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80 月明かりの計画
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午前二時、私とイオリは部屋に戻った。彼は部屋の電気をつけなかった。つければ、サラに見つかると思ったのだ。
レイヴの部屋からこの部屋に帰ってくると、ドアの下にサラからのメモが置いてあった。赤いペンで、「どこに逃げても無駄だけど。」と書いてあって、私は背筋が凍る思いをした。
逆にゴーストにそんな思いを与える人間がこの世に存在していることが、本当にすごい。イオリはそのメモをくしゃっと片手で丸めて、部屋に入ってからそれをゴミ箱に投げ捨てた。
前がよく見えなくて電気をつけようとすると、彼に「あああ!気付かれる!」と叫ばれて威嚇された。そして我々は電気をつけずに、過ごすことになったのだ。
大きな窓から月の明かりだけがリビングを照らしてる。ソファの前のテーブルに置いてあるイオリのノアフォンがブーブーと何度も鳴ってる。
これは思ったよりも、大変なことになった。明らかにイオリはストーキングされてる。私は警戒心を強めることにした。ここは高層階なのでベランダからの侵入は無いからそれは安心だ。
あとはドアのロックを全てかけて、ソファ前のコーヒーテーブルに置いてあるイオリのマグナムに魔弾を装填した。するとベストを脱いでソファに放り投げたイオリが私に聞いた。
「氷属性なのか……。」
「うん、そうだよ。イオリは闇属性だね。」
「知っているか?」
「何?」
「俺が闇属性で、シードロヴァは光属性だ。笑ってしまうよな。」
それは結構面白かった。逆だとしっくりくるのにと肩を震わせて笑っていると、イオリが「笑いすぎ」と彼もまた笑ってくれた。
でもイオリの笑顔はすぐに消えた。またノアフォンがブーっと音を立てたからだ。私は彼に言った。
「夜間もずっと警戒しておくよ。サラが来たら追い返す。イオリは普通に過ごしても大丈夫だよ。だってこれ明らかにストーカーだよ。追い返されても文句ないと思う。」
「ああ、明らかにストーカーだろうな……俺が拒絶をしたことが彼女にとっては信じられないことなのだろう。彼女の中で、俺は彼女を好きで当たり前のようだから。拒絶が、彼女の自尊心を傷つけた。だから俺に付き纏う。」
「ストーカーってそういう心理なの?」
「いや、全てがそうでは無い、サラの場合だ。すまないな、不便をかけて。」
「ああ私は気にしないよ……。」
イオリはいきなり服を脱いだ。ちょっと驚いていると、彼は部屋の真ん中のホットタブの電源を入れて、その中に入った。ホットタブは淡くピンク色に光ってる。
部屋は微かにピンク色で彩られた。彼はお湯の中で寝そべって、一度潜ってから、ぷはっと頭を出して、片手で濡れた前髪をかき上げた。
それから私を見た。でも笑ってなかった。多分だけど、この状況は彼をとても苦しめてる。
「イオリ、とても辛いよね。」
「……色々と考えるとな。サラと距離を置けばいいだろうが、バリーもこのホテルだ。こんな夜更けに俺を求めて彷徨うなんて、きっとバリーに体型のことで怒鳴られでもしたのだろう、過激な言葉も言われただろう。そして、俺に助けを求めた。でも俺は拒絶した。」
「相手のこと考え過ぎ。」
「ああ」と彼が苦笑した。「きっとそうなのかもしれない。バリーを選んだのはあいつだ。何も、アリシアを手にかけた人間を相手にしなくても良かったのに、そのせいでアリシアはバリーの名を何度も聞くことになってしまって……すまない、俺も気をつけなければ。」
「いいよ名前を聞くぐらい。だ、だから相手のこと考え過ぎだってば。もっとイオリのこと考えていいよ。」
「……。」
イオリは微かに笑みを浮かべてから、ホットタブの段差に座った。じっと水面を見つめて、黙っているので、私はそばの床に座りつつ、彼に優しく話しかけた。
「綺麗な水面だ……それを見ていると……あの湖を思い出す……。」
ふふっ、と彼が笑った。
「俺の真似をしているつもりか?」
