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一つ目のパーツが入手困難編

40 閃きの不気味な笑み

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 森の木々は異変に気付いたかのように、はらはらと、その大きな新緑の葉を落とし始めた。この季節に、サウザンドリーフの葉が落ちることは異例だと、何人かの村人が言っていた。アーネルさんは「これが森の意思なのかもしれない。」と、静かに呟いた。

 逃げると決めたが、皆の気持ちはまだ、付いてこれてはいない。それもそうだ、今まで暮らしていた場所を捨てるなんてこと、簡単には出来ない。

「村はどうなるんだ!木だって、俺たちが居なきゃ全部、枯れるぞ!」
「ここを離れて行くったって、どこに行けばいいんだ!帝国を敵に回しているんだ!」
「私たちどうなるの、お姉さん」

 村人の声が、私に向けられ始めた。彼らを説得しなければ、先に進めない。私は腹の底から声を出して、皆に向かって叫んだ。

「心苦しいことですが、自警団数百人に対して、新光騎士団一万人越えでは、歯が立ちません!先方が一師団程度であれば、弓で遠隔射撃を使用する作戦を取り、こちらの自警団の素晴らしい技術で、交戦出来る可能性がありました!しかし今、新光騎士団の大群に、真っ向勝負を挑めば、自警団のみならず、女性やお子さんまでもが、犠牲になってしまいます!」

「しかし!」ゲイルが叫んだ。「逃げるにしても、行く先が無い!ヴィノクールやタマラは、帝都の向こう側にあるし、ユークは海の向こうだ!大陸を南下して、光の神殿まで逃げるのか!?古代兵器以外、何も無いあの地、それこそ追いつかれて皆……やられるだろう!」

「だけど!ここから、帝都の次に近いのは……そうだ、ユークアイランドしかない。そこに逃げます!」

 私の一言に、どよめきが広がった。隣で立っているジェーンが挙手をした。

「キルディア、ユークアイランドに逃げるにしても、果たしてブレイブホースを乗った彼らから、遥か遠くまで見渡せる平地のルミネラ平原を逃げ切れるでしょうか。それこそ、捕まってしまうのでは?」

 一緒に方法を考えてくれるって言ったのに、どうして突っかかってくるのか。彼は本当に面白い人間だと、少々呆れに近い笑いを漏らした。

『ブレイブホースは、村には無いの?』

 ウォッフォンからリンの声が聞こえた。その声を聞いた私は、その場から走り出して、村の倉庫へと向かい、中に停めてあるブレイブホースの様子を確認した。ジェーンが後ろから入って来て、頷いた。

「ああ、ありますね。これは使えます。」

「しかし……どれも旧式だ。それに人数分は無い。」

 埃をかぶったブレイブホースのボディを手で拭うと、十年以上も前の型番が、そこには刻印されていた。後から入って来たゲイルが、ため息をもらしながら言った。

「俺たちは、ブレイブホースは放牧や、帝都への移動にしか使わなかったんだ。だからこれで十分だったんだよ。」

「そっか、分かった。」

 私達は村長の部屋の前まで戻り、地面に書いてある作戦図を見た。旧型のブレイブホースは新型と比較して、脚力に雲泥の差がある。平原は、ブレイブホースにとってはサーキット同様で、単純に速さで負けてしまう。逃げるにしても、かなり厳しい状況だ。

「して、後どれくらい猶予があるか、調べてみます。」ジェーンが言うと、ウォッフォンから声がした。『あと大体五時間だよ』

「確かですか、リン?」

『うん、五時間で間違いない。城下から新型のブレイブホースで飛ばして六時間、花火が上がってから一時間経つわ、ってケイト先生が言ってる!』

 なるほど、だから今日の彼女は冴えていたのか。私は微笑んで、通話をそのままにしておきながら、準備に取り掛かることにした。あとは、彼だ。

「ジェーン、」

「はい?」

「何か思いついた?」

「はい、思いついていますよ。」

「じゃあ言いなさいよ。」

「はい……そんなに強く言わないでください。」

「ご、ごめん。」

「いえ……まずは、軽い木の素材を、用意する必要があります。キルディア、村人に一番軽い素材と、新しいものを作るのに、どれくらい掛かるかを聞いて来てください。」

 何を、此の期に及んで人見知りを発動しているんだと、少し笑いながら、私はそばにいるミゲルに聞こうとした。その時に、彼の隣に立っていたアーネルさんが、私に不安げな表情で聞いてきた。

「こうしている間にも、子どもたちだけでも、ユークアイランドに避難させたほうが、いいのでは無いでしょうか?」

「もう少し待ってください。別行動して、先に出た子ども達のグループだけで、平原を走るのは危険です。我々は子ども達を囲むようにして、進みましょう。そのほうが安全です。因みに、一番軽い木の素材って何ですか?木材で何か作るのに、どれくらい時間かかる?」

 その質問には、ミゲルが笑顔で答えた。

「木材のことなら任せてください、我々自警団は、家具ぐらいなら釘なしでも、組み込みですぐに作れます。それと軽い木材ならリケットの木でしょう。防具にも使われている、軽くて丈夫な木です。」

