」

 どういう物なのかと聞かれても困るけど。

 俺たちは席について、料理を待つ。
 店内は、まだ人が多くてざわめいている。

 俺たちは、スキルについて話をした。
 スキル辞典を読み込んでいるのは、ヘレナも同じだったらしい。

 今あるスキルだけでは対した戦闘力を発揮できないから、より強い魔術を使えるようになる方法を探していたのだという。

 魔術に使う道具を変えたり、別の呪文を習得したり……。
 領主の館で働く様な人でも、それなりに苦労はあるようだ。

 俺たちはいろいろな話をした。
 スナホリの仕事、領主の館の仕事、スキルのこと、戦争のこと。


 料理を食べ終わった頃には、店内の客も減っていた。
 隅の方で、酔ったスナホリが眠りこけている。

 ヘレナは、それまで俺の向かい側に座っていたけど、席を立ち、俺の隣に座る。

「へ、ヘレナ?」

「ソリスさん。今日は楽しかったです」

「うん。俺も楽しかったよ」

 ヘレナは、俺の腕を掴む。

「えっ? 何?」

 逃げられないようにされた気がした。
 けど、別に不快ではない。むしろ、ドキドキする。
 ずっと掴まれていたいと思ってしまう。

 ヘレナは耳の近くで囁くように言う。

「一つ、秘密を教えてあげます」

「秘密?」

「もし、ガチャでスキルを入手する以外に、強くなる方法があるとしたら、どうします?」

「え? それは、剣術道場に通うとか、そういうこと?」

「違いますよ」

 例えば、剣術のスキルは絶対ではない。
 スキルがなくても、剣を振ることはできる。

 鍛錬を積めば、戦場で役に立つようになれる可能性はある。
 しかし……それこそ、一生をかけても、極めきれないかもしれない。

 ヘレナが言っているのは、そういうまっとうな手段とは別の何かのようだ。

「ソリスさんは、冥界の門って知ってますか?」

「冥界の門?」

「イグアンさんが、怪しい商人から設計図を手に入れて、この前、作らせたんです。でも、強力な魔術効果があるはずなのに、どうやっても、作動させることができなかったんです」

「そうか」

「実際、その形は、門とは似ても似つかないのですけど……もしかしたら、ソリスさんのスキルなら?」

「……」

 冥界の門。
 名前から察するに、悪魔召喚、あるいは死者蘇生を目的とした魔術だ。

 そんな門、開けても大丈夫なんだろうか?
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