2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー

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Chapter9 サマー・エクスプロージョン!

#47 もうひとつの予言

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 砂川さんの電話を受けて私達が向かったのは、スカイアリーナの裏手にある第二駐車場だった。

 フードエリアやショップエリア周辺は開場待ちのファンで溢れていたが、そこを離れると人もまばらになり、予言信者と思われる人たちが目につく。意外なことに、聞こえてくるのはDeeeeep解散予言ではなく、漆黒の夜に関する話ばかりだった。

 翻案予言botが投稿した『漆黒の夜』と呼ばれる予言。その内容は、7月に大都市で大停電が起きるというものだ。予言元になったAI翻案抜粋文を投稿したのは『たまこ』というアカウント。投稿文には『#闇ハヤト文体』というタグがつけられていた。

 投稿直後は予言の動向を警戒していたけれど、心配とは裏腹に爆発的な拡散は起きず、しかしインプレッション数だけはずっと伸び続けていた。

 本来なら継続して注視すべきだったにも関わらず、Deeeeepの解散予言というショッキングな予言の対応に追われて頭から抜け落ちてしまっていたのだ。ついさっき盗み聞きしたルミとヒナキの会話に「漆黒の夜」という言葉が出てきたため、「そんな予言もあった」と思い出したばかり。

 ここはDeeeeepライブ開場なのに、どうして解散予言ではなく漆黒の夜が話題になっているのか。

 最初は不思議に思ったが、すぐに理由がわかった。ここにいるのは予言に興味があるけれどDeeeeepには興味がない人たちで、彼らにとってはアイドルグループの解散はどうでもいいことなのだ。確認したいのは予言が当たるか外れるかだけ。

 その一方、大停電は自分の身に降りかかる災難となり得る。

 予言元になったAI翻案抜粋には大都市を示す言葉はないのではないか、やはり予言の停電というのは計画停電ではないか、むしろこれは停電を予言しているのではなく七夕に誰かが失脚するという予言ではないか――など、様々な解釈が繰り広げられていた。

 第二駐車場が見えてきた頃、蒼君は「興味深いですね」と、背後の信者たちをチラと振り返った。

「興味深いって、あの人たちが漆黒の夜の話をしてること?」

「いえ、漆黒の夜についての解釈が、です。翻案予言botは『7月に大都市で大停電が起きる』としているにもかかわらず、その解釈をできるだけ矮小化しようとしてますよね。予言は的中したけど被害は大したことないっていうのが、彼らにとってのベストなのかもしれません」

「シカが列車にぶつかった時みたいに?」

「そうです。むしろ、その前例があるから翻案予言botを信じないで、AI翻案抜粋を再解釈しようとしてるんでしょう。翻案予言botの予言は『当たる』けど、『的中』はしない。大都市での大停電なんていう予言が当たったら困るから、別の、もっと被害の軽そうな解釈をして不安を和らげようとしてるんだと思います。
 そもそも、列車の脱線事故の予言はハズレたんです。だから翻案予言botの予言は当たらない。シンプルにそういう結論に達すれば、漆黒の夜に不安になることもないと思うんですけど。
 でも、何かに縋りたいっていう気持ちは誰しも持ってるものだし、仕方ないことかもしれませんね。
 その人が何を信じるかは基本的に自由です。ただ、それを共有できない時に人間関係に軋みや歪みが生じる。どちらかが我慢するか、互いに妥協するか、それとも決別するか、壊して再構築するか――」

 駐車場の方から警備員が歩いてくるのが見えて、蒼君が喋るのを止めた。私は我慢しきれず口を開く。

「蒼君、今日はよく喋るね。普段喋らないってわけじゃないけど、普段より一歩踏み込んで喋ってる感じ」

 蒼君は目を瞬かせ、すぐ恥ずかしそうに顔をそらした。

「……すいません。ちょっと、浮かれてるのかもしれません」

 冷静沈着な天才エンジニアが人間的な表情を見せるたび、ちょっと得したような、心がほぐれるような感覚がある。

「砂川さん、もう来てるかもしれないから急ぎましょう」

 蒼君は誤魔化すように足を早めた。

 第二駐車場にも車がズラリと並び、スタジアム裏口付近はチェーンで仕切られ、『Deeeeepサマー・エクスプロージョン!』のラッピングトラックが停まっている。Deeeeepファンと思われる女の子たちが、トラックを背に記念撮影していた。警備員もいるが、制止する様子はない。

「理久さん、あれ、砂川さんじゃないですか?」

 スタッフ用のポロシャツを着た砂川さんが、建物際でチェーンを乗り越え、小走りに駆けてくる。向こうも私たちに気づいたらしく、砂川さんの手招きに誘導されて、駐車場の隅にあるトイレの側で落ち合った。

