鍵開けスキルと冥界の門 -こっそり率いる最強軍団、たぶん滅びる世界で生き残れ-

ソエイム・チョーク

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01 冥界の門を入手する

絶対貴族主義の怪物(5時間前)

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 ヘレナは書斎で書類仕事をしていた。
 窓の外は雨。ざあざあと容赦なく降り注ぐ。

「憂鬱ね……」

 雨だれが流れる窓ガラスを見て、ヘレナはため息をつく。

 憂鬱の原因はもう一つある。
 机の上に積みあがった大量の書類。
 雨季に入って、あちこちで仕事の内容は大幅に変わる。

 例えはスナホリの仕事はできなくなる。
 代わりに土嚢(どのう)を詰んだり、雨漏りの修繕などが増える。
 ソリスも、今はそんな仕事に追われているのだろう。

 それらの指示を出すのは、領主の館の役目だ。
 イグアンは死に、ヴァネスは仕事をしていない。

 毎日届く陳情!
 あっちの家で雨漏りしてる!
 向こうの建物の土台が崩れそう!
 食糧庫の中身が濡れて腐ってた!
 俺の家の方が優先だろ! などなど。 

 作業員を再配置して、物資が不足していたら都市に要望書を送って……
 それと、北岸と南岸の連絡も取り持って……

 ヘレナが何とかしなければ、この中州島は、崩壊してしまう。

「まあ、寝る時間があるだけ、まだましなんですけど……」

 問題なのは下流の監視所だ。
 イグアンと部下が死亡し、連絡用の船も失った。
 今は小さなボートを使って、なんとか荷物を運ばせて下流の監視所を働かせている。

 状況はよくない。
 監視所の兵士たちは、交代要員なしで徹夜が当たり前の状態だ。
 一週間、続けて「問題なし」の報告だけが届く。
 これは、信用してもいいのだろうか?

 イグアンが死ぬ前は、数日に一度はゴブリン軍の斥候が監視されていたのに、それが見つからないのはなぜなのか。
 本当にゴブリンが来ていないのだろうか。
 もしかして、見落としや職務放棄の可能性があるのでは?

 ヘレナは状況改善のため、オルライト・パレスに支援を要請してみた。
 しかし、返事はいまひとつだ。
 洪水の兆候がないか監視するため、上流の観測所との連絡に手いっぱいで、人手が足りないらしい。

 明日も今日と同じなら、自分で様子を見に行かねばならない。
 ヘレナはそう考えていた。

「はろー、いい天気ねぇ」

 書斎の扉が開いて、トカゲ族の女が入って来た。
 イグアンの愛人、ケリーだ。
 ヘレナはちらりと、雨が降り続く窓の外を見た後、ため息をつく。

「おばさま。人間の基準だと、今日の天気はよくないですよ」

「あら、私だって晴れてた方が嬉しいわよ。けど、くさくさしてたら心まで雨になっちゃうでしょ」

 ケリーは微笑みながら、ヘレナの横に手をつこうとした。
 が、そこにも書類があるのに気づいて、腕をひっこめた。

「それよりも。あなた、そんなことしてる場合なの?」

「この書類は今日のうちに片づけないと、明日もっとひどいことになりますから」

「それって他人の明日でしょ? あなたの明日じゃなくない?」

「どういう意味ですか?」

 この仕事を放り出して、逃げ出せとでも言うのだろうか。

「まあ聞いてちょうだい、ヘレナちゃん。私ね、お金をもらったの」

 ケリーは急によくわからない話を始める。

「お金、ですか?」

「手切れ金ってやつなのかしら? 近いうちにこの島を出ていくわよ」

「そうですか……」

 寂しくなりますね、などと社交辞令を言うべきか、ヘレナは迷った。
 お金をもらったとは、どういうことなのだろう? 誰から?

