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79 どこにいるのよ

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 窓からは星空が見えていて、イオリの奥の壁からはレイヴとサラ?の言い合う声がぼんやりと聞こえている。黒いカーテンの中で、私たちはくっついている。忙しい状況だけど、幸せだった。

 私は小声で彼に話しかけた。

「イオリ、さっきサラから着信あったの見たよ。でも何十件も溜まってて驚いた。」

「なんだか俺と話がしたいらしい。一日一回ぐらいは出ているが、毎回は俺も疲れるからな。」

「確かに。」

 と、ここで、この部屋のドアがいきなりバンと開いた。コツコツと女性の足音が響いて、私とイオリは大きくなった瞳のまま目を合わせた。やばい。

「で?イオリはこの部屋にいないけど?」

 やはりサラだった。その時に、イオリが私をギュッと抱きしめた。私も彼の背中を掴んだ。怖いよね、そりゃね。

「だからー、俺の家のどこにもいないって言っただろーが。ばか。」

 レイヴ、庇っててくれたんだ。サラは一応クローゼットを開けた。するとレイヴが「勝手に開けるなよ!」と叫んだ。サラは言った。

「あまり私に触らない方がいいよ?もう正式にバリーとお付き合いしてるんだから、あんたみたいな下っ端、すぐに「もうそれ飽きたよ!なーイオリはさっき帰ったって言ったでしょー?お前諦めろよー。バリーと付き合ってるならそれでいいだろーが。なんで兄貴に固執すんの?やべ俺、固執って使えてる。すげ。」

「あんたみたいな馬鹿には分からないだろうけど、一応教えてあげるね。バリーのことは好き。でもイオリといると安心するの。彼と話してると自然に笑顔になってる。だからイオリも好きなの。」

「でも兄貴はもうリアちゃんが好きだって言ってたぞ?」

「あーあのゴーストね。今度もう一つリアにプレゼントをあげようと思ってたところなんだ。まあイオリはミステリアスなところがあるから、同じくミステリアスなゴーストとすぐに仲が良くなったんでしょうけど、あの細い体見た?生前からあんなに細いのかな?」

 余計なお世話だよ……私は苦笑いした。するとレイヴが言った。

「リアちゃん細いのは別に可愛くていいだろ。お前なんか最近やばいよ?俺的にぽっちゃりだったらセクシーさが分かるけど、お前はなんかぽっちゃり通り越して塊感があって、120キロは超えてんじゃないの?」

「は!?」サラが大声をあげた。「どこをどう見たら120キロ……失礼なこと言わないでよね!これはストレスでこうなったの!だからイオリが必要なの。分かる?彼は人のストレスを取り除くのを専門としてるんだから、その力を私の為に使ってくれたっていいでしょ?大体ね、」

「あのさー、だからイオリはそれをお前にやる義務はないだろうが。「あのね聞いて。大体ね、生身の人間よりゴーストを選ぶ方がおかしい。人として。」

 それはもしかしたら正論かもしれない……少し不安になっていると、彼が頭にキスしてくれた。つい、微笑んだ。

「だからぁ、選ぶ時は選ぶんだよー……」レイヴの呆れた声が聞こえた。「もうお前ら別れたんだから、そっとしといてやれよ。リアちゃんは可愛いゴーストだからいいの。ハッピーゴーストだから。」

「ハッピーゴーストって何?だからハッピーでもバッドでもゴーストを選ぶこと自体がおかしいって……まあいいわ、でもね、私分かるの。イオリってね、」

「なんだよ?」

「私のこと、まだ愛してる。」

「なんでだよ……?」

 私はレイヴと同感だった。どうして分かるのか聞きたい。サラは答えた。

「電話で話す時に以前と同じ優しい声のままだもん。それに太っちゃったって言ったら、健康的でいいんじゃないかって。彼氏のバリーでさえ私の体型見ては騙された騙されたって愚痴っぽいのに、イオリは私を褒めてくれるもん。応援してくれるもん。」

「だからさー、俺あまり言いたくないんだけど、兄貴は結構人に優しいところあるだろ?じゃなかったら心理士なんかにならないだろー?そんなのただの社交辞令だよ。だから早く俺の部屋から出てってくれない?」

「出てってもいいけど、じゃあ条件がある。」

「はあ!?」

「レイヴがイオリを説得して。私のところに戻るように。」

「え……?バリーは?」

「バリーは彼氏だけど?だってイオリだって私を見ながら心の奥底ではリアを見てた。私だって、同じことする権利あるよね?だからイオリが戻ってもバリーとの関係は続けるけど。まあ、イオリがどうしてもって頼むのなら、バリーとの関係は考えてもいいけど。」

「それさあ、バリーが浮気されたって思うんじゃねえの?あいつ凶暴だし、お前どうなっても知らねえぞ。」

「分かってる!彼は凶暴だけど、荒々しいけど、イオリにはない野生的な部分があるの!でもそれでたまに私にきつく当たってくるから……その時に今度はイオリに癒して欲しいだけ。バリーにはない、優しさと包容力があるから。それでつまらなくなったら今度はバリーに戻って刺激を得るの。私はどっちも必要なの。私にはどっちもないと無理なの!分かった?あんたもイオリを探して。」

「ばっかじゃねーの。」とレイヴが部屋から出て行った。するとサラがベッドの布団をバッとめくりあげた音がした。
 
 顔を上げてイオリの顔を見てみると、彼は無理に微笑んだ顔をした。私は彼の耳に口を近づけて、とても小さな声で、「私はイオリだけがいい。」と言った。

 彼は私の頬を手で包んで、キスをしてくれた。音を立てないように、優しいキスだったけど、彼が口を開けると、今までにないくらいにゆっくりと舌が絡んだ。

 ゆっくりとすると余計に感覚が残る。彼の舌先が私の舌先と触れて、二人で舌先でゆっくりと、微かな感覚を確かめ合った。イオリの鼻からふっ、と息が漏れた。

 でもサラが今度は窓をガラッと開けた。私はビビった。すぐそこにサラがいる。イオリもそのようで、彼はキスをやめて私をギュッと抱きしめてから、じっとした。

 ベランダにサラが出て、「えー本当にいない!ううん!」と一人で地団駄を踏んだ。このまま彼女がこちらを向いたらバレてしまう。そう思った私は、黒いブラウスを脱いだ。

 何をしてるんだ?というイオリの視線を受けつつ、私は脱いだブラウスを、我々が隠れるように窓に向かって広げた。黒いから保護色で発見が免れると思った。

 あとはスナイパーの仕事を思い出しながら、イオリに小声で言った。

「姿を隠すコツを教えるね。石になればいい。」

「石……なるほど、いい考えだ。」

 私はブラウスを持ったまま、自分が石になったつもりで気配を消した。イオリもじっとしている。

「あーもう、ここにいると思ったのに。部屋にも帰ってきてないし、どこに行ったの?もしかしてどこか出かけてるのかな……もー!」

 サラはベランダから部屋に戻って、窓を閉めることもなく、我々を発見することもなく、この部屋から出て行った。

 もし隠れたのがクローゼットやベランダだったらやばかった。そのどちらも選ばなかったのは、流石イオリだと思った。サラがいなくなるとレイヴはこの部屋に来て、「お兄ちゃーん?どこ?」と不安げな声を出した。

 そしてイオリが私の腕を掴んでカーテンから出ると、レイヴは「オアアア」と驚いてから、「そこにいたのかよ!すげえ!」と笑った。
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