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01 冥界の門を入手する

少しずつ変わっていく、悪い方に(13日前)

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 翌日、朝。
 俺たちはいつものように川岸にいた。
 ただし、足元にあるのは、砂ではなく土だ。

「今日から俺たちはツチホリだな」

 ニックはそう言って笑う。
 どうでもいい、と俺は思った。

 今日は、箱ではなく麻袋を持っていく。
 土を掘って、麻袋に詰める。
 それを納品する。
 砂が土に変わっただけで、やることはあまり変わらない。

 仕事内容が変わったのは、雨季が近いからだ。
 川の上流ではここ数日、大雨が降り続いているらしく、川も増水している。
 この前まで砂を掘っていた川岸は既に水の底だ。

 今俺たちがいるのは、そこから少し陸地側に動いた場所。

 俺はニックやタノックといっしょに、土が露出している所を探して、そこで作業を始める。

 タノックは、スナホリの知り合いだ。
 スナホリは入れ替わりが激しくて、一年もやっていれば、ほとんどの人が、どこかに消えてしまう。

 そんな中で、タノックは俺がここに来た一年前よりももっと前から、ずっとスナホリをしている男だ。

「それにしてもソリス。おまえも隅に置けないやつだな」

 ニックがからかうように言って、タノックが振り返る。

「何かあったの?」

「あれ? タノックは知らないのか? 昨日の夜、ソリスが貴族の女の子つれてたの」

「ああ、それは見た。綺麗な子だったよね。あんな子、中洲島にいたんだ……」

 タノックはのんきなことを言う。

「イグアンさんの秘書だが、一応、貴族なんだよな」

「そうなの?」

 俺は驚いた。
 そんな話、一度も出なかった。
 ニックは呆れたように俺を見る。

「おいおい。おまえ、何の話をしたんだよ」

「それは……スキルのこととか」

「おやおや。そりゃあ、女の子と話すにはぴったりの話題だなぁ」

 ニックはバカにしたように笑う。

「……」

「ねえ、昨日は、何があったのさ?」

 タノックは、早く話を進めろと言いたげだった。
 ニックが答える。

「昨日、領主の館にソリスを連れて行ったんだよ。鍵開けが必要だって言われたからさ。そこでソリスはヘレナと顔を合わせて、一時間もしないうちに、ハマナス亭に連れてきたってわけよ」

「いや、晩御飯は向こうが誘ってきたんだ」

「おいおい、逆ナンかよ。やるじゃないか。でも、その割には……その割だよなぁ」

「余計なお世話だ」

 そもそも、あれはナンパと言っていいのだろうか?

 もしかして、ヘレナは冥界の門を開けたいんじゃないのか。
 俺に用があるのではなく、鍵開けスキルに用があるだけなのかも。

 ふと、タノックが手を止めて俺を見ているのに気づいた。

「鍵開けスキルって、どんな鍵でも開けられるの?」

「まあ、だいたいの鍵なら開くけど」

「それって、泥棒に使えるってことだよね?」

 タノックは、平静を装っているようにも見えた。
 心の中では何か悪いことでも考えているのか。

 俺は、それについてはあまり考えていなかったけど、できるのだろうか?
 と、ニックが言う。

「早まったことはするなよ。大事な物が隠されている所は、警報装置もついている」

「良く知ってるね。そんなこと」

「調べたんだよ。警報がなかったなら俺が提案してたさ」

 ニックはニヤニヤ笑いながら言う。
 こんな話、領主の館を警備している兵士に聞かれたら、今日から出入り禁止になりそうだ。

「しかし、ヘレナちゃんは、確かにかわいい系だな。ま、俺はヴァネスちゃんの方が好みなんだが」

「ヴァネスって、誰?」

 俺が知らない名前だった。

「領主の館にいけば、運が良ければ会えるぞ」

「どんな人なの?」

「胸がデカい」

「そこかよ!」

「他にもいい所はあるぜ。ちょっと目つきはキツイけど、そこもまたいいのよ」

「……そっか」

 俺には、ニックがよくわからない。


***

(ヘレナ視点)

