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第58話 偶然の遭遇
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先日のソフィーの件もあり私に寛容的になったシュリントン先生から容易く街へ行く許可をもらった私は今、朝一のバスに乗って街へ向かっている。
車内の座席でリュックの中から図書室で借りた男女の仕組みという本を取り出して読む事にした。大人の男女のことはじっくり知るべきだと家森先生に言われたけれど、内緒で勉強して驚かせようと思った。でももう彼に嫌われてしまったのなら、それも必要ないかもしれない。とにかく読むことにした。
図書室にはあんなに膨大な量の書籍があるのに何故なのか男女のスキンシップに関した内容の本はこれくらいしかなかった。これだって中を開けば文字ばかりで、たまに出てくる挿絵は謎の人体の断面図で専門性が高く、ちょっとよく分からない。
はあ。それにしてもまだ彼からメールが返ってこない。もしかしたら、家森先生は毎回こういう気持ちで待っていたのかもしれない。だから不安になって何通も送ってきたのかな。私も今、送りたい気分だもん……送らないけど。
小難しく理解出来ない本を閉じて窓の外を見る事にした。遠くで昇りかけの太陽が輝いていて、海や大地を照らしている。その光景に少し癒された私はじっと目を閉じて、バスの中で眠ったのだった。
そして街へ着いた。
前回とは違って今回は一人だ。街のバス停で他の乗客と共に降りた私は早速、商店の並ぶ通りに歩いていった。街道に沿ってお店がずらりと並んでいる中から本屋さんを見つけて私はそこに入った。
タライさんはいつもここで漫画を買うらしく、確かに漫画コーナーは新作フェアと題して山積みにデコレーションされていた。見てるだけでワクワクさせられる陳列だ。その隣の通路は雑誌コーナーがあった。豊富な種類の女性誌の中で私に近い年齢のモデルさんが表紙を飾っているものを手にとって立ち読みした。
確かに、ファッション雑誌を読んで美意識を磨いたことはない。家森先生に嫌われたかもしれないけど、今からもう一度家森先生に好きになってほしいし……自分磨きをしてみようかな。そう思って私はその雑誌だけ購入した。
さて、どうしよう。とにかく市役所や中央研究所のある広場に向かう事にした。商いの通りを歩いていき、人にぶつからないようにずっとキョロキョロして歩く。ちょっと目が疲れてしまい、どこかベンチを見つけて休憩したい気分になった。
広場に着くとやはり休日ということも関係しているのか予想してたよりもあまりにも人が多くて、思わず立ち止まってしまった。市役所の前にはタライさんが以前使用した地上と通話が出来る電話ボックスもある。
……ん?
「ん?」
その電話ボックスは今誰かが使用しているが、その後ろ姿は知っている人のような気がした。何故ならそのスーツ姿の男性の、キューティクルがキラキラ輝く髪の色が茶銀色だったからだ。
やっぱ家森先生じゃね……?ついリュウのような話し方になってしまった。何やら電話で話す家森先生は頭を何度もかいたり、顎に指を当てて考え込む仕草をしたり、忙しなく体を動かしながら話している。
あ!今振り返ったから顔が見えた。
ガァァ……やっぱり家森先生だった。そっか今日街に来てたんだ。きっとバスでは見当たらなかったから自分の車で来たのだろう……。メールを返さないと思ったらこんなとこにいて、何してんだか。
邪魔をしてはいけないと思って私はその場から去る事にした。その前にもう一度だけ彼の姿を見たいと思い電話ボックスに顔を向けた。これで見納めだ。
「あ」
もう一度だけと思って見たらボックス内の家森先生と目が合ってしまった。彼は目を細くしてこちらを凝視し、私が私だと分かると手招いた。
いやいやいや、行くものですか。私は今から自由を謳歌したパーティ独りバージョンを開催するんだから。それにメールだって昨日も今日も返してくれなかったし……ふーんだ。首を振って拒否してその場を去ろうとしたが、誰かに腕を掴まれてしまった。
「え?」
「ああやっぱり!この間あった23歳の子だよね?僕だよ、研究所勤務の!」
