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当て馬にスパダリ(やや社畜)婚約者ができました。編
第2話 いや、ハウスだろ。
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「ーーエドアルド殿と約束があるのか?」
「ああ。定期的に手合わせをしている」
バルコニーで朝食ーー、いや、ブランチを取りながらキサラが言った。やっぱり大公令息なだけあって、テーブルマナーがきれいだよな。俺の従者のエリンもうっとりした顔で見ているよ。
俺はこのテーブルマナーには苦労した。いくらアディオンに叩き込まれた生活習慣があっても、それが与一とケンカしちまって、ちっとも身体が言うことを聞かなかったんだ。
最近は俺とアディオンが元々ひとつだったのかな、って思うぐらい平和なものだけど、最初は結構大変だったのよ。
「食事がすんだら行く」
「私もついていきたい」
「……そうかーー」
ん?だめなのか?
少し嫌そうな表情をしたキサラに俺は首をかたむけた。
「ーー薔薇の匂いがするな」
「ああ、庭に薔薇園がある」
キサラは匂いに敏感なのか、わりと離れている場所のものでも匂いで気づいたりする。
「好きなのか?」
「ーーいや……。沈丁花が好きだ……」
「ジンチョウゲ……」
あれ?なんかの歌の歌詞にでてきたよな、それ。じゃあ、あっちの世界の花か?いや、薔薇もあるんだし、こっちの世界にあってもおかしくないか……。
「いつの花だ?」
「4月だ」
「ーーそうか…。では、来年は一緒に見に行こう」
マルスにいい場所を聞いとこう。
「ーーーーー………ある」
ーーん?いま何か言ったのか?
口を少し開いたまま黙ってしまったキサラにドキドキしながら、俺は食事を終えた。おいおい、自然に来年の約束をしたんだけどスルーされてるぞ。ナイス、スルーパスだよ。
内心のがっかりを隠しながら俺は席を立つ。
「坊ちゃま、お風呂の用意ができていますよ」
「ーーありがとう」
汗かいたもんなーー。けど、めんどくさいなーー。
「……一緒にはいるか?」
「え!?はいる!はいるッ!!はいりますッ!!」
がっつくなよ、俺ーー。
キサラと訓練場に向かって歩いていると、衛兵や使用人達が好奇の目をむけてきた。普段見ることができない俺の婚約者だからね、気になるのは仕方ないよなーー。
けど、ひとの婚約者をあんまりジロジロ見るなって、って感じだ。
「キサラの剣はカッコいいな」
ひとがいなくなると、すぐに言葉がくだけてしまう。まあ、いっか。
「ーー特注だ」
「へぇ~。鋳造の大量生産じゃないのか?」
「違うな。ある名工に頼んでいる」
鞘もそうだけど、柄も違うもんなーー。俺がもってるシャレオツ剣じゃなくて、装飾も武器になりそうな威圧感がある剣だよ。
「気に入った者にしか打ってくれないので、気に入られるのが大変だった」
「それって、エドアルド殿も」
「ああ」
「あのひと偉そうだから、気にいる人いるのか?」
「……………」
黙ったことからキサラが苦労したのがわかった。多方面に大変なんだよね、あなた。
騎士団の訓練場では、アートレが稽古の真っ最中だった。驚く俺の目の前で、彼が地に叩きつけられる。
「くそっ!」
心底悔しそうに、荒い呼吸を繰り返す。いつも綺麗なままの騎士服が砂汚れでひどい状態だ。
ーーもう、謹慎が解けたのかよ。一生家でいたらよかったのにーー、と俺はため息をつく思いだが。
「ーー甘いな。謹慎中、何をしていた?」
「ーーーーー」
今日も絶好調のエドアルド師匠が、騎士団を壊滅させているみたいだ。壁にもたれてぐったりしている団体のなかにいたルーカスが、俺達の姿を見て姿勢を正した。
あいつもがんばってるんだなーー。
「殿下」
団長ケレイブが挨拶にきた。
「ーー誰も刃が立たないか」
「ですねーー」
残念そうなケレイブの顔に、俺も苦笑する。
「ーーしかし、ケレイブ。あの部外者はなんだ?」
「あ……」
あいつ、完全に部外者だよな?
「……マスターに師事していましてーー」
「なら、時間外に個人的に頼むように言え、他の騎士達の邪魔になるだろう」
「はっ」
本当に、自分がんばってる空気がうざい。
「来たか」
エドアルドがこちらを見た。
いや、俺の隣りのキサラを見据えている。
「お願い致します」
「ノア、アートレをどかせろ」
「はい!」
俺の部下、全員あんたの部下になってないか?