 その頃、ヘレナは領主館の廊下を歩いていた。
 イグアンに頼まれた書類を仕上げて、部屋に届ける所だ。

 ノックしてから扉を開ける。

 室内には、慌てて服を整えているトカゲ族の男女がいた。
 男はイグアン。女はケリーだ。

 ケリーはイグアンの……何なのだろう? 恋人、あるいは愛人だろうか?
 ヘレナは、はっきりとしたことを知らない。
 たぶん今もイチャついていたのだろう。

「頼まれていた書類、届けに来ました」

「ああ、ご苦労だったな」

 イグアンは言い、書類を確認している。

 ヘレナは、ため息をつく。
 イグアンは、死んだヘレナの父の補佐をしていた男だ。
 決して悪いトカゲではない。
 むしろ、味方だ。今のところは。

「それでは、私は他の仕事がありますので」

「うむ。任せるぞ」

 ヘレナは、退室しようとした。
 だが、その前に、別の女が部屋に入って来る。
 バラのように赤いドレスを着た黒い髪の女だった。

 ヴァネス。
 ヘレナにとっては、腹違いの姉だ。

 ヴァネスは正妻の子であり、ヘレナは妾の子。
 ……いや、娼館の女だったという噂もある。
 髪が父親と同じ金髪でなかったら、見て見ぬふりをされただろう、とも。

 実は、領主の屋敷の中で、ヘレナの立場はかなり弱い。

 ヴァネスは扇子を広げ、パタパタと煽ぎながらイグアンを睨む。

「イグアン」

「な、なんですかな?」

「ヘレナに仕事を手伝わせるのって、どうなの?」

「秘書として有能で、私も助かっているので……」

「機密を預けてもいい相手と悪い相手がいるでしょう?」

 ヘレナ本人の前で、露骨な悪口だった。
 まるでヘレナが資金の使い込みをすると言っているかのようだ。

 そんなことはしない。ヴァネスじゃあるまいし。

「しかし、ヴァネス様。ライオス様は、ヘレナのことも頼むと言っていたのですよ」

「そんなの、どうでもいいじゃないの」

「ライオス様は、あなたの父親でもあったのだから、そんな言い方はないでしょう。私はライオス様に拾ってもらった恩があり……」

 ピシャリ。

 イグアンの言葉を遮るように、ヴァネスは音を立てて扇子を閉じる。

「死んだ奴のことなんて、どうでもいいって言ってるのよ」

「しかし、そんな……」

「何? この私に逆らおうというの? トカゲの分際で?」

「……いえ、そんな」

 イグアンは目を逸らす。
 ヴァネスは、ふっ、とあざ笑う。

「くだらないのよ。どうせ全員死んでしまうのだから」

「いや、そんな……」

「こんな田舎で、ごちゃごちゃと慌てたところで、どうなるって言うの? 影の軍勢に勝てるわけ? 無理でしょう? 無駄なのよ」

「最後まで、抵抗しようとは思わないんですか?」

 ヘレナは思わず問うてしまう。
 ヴァネスはくるりとヘレナの方を振り返る。
 その時に遠心力で舞い上がった髪とドレスの裾は美しかったが、浮かべていた表情は、悪魔のように醜かった。

「ふん? あなたって、ドブネズミみたいに卑しいわね」

「……」

「最後まで抵抗? そう? そういう感じなの?」

「あー、確かにユグドラシル・ラジオは、そんな話もするが、絶対に滅びを回避できないと決まったわけではないだろう?」

 イグアンが言うと、ヴァネスはまたそっちを向く。

「はぁん? 今、そんな話してないでしょ?」

「あー、あのね……ヴァネスさん」

 それまで黙っていたケリーが、割って入る。

「そんな怖いことを言ったらよくないわ。レディーは、もっと、お淑やかに生きるべきですよ」

「……お淑やかに?」

 ヴァネスはケリーの方を怪訝な目で見る。

「お淑やかねぇ。まあいいけど……」

「そうよ」

「貴族には、貴族に相応しい血筋という物があるのよ。……すぐにわかるわ」

 ヴァネスは、再びヘレナの方を見て、あざ笑うように言うと、部屋を出て行った。
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