そこには以前タライさんが電話してる間に声をかけてきた無精髭で研究所の制服を着た男性が立っていた。今日もニコニコと愛想よく私を見つめている。
これは……あまりいい状況じゃない気がするんだけど。
「へえ~今日はとっても可愛らしい格好だね。今は一人なの?」
「……確かに今日は独りです。」
私の答えに、お兄さんの顔がパッと明るくなった。
「へえ!ねえ、ちょっとだけカフェに行かない?それならいいでしょ?あ、俺真一っていうんだ!よろしくね。」
私は真一さんと握手した。大きな手を持つ人だ。それに、名前のパターンが家森先生やタライさんに似ている。きっと地上ルーツなのかな。
「私はヒイロ……でも今日は夜まで街を一人で歩こうと思って決めて来たんです。」
するとお兄さんはふうん、と呟いた後に言った。
「なら、ちょっとだけカフェに行った後に一人でぶらぶらすればいいじゃない?俺午後は研究所にいなきゃいけなくて時間なくてさ。でも外に出たらヒイロちゃんを見かけて、赤い髪だからすぐ分かって、慌てて走って来たんだよ!ふふっ。だからカフェだけでもって思ったんだけど、どうかな。」
なるほど……確かに、いつまで一緒にいるか分からないより、ちょっとだけカフェに行きたいと言うのなら一緒に行ってもいい気がする。
せっかくはしゃごうと決めて一人で街に来たんだ。知らない人とお茶するような攻めた行動をとってもいいと思う。
「じゃあちょっとだけならいいですよ?」
「え!?本当!?やったー「ヒーたん」
……背後から響いた、聞き覚えのありすぎる声に一気に血の気が引く。
「ヒーたん」
ご丁寧にもう一度呼んできた……私は恐る恐る振り返るとそこにはやはり、眉をピクピク引きつらせた家森先生が立っていた。やばい。
とにかくこの場を凌ごう。それしかない。私はフヨフヨ泳ぐ目でなんとか口を開いた。
「……彼は友人です。」
バッと家森先生が私の腕を掴んで先生の方へ引き寄せようとした。するといつの間にか私のもう片方の腕を掴んでいた真一さんがそうさせまいと引っ張ってしまい、二人で奪い合いのような感じになった。
「誰この人、ヒイロちゃんの知り合い?……え「友人!?まさかそんなはずは!様子からして……あ!?真一!?」
え!?なになに!?
二人とも目を丸くしながら互いを見つめ合っていて、結構驚いている様子だ。そして二人同時に私を掴む手を緩めた。
少ししてから家森先生が真一さんのことを手で指しながら言った。
「……彼は僕の2番目の弟の真一です。研究所に勤務しています。」
「エッッッ!?お、お、おとう……」
二人を交互に見比べる私、驚きの表情を浮かべたままの真一さん、呆れた目で真一さんを見つめる家森先生。
「兄さん!一体ここで何を?」
「あなたこそまた懲りずに知らない女性に声をかけて。恥ずかしくありませんか?」
「俺は兄さんと違って顔が良くないんだ!こうでもしなきゃ女の子とお近づきになれないだろうが!」
……言われてみれば、確かに似てない。でも顎のラインが似てるし、背丈が一緒だ。でも他は似てない。家森先生の方が色白だし、真一さんはちょっと黒い。家森先生は端正な顔立ちだけど、真一さんはワイルド系だ。
そっか……私は家森先生の弟さんに声をかけられたんだ。二度も。
「別にヒイロちゃんとカフェぐらい良いだろうが!彼女は兄さんの彼女ではないんだろ?」
「いけません。彼女は学園の生徒です。カフェなんて言って、どうせその先に持っていくつもりでしょう?」
「今日は本当に午後から忙しいからカフェだけでもって思ったんだよ!前回見かけたときは関西弁の怖いお兄さんに脅されて諦めるしかなかったし……」
「ああ、なるほど。ヒー……ヒイロはどうしたいですか?真一とカフェ行きたいですか?」
そう聞いてくる家森先生の瞳が私に拒否しろと訴えてきている。睨んでいるような、分かってくれと訴えているような眼差しだ。私は首を傾げた。
「うーん……今日はもういいです……真一さん、お誘いありがとうございました。」
「ヒイロちゃん……礼を言ってくれるなんて、とても心優しい子なんだね。僕は大丈夫だけど……なんだ、兄さんの女だったのか。」
「真一、彼女は僕のものではありません。」
