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好きと言って…
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約束の当日…
前日に牧田から来たメール通りに桜はグラッドホテルに来ていた。休日に出勤の恰好でもない桜が来ればそれはもちろん、当然と言わんばかりの質問に責められる。
「…あれ?どうかした?」
「あ、ちょっとこの近くで待ち合わせなんですけど…、日陰になってて裏でちょっと待たせてもらおうかなって…」
「あー、いいよ、大丈夫。チェックアウトもみんな終わってるし、そっちの食堂でもいいじゃない?」
「いいですか?」
「いいと思いますよ?」
そう言われて陽の当たる席にちょこんと座ってイヤフォンを付けている。本当にある意味居るのかいないのか解らない位静かにいる桜。途中でトイレに席に立つものの、それ以外は外を見て待っている。それでも途中でイヤフォンを外していた。
「…充電無くなった…」
しまった…と言わんばかりの表情で桜はため息と一緒に鞄にしまった。不意に席を立てばフロント横にある自販機でガコン…と二本、ドリンクを買う。
「…もう来るかなぁ…」
そう思いながらもスマホの待ち受け画面を開く。約束の時間にはそれでもまだ少しある。
「…早く来すぎたなぁ…」
そんな後悔にも似た様な気持ちだったものの、それでもこの来るまでの緊張に耐えかねていると言った方が正しい感情なのかもしれなかった。
「…まだかなぁ…」
フロントに居ればそれは当然モニターがあるため牧田が来てもすぐに解る。それに気晴らしと言わんばかりに少しパソコンを使う事も出来る…だけど仕事でも無い中でそれは出来ない…そんな葛藤と、心の異様すぎる緊張に一層の事早く来てと願いうだけだった。
「…ッッ…」
スマホに連絡がある訳でもない中でガチャッと裏口のドアが開く音がした。
「…来た…」
そうして桜は何も無かったかの様にフロントのメンバーに挨拶して正面玄関から出ていった。とはいえ打ち合わせをしている訳でも無かった。
「…まだかな…」
監視モニターの位置は把握している。ここなら余程映りこまないだろう…そう思っていた。加えて言えばもう既に入金も済んでいる時間。見回りというにも日中は異変が確認されない限り余程でない。
その時だ。再度裏口のドアが開いた。
「…ここに居たのか」
「ん…」
「フロントに声かけるふりして見に行ったらいないし。約束忘れたかと思った。」
「忘れてないもん…」
「…フッ…」
「ここならモニター映らないかなって…」
「とはいえ俺と一緒に動いたらモニター映るけどな?」
ハッと表情が曇りがちになる桜。それでもいいからおいで?と呼ばれて足早に助手席側に移動していくのだった。
「どこか行きたい所ある?」
「んー、…」
「どこでもいい?」
「うん、会長の時間もあるし…」
「気にしなくていいのに…」
そういって車を出した牧田。そのまま二人はティータイムに喫茶店に訪れていた。
「俺は決まった、君は?」
「あの…」
「ん?」
「ケーキ…食べてもいいですか?」
あまりに唐突な疑問符に思わず吹き出しそうになってしまった牧田も、なんとか堪え、少しの間を置いて答えを出す。
「…どうぞ?」
「やった…!」
その返事があってすぐ、桜は小さく笑いながらもパタンとメニューを閉じた。
「決まったのか?」
「はい!」
そんな桜のにこにこと嬉しそうな顔を見ながらも牧田は手をあげて店員を呼ぶ。
「アイスコーヒー、一つ」
「私はアイスティーと、このベリーモンブランください」
「レモンかミルクはお付けしますか?」
「いえ、大丈夫です。」
そうして注文を終えるものの、口許が緩みっぱなしの桜の顔をみて牧田はふと問いかけた。
「そんなにケーキ食べたかった?」
「だって…美味しそうだったから…」
「悩むことでもないだろうに…」
「悩みますよ!」
ぷぅ…と少しばかり頬を膨らませながらも桜はしっかりと牧田を見つめる。声は大きくないものの 、確実に力は入っているのは手に取るようにはっきりとしていた。
