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一つ目のパーツが入手困難編
26 絶叫系威嚇
しおりを挟むお昼休み、殆どの職員が外へ食べに行くが、私リンは、そうはしない。カウンターに拠点を構える私以外に、この研究所で食べに行かないのは、タージュ博士とラブ博士だ。他は皆、わざわざ外へ食べに行く。貴重なお昼休みを、どうして移動時間なんかに費やすんだろう。
食費だってかかるし、栄養バランスだって偏るのに。そう思いながら私は、自分のバッグをカウンターの机に置いて、カバンの中から、きな粉パンと、チョコドーナッツを取り出した。糖質の鬼コンビなのは分かってるけど、今日は何だか、甘いものが食べたかったんだもん。
今日の昼も相変わらず、一番先にクラースさんとロケインのコンビが、研究所から抜けて行った。それから隣にいるキハシ君が抜けて、次にアリスとケイト先生……のはずだけど、ケイト先生が一人で、エントランスへ向かった。きっとアリスは研究に没頭しているのだな。
次はキリーとジェーンのコンビだ。あの二人、仕事でも殆ど一緒にいるのに、昼休みもずっと一緒だなんて、なんか怪しい。この状況で、逆に怪しまない人がいるんだろうか。
しかも、ジェーンの提出してきた身分証明書に新しい住所が記載されていたんだけど、あろうことか其処は、キリーと同じ住所だったのだ。いくら仲が良いとはいえ、一緒の家で同居するなんてこと、普通するだろうか。絶対に怪しいと思いながら、ドーナッツをかじったら、キリーが一人で外に向かおうとしているのが見えて、私は席を立って、声を掛けた。
「あれ!ねえ、キリーは一人なの?」
「ああ?」と、彼女が振り向いた。「うん。ジェーンはちょっと研究室にいるらしくて、中々帰ってこないから、久しぶりに一人でどこか食べに行こうかと思ってて。」
私は咀嚼をしながら、手招いた。
「ちょっと!こっちこっち!」
「え?何?」と笑いながら、キリーが近付いてきた。ヨシヨシ。私は素直な疑問を彼女にぶつけた。
「ねえ、ジェーンと同じ家に住んでるって本当なの?同居してるんだ?」
「ああ……その件ね。はは。それは語弊があるよ、一階にジェーン、二階に私で、セパレートタイプの物件だし、先日不動産屋行ったら、空き部屋が全く無いって判明して、もう仕方がなかったんだもん。帝都から通わせる訳にはいかないもの。ホームレスにだって、させるわけにもいかない。」
「ふーん。でもキリーと結構、仲がいいよね?どこまで進んでいるの?」
「ないない、何言ってんの。」と呆れ顔で、キリーが首を振った。
「えーない訳ないもん。だって普通、職場の人間と近くに住みたいと思わないもん。でも二人は近くに住むどころか、同じ建物に住んでるじゃない。絶対何かあるもん。二人の関係に乞うご期待だよ。」
「リン……あのさあ、ドラマの見過ぎじゃない?家が無いから、仕方なくうちに呼んだだけ。他に理由は無いよ。そりゃあ多少は、プライベートでも仲は良いけれど、リンが考えてるほどの仲じゃ無い。」
キリーがカウンターに置いてある新聞を広げながらそう言った。私は席に座り、ドーナツをかじってから答えた。
「ドラマは確かに好きだけど、見過ぎでは無いと思う。でもね私、学生の頃から人のそういう感情に敏感だもん。じゃあ、これがどれほどのスキルなのか、証明して差し上げましょうか?多分だけど多分ね、クラースさんは、ケイト先生の事が好きだと思う!ほおら、敏感でしょう?キリー知らなかったでしょう?」
「え?知らないの?」
彼女の一言に、私は素早く席から立ち上がった。その時に私の椅子が勢いで倒れて、ガタッと音を立てた。キリーは目を見開いて驚いていた。そんな彼女の肩をガシッと鷲掴みにした私は、彼女を揺さぶりながら聞いた。
「な、な、なに、リン揺らさないで!」
「え?え?そうなの?いつから?全然そのこと知らなかったんだけど、え?有名なの?何でそんな面白そうなこと黙ってるの!?」
「だ、だって別に、わざわざ話すようなことでも無いもの。仕事に関係ないし、プライベートなことだし……それに、みんな知ってるんだと思ってた。少なくとも調査部では昔から有名だった。ケイト先生が新しいポーションを開発したいからって、たまに採取の依頼を出すでしょ?その時、真っ先に受注開始するのはクラースさんだから。そのデータだって残ってるから、リンが知ってると思ってたし、みんな知ってると思ってた。」