「ほらほら水面を見て。見つめていると、ゆらゆら揺れて、心地いいかもしれない……ピンク色が水面に反射して……どんどん力が抜けていく……。」
「ほお……。」と彼が微笑んだまま目を閉じた。よしよし。
「力が抜けて、体が温かくて気持ちがいい……そして、段々と、話したくなる……本当はどうしたいか、話したくなる……。」
「中々、上手だ。どうしたいか話したくなった……聞くか?」
「聞くとも……。」
「ふふ……体を洗ったら、アリシアとベッドに行きたい。最近は調教ばかりだったから、久々にゆっくりと……そうだ、いつか夜空の下でやったように、俺のを入れたまま、何十分も愛撫したい。俺はあれが好きだ。」
「そうではない……それもやるけど、そうではない……。」
「その、俺に寄せた催眠ボイスをやめろ。」と彼が私を軽く叩いた。「明日も仕事だが、睡眠不足はコーヒーで何とかなる。それよりも俺はベッドに行きたい。」
「あのねイオリ。」
「急にやめたな、それ。」
「うん。ベッドは行くよ?行くけど、イオリ、怖いから気を紛らわしたいの?」
「……その通りだ。」
ガクッと項垂れた彼の肩を揉んであげながら言った。
「じゃあ毎日逃げよう。」
「え?」
「毎日、出かける。昼だって夜だって関係ない。この街は眠らないよ。どこにだっていける。あのトレーラーもずっとあそこで待ってる。イオリが寝てる時は、私ずっと警戒しておく。一晩中銃を持つのなんて、生まれた直後からやってる。」
「恐ろしい赤ちゃんだ……いや、名案ではある。しかし名案ではない。この拷問部屋を手放すことになる。」
「道具をトレーラーに持ち込めばいいと思う。イオリがそこにいて私もそこにいるなら成り立つ。今はサラから離れることが大事だよ。このホテルは快適だけど、バリーがいる。サラもいる。イオリが彼女に会いたいなら、別だけど。」
「いや、会いたいとは思っていない。バリーも気になってはいる。しかしまたトレーラー生活か……?調理器具を持ち込んで、あのオンボロマットを高級なものに変えて、ソファも新しくして、そうか……!」
と彼が顔をあげた。
「新しいトレーラーを買えばいい「ああそれはダメ。だってあのトレーラーは脱獄してるから足跡つかないし、あとああ見えて防弾シールドで固められてるから、装甲車代わりにもなるの。あれじゃないとダメ。中のディテールなら改装できるけど。」
イオリはムッとした。
「ならばあの不快極まりないユニットバスから改造する。トイレとシャワーは別だ。お湯を出せるようにして、そしてホットタブに入りたかったら、クラブのVIPルームを借りる。ああ、それでいいじゃないか。こんな見せかけだけの檻にいるよりも、あのトレーラーで、たまに郊外で天体望遠鏡を使って空を眺める。テレビも持っていくからあそこで見れる。今の俺たちには金がある。ああ、ビジョンが見えてきた。」
「ふふ、それは良かった。」
彼の横顔が少しつづ、明るくなってきた。
「いかにコンパクトにスマートな調理が行えるか試してみよう。勿論、自家発電装置も組む。それにトレーラーなら仕事から家までドアTOドアだ。ふふ、中々いい。収納もあるし、お前は物が少ないから俺のものも全てあそこに入るだろう。」
「あと没収された以外のライフルもあそこにある「それに、ああ!それに、あのベッドルームを改造すればそうか、ベッドルーム兼拷問部屋に出来るから幅が広がるな……!あの車なら天井にフックが通せるから、鎖だって思いのままだ!しかもその雰囲気の中で共に眠れる。これは斬新だ!」
「あ、ああそうね……。」
喜んでくれて良かったけど、なんか違う方向にどんどん進んでる気がする。でもイオリは完全に明るい顔になって、あれこれ考えては、パチンと指を鳴らした。
それを微笑みながら見てた。暫くイオリがあれこれ考えてひと段落つくと、彼がサバッとホットタブから出て、素早くバスタオルで体を拭いて、小走りでキッチンに行って、急いだ様子でスパイスを箱にまとめ始めた。
私は口をあんぐりと開けてしまった。今から行くの?いくらなんでも行動早過ぎでしょ……!しかもこれからベッドでゆっくりはどうしたの?
