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26 ラジオとヤギさん

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 ハグをやめた我々はソファに一緒に座って、私が寝室から持ってきた銃を二人で観察しながら話した。これはどういう時に使うとか、この部分がMODだとか教えてあげた。イオリは時々本当に感心してくれた。

 そうしていると今まで雑談で賑わっていたラジオが『速報です』と雰囲気を変えたので、彼がラジオの音量を上げた。女性の声が車内に響き始めた。

『先程の記者会見でノアズはイオリ・アルバレスを正式に重要指名手配することを発表しました。』

「……ぬぉおおおおお!」

「イオリ、大丈夫だよ。」

「何がだ!」

 イオリは頭を抱えてソファに倒れた。そんな彼の背中をよしよしと刺すってあげた。ラジオからは先程とは違う女性の声が聞こえ出した。その低くて厚みのある声は聞き覚えがあった。洋館にも来た、フォレスト大佐の声だった。

『市民の皆様、連日のお騒がせを心よりお詫びします。我々はアルバレスを指名手配します。どんな情報でも構わない、彼の痕跡を見つけた人は我々に伝えてください。』

「大体、殺人の動機はなんだと言うんだ?何故俺が、見ず知らずの女を殺すんだ?」

 ……ラジオに怒ってる。気持ち分かるけど。

『アルバレスは最後にムーンストリートの近くで姿を消している。ノアフォンと逃走用に使われた黄色い自転車が路上に転がっていた。彼はリア・ブックハートというアリシアの双子の妹と協力して、アリシアを殺害したと我々は見ている。』

「だから動機はなんなん「イオリ静かに」

『あの日事件現場の廃墟にいたのはアリシアの夫であるバリー・メリアン、アリシア本人、それからアルバレスとブックハートであり、捜査を進めていく中でアルバレス宅の敷地内からアリシア本人の血液を検出した。加えてアルバレスは銃マニアであり、快楽犯の可能性が高いと見ている。』

「快楽犯だと!?俺がそんな変態に見えるのか!?おい!「落ち着いて。」

『更には上官であるシードロヴァ様の未発表の発明品をブックハートと共に窃盗し、それが極めて危険な物であると上官は申しており、我々は急いで彼らの行方を追っている。なお、昨夜の火災についてはアルバレスがアリシアの痕跡を無くす為だと見ている。』

「もう四面楚歌だな、俺は。」

『ブックハートにはIDが無く、フーリガンオリオンカンパニーに所属している可能性が高い。アルバレスの恋人であるサラ・コールマンは聴取でブックハートには超常現象的な力が備わっていると発言しており、信じられないことに彼女がゴーストだと考えている。コールマンの発言には根拠があったが、それらはすべて上官が科学的に説明をつけることが出来るとし、彼女を虚言の罪でノアズから追放することになった。なお、拘束はしない。』

 あらまぁ……きっとサラはイオリを庇おうとしたんだろうな。すっごい罪悪感。

『共犯のブックハートは技術レベルが高く、空中浮遊などマジシャンのイリュージョンのようなトリックを行うことも出来る。アルバレスを含めて極めて危険な人物であり、我々は捜査を進めると共に警戒を強める。アルバレスはそのメンタリスムを利用し、上官の研究室のパスコードを解除する能力があり、更には電子ロックのピッキング技術も持ち合わせている。市民の皆様におかれましても、日頃の戸締りやお子さまの送迎、それから』

 ブチっとイオリがラジオを切ってしまった。ぐったりとソファに伏している彼を慰める言葉など見つかるはずもない。

「なんかすごいことになってしまった。」

「ああ……」とても疲労感のこもった彼の声だった。「俺は今までノアズに、シードロヴァに尽くしてきた気がするんだが、全て気のせいだったみたいだ。自己一致すると、今俺は結構怒っていて、とても絶望している。」

「そ、そうだよね。」

「しかも俺が一人であのレモン飴を盗んだと思われている。」

「どうしてだろう?」

 イオリがチラッと私を睨んだ。あ、そうかと思った。あの時、私は姿を消していたからカメラに映らなかったんだ……忘れてた……。

「言わずとも、伝わったようだな。」

「はい……すみませんでした。」

 イオリは鼻から大きなため息を吐いた。

「ああ。これから一人、どうしていけばいいんだ。金もない、家もない、仕事もない。医学院で培った知識は、真っ当な人生でないと威力を発揮しない。一人の世界で何が心理学だ。自分を元気付ける為には役立つだろうが肝心の食料はどうする……。森で暮らすのか?モンスターを狩猟して、木の実を拾って、それをムシャムシャ食べるのか?じいさんになるまで。」

 私は彼のそばにしゃがんで、ソファで頬のつぶれているイオリを見つめた。

「一人じゃないよ、私がいる。」

「ノアズの連中は貴様をマジシャンだと思っているが、何がマジシャンだ、お前はゴーストだろうが。誰も信じないだろうが、貴様はゴーストなんだ。犯人はティーカップが終わったら消えるのだろう?実質、俺は一人だ。」

 そっか、確かに私はドラマが終わったら消えるかもしれない。あ!なら!

「分かった!じゃあ見ない、犯人はティーカップを見ないよ!」

『それはダメだよーん。』

 え?