真一さんは指でぽりぽりと頭を掻いた。そのちょっとした仕草が確かに家森先生に似てる。
「まあ、よく分かんないけど、ヒイロちゃんまたね。」
「ああ。また……」
私が軽く頭を下げた。真一さんは私に向かって手を振ってから、研究所の方へトボトボ歩いて行った。残された私は隣で立っている家森先生のことを見た。それはもう、冷たい目で私を見ていた。
「なに……?」
「知らない人について行ってはいけません。特にあなたは記憶がないのですから、そう言う危険性も理解していないでしょう。それはもうとても危険な行為なのです。今後知らない人には付いて行かないでください。」
「は、はい……じゃあ」
私がこの場を去ろうと一歩踏み出したところで家森先生が私の腕を掴んで阻止されてしまった。彼はつま先から頭のてっぺんまで、私の体をジロジロ見ながら言った。
「……それに、この……格好はどうしましたか?」
「ああウェ……」
いけないいけない、特に家森先生にはこのお食事会のことを内緒にしないといけなかったんだ。私はちょっと嘘をつくことにした。
「ウェ……ーいという勢いで街に遊びに来たかったんです。夏ですしはしゃぎたいと思って。それに、ちょっと思い切った格好したくて新しい服を買いました。」
「ウェーイですか……そうでしたか……。だからと言ってこのような露出の激しい服装でこんな都会を歩かなくとも、いつもの格好でいいと思いますが。こんな可愛らしい格好で……先程のように声を掛けられることもあるでしょうし。」
そうは言っても家森先生だって今日は初めて見るスーツ姿だし、髪型だっていつもの流し前髪とは違ってワックスでツーブロック風に分けられている。何それ、劇団の俳優さんのような雰囲気ですごくかっこいいじゃん……。こんなにめかしこんで、誰かとデートでもするのだろうか。
「家森先生だっていつもと違う格好でとても素敵ですけど、一体街で何する予定なんですか?」
私の問いに家森先生は背後の市役所を指差した。
「……実は、今日はこの市役所の会議室で学園全体の会議があるんです。」
ああなるほど、お仕事でしたか。
「へえ、この大きな市役所の会議室を使うんですか……」
私は先生の背後にある大きな建物を眺めた。学園全体ってことは、きっと他校の先生方も集まるのか。
「はい。夕方には終わると思います……終わるまでどこかで時間を潰して頂けますか?」
「え?」
家森先生がじっと私を見つめた。
「昨日はメール返せなくてごめんなさい。今日の会議、実はシュリントン先生のみ出席予定でしたが、昨日彼が熱を出してしまって。それで急に僕が代理で出ることになってバタバタしてしまいまして。」
「そうだったんですね……」
「本当は街にあなたと来たくて連絡しようと思っていましたが、時間が本当になかった。でもここにちょうどいてくれて本当によかった。折角なので、この後僕と街を散策しましょう?」
「でも」
「高崎と居たように、僕とも居てください。」
家森先生の潤んだ瞳、赤らむ頬のお願いを、断るなんてことは出来ない。けどこの後は食事会がある。それをどう言おうか。食事会があるってことだけ言ってみようか。
「分かりました。終わるまで待ってますけど……実は今日の夜、食事会のお誘いがあって街に来たんです。」
家森先生が眉を浮かせた。
「おや、それは誰からのお誘いですか?どこで?何人と?」
そ、そんなに聞く?それがおかしくてつい笑ってしまうと家森先生がムッとした顔で私の肩をベシッと軽く叩いてきた。
「……ヒーたん誰とです?教えなさい。」
「ゆ、友人です……食事会が終わったらその時のこと話しますから。それでいいですか?ちゃんと遅くならないうちに切り上げますから。」
「分かりました……まあ僕も、もしかしたら先生方と少し飲むかもしれないと思っていた所でした。ならその後にどこかの宿を借りて一緒に過ごしましょう。」
「あ、今日はお泊まりですか?」
「いけませんか?」
だから何でお泊まり提案するときにいつもちょっと強気なの……このタイミングで私がいつも笑うのを知ってる彼が、私と同時に微笑んでくれた。
市役所から時間を知らせる鐘の音が聞こえたところで家森先生がハッとして、私に手を振って急いで市役所に向かって走って行った。いつもの白衣と違ってスーツ姿も素敵な彼は、すれ違う殆どの女性からキラキラした視線を向けられていた。