「ーーすみ、ません、ノア大隊長……」
「ナイスファイトだ!」
「ーーオレをアディの側にーー」
「……図々しいな」
青春真っ只中のアートレを、ノアがわざわざ俺の近くに連れてくる。大隊長、それはよけいでっせ。
「ーー会いたかった!アディ!」
ーー前向きすぎて引くーー。
俺はやつに視線も向けずにキサラの背後にまわる。わかるやつはこれでわかるんだけどーー。
「聞いてくれよ!オレ、大師匠に弟子にしてもらったんだぜ!がんばるからさ、またオレのこと考えてくれよ!」
発言が安定のクズだ。
婚約したとこに、おまえいたよな?
なのにそんなこと言うんだーー。
はあーー。
まず、おまえは近衛兵から城門警備兵になっただろ、何こんなとこで油売ってんだよ、今日は休暇か?だいたい、親衛隊の5人はまだ牢屋のなかにいる。あいつらが勝手にやったって、おまえは言い張ったみたいだけど、責任を感じろ。あいつら自慢の髪の毛も坊主にされて毎日泣いてるそうだが、可哀想すぎるだろうーー。
ーーこいつ、マジで自分のことしか考えてないんだよなーー。
「な、なんだよ。アディ」
はあー、と再びため息をついて、俺はキサラを見る。彼が小さく頷いた。
「ーーバランティ卿」
「ーーはあ?話しかけんな。オレはいまアディと話をしているんだよーー」
「私的な話は私を通していただけるか?」
「!」
ったく、そんなことも忘れたのかねーー。
婚約者や伴侶がいるネコちゃん側には、仕事の話ならともかく、こんな公衆の面前で勝手に話しかけちゃだめなんだよ(それ以前に話をしたくないけどさ)。
顔色を変えたアートレが、キサラを睨みながらルーカス達がいる壁のほうに歩いていった。いや、そのままハウスだろ。
ふてくされたままでどかっと座る。いや、悪いのはおまえだからな。それを視線だけで見ていたキサラが、視線を戻しエドアルドに近づいていく。
「こっちはもう身体の準備ができているが、どうなんだ」
「あっためてきた、問題ない」
?
ランニングでもしてたっけ?
俺は表情を変えないように気をつけながら考えたが、さっきしたことといえば、風呂場でえっちだ。おかげで俺は腰がだるい、腹に力をいれないと歩いてられないのよーー。
ーーそうだ。ナカの液どうしてるの?って思うよなーー。俺の身体はアザ花種になる前から子宮があったらしくて、そのうちそこが開くんだって。開いたら無事開通ーー、子供ができちゃうかもよ~、って感じなのよ。
んで、アザ花種はそのへんの器官が強いから、無理に掻き出さなくても、おトイレで力んで排出するぐらいでいいらしい。
精液のなかに含まれる、プロスタグランジン?って成分が(サキナさんが教えてくれた)、生理痛みたいな腹痛を起こすみたいだけど、俺はそこまで痛くないな……。
ちなみに、サキナさん。3人目のランゼちゃんのとき、予定日が過ぎてもなかなか陣痛がこなくて、精液の成分を利用したそうなんだけど、どういうことなんだろうーー。陣痛がきやすいのかーー……?
ごめん、ごめん、話が脱線した。ーーどうやらキサラとエドアルドがこれから戦うみたいだ。キサラはエドアルドの一番弟子だそうなんだけど、大丈夫かな………。エロマスター、激強だし……。
見守る俺の前でキサラがエドアルドに頭を下げ、距離をとった。
そして、剣を抜いた、その瞬間ーー。
ーーッガチン!