「お待たせいたしました」
そうして運ばれてきた物を見て桜の目は一気に輝きは増した。
「美味しそう…」
「どうぞ?」
「あ、でも待ってます!会長の来るのも…」
「いいよ、先に食べな?」
「じゃぁ、いただきます!」
丁寧に手を合わせフォークでひと掬いし、口に運ぶ。
「…ーーっ!!!」
「美味しいんだな?」
「はいっ!」
「よかった」
そう話していればすぐに他のものも随時運ばれてくる。その合間に桜は嬉しそうに牧田に問いかけた。
「会長も、一口食べます?」
「いや、大丈夫」
「あ、すみません、食べちゃったから…」
「そうじゃなくて…食べた、食べる前とか関係なく……」
「ケーキの気分じゃなかった?」
「あぁ。ありがとう」
そうしてゆっくりとした時間を過ごしていた二人。そんな時だ。
ピリリリリ…ピリリリリ…
牧田のスマホに着信が入る。それを一旦は無視するものの、再度かかって来るのを見て桜は出てください?と促した。
「ごめん」
「大丈夫ですよ、急ぎだと困るし…出てください!」
そうにこりと笑う桜に、そのまま甘えて電話に出る。仕事の話だろうが、少しその場で離していたものの席を立った。視線で会話を済ませると、外に出る者とケーキを食す者に別れた。休みである訳でも無く、仕事の合間に来ているだけの為、行ってしまえば出ない訳にもいかなかった。
『あぁ、……そう、それで?………うん、解った。じゃぁ、何か変わりがあったらまた連絡してください。』
そう言い、話を終わらせれば柄にもなくため息が吐いて出る。重たくなった足取りを引きずり、牧田は店内に戻り桜の元に向かった。
そんな時の桜…ずっと食べていたケーキだったものの、フォークが進まない。
『…美味しかったはずなのに…』
カチャっとフォークを置いていたずらにストローを回している。やることがないわけでもない。美味しいと感じたケーキを食べて待つもよし、紅茶でひと息つくも良し…やる事、出来る事はこの時間の間にもある。しかしただ牧田が仕事の電話で席を外しただけなのに。こんなにも寂しく感じるなんて思いもよらなかった。
「ごめん、」
「…!」
「ん?…ケーキ減ってない?どうした?」
「なんでもないですよ?ただ戻るの待ってようかなって思って…」
「よかったのに」
そんな事は嘘だな…と牧田は一瞬で見抜いていた。それも仕方のない事。桜自身は全く自覚がないのだろうが、不意に顔をあげたその表情は淋しそうにしか見えないものだった。
***
それから少し話をしながらも、目の前のオーダー品は減っていく。ティータイムもそこそこに店を出た二人。駐車場に戻り車に乗ろうとした時、不意に桜は背中を見ていたものの、きゅっと牧田のシャツを摘まんだ。
「…どうした?」
「ううん…あの、ごちそうさまです」
「うん」
「本当にごちそうになってもよかったんですか?」
「男が恋人にティータイム代出したからって何か問題でも?」
「…えと…ないです、が…」
「無いけど?」
「少しは出さないと…って…」
「気にしなくてもいい。しかも初めてので?一万も二万もねだられたわけでも無いんだ。」
「…それはそうですが…」
「それより…」
シャツを摘まむ手を掬い取った牧田。
「…気にするならこれでいい」
「…ッ」
そうして車までの少しの距離を歩いていた。
「…さ、あとは?」
「会長…?さっきの電話って…急ぎじゃないんですか?」
「ん?急ぎじゃない。確認の電話なだけだったから。」
「そっか…」
「ん。」
そう答えればエンジンをかけ、車は走り出す。そこから少しだけ離れた場所にある展望広場に着いた。
「今日は案外空いてるな…」
「こんな所あったんですね!」
「あぁ、知らなかった?」
「はい」
「降りるか」
駐車場も端の方に停めた牧田。それでも他に停めている車は少ない。その為、ゆっくりと出来そうであった。
「…それほど寒くないな。」
「はい…あったかいですよね!」
「あぁ。」
走り出して、柵越しに下を見下ろす桜。
「…下の遊具のある広場側にはたくさん停まってますね!にぎやか…」
「だな。上まで上がってくると夜景的にはいいんだけど日中はこの通りだからね」
