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02 最強の剣を入手する

大領主の娘(前)

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 久しぶりに晴れていた。
 空は明るく風は穏やか。いい天気だ。

 オルライト・パレスの中は、なんというか、不思議な感じだった。
 白い石で作られた、巨大な宮殿。
 広くて、豪華で、清潔で。
 ありとあらゆる物がキラキラしているような気がする。

「楽しそうですね、ソリスさん」

 隣を歩くヘレナが言う。

「ヘレナも楽しそうじゃないか」

「そうですね……」

 この宮殿の中に入ることは、長い間の夢だった。
 中洲島からも見えるほどの巨大な建物。
 実際、中に入っても、見る物全てに圧倒されてしまう。

 宮殿の中を歩いていると、中庭にたどり着いた。
 石が敷かれた広い敷地。
 中央に巨大な石像があり、その両側に長方形の池がある。

 俺とヘレナは、透明な水を湛えた池のほとりに腰かける。

「ここの水はきれいだね」

 中洲島だと、川なんて泥水そのものだった。

「水魔術で供給しているそうですよ。ここの水は常に入れ替えて、外の庭園に流しているそうです」

 ヘレナは足でちゃぷちゃぷと水を跳ねさせる。
 よくわからないけど、お金とか労力がかかっているんだろうなと思った。

「大領主の一家は、いつもこんな所で生活してるのか……」

「私たちだって、来ようと思えばいつでも来れますよ」

「そうなの?」

「ここには、領主が仕事をするための執務室と寝室もありますからね」

「へぇ……」

「要するにヴァネスのための部屋なのですけど……せっかくだから、泊まってみますか?」

「えっ?」

 そんな言われ方をすると、困る。
 ヘレナみたいな女の子にそう言われると、単に、建物に滞在して利用してみる、というのとは違う意味を想像してしまう。
 ヘレナも言ってから気付いたのか、慌てて首を振る。

「ち、違いますからね。仕事で使う時に戸惑わないように、いろいろ調べて置こうって意味ですからね」

「わ、わかってるよ……」

 少し気まずくなってしまった。

「それに、あまりうつつを抜かしている余裕はありません。大変なのはこれからですよ」

「そうだね」

 片づけなければいけない問題が山の様にある。
 まあ、殆どはヘレナの書類仕事だから、俺にできることは少ない。
 とりあえず、ヴァネスが死んでいる事さえ隠し通せば、他の問題はなんとかなるはずだ。

***

 俺たちは中庭で時間を潰した後、大会議室の扉の前に戻って来た。
 巨大な扉と長い通路。
 ちょうど会議が終わったらしく、控えていた衛兵によって、大扉が開かれる。

 会議場では中洲島を襲撃したゴブリンについて、話し合われていたらしい。

 ハマナス亭が炎上した後、南の丘はゴブリンの襲撃を受けた。
 タノックは運よく無事だったらしいけど……スナホリの顔見知りが何人も死んだ。

 もし、またゴブリンが攻めてきたら、どれだけの被害が出るのか、想像もつかない。
 頭のいい人たちが集まっているんだし、立派な対策を立ててくれるだろう。

「あまり期待しない方がいいですよ」

 ヘレナが暗い顔で言う。

「どうして?」

「対策なんて、ないからです」

「ないって……敵が攻めてきているのに?」

「余っている戦力や物資なんて、どこにもないんです。もしあったとしたら、それはユグドラシルへの傭兵供与や、他の領地に攻め込むために使われる」

「そっか……」

「結局、誰を見殺しにするかを決めるのがせいぜいなんですよ」

 大扉の向こうから、各小領地の領主たちだ。
 その中に、ヴァネスの姿もある。
 そしてヴァネスに付きまとう一人の男。

「あれは、誰だ?」

「クヤクア少尉ですよ」

「あいつか……」

 イグアンの死体を回収した人らしい。
 ヘレナが確認に行った時に、死体を蹴っていたとも。
 つまり、悪い奴なのだろう。
 もちろん、クヤクアがやった悪いことはそれだけではない。

