LOZ:彼は無感情で理性的だけど不器用な愛をくれる

meishino

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衝撃のDNA元秘書編

133 キルディア捕獲機

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 調査部の事務室は、少し広めの部屋に、ロッカーとクラースさんの机とロケインの机が向かい合って置いてあるだけの、ちょいミニマリスト感のあるシンプルな部屋だ。

 私は二人の向かい合った机の横側に、自分の机をドッキングした。この配置はクラースさんの案だった。二人が移動を手伝ってくれたのだ。

 そしてお昼は適当に、ロビーのソファでジェーンとおにぎりを食べて、チャイムが鳴るとジェーンは私の元オフィスに消えて行った。もうあそこは私のオフィスでないことに、ちょっと物哀しくなったが、調査部のオフィスに向かった。

 午後の業務を調査部のオフィスで行なっていると、クラースさんとロケインがPCを操作する手を止めて、ジロジロと私を見てきた。私も二人の視線に気づいていたので、手を止めて二人を見た。クラースさんが私に聞いた。

「……それにしても詳しく聞いていなかったが、オフィスはどうした?」

「研究室として、ジェーンにあげた。アリスと金属音で揉めてしまった。ほら、今は私のアームを作ってくれているらしいけれど、これから時空間歪曲機の作成も始まるでしょ?だからもういいやって。」

「なるほどな。もう、ずっとここなのか?」

「当分はここかな……ごめんね、お邪魔して。」

「いや、俺は別に構わない。」

 するとロケインが言った。

「僕はボスと同じ部屋でも大丈夫ですよ。何かあったらすぐに聞けたり、報告したり出来るので、この方がいいです!」

 なんて良い人なのだろう、ロケインはいつも良い言葉をくれる良い人だ。オーウェンとはまた違う、純粋さのある、おべんちゃらをいつもくれるのだ。私は自然と笑顔になった。

「ありがとうロケイン、これから宜しくね。」

 気分のいいままに、私はパパッと執務を終わらせると、今度は机と荷物を整理し始めた。するとクラースさんが「おい」と話しかけてきたので、私はセロハンテープを引き出しに入れてから、「ん?」と彼に聞いた。

「ケイトから採取の依頼だ。自然のカルシウム粉が必要らしい。これはドデカハマグリの貝殻を集めて、ゴリゴリ潰して粉にすれば、事足りるが、俺とロケインは今からタージュのネオジオシステムを持って、ユークバイオテック社に行ってくるから、お前これ、頼めないか?」

「はい、そうしますと返事出来れば、何も問題は無いのですよ……私、最近は色々と頑張っているけれど、やっぱり海の中は無理だって。これって期限まだあるじゃない、明日じゃダメなの?」

 私の質問に、クラースさんは一気にムッと不機嫌な表情になったので、思わず笑いそうになった。そう彼は、ケイト先生の依頼はすぐにこなしたいのである。それは天地がひっくり返ろうとも変わらない、たった一つの真実なのだ。

「じゃあ教えてやる。この崖を降りたところにある小さな海岸に、その貝殻はよく落ちている。そこを重点的に散策しろ。あの貝はな、あの砂浜が大好きで大好きで仕方ないから、絶対にあそこで死んでいる!いいか、絶対に、もう絶対に、砂浜の上に何枚か落ちているから、それを今日中に拾ってくれ!絶対にだ!」

 クラースさんは、私とドデカハマグリの両者にプレッシャーを与えた後、ロケインと一緒に調査部のオフィスから出て行ってしまった。

 仕方あるまい……私はPCにロックを掛けてから、調査部のオフィスを出て廊下を歩き、ロビーをてくてくと歩いた。カウンターのところでは、リンとキハシ君がそれぞれヘッドセットで通話をしていたが、キハシ君が丁度通話を終えたので、私は彼に近づいて「ちょっとケイト先生の依頼をやってくる」と伝えた。キハシ君は「わかった」とPCを操作した。

 そしてエントランスに向かって、歩いて行く時だった。

「キルディア」

「ん?」

 振り返れば、ジェーンがいた。白衣は無く、白いシャツにグレーのベスト、黒いネクタイの、普通のジェーンだ。私は聞いた。

「どうしたの?」

「丁度、一区切りついたので、あなたに報告しようと思いました。」

「ああ!じゃあもう完成近いの?」

「いえ、まだまだです。」

 何だろうこのやり取りは……私は苦笑いした。

「そ、そっか、じゃあちょっと休憩したら?」

 ジェーンは思案顔になってから、私に聞いた。

「あなたはどこに行くのですか?本日は外出の予定が無く、まだ勤務時間内ですが。」

「ああ、クラースさんに頼まれて、ケイト先生の依頼をこなしに、崖下の海岸に行くところだったのだけど。ジェーンも気分転換しに、一緒に来る?」

「海岸ですか、このところ日差しが強くて、日焼けも気になりますし。」

「じゃあ来ないのね、わかった。」

「いえ、行きます。いつ私が行かないと言いましたか?」

 だから、このやり取りは何なんだろうか……。それにしても、特に最近は研究以外の時間、彼は私と出来る限り一緒に居るようになった。二人でエントランスから出て、故障したままのエスカレーターの階段を登り始めた。するとジェーンが後ろから話しかけて来た。