「アリシア!お前も早く身支度をしろ!ここにいては一生電気をつけられんぞ!ここは魂の監獄だ!どんどんと生気を吸われて蝕まれていく!」
「わ、分かったよー。」
私はよいしょと立ち上がって、早速イオリの寝室へと行き、クローゼットから取り出した大きなバッグを広げて、その中にイオリの服を入れ始めた。
本当なら今頃このベッドで……まあいい、とっておこう。今はイオリが元気になることが大事だ。私は一人で微笑んで、サイドテーブルに置いてあった彼の付箋だらけの辞書もバッグに入れた。
レイヴの部屋からこの部屋に帰ってくると、ドアの下にサラからのメモが置いてあった。赤いペンで、「どこに逃げても無駄だけど。」と書いてあって、私は背筋が凍る思いをした。
逆にゴーストにそんな思いを与える人間がこの世に存在していることが、本当にすごい。イオリはそのメモをくしゃっと片手で丸めて、部屋に入ってからそれをゴミ箱に投げ捨てた。
前がよく見えなくて電気をつけようとすると、彼に「あああ!気付かれる!」と叫ばれて威嚇された。そして我々は電気をつけずに、過ごすことになったのだ。
大きな窓から月の明かりだけがリビングを照らしてる。ソファの前のテーブルに置いてあるイオリのノアフォンがブーブーと何度も鳴ってる。
これは思ったよりも、大変なことになった。明らかにイオリはストーキングされてる。私は警戒心を強めることにした。ここは高層階なのでベランダからの侵入は無いからそれは安心だ。
あとはドアのロックを全てかけて、ソファ前のコーヒーテーブルに置いてあるイオリのマグナムに魔弾を装填した。するとベストを脱いでソファに放り投げたイオリが私に聞いた。
「氷属性なのか……。」
「うん、そうだよ。イオリは闇属性だね。」
「知っているか?」
「何?」
「俺が闇属性で、シードロヴァは光属性だ。笑ってしまうよな。」
それは結構面白かった。逆だとしっくりくるのにと肩を震わせて笑っていると、イオリが「笑いすぎ」と彼もまた笑ってくれた。
でもイオリの笑顔はすぐに消えた。またノアフォンがブーっと音を立てたからだ。私は彼に言った。
「夜間もずっと警戒しておくよ。サラが来たら追い返す。イオリは普通に過ごしても大丈夫だよ。だってこれ明らかにストーカーだよ。追い返されても文句ないと思う。」
「ああ、明らかにストーカーだろうな……俺が拒絶をしたことが彼女にとっては信じられないことなのだろう。彼女の中で、俺は彼女を好きで当たり前のようだから。拒絶が、彼女の自尊心を傷つけた。だから俺に付き纏う。」
「ストーカーってそういう心理なの?」
「いや、全てがそうでは無い、サラの場合だ。すまないな、不便をかけて。」
「ああ私は気にしないよ……。」
イオリはいきなり服を脱いだ。ちょっと驚いていると、彼は部屋の真ん中のホットタブの電源を入れて、その中に入った。ホットタブは淡くピンク色に光ってる。
部屋は微かにピンク色で彩られた。彼はお湯の中で寝そべって、一度潜ってから、ぷはっと頭を出して、片手で濡れた前髪をかき上げた。
それから私を見た。でも笑ってなかった。多分だけど、この状況は彼をとても苦しめてる。
「イオリ、とても辛いよね。」
「……色々と考えるとな。サラと距離を置けばいいだろうが、バリーもこのホテルだ。こんな夜更けに俺を求めて彷徨うなんて、きっとバリーに体型のことで怒鳴られでもしたのだろう、過激な言葉も言われただろう。そして、俺に助けを求めた。でも俺は拒絶した。」
「相手のこと考え過ぎ。」
「ああ」と彼が苦笑した。「きっとそうなのかもしれない。バリーを選んだのはあいつだ。何も、アリシアを手にかけた人間を相手にしなくても良かったのに、そのせいでアリシアはバリーの名を何度も聞くことになってしまって……すまない、俺も気をつけなければ。」
「いいよ名前を聞くぐらい。だ、だから相手のこと考え過ぎだってば。もっとイオリのこと考えていいよ。」
「……。」
イオリは微かに笑みを浮かべてから、ホットタブの段差に座った。じっと水面を見つめて、黙っているので、私はそばの床に座りつつ、彼に優しく話しかけた。
「綺麗な水面だ……それを見ていると……あの湖を思い出す……。」
ふふっ、と彼が笑った。
「俺の真似をしているつもりか?」
「ほらほら水面を見て。見つめていると、ゆらゆら揺れて、心地いいかもしれない……ピンク色が水面に反射して……どんどん力が抜けていく……。」
「ほお……。」と彼が微笑んだまま目を閉じた。よしよし。
