LOZ:彼は無感情で理性的だけど不器用な愛をくれる

meishino

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初めましてシードロヴァ博士編

8 居場所がない

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 昨日、ジェーンと大事なお話をしたせいで、今朝は少し寝不足だった。じんわりと熱のこもっている瞼をゴシゴシと擦って、研究所のロビーを通過して、オフィスへと向かっている。こうして眠いのは、きっとジェーンも同じことだろう。きっと彼も、今日は大欠伸あくびを何回もかいて、目を潤わせるに違いない。

 彼の真実の話を聞いて帰宅した後も、私は彼のことを考えた。お風呂に入っている時も、ご飯を食べている時も、きっとこの世界に来たばかりの時は、食べるものもお風呂も、ろくに取れなかっただろうと、何度も、彼のその時の状況を考えた。彼の過ごしてきた日々は、あんなに無表情で淡々と語れるほど、生易しいものでは無かっただろう。そこにあったはずの過酷さを考えてしまい、昨夜は中々寝付けなかった。

 ああ、今日は彼に、何て声を掛けたらいいだろう。それに皆には、彼のことを悟られないように過ごさなければならない。それが出来るだろうか。嘘をつくことが苦手な私が、自然に過ごすことが出来るか、不安は募る一方だった。

 私は自分のオフィスのドアのロックを、手首についているウォッフォンで解除しようとした。このウォッフォンには、ロックを解除する機能も搭載されている。家の玄関の鍵にもなっているそれを使い、ドアを開けようとしたが、既にそのドアのロックは解除済みになっていた。

「あれ?」

 何となく、私のオフィスのドアを私よりも先に開けた犯人が分かっている。彼に認証キーを与えた覚えはないが、きっと昨日の件で、ここを使っていいという話になったから、その才能をここぞとばかりに発揮して、認証キーを勝手に入手したに違いない。第三者のキーを手に入れることなんてエンジニアにも難しいと、元エンジニア出身のキハシ君に聞いたけど、あの人はタイムスリップも出来る魔工学の申し子だ。それが辛い。

 ガチャとドアを開けると、案の定ジェーンが居て、しかも私の机の席に座っていて、彼のノート型のパソコンを置いて作業をしていた。彼は私をちらりと見て、無表情のまま言った。

「あ、おはようございます。」

「おはよう、何してるのさ。」

「早速、取り掛かろうと思いまして……例の件です。」

 わざとウィンクなんてことをしてきた彼に苦笑いをし、持っていたカバンをソファに置いて、彼の方へと向かった。パソコンを覗いて見ると、何か複雑な設計図が表示されていた。これが時空間歪曲機の設計図なのだろう。今まで見た中で、一番複雑で細やかな図だ。

「それは分かったけど、こんなに朝早くから出勤して、私より先に私のオフィスに来て……やるのね。」

「ええ、実はお恥ずかしい話、もう手持ちが無いのです。」

 そう言ったジェーンは、眼鏡を中指で押し上げて、決め顔をした。

「格好つけて言うことです?」

「はは、事実ですから。」

「事実ねえ。だって今までの貯金があるでしょ?……そうか!そうだったんだ!ジェーンには無いんだ!まだこの世界に来て、間もない「しーっ!極秘事項です!」

 いけないいけない、つい言葉が漏れるところだった。慌てて辺りを見回したが、この部屋には我々と、大きな観葉植物君しかいない。ごめんねと言う意味を込めた視線を彼に送りながら、胸を押さえて立っていると、彼も立ち上がって大丈夫です、と首を振った。私は、昨日と同じ服装の彼に聞いた。

「それじゃあ、帝国研究所にいる時とか、どう過ごしていたの?でも帝国研究所の時は、お給料で家を借りられたのかな。それだったら、そこにまだ居られるかもしれないけど、それは帝都にあるのか……。」

「それもそうですし、帝国研究所時代には寮がありました。私はその寮で同僚や部下と共に暮らしていましたが、当然の如く、退職と同時に解約の義務が生じました。」

「ええ!じゃあ今は!?」

「ここユークアイランドは孤島ですからね、近隣に街があれば、そこから通うことも考えられましたが、この島には、この高級リゾート地であるこの街しかありません。ですから、ここ数日間はユークアイランドのホテルで寝泊りをしていました。この服は毎日洗っているので清潔に保っていますが、厳しいことに、貯蓄の配分がもう食費だけになりまして、あなたのオフィスしか、私の居場所がありません。」

 この研究所には寮が無いし、ユークアイランドは彼の言った通り、この帝国一のリゾート地なので、物価もホテルの宿泊費だって帝都より上回る時だってある。彼の過去の状況ばかりを考えて、彼の今置かれている状況について、ちっとも考えが至らなかった。この島で家もなく数日間過ごしてきたとは……ああ、もう少し彼のことを考えれば良かったと自分を責めた。

 この島に、彼の家を見つけなければ。そう思い立つと、私は彼の手を取って、オフィスから出て行こうと歩き始めた。彼は急に手を引かれたことで体をよろけさせつつ、私についてきながら聞いてきた。

「どこに行かれますか?もうすぐ始業です。」

「どこにって、部屋を探しに行く。今日は大事な会議は無いし、家無しの従業員を放っては置けない。午前休だけ取って、不動産屋さんに行って、ジェーンのお家を見つけようよ。」

「お待ちくださいキルディア。ですからお金が無いと。」

「大丈夫、給料は前払いに出来るから。」

「そうですか……しかし、私はもう既に、この島の全ての不動産屋に訪問済みです。そこではこのユークアイランドには空き部屋は一つもないと、口を揃えて言われました。ここは帝国一の高級リゾート地ですし、空き部屋があれば賃貸でなく民宿にした方が家主も儲かると、あたた。」

 私はジェーンの腕をさらに力強く引いて、ロビーを突っ切って行く。

「そんな訳ない、そんな、一部屋も空いてないなんて。どうせ無いって言われて、そうですかって納得して、帰って来ちゃったんでしょ?私も行ってみるから、きっとしつこく言えば、何処かしら紹介してくれるから!さあ行こう行こう!」

 そうしないと、このままでは私のオフィスに彼が住むことになってしまう。そうなれば、未来の私が今の私をとても殴りたくなるだろう。それは避けたい。
 ロビーのキハシ君に午前休を伝えた私は、彼と共に研究所を出て、不動産屋へと足早に向かった。よし!彼が住める部屋を、なんとしてでも探そう!


