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02 最強の剣を入手する
大領主の娘(後)
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ロメリアと名乗った少女。
言っていることが本当なら、ヘレナやヴァネスなど比べ物にならないほど上位の人間だ。
ヘレナの驚き具合から見ても、それは嘘ではないのだろう。
「この領地もさー、なんか後がないよね……」
気楽に言いながら歩く後ろ姿。
俺が見る限りでは、金持ちの子ども、ぐらいにしか見えない。
「後がないということはないでしょう」
ヘレナはロメリアに、当たり障りのないことを言う。
俺たちは、ロメリアが先導するまま、パレスの中を歩いていく。
階段を上って、パレスを囲む擁壁の上に出る。
ノコギリのように、等間隔に狭間が作られている。
この隙間は、戦う時に、壁の裏に隠れたまま弓を打つため、らしい。
領地に大軍が押し寄せたら、最後はここで攻城戦をするのだろうか?
「展望がないっていうか……。これは、影の軍勢とか、他領地の暴走とか抜きにしてもね」
「開拓や、開墾。新たな産業を起こすなど。やり方はいくらでもあると思います」
「それ本気で言ってるの? あと数年で世界丸ごと滅ぶかもしれないってのに?」
「……」
ロメリアが語る言葉は終末論めいている。
こういう、どうしようもない話は、森の村にいた頃も何度も聞かされた。
都会まで出てきても、領主の娘であっても、人はそう変わらないのだろうか。
あるいは、目で見える終末と言うのは、さすがに無視できない物なのか。
まあ、俺は自分の目で見たわけじゃないけど。
「本当に滅ぶかどうかは、私にとっては大した問題じゃないんだよね。滅ぶんなら仕方ないし。でも、かなりの人数が、滅ぶと思ってる」
「滅ばない方に賭けて、仕事を進めるべきでは?」
「その理屈が通らないんだもん……。要するに、仕事をサボる口実に都合がいいんだよね。おかげで、10年後に備えた投資なんてできないし、産業も全部止まっちゃうわけ」
俺は、ロメリアの護衛らしき鎧騎士を見る。
鎧騎士は、無言で俺たちの後ろを歩いている。
見せびらかすように、大型の槍を持っている。
「やっぱりさ、領地の真ん中を太い川が突っ切ってるのが微妙だよね」
ロメリアは遠くの方を指さす。
ここからは、かすむ空気の向こうに、川と、中洲島が見える。
パレスから見ると、本当にちっぽけな世界。
それでも、見えるだけマシなのだろう。
涼しい風が吹く。
ヘレナも、ちらりとそちらを向いて、髪が揺れた。
「水には困らないし、川沿いは農業に適しています。船も使えます」
「でも川の向こう側の開発がダルイじゃん?」
「それは、距離的な問題でしょうか?」
「それもあるけど。心理的な問題かな。パレスから馬車で行ける範囲と、川沿いはまあいいとして……向こう岸についてから馬車で移動するような距離って、軽い気持ちで手を出せないじゃん?」
「その辺りを開発させたいのですか?」
「街道ぐらいは作りたいかな。輸送にも行軍にも使えるし」
「軍事用と言っておけば、今は予算が出やすいと思いますが」
「まあね。あ、君たちそこでストップ。ちょっとヘレナだけ、こっち来て」
ロメリアが、急に俺たちを足止めした。
二人だけで話すつもりらしい。
軍事とか言っていたし、内密の話でもあるのだろうか。
何か、おかしい気がした。
中洲島の領主はヴァネスなのに、ロメリアはヘレナと会話している。
今のヴァネスは俺の支配下にある。
俺やヘレナが命じなければ、前に出ない。
だが、ロメリアはそれを知らないのに、ヴァネスを無視してヘレナを……
俺が何か思いつきかけた時。
ロメリアの護衛の鎧騎士が、無言で体勢を低くした。
「えっ?」
ヘレナはこちらに背を向けている。
そしてロメリアは、俺に向かってニヤリと笑った。
まさか……。
ガンッ
金属を叩きつけるような音を立てて、鎧騎士が走った。
槍を構え、ヘレナ目掛けて……。
「キシュァッ!」
同時に、ヴァネスが走りだす。
ドレスとスカートをハンデともせず、人知を超えた加速で鎧騎士に追いすがり……
ヴァネスの赤いドレスが、残像を残すほどの勢いで動いた。
気が付いた時には、ヴァネスは鎧騎士の左腕に胸元を掴まれ、高く掲げられていた。
いや……ヴァネスを掴んだ左手だけが、宙に浮いている。
ヴァネスはジタバタと暴れ、左手から逃れようとするが、足は地につかず、手からも脱出できない。
ロメリアは、ニコニコと笑っている。
「ふっふーん。なるほどね。声で命令しなくても、護衛君の意思には反応するんだ。ヘレナじゃないよね。完全に見えてなかったから……」
「……な、なんで……」
ヘレナはようやく事態に気付いて、おろおろしている。
「君たち、おもしろいけど、全然ダメだね。コンビ組んで日が浅いの?」
「……」
君たち、の対象は、俺とヘレナのようだ。
もう秘密がバレた。
ロメリアはヴァネスを怪しんで、俺たちに声をかけた。
そして、ヴァネスが俺に隷属している、という仮説を立てて、ヘレナには見えず俺には見える方向から攻撃するふりをした。
まんまと釣られてしまった。
少し離れた場所にいた兵士たちが、なにごとかと集まって来る。
「何の騒ぎですか? ……ロメリア様!?」
「さぁて、なんだろうね」
ロメリアは意地の悪い笑みを浮かべる。
「その女は、どこかの小領地の領主ですね? ロメリア様にご無礼を働こうとしたのですか?」
「んー? そうとも言えるし、違うとも言えるような……」
ロメリアはあいまいなことを言う。
ここで、俺やヘレナが何を言ってもダメだ。
権力の差は、証言や弁明など簡単に握りつぶす。
……どうする?