 金を出してまでケリーを追い払いたがる者がいるのか。
 なぜかヴァネスの顔が思い浮かんだ。

「私、このお金で鉱山都市にでも行こうかと思ってるの。川から離れれば、雨が降っても、ここほど心配しなくてもよさそうだし」

「……」

 山なら山で、何か問題がある。土石流とか、がけ崩れとか。
 そもそも、お金っていくらなのか。一生何もしなくていいぐらいの大金なのだろうか?
 あるいは、新天地で商売を始められるぐらいの?
 疑問は尽きなかったけれど、めんどうなので黙っていた。

「あなたも一緒に来る?」

「えっ?」

「こんな辛気臭い島でいくらがんばっても幸せにはなれないわよ」

「いえ、私には貴族の義務があります。この書類を、なんとかしないと、この島が……」

 ヘレナは机の上に指さすが、ケリーは笑う。

「島を出るなら、もう貴族じゃないでしょ。あなたみたいな子がいれば人間相手の商売もやりやすいってものよ」

「……」

 もしかして、それは魅力のある提案なのでは、とヘレナは思う。
 少なくとも、ここにいるよりは命の危険がない。
 だが……。

「何の話をしているのかしら?」

 ヴァネスが書斎に入って来る。
 ケリーは急に壁の方を向いてしまった。ヘレナと会話などしていませんでした、などと言いたいかのように。

 ヘレナは、無駄と知りつつも言ってみる。

「ヴァネスさん。手伝ってもらえませんか? この陳情の山、私一人では処理しきれません」

「それは難しいわね。私は、あなたがくだらない細工をしていないか見張るのに忙しいのよ」

「……。私に一切仕事をさせず、あなたが一人で全部片づけるというのでもいいのですが?」

「こんなの、文官でも雇えば済む話でしょ」

「なら、そうして貰えませんか?」

 仕事が減るならなんでもいい。ヘレナはそう思っていた。
 だがヴァネスは、にまりと笑みを浮かべる。

「信用できる者が、なかな見つからなくてね」

「その信用と言うのは……」

 あなたの使い込みだけを見逃してくれる人ですか? との言葉が、口から出かける。
 ケリーがいくら貰ったのかは知らないが、きっとその数倍の予算が消えているはず。
 そのツケを払っているのはこの島の住民だ。

 ソリスたち下級労働者は、ヴァネスのぜいたく遊びのために、余計に働かされている。
 証拠を揃えてオルライト・パレスに提出できれば、ヴァネスもタダでは済まないはず。

「まあ、どうでもいいわ。ヘレナ。あなたは当分の間、この島を離れることはできない。私が許さないわ」

「明日、下流の監視所の視察に行く予定だったのですが」

「そんなの要らないでしょ? いや……」

 ヴァネスは何かを考えるそぶりを見せた。

 ヘレナにも事故にあってもらおうというのか。
 あるいはヘレナがいない間に、使い込みの濡れ衣を被せようとしているのか。
 どちらだとしても、視察に出るのは危険だ。

「何もしていないなら、あなたが視察に行ってくれませんか?」

 ヘレナは言ってみる。
 ヴァネスが何かの役に立つとは思っていなかったが、一日追い払えるだけでもメリットとなる。
 だがヴァネスは、せせら笑う。

「そんなの必要ないわよ。本当にゴブリン族が攻めてくるとでも思ってるの? 監視所を廃止して、予算は別の所に回した方が良くない?」

「あなた、本気で言ってるんですか……」

「私は何度もそう言ったのに、イグアンは提案を受け入れないし、あなたも同じね」

「っ! まさか、イグアンさんは……」

 急に、ヘレナは全てを理解した。
 イグアンを殺したのはヴァネス。
 ケリーはそれを知っていて、金で黙らされた。
 ヴァネスはヘレナを殺す計画もあるし、ケリーはそれも知っている。
 だから、一緒に逃げようなどと言い出した……。

 ヴァネスは両腕を広げて笑う。

「この島は、私のものよ。ちっぽけで、今にも水没しそうな島だけど、今はここで我慢してあげるのよ」

「何ですか、その傲慢な物言いは……。みんな必死で、なんとかしようとしているのに……」

「ごちゃごちゃうるさいわねぇ」

 ヴァネスは虫か何かを追い払うように手を振る。

「私は高貴な生まれなんだから、そんなの気にする必要ないのよ」

「そんな……」

「あんたたち平民と貴族モドキは、地にはいつくばって死んでいけばいいのよ」

 高笑いしながら、ヴァネスは書斎を出て行った。
 ヘレナは悔しいが何もできない。
 ケリーも、ため息をつく。

「ほらね? こんなところ、居ても仕方ないでしょ? まあ、あなたは逃げさせてもらえないみたいだけど」

「……」

「じゃ、また明日ね」



 しかし、その明日は来なかった。

 その日の夕刻。
 ゴブリン族の海賊が、川を遡上して中洲島に攻め込んできた。

 ヘレナが監視所を視察する必要もなくなった。
 監視所でサボっていた見張りの兵士たちは、たぶん全員、殺されてしまっている。

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