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12 ソワソワ朝ごはん
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寝室でイオリが仕事着に着替えた。今日はチャコールグレーのシャツに白いベスト、それから黒のスラックスだった。彼の体からふわっと香水が漂った。これで職場に行くのか。
イオリの邸宅の二階は、聞けば研究室のようだった。全然そこには行こうとしないのでどういうことか彼に聞いたら、彼のおじいさんが使っていた研究室らしい。おじいさんもノアズで働いていたので、二階は彼の研究室がそのまま残っているらしい。
この家はおじいさんから譲り受けたものらしい。最初は古かったこの家を、イオリが業者に頼んで今風にリフォームしたんだと、階段を降りながら聞かされた。
一階に降りると、イオリは腕時計を見て、「しまった」と急ぎ足になった。就業時間が迫っているらしい。私も急いでイオリに付いていくと、大きなL字ソファのあるダイニングに入った。
その先の部屋に入ると、レストランでしか見たことがないような広々としたキッチンルームがあった。業務用と思える冷蔵庫に大きなオーブン、スタイリッシュな黒い棚のガラスには調理器具がきっちりと収まっているのが見えて、コンロは二台もあった。
イオリは大きな冷蔵庫をバンと開けて、食材を見て何を作るか決めると、すぐに出した野菜類を手慣れた包丁捌きで切り始めた。
「イオリ、急いでいるなら、食事は今度でもいい。」
「お前のためじゃない。俺のためにやっているんだ。」
「すみませんでした。」
そっか、ちゃんと朝ごはんを取らないと頑張れないタイプなんだ。脳内のイオリノートにメモをとった。
私にできることといえば生肉を捌くことと焼く、茹でることだけなので、他には何も手伝えることもなく、ただイオリが舞うようにあれこれ鍋に入れているのを眺めるだけだった。
味見をして、イオリが「フン、まあまあだな。改善する。」と独り言を溢して、謎の調味料をふりかけた。いいなぁ料理の出来る彼氏か。サラが本当に羨ましくなった。
サラ。私がいたとはいえ、どうしてイオリのような完璧な男性を嫌いになれるんだろう。ああ、私がいたからか。
「おはようイオリ、あらあああああ!?」
「あっ」
「あー……。」
悲鳴が聞こえたので振り返ると、そこにはパジャマ姿のエミリが目も口も開けっぱなしで立っていた。私も絶句してしまった。あーと漏らしたイオリは、調理を続けている。
「あ、あなたは?」
「あっ……。」
エミリが私を見てる。やばい。言葉が出てこない。
「どうして私の昔の服を着ているのかしら?ねえイオリ?彼女はだあれ?」
「知人だ。俺の助手をすることになった。訳あって一緒にいる。」
「あら、そうなの……あ!だからだ!」
と、エミリはイオリに小走りで近づいて、彼の肘を掴んだ。彼は嫌そうな顔をエミリに向けた。
「サラちゃん、きっと誤解しちゃったのよ。イオリが浮気したんだと思ったんだ。」
「まあ何であれ、説明は必要だから、今日職場で会ったらちゃんと話しておく。」
「そうしなさい。」
エミリは満足したのか笑顔になって、今度は私の方に近づいてきた。しかも満面の笑みで、両手を広げて。
まさしくハグをしてくれポーズだった。私にはめちゃくちゃハードルが高くて、ただ苦笑いをするしか出来なかった。
「あなたお名前はなんていうの?それにどうして服が。」
するとイオリが答えた。
「彼女の名前はリア。俺の個人的なプロジェクトで貧しい……家庭の人間を、その、家にな、うん。」
