鍵開けスキルと冥界の門 -こっそり率いる最強軍団、たぶん滅びる世界で生き残れ-

ソエイム・チョーク

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01 冥界の門を入手する

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 雨季に入って、川は増水していく。
 俺たちは土嚢を作り、それをあちこちに配置する。

 夜は、いつものようにハマナス亭で夕食を食べる。
 そろそろ、宿屋に戻ろうかと、俺が思っていた時。

 ハマナス亭の扉が開いて、ヘレナが入って来た。
 外ではいつの間にか雨が降り始めていたらしい。
 ヘレナの服や髪は濡れていた。

 ヘレナは俺を見つけると、ふらふらと歩み寄って来る。

「ソリスさん」

「何かあったの?」

「いえ、ちょっと顔を見たくて……」

 ヘレナは平然としているが、手が少し震えていた。
 俺が言葉に詰まっていると、ニックがおどけたように言う。

「なんですか? 困りごとなら、このニックが解決してやりましょう」

「ちょっと、ニック。……邪魔したら悪いよ」

 タノックがそう言って、ニックを引っ張っていく。

「おいソリス! 儲かりそうな話だったら俺を呼べよ。絶対だぞ!」

 ニックはそう言い残して、店の外へ消えた。
 ヘレナは苦笑する。

「あまり、儲からないと思いますよ。私が自由にできるお金は多くないので」

「そんなのどうだっていいよ」

 俺も微笑む。
 ヘレナは空いた席に座って、温かいスープを啜った。
 体が温まって、少し顔色が良くなった。

 俺はヘレナに会いたかったけど、領主の館には近づきがたいものがある。
 次の休みの日に、勇気を出して行ってみようかと思っていた。

 もしヘレナの方も、俺に会いたいと思ってくれていたなら、それは嬉しい。
 だけど、何かそういう、甘酸っぱい話とは違う雰囲気だ。
 もっと深刻な何かを感じた。

「何かあったの?」

「いえ……」

 ヘレナは目を伏せる。
 客の大半が帰りつつあることもあって、店内は静かだった。
 ユグドラシル・ラジオから、物悲しげな音楽が聞こえる。

「ただ、私は不安なんです。何か恐ろしいことが起こるような気がして」

「そんな不安、誰だって抱えてると思うよ」

 俺は、当たり障りのないことを言う。
 でも本当は、もっと具体的な何かがあったんじゃないのかと思った。
 そうでなければ、わざわざこんな所に来なかったんじゃないか、とも。

 冥界の門の件を思い出す。
 俺は、なんとなくそれに関わりたくなかった
 けれど、ヘレナから直に頼まれたら、きっと俺は断れない。

「ヘレナは、どうして強くなりたいの?」

「……強く?」

「たとえば、俺は、川向こうの宮殿にあこがれてるからさ。ヘレナにも、何か目標とかがあるのかと思って」

「私は……ただ、穏やかな日々がいつまでも続いてくれればいいと、思っていました」

「そっか」

 俺はスナホリだ。
 知っているのは中洲島のこと、後は、せいぜい生まれ育った森の村とか、それぐらいしか知らない。
 けど、ヘレナのような人たちは、もっと他のいろいろなことも知っているのだろう。

 俺は、ユグドラシルラジオの放送を、真剣に聞いていない。
 もし、あれが全部正しくて、本当に世界が滅びるのだとしても、俺の力ではどうにもできないからだ。

「ヘレナ。世界は、本当に滅びるのか?」

「影の軍勢は、いつかここにも来ます。でも、恐ろしい物は、他にもありますよ」

「そっか……」

 ピンと来なかった。
 いったい何が問題なのか、俺のイメージできる範囲を超えていた。
 ヘレナは俺の方に手を伸ばしてくる。
 俺には、その手を握る以外の選択肢はない。

