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70 きらめきの朝
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昨日は私、バルコニーのそばにある客室のベッドで眠りました。指輪の入った綺麗な紺色の箱をサイドテーブルに置いて、そわそわと緊張したまま眠りました。
宝石店に行った後に、ジェーンの服がボロボロだったことを思い出した私は、紳士服屋さんに立ち寄り、彼の普段着やパジャマなどを何着か買いました。
ボロビアの服も売っていましたが、指輪で予算が消えたので購入は無理でした。
私の方の服装については、もう決まっています。士官学校で、騎士がプロポーズをする際は、騎士の正装と定められているからです。
白の光沢感のあるタキシードで、皇帝の結婚式とか建国記念日とか、騎士の制服の中でも特別な日にしか着ることが許されない服装なのです。
寝室の全身鏡の前に立って、私はギュッと銀色のネクタイを締めました。今日を逃せば、ジェーンはなんだかんだユークに帰ろうとしてしまうでしょう。
彼と約束をしました、本心を出していくことを。私は手で頬を包んだ。手がしっとり濡れていた。
……やばいな、緊張しすぎてる。これじゃあ「あなたと一緒に飲むモーニングティーは格別です。」と言うプロポーズの言葉をさらりと出す事は出来ないだろう。昨日布団の中で必死こいて考えた、誘惑的な言葉だ。
がんばれキルディア、何度自分に言い放ったことか。鏡に写る自分は、頬が赤く、肩で息をしている。正装に合わせてオールバックにした前髪は、チョロリと一束前に垂れていた。
震える手に、私は白い手袋を嵌めた。その時に、コンコンと扉がノックされた。
「はいっ」声が裏返ってしまった。本当にやだ。
「ギルバート様、おはようございます。メリンダ入りますよ?」
「どうぞどうぞ。」
メイド服姿のメリンダがドアを開けた瞬間に、彼女は私の姿を見て驚いた顔をした。私は苦笑いして、そっぽむいた。
「あら、あらら!じゃあゾーイが言っていた事は本当だったので!?ギル様、シードロヴァ博士にプロポーズを……!」
「そうなんです!秘密にしといてって言ったのに、ゾーイめ。因みに今、ジェーンは起きていますか?」
「はい、先程ロバートに連れられて、お風呂に向かいました。ギル様が昨日買った洋服も、紙袋に入れて持って行きましたよ。博士は新しい洋服をとても喜んでいました。」
「それはよかった。……やはり後日の方がいいかな、まだ体調だって優れないだろうし。」
「いえいえ、今です。今ですよ、ギル様。」
メリンダは私のことをガンガン手招いた。私は少し笑って、ポケットに指輪を入れてからメリンダが立っているドアのところへと向かった。
ところが彼女は、私の腕を引いて、ぐいっと廊下に押し出したと思ったらドアを閉めてしまった。
「え?どうしたのメリンダ。」
ドアの向こうから声が聞こえた。
「ギル様、もうこの部屋には戻らないでくださいね。あなたが進むべきなのは、一階のリビングです。そこで博士をお待ちください。今だと思った時に滝壺に飛び込むことが、人生を明るく変える第一歩ですからね。頑張ってください。」
なるほど、私が迷うような発言をしたから、背水の陣を用意してくれたのね。「分かったよ、ふふ」と残してから、私は廊下を歩いて一階へと向かった。
コツコツと新しい革靴の音がする。この制服だって、プライベートで着たのは初めてだ。
リビングの大きな窓は朝日で輝いていた。庭の色とりどりの花畑には蝶々が可愛らしく飛んでいて、噴水がさらさら音を立てて輝いていた。
私はプレッシャーに潰されそうな気持ちになって、ソファに座ろうとしたが、一度座ったらスライムのように溶けてしまうだろうと思って、やはり立ち上がった。
その一連の流れを、シェフ姿のゾーイが見ていた。ニヤリと笑うその顔が、憎い。
「ふふ、おはようございますギル様。今日はとても爽やかに晴れましたね。」
「おはようございますゾーイ。そうだね、晴れた。」
「ご要望通り、シリアルをご用意しました。ドライフルーツが入ったタイプの。」
「ありがとう。」
「置いておきますね、」
彼女がテーブルにボウルとシリアルの箱、それからミルク瓶とスプーン二つを置いた。大きな長方形の所々彫刻の入った白いテーブルには、どう言う訳か不自然に椅子が置いてあった。
本当は長いテーブルを隔てて向かい合う形で座るものなのに、これではカフェのカウンター席のように隣に並んで座ることになる。
もしや気を使ってくれたのかな……?と、テーブルを見ていると、真ん中に小さいハート型のキャンドルが置いてあった。確実に気を使ってた。
