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縮まる距離
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牧田の胸で泣いてからどれ位の月日が経過しただろうか、いけないと思いつつも、牧田が来れば桜は視線をそらしてしまう。そんなある日のことだ。
「あ、御門さん?」
「はい?」
「今日、予約もすごく少ないし、私早く帰ってもいいかなぁ?」
そう切り出して来たのは時任だった。
「あ、大丈夫ですよ?やる事は変わらず同じですし」
「そう?なら今からでも、帰っていいかしらぁ」
「大丈夫です、解りました」
そうしてうきうきした様子で時任は『それじゃぁ!』といって帰宅していった。のびのびとした感じで桜は仕事を再開した。夏はエアコンも入っているし、冬場では暖房プラス足元ヒーターが出てくる。それが二人でなく一人であれば、貴重なそのヒーターも独り占めできる。というのも清掃の都合上入り口のドアこそしまっているものの、全ての部屋を喚起する必要性から、とにかく冷えるのだ。
「…はぁ…あったかい…」
季節は十二月を迎えていた。日が出ていれば日光が差し込んで暖かいもののそれは窓辺であればこそだった。パソコン画面に食いつく様にして入力作業を始めていく桜。そんな時だ。
「はかどってるかね」
「…へ?」
そのひと言でふっと顔をあげればフロントカウンターに凭れかける様に牧田が覗き込んでいた。
「…か、!!い、ちょう…?」
「うん、俺だけど?」
「あ、すみません、時任さん、帰っちゃいましたよ」
「あ、そう」
「『そう』って…良かったんですか?」
「うん、今日は別に時任さんに用があった訳じゃないし」
「…あの、何しに来られたんですか?」
「ん?最近避けられてんなぁと思ってね」
「……はい?」
「ん?自覚無い?」
「…私、ですか?」
「そう」
「……それは…」
「…で、今やってるのって急ぎ?」
「急ぎではないですけど…」
「そ」
一言いい終えればすっと居なくなる牧田。しかし時期に背後の扉がカチャっと開いた。
「邪魔するよ?」
「邪魔するなら来ないでいただきたいです」
「言うようになったな」
「…あの…何か用事が?」
「本当に今日は特にない」
「本社にも、仕事はありませんか?」
「急ぎはない。だから来た。」
「…はぁ」
「で?」
ギシっと椅子に凭れる牧田。頭の後ろで手を組んだまま、視線だけ桜に向けてくる。
「何かした?俺」
「…えと…私が…子供なだけで…」
「子供って言われても俺と二つ?三つ?しか変わらないだろ」
「……じゃぁ、特に会長が大人すぎるんです」
「…どういう事?」
そう話しているとクリーンスタッフがやって来た。
「あ、お疲れ様です!洗濯のお金お願いします。」
そう言って道具箱を持ってきた。お金を計上し、一万円分の百円玉を出して残りの金額も合わせていく。
「お願いします」
「はい、ありがとうございます」
そうしてクリーンスタッフは戻っていった。その背中を見送った後、ガチャリと扉が閉まったのを確認して牧田は話を再開させた。
「で?」
「……あの、お言葉ですが…」
「ん、何?」
「セクハラ問題に発展しますからね?下手したら」
「…クス、二度目だな、それ言われるの」
「…」
「でも、大人だ子供だの話でどうやったらセクハラになるんだ」
「…そりゃ、言葉のアヤです…多分」
「へぇ…アヤねぇ…」
「はい。…あ、」
電話が鳴り、牧田との会話を一旦辞めて容赦なく電話に出る桜。予約を取り切れば牧田がくすくす笑う中、話をしながらも桜は打ち込んでいく。
「で、もう一回聞くけど?」
「何でしょう?」
「俺なんかした?」
「…別に…何もしてないです」