「お待たせしました。なかなか抜けれなくて、すいません」

 額に汗をにじませ、砂川さんはペコッと頭を下げる。

「こちらこそ。砂川さんの負担を増やしてしまって、申し訳ありません」

「私の負担なんて大したことじゃありませんよ。この件はDRIさんからの情報に助けられていますし、力を貸してくださるというのに、断る理由がありません。うちは調査まで手が回っていない状況ですから。
 でも、あまり無理はされず、ライブを楽しんでください。見ての通り予言信者がウロついてますし、ファンの子たちもまだピリピリしてるようで、グッズ販売スタッフは何度も『解散しませんよね』って聞かれたそうです」

「野次馬とファンとの間にイザコザも起きてるみたいですね。警備員が仲介に入ってるのを見ました」

 私の言葉に、砂川さんは「ええ」と眉をひそめる。

「今のところ大事にはなっていないですし、このまま何事もなく終われば、ひとまず万々歳です」

 溜め込んだ言葉をすっかり吐き出したのか、彼はフウと息をついた。そして、左腕につけた赤いベルトの腕時計を確認する。

「あっ、それってスタッフ用の専用デバイスですか?」

 隣で大人しくしていた蒼君が、前のめりになって尋ねた。言われてみると、普通の腕時計というには文字盤が異様に大きい。

「ああ、これ? 関係者パス兼インカムみたいなものですよ。位置情報も追跡されるから下手にサボれないです。まあ、サボる暇なんてないんですけどね」

 彼は笑いながら、「お二人のパスはこれです」と、ウェストバッグから2枚のパスを取り出した。首からぶら下げるカードタイプのパスだが、そのカードは薄型ディスプレイ。

「チケット情報はその中に入ってるので、ゲートで提示してもらえば大丈夫です」

GUEST・OBSERVERゲスト・オブザーバー

 蒼君がディスプレイの文字を読み上げた。指でスワイプすると指定席番号が表示される。

「僕らの位置情報も追跡されるんですか?」

「ええ。セキュリティ上そうなってるのでご了承ください。ただ、リアルタイムで確認できるのはパス発行者である私だけなので、あまり気にする必要はありません。
 おふたりの席は東側のスタンド席で、ステージは少し見にくいかもしれませんが、会場全体を見回すには悪くない場所だと思います。このパスで出入りできるのは客席のみで、バックヤードには入れません。客席ならスタンド席だけでなくアリーナ席も出入りOKです。ただし、Deeeeepのライブが始まる前には指定席に戻ってください。警備員もかなりピリついているので」

 蒼君は物珍しそうにカードを表裏ひっくり返して眺めている。

「ライブ後はこのパスは回収されるんですか?」

「いえ。そのタイプのパスは使い回しできないので、記念に持って帰ってもらっても、捨ててもらっても構いません」

「いじっても問題ありませんか?」

 蒼君の質問に砂川さんは「えっ?」と首をかしげたが、彼がエンジニアだということを思い出して「ああ」と笑みを浮かべる。

「本宮さんからうかがいました。惣領さんはAIロボコンで優勝したことがあるそうですね。パスはいつも廃棄するか記念に持って返ってもらってるので、何をしても問題ないと思います。ただ、ライブが終わるまではいじらないでください」

「大丈夫です。このタイプはPCに接続してデータを書き換えるのは無理なので、解析するには専用のツールが必要なんですけど、今日は持ってきてないので」

 蒼君の言葉に砂川さんは困惑した様子だ。

「彼の冗談はわかりにくいんです」と私がフォローすると、砂川さんはワンテンポ遅れてハハッと笑い声をあげた。

『まもなく開場いたします。チケットをお持ちのお客様は、指定のゲートからご入場ください。開場直後は大変混雑しておりますので、走らず、誘導員の指示に従ってお進みください。繰り返します――』

 あちこちのスピーカーから流れる案内が、微妙にズレて聞こえてくる。第二駐車場の人々も放送に聞き入っているが、この場に残っているのはチケットのない人たちらしく、大きな動きはなかった。

「そろそろ戻ります」

 砂川さんが言った時、蒼君がパッと駐車場に目をやった。そして、何かを探すように周辺を見回す。

「惣領さん、何かありましたか?」

「あ……、いえ。こっちにカメラが向けられてた気がしたんです。でも、この状況では盗撮なのか記念撮影なのかも判断しようがないですね」

 盗撮という不穏な言葉に、砂川さんも私も周囲に目を凝らした。

 ファンたちはお互いにスマホを向けて撮影しあい、車の中には時間潰しにスマホを眺める人々。そこにあるのは、何の変哲もない風景だ。

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