「力が抜けて、体が温かくて気持ちがいい……そして、段々と、話したくなる……本当はどうしたいか、話したくなる……。」
「中々、上手だ。どうしたいか話したくなった……聞くか?」
「聞くとも……。」
「ふふ……体を洗ったら、アリシアとベッドに行きたい。最近は調教ばかりだったから、久々にゆっくりと……そうだ、いつか夜空の下でやったように、俺のを入れたまま、何十分も愛撫したい。俺はあれが好きだ。」
「そうではない……それもやるけど、そうではない……。」
「その、俺に寄せた催眠ボイスをやめろ。」と彼が私を軽く叩いた。「明日も仕事だが、睡眠不足はコーヒーで何とかなる。それよりも俺はベッドに行きたい。」
「あのねイオリ。」
「急にやめたな、それ。」
「うん。ベッドは行くよ?行くけど、イオリ、怖いから気を紛らわしたいの?」
「……その通りだ。」
ガクッと項垂れた彼の肩を揉んであげながら言った。
「じゃあ毎日逃げよう。」
「え?」
「毎日、出かける。昼だって夜だって関係ない。この街は眠らないよ。どこにだっていける。あのトレーラーもずっとあそこで待ってる。イオリが寝てる時は、私ずっと警戒しておく。一晩中銃を持つのなんて、生まれた直後からやってる。」
「恐ろしい赤ちゃんだ……いや、名案ではある。しかし名案ではない。この拷問部屋を手放すことになる。」
「道具をトレーラーに持ち込めばいいと思う。イオリがそこにいて私もそこにいるなら成り立つ。今はサラから離れることが大事だよ。このホテルは快適だけど、バリーがいる。サラもいる。イオリが彼女に会いたいなら、別だけど。」
「いや、会いたいとは思っていない。バリーも気になってはいる。しかしまたトレーラー生活か……?調理器具を持ち込んで、あのオンボロマットを高級なものに変えて、ソファも新しくして、そうか……!」
と彼が顔をあげた。
「新しいトレーラーを買えばいい「ああそれはダメ。だってあのトレーラーは脱獄してるから足跡つかないし、あとああ見えて防弾シールドで固められてるから、装甲車代わりにもなるの。あれじゃないとダメ。中のディテールなら改装できるけど。」
イオリはムッとした。
「ならばあの不快極まりないユニットバスから改造する。トイレとシャワーは別だ。お湯を出せるようにして、そしてホットタブに入りたかったら、クラブのVIPルームを借りる。ああ、それでいいじゃないか。こんな見せかけだけの檻にいるよりも、あのトレーラーで、たまに郊外で天体望遠鏡を使って空を眺める。テレビも持っていくからあそこで見れる。今の俺たちには金がある。ああ、ビジョンが見えてきた。」
「ふふ、それは良かった。」
彼の横顔が少しつづ、明るくなってきた。
「いかにコンパクトにスマートな調理が行えるか試してみよう。勿論、自家発電装置も組む。それにトレーラーなら仕事から家までドアTOドアだ。ふふ、中々いい。収納もあるし、お前は物が少ないから俺のものも全てあそこに入るだろう。」
「あと没収された以外のライフルもあそこにある「それに、ああ!それに、あのベッドルームを改造すればそうか、ベッドルーム兼拷問部屋に出来るから幅が広がるな……!あの車なら天井にフックが通せるから、鎖だって思いのままだ!しかもその雰囲気の中で共に眠れる。これは斬新だ!」
「あ、ああそうね……。」
喜んでくれて良かったけど、なんか違う方向にどんどん進んでる気がする。でもイオリは完全に明るい顔になって、あれこれ考えては、パチンと指を鳴らした。
それを微笑みながら見てた。暫くイオリがあれこれ考えてひと段落つくと、彼がサバッとホットタブから出て、素早くバスタオルで体を拭いて、小走りでキッチンに行って、急いだ様子でスパイスを箱にまとめ始めた。
私は口をあんぐりと開けてしまった。今から行くの?いくらなんでも行動早過ぎでしょ……!しかもこれからベッドでゆっくりはどうしたの?
「アリシア!お前も早く身支度をしろ!ここにいては一生電気をつけられんぞ!ここは魂の監獄だ!どんどんと生気を吸われて蝕まれていく!」
「わ、分かったよー。」
私はよいしょと立ち上がって、早速イオリの寝室へと行き、クローゼットから取り出した大きなバッグを広げて、その中にイオリの服を入れ始めた。
本当なら今頃このベッドで……まあいい、とっておこう。今はイオリが元気になることが大事だ。私は一人で微笑んで、サイドテーブルに置いてあった彼の付箋だらけの辞書もバッグに入れた。
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