「じゃぁ、何で避けられてんの?俺」
「避けては…ないです…」
「じゃぁ俺の目見て言える?」
そう言われるのとほぼ同時に入力をし終えてしまった桜。ドキっとしながらも牧田の方に視線をやればじっと相手の見つめている視線とぶつかり合う。
「…ッッ…」
「何よ」
「…えと…ごめんなさい…」
「避けてんだな?」
「避けてるっていうか…その…どうしたらいいか解らなくて…」
「どうって?」
「ほら…ちょっと前に…会長の前で醜態を晒したのがきっかけで…その…」
「あぁ、あれか…」
「それで…どう接していいか解らなくて…」
「いつも通りでいいでしょ」
「…会長はそうかもしれないけど…」
「俺だって余裕なんかないって」
そういう牧田の表情は優しくなっている。
「…あ、んまりそういうの言わない方がいいと思います。」
「セクハラってか?」
「違う…勘違い起こす人も居ますよって話。」
「勘違い?」
「あー、この人私に気があるのかもー!とか?」
「クス…居ないだろ。俺相手に」
「いるかもしれないでしょ?」
「って事は御門さんも勘違いするって事?」
「そんな事は言ってません」
「…へぇ…」
とその時だ。牧田のスマホが鳴りだした。
「ごめん、はい?」
牧田が電話に出るのは珍しい事じゃない。ただ、少しずつ口調が変わってくる。すっと席を立ち、フロントを後にしていく牧田を深追いすることも無いままに桜は仕事を進めていく。そんな時だ。
「書留です!」
そういって郵便配達員がやって来た。サインをして受け取るものの、明らかに牧田宛の物であるのは明白なもの。電話をしている最中なのは知っていたものの、ここに置いておくわけにはいかないと桜は考えていた。
「電話終わったらすぐ帰るかもしれないし…最悪電話中に帰るかもしれないし…」
意を決して封筒を持ってフロントを後にする。
『…・・・ーーー!!』
「やばそうな…雰囲気?」
いつも牧田のいる部屋からは扉が閉まって居るにも関わらず怒鳴り声に近い声が漏れて聞こえた。小さくノックをしてゆっくりと扉を開ける。
「…だからなんでそうなるんだよ。意味が解らない。……あぁ、…でなんでそんな事になるんだって言ってんだ。言ってる意味解るか?…違う。それは一番やっちゃいけない事だ、……あぁ…、」
聞くつもりはなくてもそんな牧田の言葉が耳に届いてくる。すぐ出ていくつもりのまま牧田の元に封筒を置いて行こうとした時だ。
「…ッッ…?!」
きゅっと桜の腕を掴み、引き留めた牧田。桜は意味も解らずどうしていいか解らないままされるがままの状態になっている。
「…あぁ、で?それからどうするつもりだ?」
「どうするって…え…わた、し?」
「……だから…」
しかし桜の返答とは全く異なり、電話口の相手に話しているのだとすぐに解った。腕を掴んでいた牧田の手はいつしか桜の手の平に移り、きゅっと握っている。
「…えと…」
なんとも言えない空気の中、先程迄の声色とは変わり、少しずつ落ち着いてきたのだろう。怒鳴り声までは出なくなっていた。
「…わかった。またそっちで話する。切るぞ」
ぴっと通話を終えた牧田。ようやく桜の手も解放された。
「…悪かった。こんな所見せて…」
「いえ、あの…書留でって…来て…電話中にも帰ったら困るかと思って…持ってきたんですが…お邪魔して…すみません」
「邪魔じゃない…カッとなってた。」
「…珍しい事もあるんですね、あんな風になるの、初めて見ました」
「ここのスタッフには見せたことない」
「…レアですね、私」
「まぁね」
「で、用事が出来たんですよね」
「あぁ。本社に戻る」
「お疲れ様です。」
「あぁ。」
「あ、会長?」
ふと帰り際の牧田を桜は呼び止めた。振り返る牧田に桜はニコッと笑いかけてひと言、『無理、しないでくださいね?』と伝えるのだった。
