LOZ:彼は無感情で理性的だけど不器用な愛をくれる

meishino

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ギルバート騎士団長を探せ編

117 タマラの食堂

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 ブレイブホースでハウリバー平原を駆けて行き、タマラの村に着いたのは夕暮れ時だった。オレンジ色の空が地平線の向こう、どこまでも続いている。

 ユークアイランドの海岸からは水平線が見られるが、このタマラ村の農村地帯からは、草原の遥か向こうまでを見渡す事が出来る。その景色で私は少し癒された。

 そして我々はここで一泊してから、長い海路に備えることにした。

 夜、我々は宿を借りると、その近くの食堂に食事をしに出掛けた。チェック柄のテーブルクロスが掛かった四人掛けの席に座ったが、少し遅い時間帯ということもあり、他の席も、満席に近い賑わいを見せていた。近くのテーブルの男たちが、酒に酔いながら大声で話し始めた。

「まあ色々あるけどさ!レジスタンスに連合軍、なんてたって俺たちには、ギルバート騎士団長とキルディアさんが居るんだ!この滅茶苦茶な帝国を正してくれるに違いないさ!はっはっは!」
「おうおう!」

 セットにして言うなよ……。私の斜め前に座るジェーンは、結構な勢いをつけて、タマラの地酒を瓶からグラスに注いで、一気に飲んでしまった。このお酒は、我々に気付いた店員さんがプレゼントしてくれたものだ。

 アリスはオレンジジュースとポテトをかじっていて、クラースさんはウィンナーでビールを飲んでいる。私はワインだ……。しかしあの地酒、ちょっとお高いのに、その殆どをジェーンが飲んでしまった。もう彼は既に顔を赤く染めている。何が彼をそこまで、いや、原因は私かもしれないと、私は赤ワインをちょびっと飲んだ。

「まあ、」ジェーンが私をチラッと見た。「ギルバートは私と違い、民からの信頼も厚く、勇敢で優しい好青年だと聞きますからね。お似合いでしょう、あなたと。因みに、インジアビスでも彼の話は聞きませんでしたね、そこまでして隠れた関係なのでしょうか?ああ、お熱いことだ。」

 ジェーンの隣に座っているクラースさんが、彼から瓶を取り上げた。

「ジェーン、もう飲みすぎだ。顔が真っ赤だぞ。」

 私はクラースさんが奪ったお酒の瓶を、クラースさんの手から奪うと、自分の前にあった空のグラスに注いで、一気に飲んだ。喉の奥がグワっと熱くなった。ああうまい!これを独り占めするなんて、ジェーンめ。

「そうだよ!」アリスがジェーンを指差した。「ジェーン、顔真っ赤だし、明日から船旅なんだからさ~、もう辞めなよ。キリーだって反省してるんだから、ね?」

 皆が私に注目した。ここで言うか、私は決めた。

「反省はしてる、でもこれが最後の嘘じゃ無いかもしれない。」

「は!?」そう叫んだのはジェーンだった。そして私の手から酒瓶を奪った。

「反省するどころか、まだ何か隠し事でも!?ああ、そうですか、もしや彼は、あなたの内縁者か何かですか?私と同様、あなたも……。」

「本当に、アレクセイさんは想像力豊かですね、何もそうとは言ってないのに。」

 つい、悪態をついてしまう。そう。かくいう私も、このワインは五杯目なのである。クラースさんとアリスのため息が聞こえた。ジェーンはまたグラスを一気飲みして、アリスを見た。

「アリスも大人になったら理解することでしょう。大人は時として、こうでもしないとやっていけないのです。」

「何が大人だよ、」私はグラスをガンと音を立ててテーブルに置いて、ジェーンを睨んだ。「大人だった教えてよ、私は悪いことをしました。嘘つきです。もしかしたら彼は、私の夫かもしれませんね。でもジェーンだって、奥さん居るでしょう?それと何が違うの?」