 
 ……無い。無いと言われた。
 ここが最後の不動産屋、もうお昼休みに到達している時間で、もうすぐ帰らなければいけない。でも、この島の大中小、どの不動産屋に行っても、新規の空き部屋が無いのだ。

 オフィスで使用するようなシンプルな机を隔てて、私の目の前に座っているのは、こんがり肌でリゾートシャツを着た不動産屋のおじさんだった。困った顔をして、ツルツルの頭を指でぽりぽり掻きながら、ファイルを手に持ち、必死に物件を探してくれている……ふりをしている。どれだけしつこく聞いても、無い。無いものはない。でもそんなことあるんだろうか、ジェーンがちょっと綺麗な容姿をしていて品性のある装いをしているから、本当はボロアパートに空き家があるけど、遠慮して言わないだけなんじゃないだろうか。私はまた彼に聞いた。

「嘘でしょ?本当は、あるでしょ?」

「いや本当なんですよ、今は空き部屋が無くてね。ほら、店の前にも張り紙してあったでしょう?あれ本当なんです。」

「そうなんですか?この島で、一部屋も本当に空きが無いのですか?築二百年ぐらいのボロアパートでも良いんですけど。」

「築二百年はあまり聞いたことないな、はは。でもそういう安い物件は、特に若い人に人気でね。まあ最近は新しい部屋が少ないから実家から出られない、もしくは帝都に住む人が多い。ほら、このユークアイランドから帝都に向かって地下鉄もあるし、勤務先がここらでも、帝都に住む人だっていますよ。隣の不動産屋は探しましたか?」

 と、おじさんが私に聞いた。私は困った表情を浮かべながら、何度もため息をついて椅子に脱力している。隣には背筋を伸ばした姿勢のまま、真剣におじさんと私の会話を聞くジェーンが座っている。
 私は彼に答えた。

「隣の不動産屋にも、サンセット通りの不動産屋にも、セントラルタワー周辺の不動産屋にも、全て聞きました。ぜーんぶ聞いたんです。何でって、我々の研究所は朝早いんですよ。それは何処の職場も、そうかもしれないけど、それでもし、彼が帝都に住んだとして、平日は毎日、帝都からここまで出勤するって、一体、毎朝何時起きになることやら。それが理由で、ジェーンがこの研究所に嫌気がさしちゃったら困るんです。おじさんだって、この職場から程近くに自宅があるんでしょ?」

「ま、まあ。この二階が私の自宅です。」

「うん、やはり近い方がいい。別の不動産屋さんの中には、思い切って毎日、民宿で寝泊まりした方が安いって言う人もいました。そしたらこの人が、それだったら私の研究室のソファの方が、マシだと言うんです。そこで寝泊りするって言ったって、彼は十代の女の子と共同の研究室だし、もし着替えている時に、その少女が扉を開けてしまったら、どうします?見せた体のパーツによっては、重罪に科せられますよ。個人スペースを月極つきぎめで借りられるなら、アパートやマンションで無くても、貸しスタジオとかでもいいんです!それも無いですか?」

「そりゃあ、お兄さんが若い女の子に、男を見せつけてしまうのは避けたいですけどね、それがね……貸しスタジオはあっても、割安な月極は法人さんのみの紹介になるんですよ。すみませんね、お力になれなくて。実は帝国が、ここらの資産税を、かなり引き上げたんでね、私はあのお優しい皇帝が、こんなことするなんて珍しいというか、国の財政が厳しいのかもしれないけど、兎に角、家賃収入よりも、よりお金になる宿泊業や、時間毎の貸しスペースに、精を出すオーナーさんが、かなり増えちゃってねぇ。」

「分かりますよ、私もこの辺に家ありますから、この辺の不動産事情は、よく近所の人に聞きますし。」

 おじさんに悪いと思いながらも、どうあがいてもジェーンの家が見つからないことへの苛立ちや、ここにも無いのかと残念に思う気持ちを抑えきれなかった。ジェーンには最低限の人としての生活を送ってほしい。それも割安な月極で。それだったら何でもいいのに、この広い街で、一つも部屋が無いなんて、たった一つの部屋も無いなんて!そんなことってあるのか?

「おじさん、もしかしてこのお店って、チップ制度ですか?チップだったら、いくらか渡しますけど。」

「チップじゃ無いです!お金貰ってないから紹介しないって訳じゃないです!本当に無いんですよ、空き部屋。」

「すみません、少し彼女、イライラしているようでして。」

 隣に座るジェーンが私の背中を撫でながらそう言った。誰のせいなのか、ねえ。君が家賃とあまり大差のない民宿でもいいと言うのなら、それで済む話なのに。でもそうだ、彼の立場だって考えなければ。毎日違う人と共同の部屋で寝るようなゲストハウスに、毎日仕事から帰って、心が休まることはないかも。

「そう言えば、あなた確か、この辺りに家を持っているとか?」

「え?」
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