 生き返らせたヴァネスは、やはり俺に忠実で、何もかも喋ってくれた。
 ヴァネスは、クヤクアのことを恋人だと思っていたようだ。
 客観的な立場から話を聞かされた俺たちは「なんか騙されてるんじゃない?」と思ってしまったが。

 少なくとも、ヴァネスが島の運用予算をちょろまかして、クヤクアに大金を貸していたのは間違いない。

「お金がなくなったから、集ろうとしているのでしょう」

「とりあえず、追い払うか」

 少なくとも、これからはびた一文も渡さない。
 そして、貸した分は回収しなければ。

 ヴァネスは、クヤクアを無視して、俺たちの方に歩いてきた。
 クヤクアはしつこく後をついて来たけれど、ヘレナが道を遮る。

「おやおや。これは何かな?」

「ヴァネスはあなたと話しません。言伝は私を通してください」

「それは困るな、俺はヴァネスさんと大人の話し合いが……」

「お金なら貸しませんよ」

 ヘレナがきっぱり言うと、クヤクアは訝しむようにヘレナとヴァネスを見比べた。
 ……俺が視界の中に入っていないようで、ちょっとムカつく。

「君たちの上下関係が逆転しているように見えるね」

「帳簿を検めただけですよ」

 ヴァネスの使い込みのことを仄めかすと、クヤクアは微笑む。

「そんな報告は聞いていないな。不発弾を抱えたまま、船を出すのかい?」

「船を待つ人がいるなら、そうしなければいけない時もあるでしょう」

「待つ者なんていないさ。君の船は泥船だよ……それとも、君が一人で逃げ出すために船を使うのかな?」

「……」

「あるいは、一人ではなく二人かな?」

 クヤクアは俺の方をちらりと見る。

「頼りない男に見える。俺の方が、まだ沈まないと思うがね?」

「カジノ通いをするような人は論外です」

「ふん。今、カジノの目玉商品が何になっているか知ってるか?」

「興味ありません」

「赤ダイヤの火炎剣だよ。エンチャントは《斬撃:5》《傷跡炎上:4》《加速:4》だ」

 これには、さすがの俺も黙っていられなかった。

「え? なんですか? それ、強すぎるでしょ!」

《斬撃》は、刀の切断効果を高める。
 効果レベル5なら岩すらも一刀両断する。

《傷跡炎上》は傷を燃やして再生を阻害する効果を持つ。
 効果レベル4なら、スライムのような液体生物や、トロールのような《不死》を持つモンスターでも倒せる。

《加速》はついていると、いろいろ速くなる。

 とにかく凄い武器だ。俺も欲しい。

「話を逸らさないでください。ヴァネスが貸したお金は、いずれ必ず返してもらいます。いくら貸したかわかっているんですからね!」

「ははは。お手柔らかに頼むよ」

 クヤクアは笑いながら去って行った。
 あれ? 追及が不発に終わった……俺のせいか?
 ヘレナが怒る。

「ソリスさん! 何やってるんですか! 賭け事なんて絶対ダメですからね!」

「……はーい」

 俺はしょんぼりしつつも、同意する。
 俺には、もう剣豪や将軍のスキルはもう必要ない。
 それでも、凄い剣と聞くと心が惹かれてしまう。

「くふふふ」

 すぐ近くから笑い声が聞こえた。
 俺が慌てて振り返ると、見知らぬ少女がいた。

 赤い髪のショートカット。全体的に小柄で、風が吹いたら吹き飛ばされそうな印象を受けた。
 すぐ近くに、黒い鎧騎士が控えている。
 少女はけらけら笑いながら、俺を指で突く。

「おもしろいね、君たち。アリだと思うよ」

「ん?」

「ちょっと話があるんだけど、付き合ってもらえる?」

 俺はヘレナの意見を聞こうと、そっちを見た。
 ヘレナは困惑したような表情で固まっていた。

「え? 知り合い?」

「知っているというか、この方は……」

 ヘレナが言いかけた答えを、その少女が言う。

「私? ロメリア・オルライト。大領主の末娘だよ」

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