車に乗り込めば、桜の言葉がこだまするかの様に牧田の耳に残った。
「…無理しない、か。無理しなきゃならんだろって…この職じゃ」
そう呟きながらも電話のあった対策を考えながらも本社に向かって車を出すのだった。
「あ、御門さん?」
「はい?」
「今日、予約もすごく少ないし、私早く帰ってもいいかなぁ?」
そう切り出して来たのは時任だった。
「あ、大丈夫ですよ?やる事は変わらず同じですし」
「そう?なら今からでも、帰っていいかしらぁ」
「大丈夫です、解りました」
そうしてうきうきした様子で時任は『それじゃぁ!』といって帰宅していった。のびのびとした感じで桜は仕事を再開した。夏はエアコンも入っているし、冬場では暖房プラス足元ヒーターが出てくる。それが二人でなく一人であれば、貴重なそのヒーターも独り占めできる。というのも清掃の都合上入り口のドアこそしまっているものの、全ての部屋を喚起する必要性から、とにかく冷えるのだ。
「…はぁ…あったかい…」
季節は十二月を迎えていた。日が出ていれば日光が差し込んで暖かいもののそれは窓辺であればこそだった。パソコン画面に食いつく様にして入力作業を始めていく桜。そんな時だ。
「はかどってるかね」
「…へ?」
そのひと言でふっと顔をあげればフロントカウンターに凭れかける様に牧田が覗き込んでいた。
「…か、!!い、ちょう…?」
「うん、俺だけど?」
「あ、すみません、時任さん、帰っちゃいましたよ」
「あ、そう」
「『そう』って…良かったんですか?」
「うん、今日は別に時任さんに用があった訳じゃないし」
「…あの、何しに来られたんですか?」
「ん?最近避けられてんなぁと思ってね」
「……はい?」
「ん?自覚無い?」
「…私、ですか?」
「そう」
「……それは…」
「…で、今やってるのって急ぎ?」
「急ぎではないですけど…」
「そ」
一言いい終えればすっと居なくなる牧田。しかし時期に背後の扉がカチャっと開いた。
「邪魔するよ?」
「邪魔するなら来ないでいただきたいです」
「言うようになったな」
「…あの…何か用事が?」
「本当に今日は特にない」
「本社にも、仕事はありませんか?」
「急ぎはない。だから来た。」
「…はぁ」
「で?」
ギシっと椅子に凭れる牧田。頭の後ろで手を組んだまま、視線だけ桜に向けてくる。
「何かした?俺」
「…えと…私が…子供なだけで…」
「子供って言われても俺と二つ?三つ?しか変わらないだろ」
「……じゃぁ、特に会長が大人すぎるんです」
「…どういう事?」
そう話しているとクリーンスタッフがやって来た。
「あ、お疲れ様です!洗濯のお金お願いします。」
そう言って道具箱を持ってきた。お金を計上し、一万円分の百円玉を出して残りの金額も合わせていく。
「お願いします」
「はい、ありがとうございます」
そうしてクリーンスタッフは戻っていった。その背中を見送った後、ガチャリと扉が閉まったのを確認して牧田は話を再開させた。
「で?」
「……あの、お言葉ですが…」
「ん、何?」
「セクハラ問題に発展しますからね?下手したら」
「…クス、二度目だな、それ言われるの」
「…」
「でも、大人だ子供だの話でどうやったらセクハラになるんだ」
「…そりゃ、言葉のアヤです…多分」
「へぇ…アヤねぇ…」
「はい。…あ、」
電話が鳴り、牧田との会話を一旦辞めて容赦なく電話に出る桜。予約を取り切れば牧田がくすくす笑う中、話をしながらも桜は打ち込んでいく。
「で、もう一回聞くけど?」
「何でしょう?」
「俺なんかした?」
「…別に…何もしてないです」
「じゃぁ、何で避けられてんの?俺」
「避けては…ないです…」
「じゃぁ俺の目見て言える?」
そう言われるのとほぼ同時に入力をし終えてしまった桜。ドキっとしながらも牧田の方に視線をやればじっと相手の見つめている視線とぶつかり合う。