「キルディア、今日の夜は何を食べましょう?何か、買って帰りますか?」

 わざと、強がった質問を彼にしてみた。

「でもさ、別に同じ部屋だからって、気を遣って私と食べなくてもいいんだよ?そりゃあ、一緒に食べるのは楽しいけどさ……。」

「一緒に食事が出来るのは今のうちです。そうでしょう?ですから私は、今あなたと共におられる時間の、一瞬一瞬を大切にしたい。今年中に帰ると仮定しても、あなたと一緒に居られる時間は、一生のうち、たった一瞬に過ぎないのです。」

「はあ、そうだね……。」

 最近、ジェーンが帰ることを匂わすような発言をすると、今まで以上に心に刺さってしまう。時空間歪曲機の材料が全て揃っている今、彼はいつでも帰ることが出来るのだ。

 やっぱり、こんなに仲良くならなければ良かっただろうか。それでも、寝る前のお休みのハグは、正直私の中では、楽しみの一つとなっているのだ……恥ずかしくなって、必ず私から終わろうとしてしまうけれど。

 ああ、私はもっと強くならないといけない。陛下がしてくれたように、ジェーンのことも笑顔で送らないと、彼だってスッキリと帰る事が出来ないだろう。だけど、ただ、この瞬間に、何も話せなかった。黙々と階段化したエスカレーターを登って行き、ドアを開けて外に出た。

 海岸は確か、あっちの方から行けたかな。私が歩みを進めると、急に左手を掴まれて、ぐいっと引かれた。ジェーンが私を、彼の方へと寄せたのだった。私は転びそうになり、彼の胸におでこをぶつけて、彼と至近距離で見つめ合うことになり、不意に胸が高鳴った。

「な、何してる……?」

「……あなたがずっと黙っているから、何か怒らせたのかと思いました。仲直りのハグです。」

 と、彼は私を、ぎゅうとこの場で抱きしめ始めたのだ。いやいやいや、こんな外で、しかもこんな時間に、こんな!?

 私はジタバタ暴れて、素早く彼から離れることが出来た。しかし次の瞬間、ジェーンはスイッチのようなものを、こちらに向けてポチッと押したのだ。

 するとスイッチの先端から、スライム状の紐が出て来て、私の体をカメレオンの舌のようにぐるぐる巻きにした後、何と言う事か、その紐は、瞬時に縄のように硬くなり、私の体を拘束したのだ。

「こ、こら!怒ってないから!……ってかこれは何!?何してんの!?取れないんだけど……!」

 必死の抵抗をするが、両腕ごと縛られているので動けない。いくら体をくねらしても、ずれる事すらしてくれないのだ。その様子を見て、ジェーンは満足そうに微笑んだ。

「これは、私が発明したキルディア捕獲機です。いやあ我ながら、才があるとは罪な事ですね。」

 ……先程の、私の胸の高鳴りを返して欲しい。そのついでに収容所に連行されて欲しい。そして二度と悪さをしないように、厳重な警備下において刑期を満了して欲しい。たまには饅頭でも差し入れに行ってあげるから。

 それにその変なネーミングは何だろう、まるで私専用機のような言い草だ。

「ジェーン、キルディア捕獲機って何?汎用性無いものを、また発明したの?」

 ジェーンが眼鏡を中指でくいと上げて、私に近付いた。

「またとは何でしょう、もしやそれには時空間歪曲機も含まれるのでしょうか?確かにそれは、世の役には立たない無用の長物ですが、それがあったから、我々は出会う事が出来たのでは。そして、汎用性など、我々の関係において、全く無意味の物差しです。毎晩毎晩ハグをしている時、あなたは逃げます。私はそれを好ましく思いません。一体あなたは、どうして逃げますか?私は、あなたとハグを続けたいのに。その先に、未知なる感情の正体があると言うのに……!」

