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 私のノアフォンが震えた原因は、レイヴからの着信だった。私はそれに出た。

「はい?」

『んぁぁーん、ちゃー!』

「は?」

『なんかリアちゃん、兄貴に似てきたな……まあいいや!ねー今何してんの?』

 さっきのは多分お疲れちゃんの変速バージョンだと脳内で片付けた私は、素直に答えた。

「イオリと車にいる。」

『えー?どっか行くの?』

「行かない。ただ車にいる。」

『それってカーセック「違う。ただ車にいる。」

 その時に、イオリの方にも着信が来て、彼が「どうした?」と応答した。その声の優しさからして、相手はサラだった。いいなぁ……。

『そっかー。ねえ、ぶっちゃけ、兄貴のこと好き?』

 私は窓にもたれてから、答えた。

「うん。」

『え!?……そーなんだ。あーまあ分かる、いい男だもんなー。知的でさ、俺よりかは紳士的な雰囲気があるしねー。でも俺も負けないと思う。ねえ、今度俺に乗り移ってよ。何ていうの?取り憑くというか。』

「ああ、乗り移るの?うーん。」

『出来ないかなー?頑張れば乗り移れるかもしれないよ?だってリアちゃん兄貴のこと好きなの分かるけど、兄貴は別の女が好きなんだろ?あいつらが近くで愛し合ってるの見るのは可哀想だよ……。だったらー!俺の方が幸せに出来る!俺はひとりだし、頑張ればハンバーガーとか作れるよ!』

「ハンバーガー作れるの?ふふっ」

『うん!あー笑ってくれた!作れるよ!やりたいことあったら一緒に出来るしさ、クラブにも行ける!俺といたら楽しいよ?』

 確かに、こんなにイオリのことが好きなのに、彼が別の誰かと愛を育むのはこれ以上見たくはない。今は機嫌がいいのか、彼が穏やかに電話相手と話していて、こっちを全然見ないし。

 結婚だって、したいんだって知った。イオリの望む結婚生活がサラと一緒になることで手に入るのかは結構不明だけど、彼からしたら、そこにサラがいるだけでいいんだ。

 移動、出来るのかな。

『そういえばさー、リアちゃんってもう俺の上司だよね。なんか逆に燃えるかもー。』

「あまり上司って感じしないけど……どっちかっていうと、イオリがメインだし。」

『そっかー。ねえ、今度試しに俺の方に来れるかやってみてよ!そしたら俺、本気で毎日リアちゃんの胃袋を掴みに行くからね!それと色んな所にいこ!灯の雪原だって行こうよ!カップルの聖地!』

「そうだね、行けたら行きたい。」

『いえぇぇぇ!……あ!じゃあ折角だから今から迎えに行くよ!俺もちょうど部屋出たとこだから!』

「え?」

 今すぐに乗り移れるのか試すのかな?少し早い気もするけど、色々と考えるとベストなタイミングだとも思える。これから新しい部屋に行くわけだし。イオリの新しい部屋には、檻から出たサラがいる。

 それは怖い。

 私は頷いた。

「わかった。駐車場のダニーの車にいる。」

『おっけー!じゃあ待っててね!荷物持って行くから!』

 通信が終わった。ちょうどイオリも終わったようで、彼もノアフォンをポケットに入れた。

「何だって?」「何だって?」

 同時に聞いてしまって、二人でちょっと笑った。イオリがじっと見つめてきたので、私から答えた。

「レイヴから。今度、いろいろ遊びに行こうって。」

「それは俺も行くことになるんだろうな……。」

「ううん、レイヴに乗り移れるか、これから試しにやってみる。」

「そ、それは本当か?どうして?」

「え。」

 どうしてって言われても、分かるんじゃないの?と思ったけど、彼はじっと真剣に私を見つめて答えを待っている。

「だって……そうした方がいいと思うから。そうだ、イオリの方は、サラだった?優しかった?」

「あ、ああ……そうだな。さっきは悪かったって、謝っていた。俺の方こそ、実は嘘をついたって伝えた。本当は仕事に成功したことも、幹部になったことも伝えた。リアも教えてくれた通り、オリオン様からメールが届いていて、ホテルの部屋にはサラと行けることになった。勿論彼女は檻から出られる。一緒に暮らせる。だからお前「なら良かったねイオリ!」

 彼の言いたいことは分かった。折角サラと一緒に住めるのに私がいては邪魔になるだろうから。私は必死に笑顔を作った。

「遂に、二人だけで暮らせるじゃない!お母さんはレイヴのところにいるし、私もレイヴの方へ行くよ。イオリは二人で暮らしてさ、結婚できそうだったら、すれば……?」

「……。」

 何故黙る?イオリは手で顔を拭って、何か言葉を探していた。きっと私になにか、気を遣わせて悪いなとか言いたいんだろう。私は言った。

「ペアアクセサリーとか、マリモはレイヴと一緒に買う。まだ一緒に買ってくれるか分からないけど、頼んでみる。イオリはサラの為に、いっぱい過ごしてあげてね。仕事は今まで通り、レイヴと一緒に参加する。」