 ドアの向こうから、陽気なおじいさんの声が聞こえた。まさかもうノアズにこの場所を知られた?

 イオリも聞こえたらしく彼は警戒した表情でスッと体を起こした。私は床に落ちているアサルトライフルを構えてドアに近づき、ドアを蹴ってバンと開けた。

 するとそこには禍々しい大きな漆黒の鎌を持っている、上半身が灰色の肌をした、ムキムキの男が立っていた。腰から垂れている黒い布が地面までついていて、しかも頭には大きなヤギの頭蓋骨を被っていた。

 見るからに怪しくて不気味なその人がトレーラーに入ろうとしてきたので、私は彼の心臓を目掛けてトリガーを引いた。ダダダと、アサルトから氷の銃弾が三発出て、それは全て狙い通りに命中した。

「アリシア!何を!?」

『あー痛いね、これは痛い。』

 彼の胸に出来た三つの弾痕からは血が流れなかった。それどころかみるみるうちに弾痕が消えてしまった。全然痛そうじゃないんだけど……。

 彼はその胸を摩ってから私に聞いた。

『ちょっと上がりたいけどいいかな?』

「え?あ、どうするイオリ?」

 振り返ると、何故かイオリがソファに座って寒そうにガタガタ震えていた。私はアサルトを投げ置いて慌てて彼に駆け寄った。

「大丈夫!?具合悪いの!?」

『はっはっは、多分ワシが来たからだよ。イオリ君は生きているからね。』

 ヤギ頭の男はトレーラーの中に入ろうとしたが、鎌が引っかかって入れなかった。何度も何度も鎌の角度を変えて入ろうとしてるけど、ガンガンぶつかるばかりで入れない。

 すると彼は片手でパチンと指を鳴らした。どう言う訳か鎌が消えたので、私は「わあ」と軽く叫んだ。

 男が中に入ると、少し辺りを見回してから今度は私のことをじっと見てきた。私も見つめ返した。

『……はじめまして。』

「は、はじめまして。」

 何この挨拶。

『ワシは死神のような者です。』

「え。」ようなって何?

「ゴーストに、死神か……。」イオリの掠れた声が聞こえた。「俺も来るところまで来たな。」

『ふっふっふ、そう思うのも無理はないけど。どうもアリシア、今はリアかな?ワシの名は長いから割愛したい。ニックネームはヤギさんでいいよ。ワシの顔はヤギの頭蓋骨に似てるし、ワシはヤギが好きだ。』

「あ、ああ、どうも……。」

 私は彼と握手をして、一気にゾッとした。彼の身体が有り得ないぐらいに冷たかったからだ。

『ちょっとワシあまり時間ないから単刀直入に言うけど、リアの未練は日曜劇場~犯人はティーカップの中~を全て見終わりたいと言うシンプルなものだった。だからワシはそれを見終わるまでと言うことで、試しにリアのゴーストを強力化した。わかる?』

「それが本当なら、何故そうした?ゲホッ……」イオリが凍えながら聞いた。

『試しにだよ、それに細かい理由は言えない。こちらにも事情があるからね。』

「じゃあ」私は聞いた。「他に私みたいな強力なゴーストはいないの?」

『いない。増やしたいの?』

「あ、いいです。」

『あ、そう。……兎に角、ワシの世界では何事にも契約があるんだ。リアは強化されている。でもそれは犯ティーが終わるまで。それがワシと彼女との契約だ。』

「でも、このまま彼を放って置けない。」

『リア、大丈夫、彼は生きている。生き物は強い、生き物は自ら生きる術を必ず見つける。でも君は生きていない。生き物に対して、してあげられることは限られているんだ。それだけ言いたかったよ。じゃあね!』

「え、ちょっと!」

 ヤギさんがトレーラーから出て行ってしまったので、私は急いで後を追った。ぬかるんだ土の上で、ヤギさんがぶつぶつと呪文を唱えると、彼の足元に黒い魔法陣が広がった。

「あ、ヤギさん!お願いがある!」

『なあに?』彼は振り返った。『リアちゃんはお気に入りだから聞いてあげるよ?』

「イオリが大変なの!私のせいだけど……彼のことを助けて!」

『ふふ、ワシは彼を死なすことしか出来ないよ。でもそうだな、イオリ君を見てみよう』ヤギさんがトレーラーを見た。『ほう!彼は山羊座か!ちょっと彼のことを気に入った!ここだけの話、今月の山羊座のラッキースポットは森ではなくて海辺だよ。じゃあね、』

「え!?え!?待って!」

『もう行かないと。』

「で、でも、またどこかで呼んでもいい?」

『いいよ。』

 そう答えた瞬間、魔法陣が彼を包んで消えてしまった。彼が居た場所を、彼の姿を思い出しながら眺めていると、何処かから声が聞こえた。

『そうだ、言い忘れた。』

「え?」

『君はもう、直接人の命を奪うことは出来ない。ゴーストは人間に手を出せないんだ。』

「わ、分かった。」

『あのリュックに入ってる発明品なら話は別だけれどね……フォッフォッフォ。』

 そして声は聞こえなくなった。あの発明品、シードロヴァが作ったレモン飴なら、私は人を……。
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