2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー

31040

文字の大きさ
84 / 98
Chapter13 渦中

#83 身バレ

しおりを挟む
「小山内さん、電話対応のほうは大丈夫なの?」

 佐伯部長が問いかけると、小山内さんはすぐ仕事モードに戻って「はい」とうなずく。滅多に8階に来ないAIチームの面々は、小山内さんが佐伯部長相手に堂々と答える姿に驚いているようだった。

「お昼に佐伯部長の動画が公開されて、電話がけっこう減ったんです。テレビ放送の影響もあったのか、今は落ち着いてます」

「そう」

 佐伯部長は安堵したように息を吐いた。

 ニュースキャスターはDRIの説明が不十分だと断じたけれど、正午に公開した動画で、佐伯部長はかなり詳細に説明している。

 まず第一に、流出した翻案データについて。不正アクセス時(5月31日午前10時17分)に非公開・公開選択猶予期間となっていたパーソナライズ長編翻案小説であること。さらに、流出したのは対象となった翻案小説からの300字以下の抜粋であること。ハヤト文体の特徴を備えた、予言元となりうる文章ということにも言及している。

 次に、犯行方法について。職員『K』は対象翻案小説から抽出した20篇をUSBメモリで持ち出した。そして、共犯者にはUSBメモリを渡さず、20篇のうち1篇だけをメモに書き写す形で提供した。その後USBは物理的に破棄したため、実際に流出した文章は1篇のみ。

 これらの内容は、文章に書き起こしてサイトにも掲載した。

「さっきの放送への反応、確認する必要がありそうですね。今のところ大きな反応はなさそうですが」

 糸井部長は手元のスマホでPitterを開いたようだった。

「Pitterで騒いでる惣領君のファンは、NHKニュースとか見ないと思います。時間差で反応があるんじゃないですか?」

 小山内さんの発言に、糸井部長は「なるほど」と納得している。佐伯部長は別のことが気になっているようだった。

「意外にDRIに好意的な内容だったから、逆にネットでは反論が起きるかもしれない。リテラ・ノヴァユーザーだというニュースキャスターの発言を、うちを擁護してるように受け止めた視聴者もいるはずよ」

「西京大の方は大丈夫なんですか?」

 手をあげて発言したのは本田君。

「うちと西京大が共同研究してることと、西京大に結城先生が所属してることを変に絡めて西京大を批判してるやつとかいるみたいです。佐伯部長と合田部長は、今日、西京大に行って来られたんですよね?」

 部長ふたりは顔を見合わせ、複雑な表情を浮かべた。口を開いたのは佐伯部長。

「動画公開する前にその旨を伝える電話をして、その後ですぐ西京大に向かったけど、なんとも言えない空気だったわ。データ漏洩させたのが新田君だっていうことは、共同研究から抜けたことで察してたみたい。その新田君にデータを盗むよう強要したのが、西京大の非常勤である結城先生だったわけだから、向こうとしても一方的にうちを批判するわけにもいかないし。結城先生との契約は切るつもりで検討してると言ってたわ」

「まあ、そうですよね」

 本田君の返事が妙に歯切れ悪いのは、一希君のことを思い浮かべたのかもしれない。私は佐伯部長の視線を感じたが、無言のままでいた。

「合田部長、うちとの共同研究は継続でいいんですか?」

 尋ねたのは蒼君。

「今後次第だとさ。あの研究は惣領がいてこそだから――」

 話している途中で言葉を切り、合田部長はふと何かに気づいたように真顔になった。

「惣領、おまえ西京大から引き抜きの話が来たらどうする?
 いや、その前に、これまでにそういう話を持ちかけられたことはないのか?」

「さあ、どうでしょう。冗談ぽく言われたことはありますけど」

 AIチームのメンバーがざわつき、合田部長は「冗談だといいが」と苦笑している。

「じゃあ、堂坂府警はどうだ? 伊藤刑事はおまえのこと気に入ってるようだし、テレビを口実におまえを堂坂に呼び出して、今回の捜査について相談されたりしたんじゃないのか? 転職を持ちかけられたりしなかったか?」

「サイバー犯罪の専門家が、僕に何を相談するっていうんですか?
 それに、警察なんて簡単に転職できるわけないでしょう。余計なことはするなって、釘を刺されただけですよ」