「…ッッ…」
「何よ」
「…えと…ごめんなさい…」
「避けてんだな?」
「避けてるっていうか…その…どうしたらいいか解らなくて…」
「どうって?」
「ほら…ちょっと前に…会長の前で醜態を晒したのがきっかけで…その…」
「あぁ、あれか…」
「それで…どう接していいか解らなくて…」
「いつも通りでいいでしょ」
「…会長はそうかもしれないけど…」
「俺だって余裕なんかないって」
そういう牧田の表情は優しくなっている。
「…あ、んまりそういうの言わない方がいいと思います。」
「セクハラってか?」
「違う…勘違い起こす人も居ますよって話。」
「勘違い?」
「あー、この人私に気があるのかもー!とか?」
「クス…居ないだろ。俺相手に」
「いるかもしれないでしょ?」
「って事は御門さんも勘違いするって事?」
「そんな事は言ってません」
「…へぇ…」
とその時だ。牧田のスマホが鳴りだした。
「ごめん、はい?」
牧田が電話に出るのは珍しい事じゃない。ただ、少しずつ口調が変わってくる。すっと席を立ち、フロントを後にしていく牧田を深追いすることも無いままに桜は仕事を進めていく。そんな時だ。
「書留です!」
そういって郵便配達員がやって来た。サインをして受け取るものの、明らかに牧田宛の物であるのは明白なもの。電話をしている最中なのは知っていたものの、ここに置いておくわけにはいかないと桜は考えていた。
「電話終わったらすぐ帰るかもしれないし…最悪電話中に帰るかもしれないし…」
意を決して封筒を持ってフロントを後にする。
『…・・・ーーー!!』
「やばそうな…雰囲気?」
いつも牧田のいる部屋からは扉が閉まって居るにも関わらず怒鳴り声に近い声が漏れて聞こえた。小さくノックをしてゆっくりと扉を開ける。
「…だからなんでそうなるんだよ。意味が解らない。……あぁ、…でなんでそんな事になるんだって言ってんだ。言ってる意味解るか?…違う。それは一番やっちゃいけない事だ、……あぁ…、」
聞くつもりはなくてもそんな牧田の言葉が耳に届いてくる。すぐ出ていくつもりのまま牧田の元に封筒を置いて行こうとした時だ。
「…ッッ…?!」
きゅっと桜の腕を掴み、引き留めた牧田。桜は意味も解らずどうしていいか解らないままされるがままの状態になっている。
「…あぁ、で?それからどうするつもりだ?」
「どうするって…え…わた、し?」
「……だから…」
しかし桜の返答とは全く異なり、電話口の相手に話しているのだとすぐに解った。腕を掴んでいた牧田の手はいつしか桜の手の平に移り、きゅっと握っている。
「…えと…」
なんとも言えない空気の中、先程迄の声色とは変わり、少しずつ落ち着いてきたのだろう。怒鳴り声までは出なくなっていた。
「…わかった。またそっちで話する。切るぞ」
ぴっと通話を終えた牧田。ようやく桜の手も解放された。
「…悪かった。こんな所見せて…」
「いえ、あの…書留でって…来て…電話中にも帰ったら困るかと思って…持ってきたんですが…お邪魔して…すみません」
「邪魔じゃない…カッとなってた。」
「…珍しい事もあるんですね、あんな風になるの、初めて見ました」
「ここのスタッフには見せたことない」
「…レアですね、私」
「まぁね」
「で、用事が出来たんですよね」
「あぁ。本社に戻る」
「お疲れ様です。」
「あぁ。」
「あ、会長?」
ふと帰り際の牧田を桜は呼び止めた。振り返る牧田に桜はニコッと笑いかけてひと言、『無理、しないでくださいね?』と伝えるのだった。
車に乗り込めば、桜の言葉がこだまするかの様に牧田の耳に残った。
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