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第54話 寝室にて

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 家森先生の寝室で過ごすのは初めてじゃ無い。けど今回は久しぶりなのでちょっと緊張してしまう。先に布団の中に入っていると、家森先生が眼鏡と懐中時計をサイドテーブルに置いて同じ布団の中に入ってきた。

「頭を上げて」

「え?」

 肘をついて上体を起こして、言われた通りに頭をあげる。何をするのかと思えば、家森先生が私の枕を掴んで彼の枕にくっつけて置いたのだった……なるほどね。なるほど。

 私は微笑んで少し彼の方へ移動してまた横になった。おかげで彼と肩がくっつくぐらいに密着している。

「そう言えば、過去のことについて何か分かりましたか?」

 家森先生の質問に私はうーん、と唸る。

「まだ何も。最初気が付いた時に持っていたUSBにはピアノの曲が入ってて、それは私が多分ですけど作曲したっぽくて……でもそれしか情報が無いですし。この腰の焼印は調べてみると、家森先生が話してくれたように深淵の地のものっぽいですけど。ああ、あとそう言えばドラゴンを追いやる時に、勢いよく魔法を発動したじゃないですか?その時に頭の中に女性の声が聞こえたことを思い出しました。」

 言い終えて隣を向くと家森先生も真剣な表情でこっちを見ててくれていた。そして布団の中の私の手を、手探りで見つけて握ってくれた。

「声?それは何と?」

「……うーんと、『食らい付け』と怒鳴る声でした。」

「……そうですか。もしかしたらヒーたんの過去に大きく関わっている人物の声なのかもしれません。しかしそのように怒鳴りますか、随分と荒い性格のようですね。」

「ええ、本当に。」

 ふふと私が笑みを零したけど、家森先生の心配そうな顔はまだ消えなかった。

「……その腰の焼き印はやはり深淵の地のものでしょうし、それにあの地はつい最近まで内戦がありました。それに関係しているのかもしれません。」

 ああなるほど……私は答えた。

「なら深淵の地に行ってみればいいのかもですね。」

「ええ。ですが深淵の地へ行くことは禁止します。」

「え?なんで?」

 ぽかんとして家森先生を見る。もうそれは真剣な目でこちらを見ていた。

「あの地はまだ内戦後の雰囲気が色濃く残っていると聞きます。あなたのことを知る誰かが、あなたを発見したときに歓迎するのかそうでないのか……どうなるのか分かりませんから極めて危険です。それにまだあの地の出身だと確定したことではありません、僕の予想ということです。先走ってくれぐれも一人で行動なさらないように。」

「わ、分かりました……。それなら怖いので一人で行きません。」

 ポーン

 あ、メールの着信だ。サイドテーブルの私の携帯の画面が光って天井にうっすらと光の幕を映している。

 私は確認する事にした。サイドテーブルに置いてある携帯を手にとって、うつ伏せで操作していると、すかさず家森先生が私の隣にくっついてきて頬やこめかみにキスしてきた。

「ちょっとちょっと!くすぐったいです!うまく操作出来ない!」

「だめ、我慢して。」

「えぇ……」

 ちゅっ、ちゅっ、とくすぐったすぎるけど頑張って携帯を操作する。多分家森先生も見てるようでたまにキスが止まる。さっきやり取りしていたメールに対して返事が来ていた。

 ____________
 ほんなら明日のコーンパは
 俺の部屋でええんちゃう?
 そんならゲームも出来るし
 ゆっくり出来るやろ。
 ええやん、何だかんだ
 仲良いようやけど
 結局、家森先生とは
 付き合ってないんやろ?
 俺ともおうちデートしよ☆
 楽しいよ?
 タライ
 ____________

 ……おおおオーマイ……やばい。

 今までは普通に食堂でコーンパしよ!いいですね!とか、普通のやりとりだったのにどうして急にこんなことを彼は言い出したのか。これを見られてはいけないと瞬時に判断して携帯の画面を消そうとした時に、携帯を家森先生に素早く奪われてしまい、その文面を見られてしまった……。

 彼は冷たい表情で私に携帯を返してくれた。

「ほお。これは何てメールしたのですか?」

 頭と頭をくっつけながら家森先生がじっと私の手元の携帯の画面を見ている。私は説明した。

「私からは明日コーンパ楽しみです!って言っただけですよ……」

「なるほど。それでこの返事ですか。断りなさい。」

 彼が不機嫌な声で話し始めたので殺されたくない私は早々に返事を打った。

 ____________
 ごめんなさい、明日は
 やっぱり無理です。
 急に用事が出来た。
 ヒイロ
 ____________

 するとすぐに返事が来た。

 ____________
 あ!?なんでや!?
 分かった!家森先生に
 さっきの見られたんやろ!
 何でそこまで彼の
 言うこと聞くねん!
 まあヒーたんと相思相愛
 なのかもしれんけど、
 俺かて仲良くしたいもん!
 そもそも俺ら親友やん?
 デートじゃなくていいから
 遊ぼ?てか、
 一緒におれやー!
 俺かて寂しいやん。
 やんやん。
 タライ
 ____________