「分かった!それと……。」私はウォッフォンに話しかけた。「クラースさんいる?」

『何だ、どうした?』

「大型免許持ってる?『持ってるが』あ!いいや!ちょっと一回切るね!」

 私は一度通話を終了した。隣のジェーンが「どうしたのです?誰にかけています?」と、しつこく聞いてくるが、ちょっと無視をして電話帳を操作した。すぐに、掠れたおじいさんの声が聞こえた。

『もしもし?』

「もしもし!ボルトさん!」

『おー!キリちゃんか、どうしたどうした!海岸にモンスターは、まだ出とらんぞ!また出たら教えるから、キリちゃん退治してね。そしたらおじいちゃん、またオードブル用意するから。』

「そうじゃ無いんです、今ちょっと大変で……お願いがあります!ボルトさんって、ツアー会社の会長さんだったよね?」

『ツアー行きたいの?』

「違う違う!バス借りたいんだけど!」

 私の一言に、周りにいた村人達の顔が明るくなったが、ジェーンだけは眉をひそめた。
『え?何台必要なの?ちょっと待って……母さん!メモメモ!……えっと、何台?一台、約五十人は乗れるよ?』

「それって座席で五十人だもんね、じゃあ十台貸してください!」

『え!?今日!?それってリーフ……まあいいや!おじいちゃんは、キリちゃんを信じるからね!とびっきりの敏腕ドライバーを用意するから!』

「ありがとうボルトさん!高速道路のアクロスブルーラインの入り口で、待機してもらえるようにしてくれますか?お願い!」

『まあ分かった。だが、条件がある。』

 ああ、私は項垂れた。そうだよね、この世の中、タダでお願いを聞いてくれる都合のいい人など、いないものだ。しかもバスをあんなに借りてしまうのだから、そこそこ大きめの条件を出してくるに違いない。

『おじいちゃんの肩もみを今度して「やりますから!お願いしますね!」ピッ

 通話を終えた途端に、ジェーンが力強く、私の肩を掴んだ。鈍く走る痛みに、私は身動いで彼を睨んだ。

「痛い!何?どうしたの!?」

「……あなたのしたいことは理解しました。森でブレイブホースを何回か往復させて皆で脱出し、バスは環境保護条例で草原地帯を走る事は出来ませんから、高速道路沿いまでバスで迎えに来てもらい、そのままユークアイランドに逃走するということなのでしょう?」

「そうだけど、だめ?」

「いけません。旧式ブレイブホースの速さでは、平原で騎士団に追いつかれますし、バスに乗り換える時間もありません。それに騎士団はプレーンを利用した魔術も使用しますから、間合いを詰められて、一撃を浴びたら、それで終わり……いや、違う。」

「え?」

「なるほど、なるほど。これはいい。」

 ジェーンはニヤリと、ほくそ笑んだ。彼のこんな、不気味な笑みは、今まで一度も見たことない。何も言えずに待っていると、彼は何度か頷いてから、私の耳元に口を近づけた。

「あなたの点と私の点が、線で結びつきました。私のアイデアと、あなたのアイデアを合わせれば、必ずや皆を、ユークへと導くことが出来ます。今から森の力を借りて工作をします。その為には、私があなたに手順を説明しますから、あなたが村の皆に説明をしてください。」

「は、はあ。」

 訳も分からず、私は頷いた。自分で指示すればいいのに、そう思ったが彼は次の瞬間には、また何かを考える仕草を取っていた。そうか、彼には作戦を考えさせることだけに、集中させた方がいい。なるほど、私も連携の取り方が、分かった気がした。

 村人や自警団に指示を出して、ある作戦を実行するための準備をした。自警団は、倉庫から丸太を運んでは、加工して組み立てた。女性は、室内で料理をし始めるものと、木の実を集める者とで分かれた。それを見ていた子どもたちも、木の実を集めるのを手伝ってくれて、じっと待機していたお年寄り達が、その様子を見ると、自発的に手伝いをしてくれた。おかげで、思ったよりも早く仕上がった。

 その内に、ヒューゴさんが目を覚まして起きて来たが、事情を理解すると、我々に従うと言ってくれた。私はヒューゴさんに頭を下げた。その時、地面を見る私の視界に、知っているデザインの黒い革靴が入ってきた。ピカピカに磨かれていた彼の革靴は、今は泥に汚れていた。頭をあげると、やはりそこにはジェーンが立っていた。

「色々と案を付け足し、終いには、ずいぶん大胆な作戦になりましたが、悪くはありません。それに観光バスの件、手配して頂き、助かりました。あなたには感謝しています。」

 褒められるとは思っていなかった。私は笑顔でジェーンを見つめた。よく見ると、白い頬に泥がついていた。それ以外にも、シャツやベストの裾が黒く汚れていて、腕まくりした彼の肘にも、土が付いていた。

「ジェーン、ありがとう。こんなになるまで、手伝ってくれて。」

「……当たり前です。生き延びたいですから、あなたと。」

 一言、余計だと思った。
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