……どこに来てもそれは変わらないのね。もういいや、今日は食べよう。
車内の座席でリュックの中から図書室で借りた男女の仕組みという本を取り出して読む事にした。大人の男女のことはじっくり知るべきだと家森先生に言われたけれど、内緒で勉強して驚かせようと思った。でももう彼に嫌われてしまったのなら、それも必要ないかもしれない。とにかく読むことにした。
図書室にはあんなに膨大な量の書籍があるのに何故なのか男女のスキンシップに関した内容の本はこれくらいしかなかった。これだって中を開けば文字ばかりで、たまに出てくる挿絵は謎の人体の断面図で専門性が高く、ちょっとよく分からない。
はあ。それにしてもまだ彼からメールが返ってこない。もしかしたら、家森先生は毎回こういう気持ちで待っていたのかもしれない。だから不安になって何通も送ってきたのかな。私も今、送りたい気分だもん……送らないけど。
小難しく理解出来ない本を閉じて窓の外を見る事にした。遠くで昇りかけの太陽が輝いていて、海や大地を照らしている。その光景に少し癒された私はじっと目を閉じて、バスの中で眠ったのだった。
そして街へ着いた。
前回とは違って今回は一人だ。街のバス停で他の乗客と共に降りた私は早速、商店の並ぶ通りに歩いていった。街道に沿ってお店がずらりと並んでいる中から本屋さんを見つけて私はそこに入った。
タライさんはいつもここで漫画を買うらしく、確かに漫画コーナーは新作フェアと題して山積みにデコレーションされていた。見てるだけでワクワクさせられる陳列だ。その隣の通路は雑誌コーナーがあった。豊富な種類の女性誌の中で私に近い年齢のモデルさんが表紙を飾っているものを手にとって立ち読みした。
確かに、ファッション雑誌を読んで美意識を磨いたことはない。家森先生に嫌われたかもしれないけど、今からもう一度家森先生に好きになってほしいし……自分磨きをしてみようかな。そう思って私はその雑誌だけ購入した。
さて、どうしよう。とにかく市役所や中央研究所のある広場に向かう事にした。商いの通りを歩いていき、人にぶつからないようにずっとキョロキョロして歩く。ちょっと目が疲れてしまい、どこかベンチを見つけて休憩したい気分になった。
広場に着くとやはり休日ということも関係しているのか予想してたよりもあまりにも人が多くて、思わず立ち止まってしまった。市役所の前にはタライさんが以前使用した地上と通話が出来る電話ボックスもある。
……ん?
「ん?」
その電話ボックスは今誰かが使用しているが、その後ろ姿は知っている人のような気がした。何故ならそのスーツ姿の男性の、キューティクルがキラキラ輝く髪の色が茶銀色だったからだ。
やっぱ家森先生じゃね……?ついリュウのような話し方になってしまった。何やら電話で話す家森先生は頭を何度もかいたり、顎に指を当てて考え込む仕草をしたり、忙しなく体を動かしながら話している。
あ!今振り返ったから顔が見えた。
ガァァ……やっぱり家森先生だった。そっか今日街に来てたんだ。きっとバスでは見当たらなかったから自分の車で来たのだろう……。メールを返さないと思ったらこんなとこにいて、何してんだか。
邪魔をしてはいけないと思って私はその場から去る事にした。その前にもう一度だけ彼の姿を見たいと思い電話ボックスに顔を向けた。これで見納めだ。
「あ」
もう一度だけと思って見たらボックス内の家森先生と目が合ってしまった。彼は目を細くしてこちらを凝視し、私が私だと分かると手招いた。
いやいやいや、行くものですか。私は今から自由を謳歌したパーティ独りバージョンを開催するんだから。それにメールだって昨日も今日も返してくれなかったし……ふーんだ。首を振って拒否してその場を去ろうとしたが、誰かに腕を掴まれてしまった。
「え?」
「ああやっぱり!この間あった23歳の子だよね?僕だよ、研究所勤務の!」
そこには以前タライさんが電話してる間に声をかけてきた無精髭で研究所の制服を着た男性が立っていた。今日もニコニコと愛想よく私を見つめている。
これは……あまりいい状況じゃない気がするんだけど。
「へえ~今日はとっても可愛らしい格好だね。今は一人なの?」