全員殺して生き返らせるしかないか?
俺にできるか?
兵士が来る前ですら、手玉に取られていたのに?
「ロメリア様!」
遠くから、金髪の若い女が走って来るのが見えた。
近衛騎士のようだ。
鎧は着ていないけど、腰にレイピアのような剣を刺している。
女は、ロメリアの顔を見た後、集まってきた兵士に言う。
「問題ない。警備に戻れ」
「しかし」
「問題ないと言っている!」
女が強い口調で言うと、兵士たちは不満そうな顔で持ち場に戻って行った。
「ロメリア様、何をされていたのですか? この方たちは?」
「この人たちは、新しいお友達かな……」
ロメリアが手を振ると、宙に浮いていた鎧の左手が、ヴァネスを床に放り出した。
ヴァネスは鎧騎士の胴体に飛び掛かろうとするが、俺が念じると動きを止めた。
ロメリアは、俺の前に立つ。
「君、名前は?」
「ソリスだ」
「ふーん。あのね、私も師匠から言われたんだけどさ。いくら人形遊びがうまくても、本人が弱かったら意味ないよ、って」
「……」
「じゃぁね」
ロメリアと近衛騎士は去っていく。
ヘレナが俺の隣にやってくる。
「……ソリスさん。どうしましょう」
どうしようもない。
たぶん、ロメリアは、黙っていてくれるだろう。
だが、そんなの問題じゃない。
とほうもない、敗北感だった。
言っていることが本当なら、ヘレナやヴァネスなど比べ物にならないほど上位の人間だ。
ヘレナの驚き具合から見ても、それは嘘ではないのだろう。
「この領地もさー、なんか後がないよね……」
気楽に言いながら歩く後ろ姿。
俺が見る限りでは、金持ちの子ども、ぐらいにしか見えない。
「後がないということはないでしょう」
ヘレナはロメリアに、当たり障りのないことを言う。
俺たちは、ロメリアが先導するまま、パレスの中を歩いていく。
階段を上って、パレスを囲む擁壁の上に出る。
ノコギリのように、等間隔に狭間が作られている。
この隙間は、戦う時に、壁の裏に隠れたまま弓を打つため、らしい。
領地に大軍が押し寄せたら、最後はここで攻城戦をするのだろうか?
「展望がないっていうか……。これは、影の軍勢とか、他領地の暴走とか抜きにしてもね」
「開拓や、開墾。新たな産業を起こすなど。やり方はいくらでもあると思います」
「それ本気で言ってるの? あと数年で世界丸ごと滅ぶかもしれないってのに?」
「……」
ロメリアが語る言葉は終末論めいている。
こういう、どうしようもない話は、森の村にいた頃も何度も聞かされた。
都会まで出てきても、領主の娘であっても、人はそう変わらないのだろうか。
あるいは、目で見える終末と言うのは、さすがに無視できない物なのか。
まあ、俺は自分の目で見たわけじゃないけど。
「本当に滅ぶかどうかは、私にとっては大した問題じゃないんだよね。滅ぶんなら仕方ないし。でも、かなりの人数が、滅ぶと思ってる」
「滅ばない方に賭けて、仕事を進めるべきでは?」
「その理屈が通らないんだもん……。要するに、仕事をサボる口実に都合がいいんだよね。おかげで、10年後に備えた投資なんてできないし、産業も全部止まっちゃうわけ」
俺は、ロメリアの護衛らしき鎧騎士を見る。
鎧騎士は、無言で俺たちの後ろを歩いている。
見せびらかすように、大型の槍を持っている。
「やっぱりさ、領地の真ん中を太い川が突っ切ってるのが微妙だよね」
ロメリアは遠くの方を指さす。
ここからは、かすむ空気の向こうに、川と、中洲島が見える。
パレスから見ると、本当にちっぽけな世界。
それでも、見えるだけマシなのだろう。
涼しい風が吹く。
ヘレナも、ちらりとそちらを向いて、髪が揺れた。
「水には困らないし、川沿いは農業に適しています。船も使えます」
「でも川の向こう側の開発がダルイじゃん?」
「それは、距離的な問題でしょうか?」
「それもあるけど。心理的な問題かな。パレスから馬車で行ける範囲と、川沿いはまあいいとして……向こう岸についてから馬車で移動するような距離って、軽い気持ちで手を出せないじゃん?」
「その辺りを開発させたいのですか?」