高い金属音に場内が沸いた。
キサラとエドアルドの剣が重なる。っていうか、いつの間にエドアルドのところまでいったのかーー、足が速すぎるんだよ。
剣身が何度もぶつかる。上下に刃が疾走る。
エドアルドが身体を反転させてキサラの後ろにまわったんだけど、その無駄な動きの一切のなさに、場がどよめいた。背後からの剣に、キサラが手首を返してその剣を受けとめる。
ギリギリッ、と剣身が鳴る。力負けにキサラの身体が沈んでいく。
誰もが固唾を呑んでふたりを見守った。キサラの右足が動き、エドアルドの足を蹴る。ほんの少しだけど、マスターが体勢をくずした。もろにはいったのに、顔色ひとつ変わらないーーバケモンだよな。
けど、ホントに少しだけ体勢をくずしたエドアルドの剣を弾いて、キサラが脇に飛ぶ。距離を取って、師匠の隙をうかがってるよ。その直後の動きも見事なものだ。飛びながら高速で滑るように移動して、エドアルドの下方から斜め上にむかって剣を振り上げる。
キンッ、と耳が痛くなる音が響いた。
止められた剣は予想通りだったのか焦る様子もない。エドアルドを見ていると思うけど、よけいな手の動きをしない。剣を大きく振りまわすことなく、柔軟に手首を返して、バックハンドで押し斬っていく。
やはり、彼は達人なのだ。
ただ、その彼をここまで動かせる人間なんて、キサラ以外にはいないんじゃないかな。エドアルドの顔が生き生きしてるんだよ。
キサラの剣をさばくスピードが落ちる。そこを、エドアルドが見切ったのか、一撃を食らわそうとして剣を構え直しーー。
ガンッ!
鋭い回し蹴りがキサラの胴体にはいり、彼が吹っ飛んだ。
「キサラ!」
うわぁ、痛いってあれはッ!
受け身をとったキサラが、すぐにバク転で体勢を整え剣を握る。ごほっ、と変な咳がでたけど、大丈夫かよ。
二人の真剣な目のぶつかり合いに、騎士達が震える。鋭すぎるっていうのか、エドアルドなんかどう考えても殺人犯の目だ。
「ーーよし」
エドアルドが言うと、キサラが頭を深く下げた。
「ありがとうございました」
まじかよ……、あのエドアルドが汗かいてるぜ……。それを見るのはみんなはじめてなんだろう、アートレとルーカスが険しい顔でキサラを睨んでいる。
俺はキサラの側に寄った。
「ーー大丈夫か?」
ごほっ、と咳をした彼が嫌そうに答える。治癒をかけようと身体を確認しようとしたら、手でとめられた。けどさ、鎧にも等しいうちの騎士服が破れてるぞ。ーーエロマスターの蹴りで………。
「ーーああ」
「ふん。腰がはいっていなかったぞ。余裕だな」
「……」
目を細めた師匠の言葉に、一瞬、キサラが気まずそうな顔をした。そんなことより、身体はほんとに大丈夫なのか?エドアルドってば容赦ないなーー。
「ああ。定期的に手合わせをしている」
バルコニーで朝食ーー、いや、ブランチを取りながらキサラが言った。やっぱり大公令息なだけあって、テーブルマナーがきれいだよな。俺の従者のエリンもうっとりした顔で見ているよ。
俺はこのテーブルマナーには苦労した。いくらアディオンに叩き込まれた生活習慣があっても、それが与一とケンカしちまって、ちっとも身体が言うことを聞かなかったんだ。
最近は俺とアディオンが元々ひとつだったのかな、って思うぐらい平和なものだけど、最初は結構大変だったのよ。
「食事がすんだら行く」
「私もついていきたい」
「……そうかーー」
ん?だめなのか?
少し嫌そうな表情をしたキサラに俺は首をかたむけた。
「ーー薔薇の匂いがするな」
「ああ、庭に薔薇園がある」
キサラは匂いに敏感なのか、わりと離れている場所のものでも匂いで気づいたりする。
「好きなのか?」
「ーーいや……。沈丁花が好きだ……」
「ジンチョウゲ……」
あれ?なんかの歌の歌詞にでてきたよな、それ。じゃあ、あっちの世界の花か?いや、薔薇もあるんだし、こっちの世界にあってもおかしくないか……。
「いつの花だ?」
「4月だ」
「ーーそうか…。では、来年は一緒に見に行こう」
マルスにいい場所を聞いとこう。
「ーーーーー………ある」
ーーん?いま何か言ったのか?
