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meishino

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71 私の世界

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 まさか彼女から投げキッスと受けるとは計算外だった。私はリビングの窓で彼女を見送ってから、一人テーブルに座り、折角出して頂いたシリアルを食べた。


 久々の食事、それもシリアルとなると私はどうにも食欲が抑えきれず、私にしては珍しく早食いをしてしまった。


 この場所で研究をして良いとは嬉しい限りだ。この指輪も……彼女が私にアクセサリーを贈ったのは初めての出来事。


 遂に恋人らしくなってきたものだ、しかし物質主義ではないからあまり考えすぎてはいけないと、そっと指輪を嵌めている手を抱きしめた。


 それから私は、ゾーイという名の料理係の女性に、この邸宅を案内してもらった。


 寝室、客室、一度訪れたジェット付きの風呂場、全自動のお手洗い、暖炉にモニタールーム、バーカウンター、地下には果たしてキルディアが使うのか不明なDJブースのあるパーティー部屋まであった。


 電気をつけるとレーザーライトが降り注ぎ、ホログラムのエフェクトが出現し、床は発光した。私は暫く眺めて呆けた。今時の邸宅だ。私の住んでいた屋敷とは違う。


 邸宅全体の色合いが白色に近く、庭の草花とのコントラストが美しい。中庭を散歩していると、隅の方でメイドがコソコソとしゃがんで作業をしていた。


 何をしているのかと話しかければ、彼女はビクッと肩を揺らして、それから私に「ここにも家庭菜園を作っているのです」と申し訳なさそうに土に植えたばかりの苗を見せてくれた。


 可愛らしい苗だった。トマトらしい。


 これが育った時に、皆でそのトマトを食べたい。その願いが叶うことが、今の私にとっては簡単なようで難しい。


 彼女がその時まで私と一緒にいたいと思うだろうか。一緒にいたいと言ってはくれるが、また迷惑をかければ、その時は終わりだろう。


 メリンダと別れた私は、一人で中庭のベンチに座った。水色と桃色の混じり合う花畑が、噴水の色を鮮やかに染めていた。


 じっと見つめて、先程のことを思い出した。キルディアはここで研究をして良いと言った。彼女なりの同居の誘い……指輪は恋人に戻ったと言う意味だろう。


 私はその先を願う立場ではない。無理にことを急いで、亀裂を生み出したくはない。恋人であるなら上等ではないか、我が身に言い聞かせて、私はウォッフォンで通話をかけた。


 相手は


『おお!ジェーン……心配していたんだよ?本当に!』


「申し訳ございません、タージュ。私は、あなたにもソーライにも多大な負担を与えました。」


『い、いや!良いんだ!君が無事なら良い、はは。……ソーライは結構慌ただしくしているけど、新しい職員をガンガン増やしているからね。ほら、セレスティウムの件がソーライ研究所と帝国研究所の合作みたいな感じだから、それが今後順風満帆な経営を約束させてくれるだろう。だから、ジェーンには感謝しているよ。君がいて欲しかったけど、実は僕ね、君のこと怖がっていた。はは!』


「怖がっていた?どうしてですか?私はあんなに優しく接していたのに。」


『……自覚ないんだね、はは。いや!それがジェーンらしいと言うか、僕は君のこと尊敬してる。さて、どうなんですか?戻ります?』


「キルディアが、彼女の自宅で研究をしても良いと仰ってくれました。私としては……ソーライは気になりますが。」


『うん、一番大事なのは、ジェーンの望みだよ。』


「私の望みを正直に伝えるのなら、私は……この場所で一人静かに研究をしたい。まだマイクロバルブについても、マロイチップにしても、改良出来るはずです。プレーン動力も無機生命体を作りあげれば量産が可能だ。但し、悪用を防ぐことは忘れませんが。そう言った点を一人で研究したいのです。」


『ふふっ、流石ジェーンと思ったよ。あなたには限界が無いようだ。ボス……じゃなくてキルディアさんは了承してくれたんだよね?』


「はい。この場所で続けても良いと仰った上に、ブラッディサクリファイスの指輪を頂きました。恋人に戻ったようです。」


『え!?恋人に戻ったって、二人は別れていたの!?』


 ……何故知らぬ。彼の為に説明するのは骨の折れる作業なので、私は割愛をすることにした。


「まあそうですね。しかし戻りました。はっきりとは言われておりませんが。」


『指輪を送られたってことは、二人の関係は戻ったってことだろう。しかしブラッディサクリファイス。とても高価なものを贈ったんだね、キルディアさんは。……本当に恋人なのかな。』