「ねえキリーも飲みすぎだよ、落ち着いてよ!」

 アリスが私の腕を掴んでいる。ジェーンは眼鏡の位置を調整して、私を横目で見ながら答えた。

「私の妻はギルバートではございません。何度説明させることでしょうか、我々はギルバートを探していた、でもあなたはそれを隠していたのです!それが問題でしょう?」

「私だって探してるよ。久しぶりに会って見たいものだ、ギルバートに。」

「私も会いたいです、カタリーナにね。」と、ジェーンが私に威嚇するようにポテトをかじった。私は彼に聞いた。

「若いし、美人で、聡明なんでしょうね、カタリーナさんは。私と違ってさ!」

「はっはっは!」彼は笑った。「おや、分かりますか。そうなんですよ、中々の美人で、すらっとしていて、気品さに満ち溢れていて、私にぴったりの女性です。何処かの力自慢とは訳が違います。」

「あああぁ!?」

 私がジェーンを睨みながら立ち上がると、隣のアリスが私の腕にしがみついた。気が付くと食堂の皆が笑いながら、こっちをみている。笑い事か、これ?そしてアリスが叫んだ。

「ちょっとやめなよ!ほんとお酒飲むといいことないよね!私大人になっても絶対に飲みたくなくなった!」

「それがいい……」

 クラースさんがため息交じりにそう答えた。だが、ジェーンがおしぼりで手を拭きながら立ち上がり、私を睨んだ。

「大体、恋人のような幼馴染がいるのなら、私に話すべきです!」そしてジェーンは胸に手を当てながら、私を怒鳴った。「何が、何が、誰とも親しくなったことがないですか!その嘘を鵜呑みにした私が、どれほど傷付いたのか、あなたは想像力が足りないようだ!」

「それは悪かった……としか今は言えない。」

「大体、恋人が居るのなら、私に言うべきです!」

「何でよ。」私はムッとした。「そんなの別に報告義務は無いでしょ!ジェーンは、ただの秘書なんだから。」

 一瞬でジェーンの表情が歪んだ。まずい、ついカッとなって、酷いことを言ってしまった。

「ただの……秘書?」

「あ……いや、ちょっと違う、けど。」

「私は、ただの秘書ですか、本当にそうお思いですか!?キルディア!」

「そ、そんなに怒らないで……ごめんなさい。私が全部悪いよ。」

 ジェーンが拳を作って、額に当てた。そしてその手で、前髪をかきあげながら言った。

「……何があなたをそうさせたのか、理解しかねる。あなたはそうまで、浅ましく、思いやりのない人間でしたか。そうですか……あなたと居ると、本当に心底苛々させられる。少し、頭を、冷やしてきます。」

 と、ジェーンが早足で、食堂から出て行ってしまった。クラースさんが慌てて立ち上がった。

「全くお前らは!……俺はジェーンを追う。また明日な。」

 私は頷いて、力無く座った。隣に座るアリスが、私の肩をポンと優しく叩いた。その叩き方が、ケイト先生に似ていた。

「キリー、お部屋に戻る?」

 視線を感じた。食堂を見ると、皆がぽかんと口を開けて、我々のことを見ていた。私は一瞬で頭を抱えた。

「あああぁぁぁぁ~~もう!ごめんなさぁい、めちゃくちゃな帝国をどうにかする前に、自分たちがめちゃくちゃで……あああ!」

 すると何故か笑いがおきた。近くのおじさん達が、私たちのテーブルに座ってきた。少しだけ、ジェーンを追って行こうか迷ったが、どうせ彼の元に行っても、また苛々させてしまうだけだろうと、諦めた。

「そう言う時もあるって!ほらほら飲もうぜ御大将!」

 おじさんはそう言って、私のグラスにお酒を注いでくれた。他のテーブルの若い女性も笑顔で、アリスにナッツとケーキの乗ったお皿を与えてくれた。アリスはパッと笑顔になって喜んで、フォークをスタンバイしている。

「あ!いいんですか~?じゃあ遠慮なく、もーらい!」

「飲もうぜ!かんぱーい!」

 もういいや……もうこれ以上、私にできる事はない。私はみんなと飲むことにした。もうどうなるのか分からない。もうこれからどうしたらいいのか、それだって分からない。カウンセリングを受けた方がいいのかも分からない。兎に角、この夜を飛んで行きたかった。