そう言いながらも柵と牧田の間に桜をはさむ様にして牧田は柵に手を置いた。
「会長…ッッ?」
「言ったろ?会長は社外ではやめてほしいって…」
「…ん…」
「こっち向いて?」
そう言われて桜はゆっくりと体の向きを変えた。
「…桜…」
囁く様にして声をかける牧田の胸にぽすっと額を当て、腰に巻き付いて行く桜。どくどくと煩いほどの鼓動を抑え込む様に絞る様に口を開く。
「…ま、さき…」
「ん?」
「…変だって言ってくれても…いいから…」
「何が?」
「…あの…ね?」
きゅっと巻き付く手に力が入る。
「…今日、もう触れれないかなって…そう思ってた…」
「…ん?」
「ほんとは…触れたくて…会いたくて…そう思ってた…でも、触れたいとか言ったら困らせるかなって思ったり…そう思ったら、ちょっと寂しくなって…会えただけでも嬉しいはずなのに…」
「…そっか」
「呆れちゃうよね…」
ゆっくりと肩を押し戻す牧田の行動に桜は俯くしかなくなっていた。
「やっぱりこういうの重たいって思うよね…」
「…そんなことない」
「…え?」
「思う訳ないだろ…そんな事。」
「…でも…」
「そんなんで重たいなんて言ってたら俺なんて馬鹿にされる」
「バカには…しないとおもいます…」
「それは一般論だろ?桜の心でって言いきれるか?」
「それって…どういう…こと?」
「そのままだ」
そう言うと牧田は腰を抱き、引き寄せた。
「…俺は触れるだけじゃ物足りない」
「…ッッかい、ち…ょう?」
「そうやってすぐ戻る呼び方も消し去る位に触れて、離したくない。名前でしか呼べなくなるくらいに溺れさせれたら…そう思ってる。」
「…ッ」
二っと笑いながらも桜をぐっと抱きしめた牧田。そのまま続けようかという時だ。
「…ーーーでさぁー!!」
「マジで?!」
遠くの方から近付いてくる声がする。その声でふっと離れた二人の距離が微妙に空いている。
『一旦車に戻ろう』と促されて桜は牧田と一緒に車に歩いて行く。すっと後部座席を開けた牧田に促されて、桜は初めて後部座席に座った。
「…クス、もう少し詰めてくれると助かる」
「え?」
牧田自身も座ると思っていなかった桜。ゆっくりと奥に詰めると牧田も隣に座ってドアを閉めた。
「…あの…会長…?」
「くるか?」
そう言って少し手を差し出した。躊躇いがちに牧田の手を取り、巻き付いて行く桜。
「…もしかして色々と初めて?」
「いえ…その…前にお付き合いしたことはあります…ただ…」
「ただ?」
「会長…と違い過ぎて…」
「なるほどね。」
そう答えれば牧田は小さく笑う。
「その元カレと付き合ってるわけじゃないし、今は俺と付き合ってる。その自覚はある?」
「…あるけど…」
「そこは言い切ってほしかったな」
「…ごめんなさい…」
「俺は、思っている事を話してくれたらそれでいい。嫌気何か差したりしない。やりたい事や、したい事、そういうのも言ってくれたらいい。叶えて上げれる事かどうかは聞かないと解らない。そうだろ?」
「…ん」
「だから、俺も言いたい事は言う事にしてる。そうだろ?」
「ん…」
「まぁ、トラウマがあるのかもしれないけど、それでもきちんと話してほしい。これが嫌、こうしたい、全部。」
「…解った…」
「で、早い所、名前で固定させてくれると俺は喜ぶぞ?」
「…ッ…」
「仕事中は譲って会長でもいいけど。」
「…柾…」
「ん」
「柾…」
「何?どうした?」
そう小さく、それでもはっきりと名前を呼べば桜はきゅっと巻き付いて行く。
「もう少し、こうしてたい…いい?」
「ん、大丈夫。」
「…柾…時間は?」
「あと少しなら問題はない」
「…次いつ…会える?」
「そうだな、毎週月曜に行く様にしようかと思ってたからな」
「祝日なら翌日の火曜日?」
「ほぼほぼ、関係なくだな」
「…解った。」
「仕事以外で会えないの?とかは聞かないのか?」
「だって、そうそう、変えれないでしょ?」
「ん?」
「私は土日休みじゃないし、柾は…基本土日休み。シンテクノがそうでしょ?」
「あぁ。そうだな」
「土日出勤できるのが条件的なところもあるから…そうしたらデートは出来ないじゃない?」
「…そうか?」
「そうかって、そうでしょ?」
