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魔法とアザ花種 編
第14話 与一は社会がお好き。
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「………うんーー?ここ、どこーー?」
「あっ、起きた?気分はどう~?」
目を開けると、そこはいつもの自分のよく知る風景ではなかった。こんなピンク色の天蓋、誰がつけたのだろうーー。
「本当に父や従兄弟がごめんなさい」
自分に真摯に頭を下げているのは、ロンドスタット大公令息のルカルドだ。なぜ、彼が頭を下げているのだろう。イリスはぼんやりしながら言葉の意味を考える。
ーー父、従兄弟?
「気持ち悪いとかはない?」
不安気な紫色の瞳に、イリスは悟った。
「えぇーー!もしかして、一服盛られたの!?」
「ーーその通りよ……」
「最悪~~!どこが警備がしっかりしてるの!!アディは大丈夫!?」
「ーー大丈夫よ、キサラが気づいてくれたから……。直感、なのかしらね……。すごい顔だったわ……。あんな顔、はじめて見たわ……、」
ぐすっ、とルカルドが鼻をすする。見た目よりかなり乙女な人物だ。
「ーー何泣いてるの?」
「ーーアタシだって、カワイく産まれたかったわ~~」
「何言ってんの?カワイくない赤ちゃんなんてこの世にはいないよ」
呆れた顔をすると、ルカルドがハッと大きく目を開いた。
「ーーそれもそうよね~~、あなた真理をつくわ~」
「普段、出産の手伝いもしてるからね」
「あら、伯爵様でしょ?すごいわ~~~!」
「やめてよ。あんなの補佐官に任せっきりで、僕の意見なんか何にも通らないよ。やっぱり現地に住んでないと、舐められるよね。かといって辞めさせるほどでもないし……」
「それはそうよ~。アタシは近いからいいけど」
ルカルドが洗面ボウルを用意している。大公令息なのに、こんなことをしてくれるとはーー、イリスは目を瞬かせながら顔を洗った。
「ーー良い匂い」
お湯からほんのりと柑橘の匂いがする。
「ネロリにしてみたわ~。あなたオレンジ系だから、好きかと思って~」
「……わかるの?」
「え?」
「僕の匂い、わかるんだ……」
「ーーあら……、あなたの恋人はわからないのーー?」
気遣うようなルカルドの言葉に、ふふっ、と自虐的に笑いながらイリスは目を伏せる。
「わからなく、なっちゃったんだーー……」
※※※
「いつまで寝ている」
バンッ!と扉を開けながら、そいつはあらわれた。
「……エド兄」
「朝稽古をさぼるとは、ずいぶんと偉くなったものだな」
「すぐに行く」
「当たり前だ」
朝から口うるさいそのイケメンは、服装も常にピシッとしている。キサラが言うにはどれだけ飲んでも二日酔いにはならないそうだ。きっと肝臓が鋼鉄でできてるんだぜ。
「ーー当然のように入ってくるな」
俺が不愉快そうに眉を寄せても気にしない男は、偉そうな態度を改めない。
「おや、殿下。ごきげんうるわしゅうございます」
ーーうるわしく見えんの?目、悪いな……。
「どうやら寝不足のご様子ですが、睡眠時間は足りませんでしたか?」
のろのろとベッドの上に身を起こした俺の顔を、キサラが温かい浴布で拭いてくれる。温かいのマジ気持ちイイなー。
「何時間あっても足りない。あればあるだけやりたいことがある」
いろいろな体位を試したい年頃なんだよ。
ーーキサラ、身体も拭いてくれてるな。服も替えてるし、できた婚約者だわ。
「稽古はどこでするんだ?」
「ルカルドに訓練場を借りております」
俺のジャケットやらズボンをキサラが持ってきてくれるんだけど、いいよ、さすがに自分で着ますよ。俺はいったい何様なのよ(王子様だったよ)。
「ーー終わるまでここで待っている」
「わかった。朝食は?」
「キサラといただこう」
これで、何か盛られててもばっちりだね。
「ああーー」
と、キサラが答えたとき、エドアルドが吹きだした。
「誰のために猫かぶりをしておられるーー」
うるさいわね……。いちおうアンタだよーー!
キサラを連れて行かれた俺は、やることもなかったので、テラスの椅子に腰をかけながら彼がいれてくれたハーブティーを飲んでいた(ここのやつらは信用できねえ)。
胃に優しいのがほっこりするけど、俺まだ若いはずだよな。与一のときなんか、朝カレーでもガンガン食べてたのに、女子力高めな毎日を送ってるよ。
ーーあー、カレーを思い出したらカレー食べたくなるじゃんか。米食べたいなーー、ないのかな……。
チィチィーー……。ピピィ。
ーー静かな朝だ。
鳥のさえずりが心地よくーー(たまにやかましいのがいるけどさ。なんなの、あの『ポーポポ、ポー、ポーポポって鳴いてるの』)、しっとりとした澄んだ風が、身体に優しいーー。
テレビもない、ゲームもないーー。あるのは、貴重な本だけー。そんな生活にも慣れてきたな……。
「………猥本があるらしいけど、どんなんかなーー……」
『春画みたいなもので、期待はできないわよ』、てサキナさんは言ってたけど、春画っていえば江戸時代だよなーー。
そうだ!江戸の町って、めっちゃインフラ整ってて、下水もちゃんとしてたって習ったっけ。きちんとした循環式社会で、西洋のほうがそのへんはだめだったんだろ?高貴なひとでも野グ◯してたって先生が言ってたしーー。
ーーケツ、拭いてたんだろうか……。
いや、よけいな心配だな。この世界にはトイレットペーパーもどきがあってよかったよーー。落とし紙、っていってそこまで柔らかくはないけどさ。もうちょっと改良したらふんわりしそうなんだけど。
「ーー紙がいっぱいあれば、俺が漫画を描いてやるのになーー」
王族、貴族には教科書はあるけど、絵と文字だけだ。平民さんの学校じゃ寄付された古本のみらしい。
鎧とか剣とか難しいものばんばん作れるのに、なんで紙は大量生産してないの?基準がわからないよな……。作る工場が少ないのかな?
ーー向こうじゃ当たり前のもんが、貴重品なんだなーー。金銀財宝だけが財産じゃないなんて、考えたことなかったよ。
「大公生活になったら、漫画家やろうか……」
領主の仕事は半年ぐらいのもんだし、残りはサッカーしたり、漫画を描いたりしよう。
ーー◯ラエモンとか革新的過ぎて、ダウリーとかは大ウケ間違いない(絶対に好きそうだ)。キサラはああ見えて、フランダースの犬で大泣きしそうだよな。
「サキナさんだったら、紙の大量生産ぐらい知ってるかもーー」
椅子を倒すと眠たくなってくるーー。
ーーセディランは、どうなったんだろう……。納得して元サヤに戻るんなら、いいけどさ……。結婚しちまうと、大変だよ……。母ちゃんも、離婚は二度としたくないって言ってたし(結婚するよりエネルギーがいるらしい、なんでだろ?)………。
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