ゾーイがトレーを持って部屋から退出した。まだ座りたくはない。落ち着かない。窓辺で暫くウロウロと行ったり来たり歩いていると、ガチャっとリビングの扉が開いた。
私はビクッとしたのを深呼吸のフリをして誤魔化して、じっと中庭の景色を見つめた……フリをした。
景色なんか殆ど目に入らず、聞き耳を立てていた。コツコツとテーブルに行ったのは、確かに彼の足音だった。
「キルディア、とても、何だか……おはようございます。」
「おはようございます。」
私はピシッとした姿勢のままそう答えた。コツ、コツ、と一歩一歩こちらに向かって、彼が歩きながら私に聞いた。
「私のサイズの洋服を探すのは苦労したでしょう?ロバートに聞きました、あなたが昨日、あの後、私の服を買いに行ってくれたと。とても嬉しいですが……。」
「え?」
私は振り返った。思ったよりもジェーンが照れた顔をして、片手を頬に添えていた。
「サイズ合わなかったかな?スキャンしたから、肩幅とか細かいところまで合ってるはずだけど。」
「いえ、サイズは合っていますよ。デザインも私の好みです。問題は私の髪型です。この髪型で、改めてあなたと対面することが、少々……。」
私は笑顔になった。
「私はそのアシメの短い髪型も似合っていると思うよ。何だか、ジェーンのドS感が更に滲み出てる、ふふ。」
「わ、私はドSではありませんが……かっこいいですか?」
「うん、かっこいい。」
「……あなたもかっこいいですよ、特に今朝は、驚く程に。豪華なタキシードまで着て。」
……ジェーンが私を見つめている。無精髭はもうなくてさっぱりしていた。頬が痩けているのが少し心配になった。もう痩けさせてはいけない。私はスッと跪いた。彼は目を丸くした。
「ジェーン。」
「キルディア……」と彼は胸に手を当てて、戸惑いに目をウロウロさせて言った。「私は、ここにいてもいいのでしょうか?本当に。」
何も答えずに、私はジェーンに右手を差し出した。ジェーンは口を半開きにしたまま、私の手に彼の手を乗せた。
よし、ここまでは順調だ。私は彼の目を真っ直ぐ見つめたまま、もう片方の手でポケットから箱を取り出した。
その箱を見て、ジェーンが首を傾げた。そんな、これが何なのか知ってるくせにと私は心の中でにやけながら、片手で箱を開けて彼に見せた。彼は、はっと息を漏らした。
「これは?」
「ブラッディサクリファイスという宝石です。インジアビスではこの宝石は我が血肉を愛する人の魂に捧げるという意味がある。だからジェーンに送りたくて……きっと似合うから。」
「ふふ、なんと素敵な意味を持つ鉱石でしょうか。その存在こそは知っておりましたが、意味を知るのも、実際に目にするのも初めてです。そしてあなたがこれを私にプレゼントしてくれました。それだけで我が身は昇天しそうです。」
彼が嬉しそうに微笑んでくれた時に、彼のクリーム色の髪がさらりと揺れた。この時に伝えたいと思った。
私は箱から指輪を取り出して、彼の左手の薬指に嵌めた。サイズはピッタリだった。これほど騎士の捜査グッズに感謝した事はない。白くて長い指には、真紅の星空のような鉱石が、朝日でキラキラと光り輝いていた。
見惚れている場合じゃない。さあ彼に今こそ伝えるべきだ。
……。
……言葉が出てこない。あれだけ考えて、あれだけぶつぶつと口に出して練習した言葉が、一瞬で消えてしまった。
「キルディア、ありがとうございます。この指輪は……私とあなたの関係が……言葉にしなくとも、そういう事なのでしょうか?」
急に彼が、ギュッと眉間に力を入れて、泣きそうな顔をした。早く、伝えたかった。
「ユークのおうちで、あの寝室でジェーンとハグをした。その時に胸の中で感じた、静かで激しい想いを……私は忘れたことがない。」
ジェーンが唇を震わせて、両手で頬を覆った。彼の目はもう赤く、潤んでいた。
「これからずっと、この家で研究を続けて欲しい。この家でなくても、どこでも、ずっと私のそばにいてください。あ……。」
い、していると言うのはいけない。結婚してくださいも違う。私はついストレートな表現を口に出しそうになったのを堪えて、ジェーンに向かって、右手を胸に当てた。
彼は微笑んでくれた。
「本当にいいのでしょうか?私は、とても厄介ですよ。」
「いいよ。私はジェーンがいい。」
「ふふっ……この場所で研究をしても、いいのですか?」
「うん。……じゃ、じゃあ、いいの?オッケーってこと?」
「……?あ、あなたが許可してくださるのなら、私はここにいます。この指輪は一生大事に、んっ!」
思わず彼のことを抱きしめてしまった。やった、やった!