「そうです。リア。イオリがこの服を貸してくれた。服一着しか持ってないから。」
「あらまぁ……!」
私はエミリ、そう彼女が紹介してからすぐ、怒涛のようにイオリの家案内が始まった。私はエミリに手を引っ張られて、アルバレス邸のあちこちに移動した。リビングにバーカウンター付きのダイニング、それからなんと中庭は屋根がついていて、エミリの家庭菜園エリアになっていた。
冷蔵庫にある食材はここで収穫した野菜だとか、この干し柿は先月から干してるのとか、私が無口なのをいいことにどんどんテンションが上がっていくエミリ。
「ねえリアちゃん。あなたはどんな食べ物が好きなの?」
「えっ……ちょっとマイナーです。ダークホースの生肉。」
「ああ!分かる!」とエミリが小声で話し始めた。「ここだけの話、イオリはそういうの嫌いだけど、私もそういう生臭いの好きなの!」
「そう、なんですか……。」
「気が合うね!リアちゃんと話してて楽しいわ!」
全然私は話してないけど、楽しんでもらえるならよかった。
……そう言えばイオリから離れても大丈夫になってる。どうしてだろうと思いながら緑豊かな菜園場を見渡してみると、大きく伸びたトウモロコシ畑の中に、イオリが潜んでいるのを発見した。
なるほど、実は一緒に付いて来てくれていたんだ。なんか、彼の面白くて不器用な優しさがとても好きで堪らなくなった。
エミリの野菜説明が一通り終わると、イオリがわざとらしく今来たばかりだと言わんばかりにトウモロコシ畑の陰から現れて、「もう食べる時間だ」と呼んでくれた。
リビングにある四人がけのテーブルには野菜スープとローストしたお肉、それから卵焼きとパンがあった。どれも美味しそうで、聞けばローストお肉とパンは、イオリが昨日作ったものなんですって。
パンまで自宅で作るのかよ……すごいなと絶句していると、座るようにエミリに促されたので、私はイオリの前の席に座った。
するとイオリの隣に食事が置いてあったのに、エミリが私の隣に全てを移動させて、私の隣に座ってきた。
「心底好かれているな。リア。」
「な、何で……?」
エミリはそれには何も答えずに、無邪気な様子で「いただきまーす」とご飯を食べ始めた。そうか、この人は実は無邪気でピュアな人なんだと思った。
ふと前を見るとイオリと目があった。私はどきっとした。イオリは「どうぞ」と私の食事を手で指した。
ゴーストだけど食べられるかな……食べたらどうなるんだろう。わかんないけど、いい匂いがしてもう我慢出来ないくらいで、食べてみたかった。イオリの手作りの料理だし。私は意を決して、スプーンを掴んで、野菜スープを口に入れた。
ふわっと色んな香りが鼻から抜けた。とても美味しい。今までで食べたすべてのものよりも美味しかった。もう一口、無意識に食べた。
お腹が空いているのか、止まらなくなった。バクバク食べていると、イオリが「ふふっ」と笑った。私はスプーンを置いて、気が付けばテーブルに飛び散っていた私のご飯を恥ずかしく思った。
「ご、ごめんなさい……うまく綺麗に食べられない。」
「いや、構わない。どれ。」
イオリが持っていたスプーンを丁寧に両手で置いてから腰を浮かすと、テーブルに置いてあったナプキンと手に取り、スープがかかって濡れた私の手を優しく拭いてくれた。
テーブルに散らばっている私の食べこぼしはエミリが拭いてくれた。
「本当に、ごめんなさい……。」
「ふふ、イオリも嬉しいわよね。こんなに夢中になって食べてくれたんだから。サラちゃんなんか野菜嫌いだって、イオリの特製スープを一口も食べないもの。」
「そ、それは別に構わん……人の好みだ。」
そうなんだ……!あの女、贅沢極まりないな。こんな美味しいものを突っぱねるってどういう……!