「お、落ち着いてくれ……」

 心からそう思った。心からジェーンに鎮まって欲しかった。リンでも人柱にしたら鎮まるだろうか。両手を拘束されて動けない私は、首をブンブンと振るだけだった。私はじりじりと近づくジェーンに、命乞いをしようとした。

「そうだね、時空間歪曲機には感謝してるよ。私に親友を与えてくれたし、それが限りのあるものでも「親友ですか、はっはっは……仕方あるまい。」

 ジェーンは感情が豊かになって来た。だけど今、確信を得た。それは間違った方向に豊かになって来ていると。彼は「はあー」と笑いの余韻を残しながら私の目の前にやって来て、そして縛られた私を力強くぎゅうと抱きしめた。

「これは、あなた専用の機械です。もうこれで、あなたは私から逃げられない。」

「……。」

 まあ、ハグをするだけなのだから、罪としては薄いのかもしれない。半分、私も望んでいる事もあり、だけどこのやり方は、何だか腑に落ちない。

「ねえ、」私は自分の頭に頬をスリスリとし始めたジェーンに聞いた。

「これ、毎晩やらないよね?」

「あなたが逃げなければ、やりませんとも。」

「はあ、」私はため息をついた。「いつかは帰ると言いながら、こういうことまでして、じゃあさ、開き直って私がハグをやめないどころか、もっと攻めた行動をとったらどうするの?例えばお尻を触るとか。」

「……!?」

 私の両肩を掴んだジェーンが、戸惑った表情を私に向けた。少し、頬が赤い。やばい、ちょっと冗談だったが、真に受けたのかもしれない。

「あなたはそうしたいのですか?……ならば私は、あなたの行為を引き受けましょう。その先に、例の感情の正体があるのなら。」

「ぶっ」マジですか。私は思わず頬が赤くなった。「な、そんなこと、で、で、出来るわけ、なっ、ああ、もうっ……いいから解放してよ!これ結構、びくともしないから厄介だよ。普通に連合の兵に持たせたほうがいい。」

「ですからこれは、あなた専用機です。ねえキルディア、私のお尻を触りたいのですか?」

「ぅあああもう!何度も繰り返すな!」

 ……な!……な!と、山でも無いのに私の声が何処かにこだました。もう顔が熱い。ジェーンのお尻を触る想像などしたくないのに、してしまった。しかもそれが結構グッとくるものがあったのだ。

 ああ嫌だ、待ってよキルディア。早くドデカハマグリの貝殻を拾いに行きたいよ。確かにそう考えると、私には逃避グセがあるなと思っちゃうけれど。

 ふとジェーンの顔を見ると、カニかまぼこのように真っ赤だった。ふと、今夜はカニかまぼこが食べたくなった。

「今夜は、カニかまぼこ食べようか。これ外して。」

「どうしてその結論を?カニカマを食べることは構いませんが。それに、先程のお尻の件、あなたが触るのなら私も触ります。されたことを同じだけ返したいですからね。それをご了承頂きたい。外します、ですが、先程無言だった理由をお聞かせ願いたい。」

 ジェーンはぶつぶつと呟きながら、捕獲機のボタンを押して、私を解放してくれた。私を拘束していた縄は、またスライムのようなウネウネの状態になって、メジャーのようにシュルシュルと元の機械に吸い込まれていった。私は鼻でためいきをついた。その時に、悔しくも、爽やかな潮の香りがした。

「だから……しょうがないことだけど、ジェーンが帰ると思うと、寂しいよ。寂しいけど、笑顔で見送りたい。どうすれば出来るかなって、考えているうちに無言になっちゃった。私は本当に怒ってないよ。あとジェーンがカニかまぼこのように顔が真っ赤だから、カニカマ食べたいと言った。」

「え?」ジェーンはウォッフォンで自分を写して、顔色を確認した。意外だったのか、「あっ」と声を漏らして、目をパチパチとさせていた。

「……キルディア、」

「なあに?」

「私は今までも、これ程、顔が赤くなったことがありますか?」

「あるよ、何度も。」

「……そ、そうですか。……それと、私は、あなたを置いては行きません。今、色々な案を模索中です。そのうちの一つに、あなたの誘拐が含まれています。」

「そんなもの含むな!」

 私は地面の石ころをジェーンに向かって蹴った。色々考えてくれて嬉しいけれど、ジェーンの世界に私も行くなんてことは出来ない。

 以前、研究開発部の会議でタージュ博士が、未来の人間が過去の世界に行くのはタイムパラドックスが生じるから極めて危険だと言っていたのだ。それを、その場に居たジェーンだって理解しているはずなのに、誘拐だなんて。

 鳥と魚は同じ場所では暮らせない。もう腹をくくるしかないのだ。
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