「やったぁーーーーーー!」
「ふふ、喜びすぎです。ずっとそばにおりますよ。それから研究もここでします。」
私は両手を天に突き上げて叫んだ。ジェーンはあらあらと微笑んだ。私はあることに気づいて、ハッとした。
「で、でもそうだよね、この家だと全然設備が整っていないから、研究は難しいかもしれない。じゃあ帝国研究所に戻れるように頼んでみようか?そしたらジェーンのことだもの、きっとすぐに!」
「いえ、帝国研究所に戻るつもりはありません。私はここで、あなたのそばで、静かに一人で研究をしたい。もう一度聞きますが、本当に宜しいのでしょうか?」
「い、いいよ。ずっとここにいて欲しい。」
もう単純なことしか言えない、それぐらいに嬉しい。これからは彼氏ではなくて婚約者……そう考えると一気に胸が破裂しそうになったので、胸を押さえた。
ジェーンが私に微笑んでくれた。彼の顔を照らす陽の光が、優しかった。また抱きしめたくなった時に、ウォッフォンからピピピとアラームが鳴って、すぐに声が聞こえた。
『こちら第二師団カール小隊、ウエストベーシーク通り三番通路に複数ターゲットが逃走中。迂回ルートの援護を求める!』
「キルディア、」とジェーンが一気に真剣な表情になった。「私は構いません。その場所はここからなら援護に向かいやすい。どうか。」
「う、うん、分かった。ごめんね。」と一度ジェーンの頬を撫でてからウォッフォンに応答した。「こちらKL(Knight Leader)、今から援護に向かう。」
『うぉっ!ギルバート騎士団長、頼もしい限りです!』と聞きながら、私は急いで玄関へと走った。
ガレージでブレイブホースに跨って、動力を入れる時のブイーンという音に紛れて、私は「うおおおおお!」と歓喜の雄叫びをあげた。ガレージを出ると、リビングの窓のところでジェーンが微笑みながら優しく手を振っていた。
陽気な気分の私は投げキッスをした。彼は拳を口に当てて、照れた仕草をした。それがまた可愛かった。
宝石店に行った後に、ジェーンの服がボロボロだったことを思い出した私は、紳士服屋さんに立ち寄り、彼の普段着やパジャマなどを何着か買いました。
ボロビアの服も売っていましたが、指輪で予算が消えたので購入は無理でした。
私の方の服装については、もう決まっています。士官学校で、騎士がプロポーズをする際は、騎士の正装と定められているからです。
白の光沢感のあるタキシードで、皇帝の結婚式とか建国記念日とか、騎士の制服の中でも特別な日にしか着ることが許されない服装なのです。
寝室の全身鏡の前に立って、私はギュッと銀色のネクタイを締めました。今日を逃せば、ジェーンはなんだかんだユークに帰ろうとしてしまうでしょう。
彼と約束をしました、本心を出していくことを。私は手で頬を包んだ。手がしっとり濡れていた。
……やばいな、緊張しすぎてる。これじゃあ「あなたと一緒に飲むモーニングティーは格別です。」と言うプロポーズの言葉をさらりと出す事は出来ないだろう。昨日布団の中で必死こいて考えた、誘惑的な言葉だ。
がんばれキルディア、何度自分に言い放ったことか。鏡に写る自分は、頬が赤く、肩で息をしている。正装に合わせてオールバックにした前髪は、チョロリと一束前に垂れていた。
震える手に、私は白い手袋を嵌めた。その時に、コンコンと扉がノックされた。
「はいっ」声が裏返ってしまった。本当にやだ。
「ギルバート様、おはようございます。メリンダ入りますよ?」
「どうぞどうぞ。」
メイド服姿のメリンダがドアを開けた瞬間に、彼女は私の姿を見て驚いた顔をした。私は苦笑いして、そっぽむいた。
「あら、あらら!じゃあゾーイが言っていた事は本当だったので!?ギル様、シードロヴァ博士にプロポーズを……!」
「そうなんです!秘密にしといてって言ったのに、ゾーイめ。因みに今、ジェーンは起きていますか?」
「はい、先程ロバートに連れられて、お風呂に向かいました。ギル様が昨日買った洋服も、紙袋に入れて持って行きましたよ。博士は新しい洋服をとても喜んでいました。」
「それはよかった。……やはり後日の方がいいかな、まだ体調だって優れないだろうし。」
「いえいえ、今です。今ですよ、ギル様。」
メリンダは私のことをガンガン手招いた。私は少し笑って、ポケットに指輪を入れてからメリンダが立っているドアのところへと向かった。