「……確かに今日は独りです。」
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「へえ!ねえ、ちょっとだけカフェに行かない?それならいいでしょ?あ、俺真一っていうんだ!よろしくね。」
私は真一さんと握手した。大きな手を持つ人だ。それに、名前のパターンが家森先生やタライさんに似ている。きっと地上ルーツなのかな。
「私はヒイロ……でも今日は夜まで街を一人で歩こうと思って決めて来たんです。」
するとお兄さんはふうん、と呟いた後に言った。
「なら、ちょっとだけカフェに行った後に一人でぶらぶらすればいいじゃない?俺午後は研究所にいなきゃいけなくて時間なくてさ。でも外に出たらヒイロちゃんを見かけて、赤い髪だからすぐ分かって、慌てて走って来たんだよ!ふふっ。だからカフェだけでもって思ったんだけど、どうかな。」
なるほど……確かに、いつまで一緒にいるか分からないより、ちょっとだけカフェに行きたいと言うのなら一緒に行ってもいい気がする。
せっかくはしゃごうと決めて一人で街に来たんだ。知らない人とお茶するような攻めた行動をとってもいいと思う。
「じゃあちょっとだけならいいですよ?」
「え!?本当!?やったー「ヒーたん」
……背後から響いた、聞き覚えのありすぎる声に一気に血の気が引く。
「ヒーたん」
ご丁寧にもう一度呼んできた……私は恐る恐る振り返るとそこにはやはり、眉をピクピク引きつらせた家森先生が立っていた。やばい。
とにかくこの場を凌ごう。それしかない。私はフヨフヨ泳ぐ目でなんとか口を開いた。
「……彼は友人です。」
バッと家森先生が私の腕を掴んで先生の方へ引き寄せようとした。するといつの間にか私のもう片方の腕を掴んでいた真一さんがそうさせまいと引っ張ってしまい、二人で奪い合いのような感じになった。
「誰この人、ヒイロちゃんの知り合い?……え「友人!?まさかそんなはずは!様子からして……あ!?真一!?」
え!?なになに!?
二人とも目を丸くしながら互いを見つめ合っていて、結構驚いている様子だ。そして二人同時に私を掴む手を緩めた。
少ししてから家森先生が真一さんのことを手で指しながら言った。
「……彼は僕の2番目の弟の真一です。研究所に勤務しています。」
「エッッッ!?お、お、おとう……」
二人を交互に見比べる私、驚きの表情を浮かべたままの真一さん、呆れた目で真一さんを見つめる家森先生。
「兄さん!一体ここで何を?」
「あなたこそまた懲りずに知らない女性に声をかけて。恥ずかしくありませんか?」
「俺は兄さんと違って顔が良くないんだ!こうでもしなきゃ女の子とお近づきになれないだろうが!」
……言われてみれば、確かに似てない。でも顎のラインが似てるし、背丈が一緒だ。でも他は似てない。家森先生の方が色白だし、真一さんはちょっと黒い。家森先生は端正な顔立ちだけど、真一さんはワイルド系だ。
そっか……私は家森先生の弟さんに声をかけられたんだ。二度も。
「別にヒイロちゃんとカフェぐらい良いだろうが!彼女は兄さんの彼女ではないんだろ?」
「いけません。彼女は学園の生徒です。カフェなんて言って、どうせその先に持っていくつもりでしょう?」
「今日は本当に午後から忙しいからカフェだけでもって思ったんだよ!前回見かけたときは関西弁の怖いお兄さんに脅されて諦めるしかなかったし……」
「ああ、なるほど。ヒー……ヒイロはどうしたいですか?真一とカフェ行きたいですか?」
そう聞いてくる家森先生の瞳が私に拒否しろと訴えてきている。睨んでいるような、分かってくれと訴えているような眼差しだ。私は首を傾げた。
「うーん……今日はもういいです……真一さん、お誘いありがとうございました。」
「ヒイロちゃん……礼を言ってくれるなんて、とても心優しい子なんだね。僕は大丈夫だけど……なんだ、兄さんの女だったのか。」
「真一、彼女は僕のものではありません。」
真一さんは指でぽりぽりと頭を掻いた。そのちょっとした仕草が確かに家森先生に似てる。
「まあ、よく分かんないけど、ヒイロちゃんまたね。」
「ああ。また……」