「まあ、そうか」

 ふたりのやりとりを聞きながら、私はなんとなく蒼君の表情と口調に不自然さを覚えていた。それは言語化するのが難しいほどの、「勘」のようなものだった。

 けれど、不自然さは今始まったわけではない。一昨日、駐車場とコネクト・アベニューを繋ぐ地下通路でのやりとりで蒼君との距離が縮まったように感じていたのに、テレビ収録の昨日を挟んで1日ぶりに会った彼に、なぜか少し距離を感じたのだ。

 理由はよくわからないし、ただの思い過ごしのような気もするけれど、その違和感のせいで蒼君に聞けていないことがある。彼が、堂坂で匠真と面会したのかどうかだ。

 テレビ視聴会は解散し、蒼君はAIチームの人たちと会議室を出ていった。いつもならひと言声をかけてくれるのにと思いながら、迷った末に、彼を追って会議室を出た。が、追いつく前にスマホが鳴って足を止める。

 着信は市原からだった。

『観たよ~。惣領君、若いのに感心するわ~』
『マぁマ、だれぇ?』
『おともだち。ちょっと、お話するから待ってて』

 スマホから聞こえてくる市原の母親らしい声と、舌足らずな子どもの声。強張っていた気持ちが緩んで、フッと笑いが漏れる。通話しながら、ひとまずキュレ部に戻ることにした。

『理久はまだ会社だよね?』

「うん。さっきまで会議室でNHK観てた。みんな集まってたんだけど、ちょうどお開きになったところ。小山内さんの話だと、佐伯部長の動画で電話は減ったみたいだよ。このまま落ち着いてくれるといいけど」

『そう甘くないんじゃない?
 ネット民は批判の矛先を変えただけで、結城先生はめちゃくちゃ叩かれてるし……。あっ、そうだ! 新田君、身バレされちゃいそうかも』

「えっ?」

 ギュッと心臓を掴まれたようだった。エレベーターの方に視線をやったが、AIチームの姿はとっくに消えている。

「市原、どういうこと?」

『会社帰りにキッズルームに行った時、その場にいた親とスタッフが私を見るなり急に喋るのやめて気まずそうにしたのよね。スルーするのも気持ち悪いし、言いたいことがあるなら言ってって笑顔で詰め寄ったの。そしたら、どうも新田君のこと話してたらしいんだよね』

「キッズルームの人が一希君を知ってたの?」

『スタッフじゃなくて、親の中に新田君の高校だか大学だかの友達の奥さんがいたらしいんだ。それほど親しいわけじゃないみたいだけど、結婚式で新田君の顔を見てて、うちの職員だってことも知ってたみたい』

「でも、それだけじゃ特定できないよね」

『暴走した想像が偶然当たっちゃったって感じかな。新田君って背が高いから、けっこう目立つじゃない? 彼、よくコモンズ・カフェ行ってたみたいだし、キッズルームのスタッフもコモンズ・カフェ行くらしいのよね。それで、最近あの背の高い人見かけないから、あの人じゃないかって。DRIの背の高い人って、もしかして~みたいな?』

 市原は深刻さを消そうとしているのか軽い口調で言う。

「それで、市原はなんて答えたの?」

『うちの快くんに感謝よ。タイミングよくぐずりはじめたから、そのまま退散したわ。それで、家に帰ってからPitterチェックしてみたんだけど、新田君の大学同期っぽい人とか、西京大の人とかが「Kに心あたりある」みたいな投稿してるの』

 最後の言葉に私は眉をひそめた。

「西京大の人が?」

『うん。でも、惣領君たちと共同研究してるような人じゃなくて、たぶん無関係の学生。あの研究、いろんな学部横断してやってるらしくて、大学内ではそこそこ有名なんだって』

「市原、それもPitter情報?」

『うん。まだ新田君の名前は出てないけど、経歴とかは晒されてる。で、ちょっと叩かれ始めてる。あの大学出身なら倫理感ヤバいのも納得――みたいな。佐伯部長か合田部長がまだ会社いるなら報告しといたほうがいいかもね』

「……わかった。伝えとく」

 市原は『嬢ちゃん、思い詰めるなよ』と、子ども向けアニメキャラの声真似で茶化して電話を切る。私はジワジワと押し寄せる不安を振り払い、倫理法務部へと足早に向かったのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

鏡の中の淫らな娼女

もりとめめ
恋愛
大人の男性とのデートから帰宅した女子高生の、深夜の鏡の前での秘め事。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、 魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...