ところが彼女は、私の腕を引いて、ぐいっと廊下に押し出したと思ったらドアを閉めてしまった。
「え?どうしたのメリンダ。」
ドアの向こうから声が聞こえた。
「ギル様、もうこの部屋には戻らないでくださいね。あなたが進むべきなのは、一階のリビングです。そこで博士をお待ちください。今だと思った時に滝壺に飛び込むことが、人生を明るく変える第一歩ですからね。頑張ってください。」
なるほど、私が迷うような発言をしたから、背水の陣を用意してくれたのね。「分かったよ、ふふ」と残してから、私は廊下を歩いて一階へと向かった。
コツコツと新しい革靴の音がする。この制服だって、プライベートで着たのは初めてだ。
リビングの大きな窓は朝日で輝いていた。庭の色とりどりの花畑には蝶々が可愛らしく飛んでいて、噴水がさらさら音を立てて輝いていた。
私はプレッシャーに潰されそうな気持ちになって、ソファに座ろうとしたが、一度座ったらスライムのように溶けてしまうだろうと思って、やはり立ち上がった。
その一連の流れを、シェフ姿のゾーイが見ていた。ニヤリと笑うその顔が、憎い。
「ふふ、おはようございますギル様。今日はとても爽やかに晴れましたね。」
「おはようございますゾーイ。そうだね、晴れた。」
「ご要望通り、シリアルをご用意しました。ドライフルーツが入ったタイプの。」
「ありがとう。」
「置いておきますね、」
彼女がテーブルにボウルとシリアルの箱、それからミルク瓶とスプーン二つを置いた。大きな長方形の所々彫刻の入った白いテーブルには、どう言う訳か不自然に椅子が置いてあった。
本当は長いテーブルを隔てて向かい合う形で座るものなのに、これではカフェのカウンター席のように隣に並んで座ることになる。
もしや気を使ってくれたのかな……?と、テーブルを見ていると、真ん中に小さいハート型のキャンドルが置いてあった。確実に気を使ってた。
ゾーイがトレーを持って部屋から退出した。まだ座りたくはない。落ち着かない。窓辺で暫くウロウロと行ったり来たり歩いていると、ガチャっとリビングの扉が開いた。
私はビクッとしたのを深呼吸のフリをして誤魔化して、じっと中庭の景色を見つめた……フリをした。
景色なんか殆ど目に入らず、聞き耳を立てていた。コツコツとテーブルに行ったのは、確かに彼の足音だった。
「キルディア、とても、何だか……おはようございます。」
「おはようございます。」
私はピシッとした姿勢のままそう答えた。コツ、コツ、と一歩一歩こちらに向かって、彼が歩きながら私に聞いた。
「私のサイズの洋服を探すのは苦労したでしょう?ロバートに聞きました、あなたが昨日、あの後、私の服を買いに行ってくれたと。とても嬉しいですが……。」
「え?」
私は振り返った。思ったよりもジェーンが照れた顔をして、片手を頬に添えていた。
「サイズ合わなかったかな?スキャンしたから、肩幅とか細かいところまで合ってるはずだけど。」
「いえ、サイズは合っていますよ。デザインも私の好みです。問題は私の髪型です。この髪型で、改めてあなたと対面することが、少々……。」
私は笑顔になった。
「私はそのアシメの短い髪型も似合っていると思うよ。何だか、ジェーンのドS感が更に滲み出てる、ふふ。」
「わ、私はドSではありませんが……かっこいいですか?」
「うん、かっこいい。」
「……あなたもかっこいいですよ、特に今朝は、驚く程に。豪華なタキシードまで着て。」
……ジェーンが私を見つめている。無精髭はもうなくてさっぱりしていた。頬が痩けているのが少し心配になった。もう痩けさせてはいけない。私はスッと跪いた。彼は目を丸くした。
「ジェーン。」
「キルディア……」と彼は胸に手を当てて、戸惑いに目をウロウロさせて言った。「私は、ここにいてもいいのでしょうか?本当に。」
何も答えずに、私はジェーンに右手を差し出した。ジェーンは口を半開きにしたまま、私の手に彼の手を乗せた。
よし、ここまでは順調だ。私は彼の目を真っ直ぐ見つめたまま、もう片方の手でポケットから箱を取り出した。
その箱を見て、ジェーンが首を傾げた。そんな、これが何なのか知ってるくせにと私は心の中でにやけながら、片手で箱を開けて彼に見せた。彼は、はっと息を漏らした。
「これは?」