「街道ぐらいは作りたいかな。輸送にも行軍にも使えるし」
「軍事用と言っておけば、今は予算が出やすいと思いますが」
「まあね。あ、君たちそこでストップ。ちょっとヘレナだけ、こっち来て」
ロメリアが、急に俺たちを足止めした。
二人だけで話すつもりらしい。
軍事とか言っていたし、内密の話でもあるのだろうか。
何か、おかしい気がした。
中洲島の領主はヴァネスなのに、ロメリアはヘレナと会話している。
今のヴァネスは俺の支配下にある。
俺やヘレナが命じなければ、前に出ない。
だが、ロメリアはそれを知らないのに、ヴァネスを無視してヘレナを……
俺が何か思いつきかけた時。
ロメリアの護衛の鎧騎士が、無言で体勢を低くした。
「えっ?」
ヘレナはこちらに背を向けている。
そしてロメリアは、俺に向かってニヤリと笑った。
まさか……。
ガンッ
金属を叩きつけるような音を立てて、鎧騎士が走った。
槍を構え、ヘレナ目掛けて……。
「キシュァッ!」
同時に、ヴァネスが走りだす。
ドレスとスカートをハンデともせず、人知を超えた加速で鎧騎士に追いすがり……
ヴァネスの赤いドレスが、残像を残すほどの勢いで動いた。
気が付いた時には、ヴァネスは鎧騎士の左腕に胸元を掴まれ、高く掲げられていた。
いや……ヴァネスを掴んだ左手だけが、宙に浮いている。
ヴァネスはジタバタと暴れ、左手から逃れようとするが、足は地につかず、手からも脱出できない。
ロメリアは、ニコニコと笑っている。
「ふっふーん。なるほどね。声で命令しなくても、護衛君の意思には反応するんだ。ヘレナじゃないよね。完全に見えてなかったから……」
「……な、なんで……」
ヘレナはようやく事態に気付いて、おろおろしている。
「君たち、おもしろいけど、全然ダメだね。コンビ組んで日が浅いの?」
「……」
君たち、の対象は、俺とヘレナのようだ。
もう秘密がバレた。
ロメリアはヴァネスを怪しんで、俺たちに声をかけた。
そして、ヴァネスが俺に隷属している、という仮説を立てて、ヘレナには見えず俺には見える方向から攻撃するふりをした。
まんまと釣られてしまった。
少し離れた場所にいた兵士たちが、なにごとかと集まって来る。
「何の騒ぎですか? ……ロメリア様!?」
「さぁて、なんだろうね」
ロメリアは意地の悪い笑みを浮かべる。
「その女は、どこかの小領地の領主ですね? ロメリア様にご無礼を働こうとしたのですか?」
「んー? そうとも言えるし、違うとも言えるような……」
ロメリアはあいまいなことを言う。
ここで、俺やヘレナが何を言ってもダメだ。
権力の差は、証言や弁明など簡単に握りつぶす。
……どうする?
全員殺して生き返らせるしかないか?
俺にできるか?
兵士が来る前ですら、手玉に取られていたのに?
「ロメリア様!」
遠くから、金髪の若い女が走って来るのが見えた。
近衛騎士のようだ。
鎧は着ていないけど、腰にレイピアのような剣を刺している。
女は、ロメリアの顔を見た後、集まってきた兵士に言う。
「問題ない。警備に戻れ」
「しかし」
「問題ないと言っている!」
女が強い口調で言うと、兵士たちは不満そうな顔で持ち場に戻って行った。
「ロメリア様、何をされていたのですか? この方たちは?」
「この人たちは、新しいお友達かな……」
ロメリアが手を振ると、宙に浮いていた鎧の左手が、ヴァネスを床に放り出した。
ヴァネスは鎧騎士の胴体に飛び掛かろうとするが、俺が念じると動きを止めた。
ロメリアは、俺の前に立つ。
「君、名前は?」
「ソリスだ」
「ふーん。あのね、私も師匠から言われたんだけどさ。いくら人形遊びがうまくても、本人が弱かったら意味ないよ、って」
「……」
「じゃぁね」
ロメリアと近衛騎士は去っていく。
ヘレナが俺の隣にやってくる。
「……ソリスさん。どうしましょう」
どうしようもない。
たぶん、ロメリアは、黙っていてくれるだろう。
だが、そんなの問題じゃない。
とほうもない、敗北感だった。
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