「え……すごい寂しがってる……ちょっとかわいそう。」

「無視しなさい」

 残酷な一言が寝室を飛んだのでちょっと笑った。でもそれは可哀そすぎるので返事する。

 ____________
 まあ確かに見られて
 止められましたけど。
 うーん……分かりました
 じゃあ明日はタライさんの
 部屋で。遅くならない
 時間まで遊びましょ
 デートじゃ無いですよ?
 ヒイロ
 ____________

 これでいいだろう。と思って隣を見ると家森先生がかなりムッとした表情をしていた。

「ヒーたん、彼は危険です……」

「そうは言っても……でも一緒に遊びたいですよ?」

「……僕とは高崎の様に遊べないから不満ですか?」

 何を、そんなことないのに。

 私はとにかく不安そうにしている彼を慰めたい気持ちになったが、どうしたら良いのかその知識が無かった。どうにか脳内に存在している情報で対処しようと、以前PCで見たサバンナの恋人のライオンの愛情表現を思い出して、彼の肩に頬をスリスリした。

「今度一緒にゲームしましょう。それに家森先生が好きなら一緒に同じ本読んだりとか、してみたいです。」

「ヒ、ヒーたん、この仕草可愛い……はい、今度ゲーム教えてください。それに一緒に読書もしてみたいと思っていたところでした。」

「ふふ、今度あの書き込み方教えてください。」

「ああそれくらいいつでも、ふふ」

 微笑んで家森先生を見つめると彼は愛おしそうな表情で口に優しくキスしてきた。もうとろけそうヘブン……

 と感じていたのも束の間、ポーンとまた返事が来た。

 ____________
 ほんならそれで決まりや!
 まあアンタはデート
 じゃないと思っててくれて
 構わへんよ。ヒッヒッヒ。
 あ、そうそう!
 たこ焼き焼いたるよ!
 食堂のやつなんかよりも
 数倍うまいから
 楽しみにしててな!
 タライ
 ____________

 ええ!?たこ焼き焼いてくれるの!?そっかタライさんは本場の味を知ってるんだ……つい目がキラキラしてしまう。

 彼にたこ焼き楽しみにしてると返事しようとしたら、その途中で家森先生が私の腕を引っ張ってぎゅっと抱きしめてきた。

 手からポロリと携帯が落ちた。

「もう高崎のことは無視して。僕だけを見て。」

 その甘えた様な声に一気に胸がきゅうと締め付けられる気分になった。そうだよね、逆に、私がいるのに家森先生がベラ先生とばかりメールしてたら切なくなる。

「……んんん~あまり可愛くそう言わないでください……きゅんてします」

 私の言葉に、家森先生が驚いた表情で見つめてきた。それも顔を真っ赤に染めて。

「僕、可愛いですか?」

「はい」

「……嬉しい。それに僕もとてもきゅんきゅんする。」

 あああ~ヘブン!

 またギュって抱きついてきたのでそのまま二人で横になった。家森先生の茶銀の頭を優しくナデナデする。家森先生が私の胸元に顔を埋めながら呟いた。

「……それ好き。」

「ナデナデ好きなのですか?」

「はい。もっとして。ふふ……もう今日もずっとこうしていたい」

「ふふっ、私も家森先生と

 ピポーン!

 ……。

 ……。

 ピポーン!

「玄関のチャイムなってますよ?」

「……全くさっきからあっちもこっちも。うちではありません、きっとベラの部屋ですよ。」

 ピポーン!ドンドンドン!

「ほらドア叩かれた!やっぱりこの部屋ですよ、誰か来たんですよ!ちょっと出ましょう?」

「はぁ……」

 家森先生は何度もため息を吐きながら体を起こして寝室から出て行った。すぐに誰かと会話する声がぼんやりと聞こえ始めた。この声はシュリントン先生かな?

 話し終えた家森先生はちょっと疲れた表情で寝室に戻ってきて、何も言わずにベッドに倒れてまた私の胸元に頭を埋めた。

 甘えてるのかな……私はまた彼の頭を優しく撫でる。

「シュリントン先生ですか?」

「そうでした。まあ今はヒーたんのことだけ考えたいのでもういいです。」

 何かあったのかな、ちょっと気になるけど先生の間のことだったら話せないもんね……私は彼の頭を撫でながらふと思い出した。

「ところで、」

「はい?」

「……ドM、してみてください」

 ブフッ、自分からいい出しといてなんだけど、ちょっと笑ってしまった。家森先生も少し歯を食いしばって考えながら、笑いを漏らしている。

「……ええ?忘れていませんでしたか。わ、分かりました……ふふ。慣れていないので笑わないで。」

「うん、分かりました。」

 よし!私は気合を入れて体を起こして、枕に頭を預けている家森先生を見下ろす。

 さあ、私は何をすればいいんだ?家森先生はいつもどうしてたっけ?