「ねえイオリ、嬉しいわよね?」
「煩い。」
「でも嬉しいんでしょ?」
「静かに食べろ!」
イオリが席に戻って、無言でパンをかじった。でも頬がかなり赤くなっていた。エミリと私はそれを見て笑った。
とても美味しくて、楽しい食事だった。家族ってこういうことなのかなって、ちょっとだけ分かった。
イオリの邸宅の二階は、聞けば研究室のようだった。全然そこには行こうとしないのでどういうことか彼に聞いたら、彼のおじいさんが使っていた研究室らしい。おじいさんもノアズで働いていたので、二階は彼の研究室がそのまま残っているらしい。
この家はおじいさんから譲り受けたものらしい。最初は古かったこの家を、イオリが業者に頼んで今風にリフォームしたんだと、階段を降りながら聞かされた。
一階に降りると、イオリは腕時計を見て、「しまった」と急ぎ足になった。就業時間が迫っているらしい。私も急いでイオリに付いていくと、大きなL字ソファのあるダイニングに入った。
その先の部屋に入ると、レストランでしか見たことがないような広々としたキッチンルームがあった。業務用と思える冷蔵庫に大きなオーブン、スタイリッシュな黒い棚のガラスには調理器具がきっちりと収まっているのが見えて、コンロは二台もあった。
イオリは大きな冷蔵庫をバンと開けて、食材を見て何を作るか決めると、すぐに出した野菜類を手慣れた包丁捌きで切り始めた。
「イオリ、急いでいるなら、食事は今度でもいい。」
「お前のためじゃない。俺のためにやっているんだ。」
「すみませんでした。」
そっか、ちゃんと朝ごはんを取らないと頑張れないタイプなんだ。脳内のイオリノートにメモをとった。
私にできることといえば生肉を捌くことと焼く、茹でることだけなので、他には何も手伝えることもなく、ただイオリが舞うようにあれこれ鍋に入れているのを眺めるだけだった。
味見をして、イオリが「フン、まあまあだな。改善する。」と独り言を溢して、謎の調味料をふりかけた。いいなぁ料理の出来る彼氏か。サラが本当に羨ましくなった。
サラ。私がいたとはいえ、どうしてイオリのような完璧な男性を嫌いになれるんだろう。ああ、私がいたからか。
「おはようイオリ、あらあああああ!?」
「あっ」
「あー……。」
悲鳴が聞こえたので振り返ると、そこにはパジャマ姿のエミリが目も口も開けっぱなしで立っていた。私も絶句してしまった。あーと漏らしたイオリは、調理を続けている。
「あ、あなたは?」
「あっ……。」
エミリが私を見てる。やばい。言葉が出てこない。
「どうして私の昔の服を着ているのかしら?ねえイオリ?彼女はだあれ?」
「知人だ。俺の助手をすることになった。訳あって一緒にいる。」
「あら、そうなの……あ!だからだ!」
と、エミリはイオリに小走りで近づいて、彼の肘を掴んだ。彼は嫌そうな顔をエミリに向けた。
「サラちゃん、きっと誤解しちゃったのよ。イオリが浮気したんだと思ったんだ。」
「まあ何であれ、説明は必要だから、今日職場で会ったらちゃんと話しておく。」
「そうしなさい。」
エミリは満足したのか笑顔になって、今度は私の方に近づいてきた。しかも満面の笑みで、両手を広げて。
まさしくハグをしてくれポーズだった。私にはめちゃくちゃハードルが高くて、ただ苦笑いをするしか出来なかった。
「あなたお名前はなんていうの?それにどうして服が。」
するとイオリが答えた。
「彼女の名前はリア。俺の個人的なプロジェクトで貧しい……家庭の人間を、その、家にな、うん。」
「そうです。リア。イオリがこの服を貸してくれた。服一着しか持ってないから。」
「あらまぁ……!」
私はエミリ、そう彼女が紹介してからすぐ、怒涛のようにイオリの家案内が始まった。私はエミリに手を引っ張られて、アルバレス邸のあちこちに移動した。リビングにバーカウンター付きのダイニング、それからなんと中庭は屋根がついていて、エミリの家庭菜園エリアになっていた。