「何が言いたい?」


『あ!いや、別に、そう言う意味ではありませんよ……インジアビスでは、愛する人にその宝石を送ることが定番らしいです。あの地でのみ採掘が可能な宝石。採掘方法はあの地にある瘴気ストリームの中で息絶えた五十年以上生きているタイコオオトカゲの亡骸から発掘する。毎年その採掘で何人ものインジアビス人が亡くなっていると言う、危険な仕事です。その方法もあり希少性が高く、ボスが帝都で購入したとなると、値段は更にグンと跳ね上がる。果たして、恋人として、ジェーンにそれを贈ったのでしょうか?』


「何が言いたいんです?」


『……だからそう言う意味ではありませんってば。しかし少し鈍感では無いですか?我が身のこととなると。』


 私はため息をついた。


「私は……あなたが何を仰りたいのか理解出来ません。恋人という意味でないのなら、ただ私に贈った?彼女はうやうやしい仕草でこの指輪を私にくれました。この家で、研究を続けてほしいという言葉と共に。恋人に戻る、それ以上の意味があったとは思えません。何故なら、私は彼女に迷惑をかけました。そしてそのことで、私には自信が無いのです。」


『らしくない。らしくないよジェーン。一度鏡を見てみると良い、ルミネラ帝国最高峰の顔面が映るから。とは少し冗談だが、ボスは確かに怒ったとは思うけど、許してもくれる人だ。僕が仕事でミスした時だって、幾度となく許してくれた。彼女は優しい人だよ、だって、ギルバート騎士団長なのだから。もう少し、自分を信じたらどうだろうか。』


「その意味は少し理解出来ます。私の自信が無いことで、状況がどんどん傾いていくことも有り得るでしょう。すれ違い、我々はどんどんと溝を深めていく。ああ、ああ。」


『そしたら僕が出る番だ。』


「は?まだ私の話の途中です。それにあなた……まだ彼女のことを忘れていなかったのですか?あんな、母親まで出現させておいて。」


『アッハッハ……ま、まあ少し冗談だよ。っていうか、どうして僕のお母さんの件を知っているんだ?まあ兎に角、ソーライは大丈夫、心配しないでください。それからジェーンはもう少し、自信をつけるべきです。あなたはボスに愛されていますよ、羨ましいほどに。ってまたボスと言ってしまった。』


「そうですか、」私は少し、口角を上げた。「まさかあなたに元気付けられるとは予想しませんでした。」


『……ジェーンの中の僕の立ち位置を少しばかり調査したいところだ。まあ無事に生きててよかった。あ!それと一つ聞いても良いかな?』


「ええ、構いません。」


『……今朝、驚きの事件が研究所に転がり込んだ。リンとラブ博士が、デジタルの辞表を提出して、消えてしまったんだ。リンの仕事は新しい職員もいるから回りそうだけど、ラブ博士が抜けたのは痛い。ああ、一体どうして彼らは消えたのだろう。僕は彼らの気持ちを十分に理解しているとも言えないし、僕は経営に向いていないのかな?』


「そう、ですか。私から言えることはタージュ、あなたは少しばかり自分本位でことを進める癖があります。それについて行けず、彼らが突然去るのも想像出来ますが。」


『あの……僕はあなたを元気付けたのに、ジェーンは僕に容赦ないね、はは。でも胸に刺さるものはあるから、これからは気をつけるよ。今日もまた面接があって、新しい職員をとるつもりなんだ。まだまだ、この研究所は小さいからね。』


「益々発展することを願っております。もし今後、帝都でリンとスローヴェンを見つけたら、連絡しますよ。」


『あ、ああそうだね。もう少し彼らの言葉を聞いていれば良かったかも、と思っているから、そうして欲しい。理由や原因を知ることは前進への第一歩だから。』


「成る程、あなたにしては素敵な発言ですね。」


『……本当に色々と自覚がないのかな、ジェーン。まあ良いですけど。もう少し仕事が落ち着いたら、今度また会いましょう!』


「はい。ありがとうタージュ。」


『いえいえ、それでは。』と、通話が終了した。


 私の中に感じていた、一種の淀みのような暗い気持ちが少し消えた気がした。


 この世界が好きだ。私のいた世界よりも物騒ではあるが、この世界の人々は私に優しい。


 無性にキルディアに会いたくなった。ウォッフォンを見ると、まだ昼にもなっていなかった。


 背中を滑らせてベンチに深く座り、噴水の弧を描く飛沫しぶきを見ては、戦場に舞う彼女の姿を思い出した。


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