「……。」

 私をじっと色っぽい視線で見つめてくる先生。さあ、どうしよう。

「……。」

「……。」

「……ん?」

「……ああ、なるほど。僕から誘惑しなくてはなりませんか。」

 戸惑い始めた家森先生を見て私もハッとした。

「ああ!私もどうにかしないといけないですね……じゃあ」

 そうだ、彼がいつもするように、えーっと、彼の両手首を掴んで頭の上で固定した。無防備になった胸……うああ!

「……。」

「……何ですか?じっと見ているだけですか?」

「すごくこの格好が、なまめかしいです。」

 じっと彼の薄い水色のTシャツの筋肉質な胸元を見ていたけど、視線を上にずらすと家森先生が照れた表情になってるのに気づいた。

「……っいいから早く、キスして」

「あ、ああそうですね……こう?」

 私は手首を押さえたまま彼にキスをした。なんか自分からこんなことをして、ちょっと変な感じがするけど、また違ったドキドキがある。

「もっと……もっとから、めて」

「こ、こうれす?んふ」

 すごい絡めてるけど、まだ足りないのかな。でも私としてはすごい絡めてる。
 息を整えるために口を少し離すと、家森先生が一度視線をチラッと下に移した。

 すると顎を上にあげて首元が露わになる姿勢を取ってくれたのだ。

 ああなるほど、ここに甘噛みしろってことなんだ!なんてセクシーすぎる光景だ……うあああ!強気な仕草の割に、結構照れてる表情もたまらない。

「あああ!わ、分かりました……ハアハア!責めるのもまた違って興奮しますねハアハア!じゃあ、首を」

「お、落ち着きなさい!ほらやって……」

 もう一度彼の両手を握って、固定しながら舐めることにした。ウワアア、これはドキドキが止まらない。私は彼の首筋に軽くカプッと噛みついた。

「こうです?」

「ん……もう少し強く噛んで」

 あれ?ちょっと気付いたんだけど。

「あの……ちょっといいです?」

「な、なに?」

「……場所入れ変わっただけで、指示を与えてくるところがいつもと変わらなくないですか?」

 そうだよ、指示与えてくるし……それドMなの?

「はっはっは……バレましたか。調べはしましたが、どうも僕は相手が自分の思い通りになる方がゾクゾクするもので。しかし僕が拘束されていますし、それはいつもと違うでしょう?」

「そりゃそうですけど……まあ確かに、普段と違って強気受けみたいな感じなのでいいや」

 私がもう一度舐めようとすると、彼がムッとした顔をしながら上体をグッと起こしてきて逆に倒された。

 少し抵抗したのも虚しく、もういつもみたいに私の両手首が頭の上に拘束された姿勢になってしまった。

「誰が強気受けですか。さあ、首を出して」

「もうそれいつもと一緒じゃないですか……」

 家森先生がガブと私の首に噛み付いてきた。もうそれいつもと一緒じゃん……。

 まあ彼を挑発するようなこと言ってしまったんだから仕方ない。私のミスだ。でもさっきの誘ってくれるような仕草はグッときたので、またやってほしいなと思いながら私は甘噛み攻撃を受けた。それも前と違ってなんかゾワゾワしてくる。

「これは普通のスキンシップではないですよね?うああ」

「まあそうですね……あなたが拘束されながら僕に甘噛みを受けている。それが僕に精神的な快楽を与えてくれます。」

 ちょっと人選ミスしたかもしれないと思ったが、もう遅い。私は彼を選んだのだから。きっと頭のいい人というのは普通の行為だけじゃダメなんだろうな。よく分かんないけど。

「ふふ、でもまだ本気ではありません。大切にしたいのです。」

 ……うん、大切にして頂いてありがたい限りだけど、最早その伸び代が想像出来なくて怖い。まあでもこうしてると変な安心感があるので不思議だ。そう、人と人は似た者同士がくっつくんだとなんかの映画で見た。私もなんだかんだ彼についていけているから同類なのかもしれない。

「まあ、家森先生にならこうされてもいいです……でもタライさんみたいに踏んだりしないでね。」

「それは絶対にしません。ナデナデします。」

 確かに頭をナデナデしてくれる。それは気持ちいい感触だった。それからもしばらくはこの甘噛み攻撃を受けることになったのだった。タライさんへの返信は翌日になってしまったけど。
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