口を少し開いたまま黙ってしまったキサラにドキドキしながら、俺は食事を終えた。おいおい、自然に来年の約束をしたんだけどスルーされてるぞ。ナイス、スルーパスだよ。
内心のがっかりを隠しながら俺は席を立つ。
「坊ちゃま、お風呂の用意ができていますよ」
「ーーありがとう」
汗かいたもんなーー。けど、めんどくさいなーー。
「……一緒にはいるか?」
「え!?はいる!はいるッ!!はいりますッ!!」
がっつくなよ、俺ーー。
キサラと訓練場に向かって歩いていると、衛兵や使用人達が好奇の目をむけてきた。普段見ることができない俺の婚約者だからね、気になるのは仕方ないよなーー。
けど、ひとの婚約者をあんまりジロジロ見るなって、って感じだ。
「キサラの剣はカッコいいな」
ひとがいなくなると、すぐに言葉がくだけてしまう。まあ、いっか。
「ーー特注だ」
「へぇ~。鋳造の大量生産じゃないのか?」
「違うな。ある名工に頼んでいる」
鞘もそうだけど、柄も違うもんなーー。俺がもってるシャレオツ剣じゃなくて、装飾も武器になりそうな威圧感がある剣だよ。
「気に入った者にしか打ってくれないので、気に入られるのが大変だった」
「それって、エドアルド殿も」
「ああ」
「あのひと偉そうだから、気にいる人いるのか?」
「……………」
黙ったことからキサラが苦労したのがわかった。多方面に大変なんだよね、あなた。
騎士団の訓練場では、アートレが稽古の真っ最中だった。驚く俺の目の前で、彼が地に叩きつけられる。
「くそっ!」
心底悔しそうに、荒い呼吸を繰り返す。いつも綺麗なままの騎士服が砂汚れでひどい状態だ。
ーーもう、謹慎が解けたのかよ。一生家でいたらよかったのにーー、と俺はため息をつく思いだが。
「ーー甘いな。謹慎中、何をしていた?」
「ーーーーー」
今日も絶好調のエドアルド師匠が、騎士団を壊滅させているみたいだ。壁にもたれてぐったりしている団体のなかにいたルーカスが、俺達の姿を見て姿勢を正した。
あいつもがんばってるんだなーー。
「殿下」
団長ケレイブが挨拶にきた。
「ーー誰も刃が立たないか」
「ですねーー」
残念そうなケレイブの顔に、俺も苦笑する。
「ーーしかし、ケレイブ。あの部外者はなんだ?」
「あ……」
あいつ、完全に部外者だよな?
「……マスターに師事していましてーー」
「なら、時間外に個人的に頼むように言え、他の騎士達の邪魔になるだろう」
「はっ」
本当に、自分がんばってる空気がうざい。
「来たか」
エドアルドがこちらを見た。
いや、俺の隣りのキサラを見据えている。
「お願い致します」
「ノア、アートレをどかせろ」
「はい!」
俺の部下、全員あんたの部下になってないか?
「ーーすみ、ません、ノア大隊長……」
「ナイスファイトだ!」
「ーーオレをアディの側にーー」
「……図々しいな」
青春真っ只中のアートレを、ノアがわざわざ俺の近くに連れてくる。大隊長、それはよけいでっせ。
「ーー会いたかった!アディ!」
ーー前向きすぎて引くーー。
俺はやつに視線も向けずにキサラの背後にまわる。わかるやつはこれでわかるんだけどーー。
「聞いてくれよ!オレ、大師匠に弟子にしてもらったんだぜ!がんばるからさ、またオレのこと考えてくれよ!」
発言が安定のクズだ。
婚約したとこに、おまえいたよな?
なのにそんなこと言うんだーー。
はあーー。
まず、おまえは近衛兵から城門警備兵になっただろ、何こんなとこで油売ってんだよ、今日は休暇か?だいたい、親衛隊の5人はまだ牢屋のなかにいる。あいつらが勝手にやったって、おまえは言い張ったみたいだけど、責任を感じろ。あいつら自慢の髪の毛も坊主にされて毎日泣いてるそうだが、可哀想すぎるだろうーー。
ーーこいつ、マジで自分のことしか考えてないんだよなーー。
「な、なんだよ。アディ」
はあー、と再びため息をついて、俺はキサラを見る。彼が小さく頷いた。
「ーーバランティ卿」
「ーーはあ?話しかけんな。オレはいまアディと話をしているんだよーー」
「私的な話は私を通していただけるか?」
「!」
ったく、そんなことも忘れたのかねーー。
婚約者や伴侶がいるネコちゃん側には、仕事の話ならともかく、こんな公衆の面前で勝手に話しかけちゃだめなんだよ(それ以前に話をしたくないけどさ)。
顔色を変えたアートレが、キサラを睨みながらルーカス達がいる壁のほうに歩いていった。いや、そのままハウスだろ。
ふてくされたままでどかっと座る。いや、悪いのはおまえだからな。それを視線だけで見ていたキサラが、視線を戻しエドアルドに近づいていく。
「こっちはもう身体の準備ができているが、どうなんだ」
「あっためてきた、問題ない」
?