冷蔵庫にある食材はここで収穫した野菜だとか、この干し柿は先月から干してるのとか、私が無口なのをいいことにどんどんテンションが上がっていくエミリ。
「ねえリアちゃん。あなたはどんな食べ物が好きなの?」
「えっ……ちょっとマイナーです。ダークホースの生肉。」
「ああ!分かる!」とエミリが小声で話し始めた。「ここだけの話、イオリはそういうの嫌いだけど、私もそういう生臭いの好きなの!」
「そう、なんですか……。」
「気が合うね!リアちゃんと話してて楽しいわ!」
全然私は話してないけど、楽しんでもらえるならよかった。
……そう言えばイオリから離れても大丈夫になってる。どうしてだろうと思いながら緑豊かな菜園場を見渡してみると、大きく伸びたトウモロコシ畑の中に、イオリが潜んでいるのを発見した。
なるほど、実は一緒に付いて来てくれていたんだ。なんか、彼の面白くて不器用な優しさがとても好きで堪らなくなった。
エミリの野菜説明が一通り終わると、イオリがわざとらしく今来たばかりだと言わんばかりにトウモロコシ畑の陰から現れて、「もう食べる時間だ」と呼んでくれた。
リビングにある四人がけのテーブルには野菜スープとローストしたお肉、それから卵焼きとパンがあった。どれも美味しそうで、聞けばローストお肉とパンは、イオリが昨日作ったものなんですって。
パンまで自宅で作るのかよ……すごいなと絶句していると、座るようにエミリに促されたので、私はイオリの前の席に座った。
するとイオリの隣に食事が置いてあったのに、エミリが私の隣に全てを移動させて、私の隣に座ってきた。
「心底好かれているな。リア。」
「な、何で……?」
エミリはそれには何も答えずに、無邪気な様子で「いただきまーす」とご飯を食べ始めた。そうか、この人は実は無邪気でピュアな人なんだと思った。
ふと前を見るとイオリと目があった。私はどきっとした。イオリは「どうぞ」と私の食事を手で指した。
ゴーストだけど食べられるかな……食べたらどうなるんだろう。わかんないけど、いい匂いがしてもう我慢出来ないくらいで、食べてみたかった。イオリの手作りの料理だし。私は意を決して、スプーンを掴んで、野菜スープを口に入れた。
ふわっと色んな香りが鼻から抜けた。とても美味しい。今までで食べたすべてのものよりも美味しかった。もう一口、無意識に食べた。
お腹が空いているのか、止まらなくなった。バクバク食べていると、イオリが「ふふっ」と笑った。私はスプーンを置いて、気が付けばテーブルに飛び散っていた私のご飯を恥ずかしく思った。
「ご、ごめんなさい……うまく綺麗に食べられない。」
「いや、構わない。どれ。」
イオリが持っていたスプーンを丁寧に両手で置いてから腰を浮かすと、テーブルに置いてあったナプキンと手に取り、スープがかかって濡れた私の手を優しく拭いてくれた。
テーブルに散らばっている私の食べこぼしはエミリが拭いてくれた。
「本当に、ごめんなさい……。」
「ふふ、イオリも嬉しいわよね。こんなに夢中になって食べてくれたんだから。サラちゃんなんか野菜嫌いだって、イオリの特製スープを一口も食べないもの。」
「そ、それは別に構わん……人の好みだ。」
そうなんだ……!あの女、贅沢極まりないな。こんな美味しいものを突っぱねるってどういう……!
「ねえイオリ、嬉しいわよね?」
「煩い。」
「でも嬉しいんでしょ?」
「静かに食べろ!」
イオリが席に戻って、無言でパンをかじった。でも頬がかなり赤くなっていた。エミリと私はそれを見て笑った。
とても美味しくて、楽しい食事だった。家族ってこういうことなのかなって、ちょっとだけ分かった。
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