私が軽く頭を下げた。真一さんは私に向かって手を振ってから、研究所の方へトボトボ歩いて行った。残された私は隣で立っている家森先生のことを見た。それはもう、冷たい目で私を見ていた。
「なに……?」
「知らない人について行ってはいけません。特にあなたは記憶がないのですから、そう言う危険性も理解していないでしょう。それはもうとても危険な行為なのです。今後知らない人には付いて行かないでください。」
「は、はい……じゃあ」
私がこの場を去ろうと一歩踏み出したところで家森先生が私の腕を掴んで阻止されてしまった。彼はつま先から頭のてっぺんまで、私の体をジロジロ見ながら言った。
「……それに、この……格好はどうしましたか?」
「ああウェ……」
いけないいけない、特に家森先生にはこのお食事会のことを内緒にしないといけなかったんだ。私はちょっと嘘をつくことにした。
「ウェ……ーいという勢いで街に遊びに来たかったんです。夏ですしはしゃぎたいと思って。それに、ちょっと思い切った格好したくて新しい服を買いました。」
「ウェーイですか……そうでしたか……。だからと言ってこのような露出の激しい服装でこんな都会を歩かなくとも、いつもの格好でいいと思いますが。こんな可愛らしい格好で……先程のように声を掛けられることもあるでしょうし。」
そうは言っても家森先生だって今日は初めて見るスーツ姿だし、髪型だっていつもの流し前髪とは違ってワックスでツーブロック風に分けられている。何それ、劇団の俳優さんのような雰囲気ですごくかっこいいじゃん……。こんなにめかしこんで、誰かとデートでもするのだろうか。
「家森先生だっていつもと違う格好でとても素敵ですけど、一体街で何する予定なんですか?」
私の問いに家森先生は背後の市役所を指差した。
「……実は、今日はこの市役所の会議室で学園全体の会議があるんです。」
ああなるほど、お仕事でしたか。
「へえ、この大きな市役所の会議室を使うんですか……」
私は先生の背後にある大きな建物を眺めた。学園全体ってことは、きっと他校の先生方も集まるのか。
「はい。夕方には終わると思います……終わるまでどこかで時間を潰して頂けますか?」
「え?」
家森先生がじっと私を見つめた。
「昨日はメール返せなくてごめんなさい。今日の会議、実はシュリントン先生のみ出席予定でしたが、昨日彼が熱を出してしまって。それで急に僕が代理で出ることになってバタバタしてしまいまして。」
「そうだったんですね……」
「本当は街にあなたと来たくて連絡しようと思っていましたが、時間が本当になかった。でもここにちょうどいてくれて本当によかった。折角なので、この後僕と街を散策しましょう?」
「でも」
「高崎と居たように、僕とも居てください。」
家森先生の潤んだ瞳、赤らむ頬のお願いを、断るなんてことは出来ない。けどこの後は食事会がある。それをどう言おうか。食事会があるってことだけ言ってみようか。
「分かりました。終わるまで待ってますけど……実は今日の夜、食事会のお誘いがあって街に来たんです。」
家森先生が眉を浮かせた。
「おや、それは誰からのお誘いですか?どこで?何人と?」
そ、そんなに聞く?それがおかしくてつい笑ってしまうと家森先生がムッとした顔で私の肩をベシッと軽く叩いてきた。
「……ヒーたん誰とです?教えなさい。」
「ゆ、友人です……食事会が終わったらその時のこと話しますから。それでいいですか?ちゃんと遅くならないうちに切り上げますから。」
「分かりました……まあ僕も、もしかしたら先生方と少し飲むかもしれないと思っていた所でした。ならその後にどこかの宿を借りて一緒に過ごしましょう。」
「あ、今日はお泊まりですか?」
「いけませんか?」
だから何でお泊まり提案するときにいつもちょっと強気なの……このタイミングで私がいつも笑うのを知ってる彼が、私と同時に微笑んでくれた。
市役所から時間を知らせる鐘の音が聞こえたところで家森先生がハッとして、私に手を振って急いで市役所に向かって走って行った。いつもの白衣と違ってスーツ姿も素敵な彼は、すれ違う殆どの女性からキラキラした視線を向けられていた。
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