2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー

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Chapter10 翻案予言bot

#63 謝罪

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 スクリーンに映っているのはハヤト君だけではなかった。彼は画面右端、そして左側に映る砂川さんとの間には、角ばった顔立ちにスーツ姿の、五十絡みの男性。

 会議室のU字型テーブルには、右端に佐伯部長が座っていた。彼女が立ち上がると、画面の3人の視線が入室者を探すように左へと動く。

「結城先生、お待ちしていました。わざわざご足労いただきありがとうございます」

 佐伯部長の隣にいた合田部長と、少し離れた位置に座る一希君も腰を浮かせ、ペコッと頭を下げる。

「結城先生は、新田の隣にお座りください」

 スクリーンの右下の枠には会議室の様子が映し出されている。佐伯部長が指定した席はまさに画像の正面。匠真は「SLNの人もだなんて聞いてない」と小声で私に文句を言ったが、背中を押すと大人しく一希君の隣に向かった。そして、佐伯部長と合田部長、前方にあるカメラに向かってお辞儀をしてから着席する。

「惣領と本宮さんはこっち。糸井部長は電話応対で席を外してる」

 合田部長に手招きされ、蒼君は部長の隣に、私は蒼君と一希君の間に座る。全員が席につくと、佐伯部長から全員の簡単な紹介がされた。ハヤト君と砂川さんの間にいるのは、スターライト・ネクスト社員でリスクマネジメント担当の斉田さんということだった。

 その後はすぐに本題に入り、佐伯部長から一希君の聴取内容が時系列で説明される。質問は適宜受け付けていたが、匠真には「あとで発言する時間を設けます」と言って口を挟ませなかった。

 質問のほとんどは斉田さんから。屋上、執務室に続いて同じ説明をさせられている一希君を少々気の毒に思いながら見守っていると、蒼君が顔を近づけて「理久さん」と囁く。
 
「小山内さんがここにいたら、結城先生の心理状態を分析してもらえたかもしれませんね」

 こんな時に雑談をするようなタイプでもないのにと不思議に思いながら、私は「分析するまでもないんじゃない?」と匠真の横顔をうかがう。向こうもチラとこちらを見たようだった。

「あ……、蒼君、もしかしてわざとやってる?」

「何をですか?」

「匠真を挑発してるのかと思って」

「挑発じゃなくて牽制です。⋯⋯イテッ」

 どうやら、合田部長が𠮟責代わりに蒼君の脛を蹴ったようだった。私と蒼君のヒソヒソ話はスクリーンに映っており、佐伯部長もこちらを見ている。

「惣領君、何か気になることがある? 新田君からスマホを預かってたみたいだけど」

「えっ」と声を漏らしたのは匠真だった。一希君は気まずそうに匠真から目をそらしている。

「スマホは預かりましたけど、中身は確認してません。プライバシー保護の観点から適切ではないので」

 今度は「えっ」と一希君が声をあげた。

「俺がいいって言ったんだから、調べればいいのに」

「調べるとなると本格的にやらないと、新田さんならサッと見て怪しまれるようなものは残してないでしょう?」

 図星だったのか、一希君は少々バツが悪そうな顔。蒼君は、「あっ、でも」と別の話を始めた。

「僕からひとつ報告しておきたいことがあります。
 ライブ後の事件については報告しましたが、ライブ前のことについて言い忘れていたことがありました。CommuLinkにあるAI翻案コミュニティ『新文部』の元メンバー3人と接触し、そのうち1人が、以前Pitterで話題になった見重豪雨を予言したとされるAI翻案抜粋の著作権者でした」

 佐伯部長と合田部長は表情に驚きが見られたが、直接的にはライブ事件と関係ないせいか、SLN側3人は話の成り行きを見守っている。蒼君は参加者の反応を確認した上で、話を続けた。

「3人はすでに新文部をやめているのですが、春頃に『庄間由宇香』という怪しいアカウントが、AI翻案抜粋をPitterに投稿しようと言い始めたと言っていました。
 新田さん。僕は、このアカウントが新田さんじゃないかと思ってます。結城先生が先に新文部に入って、先生に協力するために『庄間由宇香』という名前でCommuLinkに登録し、先生の招待を受けて新文部に入った。そして、予言の元になりそうなAI翻案抜粋文をPitterに投稿するよう促す書き込みをした。
 昨日会った元新文部の3人は、Deeeeep解散予言の元になったAI翻案抜粋文も、庄間由宇香が書き込んだんじゃないかと言っていました。ただの憶測のようでしたが、僕もその可能性が高いと思っています。
 あのAI翻案抜粋は、AI生成ではなく人間が作成したものと思われます。つまり、結城先生があの文章を考え、それを新田さんが新文部に書き込んだ。もしかしたら、もう書き込みは削除してるかもしれませんが」

 これまでほとんど発言のなかった蒼君が理路整然と話す様子に、斉田さんは興味深そうな眼差しをスクリーン越しに向けていた。

「新田君、どうなの?」と佐伯部長が返答を促すと、彼は「惣領の言う通りです」と、うなだれていた顔をあげる。

「先生の翻案予言botに新文部のコミュニティ管理者から招待があって、先生が先に入会しました。でも、そのアカウントで発言するとすぐ翻案予言botだとバレてしまうので、俺が先生から招待を受ける形で『庄間由宇香』として入会したんです。3月くらいのことだったと思います」

 文章講座の生徒に招待されたという、匠間の言葉は嘘だということだ。匠真は苛立ちを我慢しきれず、テーブルの下で貧乏揺すりしている。

「新田さん、AI翻案抜粋をPitterに投稿するようコミュニティで発言した理由はなんですか?」

「翻案予言botが抜粋文を投稿して、それを自分で予言解釈するというスタイルだとなかなか拡散されない。他人の投稿をリポストしたほうが拡散力があがる。新文部は2月くらいの時点でほとんど予言ばかり話題にするコミュニティになってたみたいだから、俺がちょっと書き込んだだけですぐにPitterに投稿しはじめた。今は、誰が次の予言に選ばれるか予想して楽しむようなアカウントだけが残ってる」

 一希君は突然スクッと立ち上がり、「すいませんでした」とテーブルにぶつかりそうな勢いで頭を下げた。

「Deeeeepの予言元の文章は、惣領が言った通り私が新文部に書き込みました。先生は俺がPitterに作ってた捨て垢で投稿しろって言ったんですけど、内容が内容だから、なるべく出所がわからないようコミュニティに『知人に読ませてもらった翻案の抜粋』として書き込んだんです。Deeeeepの解散を予言してるように読めるってコメントもつけたらあっという間に盛り上がって、Pitterに投稿したのは全く無関係の、普通のコミュニティメンバーです。それと⋯⋯」

 一希君が言い淀むと、合田部長がすかさず「はっきり言え」と促す。口調は厳しいが、終始心配そうな眼差しで見守っていた。

「拡散を促すように、Pitterに作ってた複数のアカウントでリポストしました。すでにアカウント削除してます」

 佐伯部長は悩ましげに目を閉じると、やにわに立ち上がった。

「申し訳ありません。私の責任です」

 佐伯部長が深々と頭を下げ、一希君と合田部長もそれにならい、私もそうした。蒼君が座ったままで低頭したのは、合田部長が彼の足を気遣って、立たないように肩を押さえつけていたからだ。

 匠真はひとり、困惑した様子でうなだれていた。
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