しまった。そうか、何となくクラースさんはケイト先生の前だと、しおらしいと言うべきか、恥ずかしがってるような雰囲気だったから、これは何かあるなと思ってたが、そうだよね、ケイト先生の依頼を見れば、クラースさんがどれほどケイト先生の為に動いているのか、把握出来たというのに、私としたことが抜かった。
早速私は、自分のパソコンで依頼履歴をチェックした。膨大な量の、依頼の履歴の一覧が表示されたので、詳細検索で、ケイト先生が依頼者のものだけを表示させた。すると過去に二十件ほどあり、その全てがクラースさんによって受注開始、納品されていた。何これ。表がケイト、ケイト、ケイトと連なっている行の隣は、クラースクラースクラースと連なっている。何これ。あまりずっと見ていたものだから、二人の名前がゲシュタルト崩壊してしまった。
するとキリーが、新聞を読みながら言った。
「ほら、クラースさんばかりだったでしょ。一回、私が最初に気づいて、受注しようとしたらさ、うああああって叫んで、威嚇されたことあったよ。もう怖いから、ケイト先生の依頼は、誰も手をつけなくなりました。」
「そりゃ怖いね。ほぁ~、最初の依頼は一年前だから、その時から好きなのかな?」
「そうかもね。その前から、かもしれないけど。ケイト先生は、私とクラースさんがこの研究所に来てから、その後すぐに来たから……ねえねえ、ちょっと話変わる。明後日なんだけど。」
キリーが持っていた新聞を広げて、カウンターに置いた。私は少し立ち上がって、彼女が指差している記事を見ながら、話を聞いた。
「私とジェーンが休み取って、サウザンドリーフの森に行く予定なんだけど、この記事見る限り、少し通行規制があるようなんだ。」
私は彼女に聞いた。
「通行規制って、じゃあ通れないの?」
「もしそうだったら、研究所の調査目的って言えば、通れるかもしれないから、一応、証明書出してもらってもいいかな?多分、観光目的だけが規制されると思うから、それで通れると思うけど、通れなかったらどうしよ……どうしても通らないといけないんだ。」
キリーが頭を抱えてしまった。どうやらこれは、ジェーンの依頼らしい。あそこの花粉でも欲しがっているのかな。だったらサウザンドリーフの業者に頼めばいいのに。でも一緒に行くってことは、きっとジェーンがどうしても自分で選びたいんだな。花粉なんかどれも一緒じゃないんだろうか。
でも頭がいい人っていうのは、どこかおかしな拘りを持っているものだからなぁ。顔が良くて、頭もいい、背も高い、それだけで綺麗に終わるはずが無いんだ。彼もまた人間だし、人間は皆、長所も短所も持っているんだから、花粉に拘りを持っていても、何ら可笑しくないのだ。それに有給使ってまで付き合おうとするキリーは優しい、ジェーンが懐くのも頷ける。
「分かった。調査証明書を出しとくね。でも森の周辺は、物騒になってるかもしれないから、気をつけて歩いてよ?」
「うん、リンありがとう。」
とキリーが微笑んだ時に、キリーのウォッフォンが鳴った。キリーがその通話に応じると、電話の向こうの方が多く喋ってる印象で、彼女はずっと相槌を繰り返していた。最後に「分かった、すぐ行くから」とだけ言ってから、彼女は電話を切った。私は彼女に聞いた。
「何かあったの?」
「うん、たまにあることなんだけど、またサンセット通りの海岸に、海洋系のモンスターが出て来たみたい。ギルドに頼むより、私に頼んだ方が早いし、無料だからって、いつも頼まれてるんだ……はは。今日の午後は、特に重要な要件は無いから、ちょっと早上がりして行ってくる。まあ私が行けなかったら、普通にギルドに頼むんだろうけど、ちょっとお役に立ちたいんだ。ジェーンには、キリの良いところで上がるように、伝えてもらっていいかな。」
「分かったー。気を付けてね!」
「おう」と答えて、キリーはオフィスに戻って行った。私が再び席に座ってパンを食べていると、帰り支度を終えたキリーが、足早にエントランスへと向かって行った。
それにしても、サンセット通りの海岸にモンスター出るんだ。あの辺はお金持ちの住人が多いから、少しぐらい料金取れば良いのに。でも彼女の考えることがあるんだろう。
私はパンを食べながらパソコンをいじり、キリーの勤務状態を午後休に変更した。
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