*********

 こうまで人を、酷く憎んだ事はない。どうして、どうして私の気持ちをそんなに軽く考えることが出来る!どうして、私は、彼女を選んでしまった。それさえも憎い……。一瞬でも、彼女に自分の全てを捧げる覚悟を持っていたこと、それも憎い。

 この件で、人間はどうせ裏切る生き物だと言うことを改めて理解した。彼女はある意味、私の最後の砦だった。それすら、幻で出来ていると悟った今、私にはもう未練はない。何が初めての親友だ、何が初めての……!あの時、あの空気でさえ、計算だったに違いない。恐ろしい女だ、全て計算だったとは。恐れ入ります。

「ジェーン……!こんなところで何を、ほら、ここは宿の廊下だぞ、立て!」

 私はドアにもたれたまま、動かなかった。クラースはしゃがみ、私の手元にある酒瓶を見つけて、私の肩をどついた。

「お前なんだこれは、また帰りに酒を買ったのか?」

「いえ、六人のお友達が出来ただけです。そのうちの三人は残念なことに死んでいますが、あなたも一人欲しいですか?」

「友達ってタマラビールじゃないか……俺は結構だ。なあジェーン、少し話さないか?ここでもいい、最近一体どうしたと言うんだ?確かにキリーはちょっと度を越している感がある。でも、彼女に大切な存在が居たとして、何が問題なんだ?」

「それを……それが、初めてだと、私に思わせたことが、罪なのです。」

「どうして初めてじゃなかったら駄目なんだ?別にお前の方こそ、カタリーナだって、イオリとかっていう幼馴染だって、いるんだろう?何が違う?」

 私は瓶に口を付けた。その瓶をクラースが握って、止めさせた。

「飲みたいです。」

「駄目だ。やめてくれジェーン。自分を見失うな。」

「ブラックアウトを起こしたいのです。まるでこの世は悪夢です。私を解放してください、クラース。」

「バカ言え。俺は放って置かないぞ!これだって……全部、」

 と、クラースは残っているタマラビールの栓を全て抜いて、がぶ飲みし始めた。私は涙が出そうになった。

「お前がこれ以上飲まないように、俺が全部飲む!ほら貸せ!な、もうやめろ。」

「……クラース、あなたは私の同僚であり、友人です。」

「ああ、そうだな。まあ誰にでも、こう言う事はあるさ、ジェーン。だからあまり気にしすぎるな、体に良くない。空気を吸え、空を見ろ。これで良いんだと、自分を甘やかせ。でも酒は飲むな。泣いても笑っても、武士の情けじゃないが、お前だって人間なんだ、こんなもんだと許してやれ。たまにはそう言うのも必要だ。」

「なるほど。分かりました。」

 クラースの言葉は、私を救ってくれた。幾分気が楽になったのだ。この喪失感、感じたことのない心の、虚無感。私は彼女に何を奪われたのか、何がこの胸で起きていたのか、それすら分からない。しかし、それでも良いのだと、彼に教えてもらった通りに思考を変えた時、私はほんの少し気が楽になった。

「ジェーン、良いか?」

 隣で座るクラースが、静かな声で私に聞いた。

「はい、何でしょう?」

「こんな事、今聞いても仕方ないかも知れんが、自覚ないのかと思って。」

「何でしょう?遠慮せず、質問をしてください。」

「……もしかして、キリーのこと、好きなのか?」

 それを聞いた途端に、急に私の胸が苦しくなった。途端にアルコールを摂取しすぎた事を後悔した。どうやら感情の自制が効かない。

 マグマが噴火するように心底から湧き上がる激しい感情に、次第に息が出来ないほどに苦しくなり、呼吸が荒くなって、心臓がチクチクと痛んだ。あまりの苦しさに胸を押さえて、たまらずに涙を流してしまうと、クラースが慌てて私の背中をさすった。

「ば、ばか……お前、まるで子どもだな。」

「私には、妻がいるのです、そして、キルディアには……ギルバートが。」

「そんなもの……」

 クラースはその先を言わなかった。私は暫く、彼の横で嗚咽を漏らしながら泣いた。
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