ランニングでもしてたっけ?
俺は表情を変えないように気をつけながら考えたが、さっきしたことといえば、風呂場でえっちだ。おかげで俺は腰がだるい、腹に力をいれないと歩いてられないのよーー。
ーーそうだ。ナカの液どうしてるの?って思うよなーー。俺の身体はアザ花種になる前から子宮があったらしくて、そのうちそこが開くんだって。開いたら無事開通ーー、子供ができちゃうかもよ~、って感じなのよ。
んで、アザ花種はそのへんの器官が強いから、無理に掻き出さなくても、おトイレで力んで排出するぐらいでいいらしい。
精液のなかに含まれる、プロスタグランジン?って成分が(サキナさんが教えてくれた)、生理痛みたいな腹痛を起こすみたいだけど、俺はそこまで痛くないな……。
ちなみに、サキナさん。3人目のランゼちゃんのとき、予定日が過ぎてもなかなか陣痛がこなくて、精液の成分を利用したそうなんだけど、どういうことなんだろうーー。陣痛がきやすいのかーー……?
ごめん、ごめん、話が脱線した。ーーどうやらキサラとエドアルドがこれから戦うみたいだ。キサラはエドアルドの一番弟子だそうなんだけど、大丈夫かな………。エロマスター、激強だし……。
見守る俺の前でキサラがエドアルドに頭を下げ、距離をとった。
そして、剣を抜いた、その瞬間ーー。
ーーッガチン!
高い金属音に場内が沸いた。
キサラとエドアルドの剣が重なる。っていうか、いつの間にエドアルドのところまでいったのかーー、足が速すぎるんだよ。
剣身が何度もぶつかる。上下に刃が疾走る。
エドアルドが身体を反転させてキサラの後ろにまわったんだけど、その無駄な動きの一切のなさに、場がどよめいた。背後からの剣に、キサラが手首を返してその剣を受けとめる。
ギリギリッ、と剣身が鳴る。力負けにキサラの身体が沈んでいく。
誰もが固唾を呑んでふたりを見守った。キサラの右足が動き、エドアルドの足を蹴る。ほんの少しだけど、マスターが体勢をくずした。もろにはいったのに、顔色ひとつ変わらないーーバケモンだよな。
けど、ホントに少しだけ体勢をくずしたエドアルドの剣を弾いて、キサラが脇に飛ぶ。距離を取って、師匠の隙をうかがってるよ。その直後の動きも見事なものだ。飛びながら高速で滑るように移動して、エドアルドの下方から斜め上にむかって剣を振り上げる。
キンッ、と耳が痛くなる音が響いた。
止められた剣は予想通りだったのか焦る様子もない。エドアルドを見ていると思うけど、よけいな手の動きをしない。剣を大きく振りまわすことなく、柔軟に手首を返して、バックハンドで押し斬っていく。
やはり、彼は達人なのだ。
ただ、その彼をここまで動かせる人間なんて、キサラ以外にはいないんじゃないかな。エドアルドの顔が生き生きしてるんだよ。
キサラの剣をさばくスピードが落ちる。そこを、エドアルドが見切ったのか、一撃を食らわそうとして剣を構え直しーー。
ガンッ!
鋭い回し蹴りがキサラの胴体にはいり、彼が吹っ飛んだ。
「キサラ!」
うわぁ、痛いってあれはッ!
受け身をとったキサラが、すぐにバク転で体勢を整え剣を握る。ごほっ、と変な咳がでたけど、大丈夫かよ。
二人の真剣な目のぶつかり合いに、騎士達が震える。鋭すぎるっていうのか、エドアルドなんかどう考えても殺人犯の目だ。
「ーーよし」
エドアルドが言うと、キサラが頭を深く下げた。
「ありがとうございました」
まじかよ……、あのエドアルドが汗かいてるぜ……。それを見るのはみんなはじめてなんだろう、アートレとルーカスが険しい顔でキサラを睨んでいる。
俺はキサラの側に寄った。
「ーー大丈夫か?」
ごほっ、と咳をした彼が嫌そうに答える。治癒をかけようと身体を確認しようとしたら、手でとめられた。けどさ、鎧にも等しいうちの騎士服が破れてるぞ。ーーエロマスターの蹴りで………。
「ーーああ」
「ふん。腰がはいっていなかったぞ。余裕だな」
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