「ソリスさん。冥界の門を、開いてくれませんか?」

***

 俺とヘレナは西の丘に向かって歩く。
 闇夜、しとしとと降り注ぐ雨。
 ヘレナの掲げるカンテラの光が、頼りなく足元を照らす。

 西の丘は、川の上流側。
 そちらから水が流れてくる。
 歩けば足元がバシャバシャと水音を立てる。

 水没橋は水没していた。
 暗い中、水面に足を踏み出せば、すぐそこに足場はある。
 けど、濁った水のせいで、全然見えない。

「これ、落ちたら危なくない?」

「そうですね」

 ヘレナも、行こうと言ったのを少し後悔しているように見えた。
 今夜は帰ろう。
 俺がそう言おうとした時、ヘレナは俺にカンテラを渡してくる。

 ヘレナは手を宙に掲げた。

「《ウエポンコール:角柱ベリルの杖》」

 空中を光が渦巻いて、杖が現れる。
 魔術を使うためのクリスタルが入った杖だ。

 何か魔術で問題を解決するのか、と思ったら、ヘレナは力なく微笑む。

「大丈夫です。こういうところは、杖で足元をつつきながら進めば安全なんです」

「……そうだね」

 ヘレナは、俺の隣、体をくっつけるぐらいの近くに立つ。

「私から離れたら危ないですよ。それに、ちゃんと足元を照らしてください」

「ああ……」

 俺は開いている方の手をヘレナの背中に回した。
 ヘレナと目が合う。

「あ、ごめん……」

「いえ。このままでいいです。行きましょう」

 慎重に歩いて、時間をかけて西の丘までたどり着いた。
 周囲は完全に水の下で、丘と言うよりは一つの島のようにも見える。

 焼けて半壊した建物が有った。

「昔の領主の館です……。灯台を管理するためにあったけれど、火事で焼けてしまったそうです」

 今は、灯台は、小屋を建てて兵士に管理させているらしい。
 上流から船が来ることなどめったにないのだけれど。

 半分焼けた柱が立ち並ぶ中、大きな石が置かれていた。
 直径3メートルぐらいの灰色の球体で、地面から微妙に浮いていた。
 表面には赤い塗料で、文字のような物が描かれていた。

「これが、冥界の門……」

「開きそうですか?」

 俺は球体に両手を伸ばす。
 なんとなく手ごたえはあった。

「《鍵開け》」

 スキルを発動。
 空中に、ゆらゆらした光の文様が浮かび上がる。
 これを正しい形にすれば、鍵は開く。
 開いた後に何が起こるのかはわからなかったけど、スキルの対象にとれるのだから、開くはずだ。

 ふと、球体の表面に書かれた文字が変化しているのに気付いた。

『ニーズロックとの対話を望むか?』

「えっ?」

 誰だか知らない名前なので、無視して鍵開けを続ける。

『爪の一族を解き放つか?』

『死者の復活を夢見るか?』

『世界を生贄に捧げるか?』

 見間違えではない。
 文字は、何度も変化した。
 たぶん、この鍵に正解はない。どの形が正しいのかは俺が決めていい。
 その代わり……

『己が生贄となるか?』

 周囲が暗くなった。

***

 気が付くと俺は地面に倒れていた。

「ソリスさん。気が付きましたか?」

 頭の下に柔らかい感触がある。
 ヘレナに膝枕されていた。

「ごめん。寝てたみたいだ」

「謝るのは私の方です。無理を言って、ごめんなさい」

 ヘレナは申し訳なさそうに言う。
 俺は起き上がり、球体の方を見る。

『望みを決めてからまた来い』

 一瞬、球体の表面の文字は、そんな風に書かれているようにも見えた。
 けど、瞬きした間に読めなくなっていた。
 なんとなく、この状態ではスキルで干渉できないような気がした。

「ヘレナ、門が……」

「もういいんです。私が間違っていました」

「でも……」

 これが必要だったんじゃないか? 俺がそう言おうとした時。
 ヘレナが後ろから抱き着いて来た。
 柔らかい物が背中に当たる。

「ソリスさんを犠牲にしてまで、手に入れたいとは思いません」

「そっか……」

 ヘレナがそっと離れた。
 妙な寂しさを感じて振り返ると、ヘレナは微笑んでいた。

「きっと、私の勘違いだったんですよ」

「え?」

「ソリスさんが居てくれるなら、悪いことなんて起こるわけありません」

「……」

 俺は、ヘレナの方に一歩踏み出した。
 ヘレナが何かをせがむように目を閉じて顔を上げ、俺はキスをした。

***

(ヘレナ視点:8日前)

 雨が降っていた。
 川の北岸、中洲島よりはやや下流の、小さな船着き場。
 ヘレナはそこにいた。

 足元に転がっているトカゲ族の男。死んでいた。
 囲んでいる兵士たちの中で、隊長格の男が、死体を軽く蹴る。

「どうだ?」

「間違いありません。イグアンさんです」

 ヘレナは無表情で答える。
 今、どんな表情がふさわしいのか、わからなかった。
 悲しいけれど、怒ったり泣いたりするほどではない、微妙な感じ。

「トカゲ族は人間より泳ぎが得意だと聞いたが、船の沈没から生き残れるとは限らないんだな」

 隊長格の男は、バカにしたように言い、またイグアンの死体を蹴った。
 ヘレナはその男を睨む。

「足で蹴るのをやめてもらえますか?」

「ふん。棺に押し込んで埋めちまえば、誰だって同じさ」

「……」

 ヘレナは、川の濁った水を見やる。
 雨で空気はけぶり、遠い向こう岸は影すら見えない。

 ふと思う。
 ソリスを呼んで、今すぐこのイグアンの死体を中洲島の西の丘まで運んで、冥界の門を使ったら、どうなるのだろうか、と。
 間に合わないだろう。
 蘇生が可能か、という話ではなく、死亡確認されてしまっている、という意味で。

 日常は終わる。
 それは二度と戻ってこない。

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