「ならば、指輪だけは、買うな。」

 初めて聞いた、静かな、低い声だった。私はイオリの肩をちょんと触った。

「何でか知らないけど、分かった。まあー元々、ブレスレットみたいなのを想像してたからそうする。あと、たまにイオリと電話する。それは普通に友達としてそうしたいの。いい?」

 イオリはコクリと頷いた。静かになっちゃって、寂しいのかな、なんてね……。私はニコッと頑張った。

「これからレイヴが来るから、そしたら移れるかやってみる。そしたら、イオリは解放されるよ。良かったね。」

「そうだな……色々と、世話になった。一つ言っておくが、俺はメッセージの返事が遅い。」

「うん、いいよ。私は早い。」

「ははっ……リアはいつも正直だ。」と、イオリが言った時に、エレベーターが開いた。

 登山リュックを背負って、グラフィティのステッカーがゴチャゴチャ貼ってある、でっかいキャリーケースを引いたレイヴと、パンパンのナップサックを背負っているエミリが笑顔で出てきた。

 私は彼らに手を振った。レイヴが気づいて、エミリもそれで気づいた。イオリが「リアにいつも癒される。」と言った。私は彼の方を一瞬だけ見て、「どうも。」と言った。

「リアちゃん!出てきてよー!」

 私は車から出た。イオリを見ると、彼は降りようとしなかった。だからドアを持ったまま、彼に声をかけた。

「イオリ、降りて来ないの?」

「少し疲れたから、ここで見ている。リア、いや、アリシア、今まで、本当に、感謝している。」

「私も感謝してる。イオリ、一緒にいて楽しかった。どうかサラと幸せになって。だから私、あまりメッセージ送らないようにするよ。サラが妬いたら大変だから。」

「妬くものか……はは。」

「妬くよ、ふふ。あと、イオリもちゃんと食べてね。サラばかり食べてるのはちょっと違うよ。イオリも食べて。缶詰と水を鍋に入れれば、量は膨れる。」

「どうもな、しかしもう既に、俺には報酬が入っている。もう大丈夫だ、お金もあるし、しっかり食べるよ。お前も……。」

「私は死んでる。あ、私の報酬はイオリに渡す。サラに使ってあげて。そしたらイオリは自分に使えるから。後でオンラインで渡すね。それで前みたいなお洋服、いっぱい買って?この前買ってあげた安い服は捨てていいから。」

「もういい、もういい……!」

 イオリがハンドルに頭を突っ込んで、ギュッと両手で力一杯ハンドルを握りしめ出した。そんなに疲れてんの?と思って、彼を早く一人にしてあげようと思った私は、ドアをそっと閉めた。

 リュックを背負って、イオリの様子を気にしているエミリと、レイヴに声をかけた。

「じゃあ試しにやってみる。レイヴ、俺についてこいって言って。私は同意するから。」

「そ、それだけでいいの?」

「うん、多分。やってみて。」

「よし……!」

 レイヴは何故か両手をグルグル回して、エセ気功をしながら気を貯め始めた。そんなことをしなくてもいいのに。

「リアちゃん、俺についてこい!」

「はい。」

 ぐわっと体の芯から抜かれる感覚がして、それがイオリからレイヴに移った。これでいいのか?というレイヴと瞳が私をじっと捉えている。私は試しに、レイヴから離れてみた。

 すると三メートル程離れたところで、見えない壁に阻まれた。イオリのいる車に近づいてもそれは解除されない。私が気を緩めると、スッとレイヴに近づいた。

「おお、成功した。」

「よっしゃーバイバイ兄貴ー!」

 レイヴが早速自分の車に走って行ったので、私もずるずる引きずられることになった。まあ別に行き先は同じホテルだ。エミリもそう思っているのか、軽くイオリに手を振ってから、レイヴと一緒に車に向かった。

 レイヴの車は汚かった。黒いミニバンで、謎のプラスチックゴミが散らばってる。何故か甘い匂いがした。みるとバックミラーに甘い香りのするキーホルダーが括り付けられていた。

「よーしこれからは三人で暮らすぞー!」

「おー」と一応答えた。車はすぐに発進して、ギュいいんと駐車場を響かせた。イオリの乗っている車の前を通った時に、ちょっと彼の様子を見た。

 驚いて、私は慌てて助手席から後部座席に移動した。ダニーの車の中で、イオリがぽろっと泣きながらこっちを見ていた。この車の窓にはスモークがかかっているから、彼からは私の姿は見られない。

 初めて彼の涙を見た。すぐに目頭が熱くなった。隣に座っているエミリに背中をさすられて、余計に目が熱くなった。
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