「ブラッディサクリファイスという宝石です。インジアビスではこの宝石は我が血肉を愛する人の魂に捧げるという意味がある。だからジェーンに送りたくて……きっと似合うから。」
「ふふ、なんと素敵な意味を持つ鉱石でしょうか。その存在こそは知っておりましたが、意味を知るのも、実際に目にするのも初めてです。そしてあなたがこれを私にプレゼントしてくれました。それだけで我が身は昇天しそうです。」
彼が嬉しそうに微笑んでくれた時に、彼のクリーム色の髪がさらりと揺れた。この時に伝えたいと思った。
私は箱から指輪を取り出して、彼の左手の薬指に嵌めた。サイズはピッタリだった。これほど騎士の捜査グッズに感謝した事はない。白くて長い指には、真紅の星空のような鉱石が、朝日でキラキラと光り輝いていた。
見惚れている場合じゃない。さあ彼に今こそ伝えるべきだ。
……。
……言葉が出てこない。あれだけ考えて、あれだけぶつぶつと口に出して練習した言葉が、一瞬で消えてしまった。
「キルディア、ありがとうございます。この指輪は……私とあなたの関係が……言葉にしなくとも、そういう事なのでしょうか?」
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「ユークのおうちで、あの寝室でジェーンとハグをした。その時に胸の中で感じた、静かで激しい想いを……私は忘れたことがない。」
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「これからずっと、この家で研究を続けて欲しい。この家でなくても、どこでも、ずっと私のそばにいてください。あ……。」
い、していると言うのはいけない。結婚してくださいも違う。私はついストレートな表現を口に出しそうになったのを堪えて、ジェーンに向かって、右手を胸に当てた。
彼は微笑んでくれた。
「本当にいいのでしょうか?私は、とても厄介ですよ。」
「いいよ。私はジェーンがいい。」
「ふふっ……この場所で研究をしても、いいのですか?」
「うん。……じゃ、じゃあ、いいの?オッケーってこと?」
「……?あ、あなたが許可してくださるのなら、私はここにいます。この指輪は一生大事に、んっ!」
思わず彼のことを抱きしめてしまった。やった、やった!
「やったぁーーーーーー!」
「ふふ、喜びすぎです。ずっとそばにおりますよ。それから研究もここでします。」
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「で、でもそうだよね、この家だと全然設備が整っていないから、研究は難しいかもしれない。じゃあ帝国研究所に戻れるように頼んでみようか?そしたらジェーンのことだもの、きっとすぐに!」
「いえ、帝国研究所に戻るつもりはありません。私はここで、あなたのそばで、静かに一人で研究をしたい。もう一度聞きますが、本当に宜しいのでしょうか?」
「い、いいよ。ずっとここにいて欲しい。」
もう単純なことしか言えない、それぐらいに嬉しい。これからは彼氏ではなくて婚約者……そう考えると一気に胸が破裂しそうになったので、胸を押さえた。
ジェーンが私に微笑んでくれた。彼の顔を照らす陽の光が、優しかった。また抱きしめたくなった時に、ウォッフォンからピピピとアラームが鳴って、すぐに声が聞こえた。
『こちら第二師団カール小隊、ウエストベーシーク通り三番通路に複数ターゲットが逃走中。迂回ルートの援護を求める!』
「キルディア、」とジェーンが一気に真剣な表情になった。「私は構いません。その場所はここからなら援護に向かいやすい。どうか。」
「う、うん、分かった。ごめんね。」と一度ジェーンの頬を撫でてからウォッフォンに応答した。「こちらKL(Knight Leader)、今から援護に向かう。」
『うぉっ!ギルバート騎士団長、頼もしい限りです!』と聞きながら、私は急いで玄関へと走った。
ガレージでブレイブホースに跨って、動力を入れる時のブイーンという音に紛れて、私は「うおおおおお!」と歓喜の雄叫びをあげた。ガレージを出ると、リビングの窓のところでジェーンが微笑みながら優しく手を振っていた。
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