「ねぇ桜?」
「何?」
「有給って制度、知ってる?」
そういう牧田の声色はいつも以上にとろける程に甘いものだった。
「有給…でも…」
「俺も会長って地位にあっても一応あるはあるんだよ。平日でも、取ろうと思えばとれる。」
「…ッッ…」
「桜が融通取れにくいならたまには俺が合わせる。それなら大丈夫だろ?」
「…でも…」
「気にしない。度々だと困る所もあるけどな。今まで一回もどこかに行く事出来なかっただろう?今日だって、ほんの数時間だ。」
「…仕方ないかなって…」
「諦めるところが違うって。な?」
そう言って体を離せばぽん…と頭を撫でる牧田の手の温もりに桜はありがとうと返すのだった。
前日に牧田から来たメール通りに桜はグラッドホテルに来ていた。休日に出勤の恰好でもない桜が来ればそれはもちろん、当然と言わんばかりの質問に責められる。
「…あれ?どうかした?」
「あ、ちょっとこの近くで待ち合わせなんですけど…、日陰になってて裏でちょっと待たせてもらおうかなって…」
「あー、いいよ、大丈夫。チェックアウトもみんな終わってるし、そっちの食堂でもいいじゃない?」
「いいですか?」
「いいと思いますよ?」
そう言われて陽の当たる席にちょこんと座ってイヤフォンを付けている。本当にある意味居るのかいないのか解らない位静かにいる桜。途中でトイレに席に立つものの、それ以外は外を見て待っている。それでも途中でイヤフォンを外していた。
「…充電無くなった…」
しまった…と言わんばかりの表情で桜はため息と一緒に鞄にしまった。不意に席を立てばフロント横にある自販機でガコン…と二本、ドリンクを買う。
「…もう来るかなぁ…」
そう思いながらもスマホの待ち受け画面を開く。約束の時間にはそれでもまだ少しある。
「…早く来すぎたなぁ…」
そんな後悔にも似た様な気持ちだったものの、それでもこの来るまでの緊張に耐えかねていると言った方が正しい感情なのかもしれなかった。
「…まだかなぁ…」
フロントに居ればそれは当然モニターがあるため牧田が来てもすぐに解る。それに気晴らしと言わんばかりに少しパソコンを使う事も出来る…だけど仕事でも無い中でそれは出来ない…そんな葛藤と、心の異様すぎる緊張に一層の事早く来てと願いうだけだった。
「…ッッ…」
スマホに連絡がある訳でもない中でガチャッと裏口のドアが開く音がした。
「…来た…」
そうして桜は何も無かったかの様にフロントのメンバーに挨拶して正面玄関から出ていった。とはいえ打ち合わせをしている訳でも無かった。
「…まだかな…」
監視モニターの位置は把握している。ここなら余程映りこまないだろう…そう思っていた。加えて言えばもう既に入金も済んでいる時間。見回りというにも日中は異変が確認されない限り余程でない。
その時だ。再度裏口のドアが開いた。
「…ここに居たのか」
「ん…」
「フロントに声かけるふりして見に行ったらいないし。約束忘れたかと思った。」
「忘れてないもん…」
「…フッ…」
「ここならモニター映らないかなって…」
「とはいえ俺と一緒に動いたらモニター映るけどな?」
ハッと表情が曇りがちになる桜。それでもいいからおいで?と呼ばれて足早に助手席側に移動していくのだった。
「どこか行きたい所ある?」
「んー、…」
「どこでもいい?」
「うん、会長の時間もあるし…」
「気にしなくていいのに…」
そういって車を出した牧田。そのまま二人はティータイムに喫茶店に訪れていた。
「俺は決まった、君は?」
「あの…」
「ん?」
「ケーキ…食べてもいいですか?」
あまりに唐突な疑問符に思わず吹き出しそうになってしまった牧田も、なんとか堪え、少しの間を置いて答えを出す。
「…どうぞ?」
「やった…!」
その返事があってすぐ、桜は小さく笑いながらもパタンとメニューを閉じた。
「決まったのか?」
「はい!」
そんな桜のにこにこと嬉しそうな顔を見ながらも牧田は手をあげて店員を呼ぶ。
「アイスコーヒー、一つ」
「私はアイスティーと、このベリーモンブランください」
「レモンかミルクはお付けしますか?」
「いえ、大丈夫です。」
そうして注文を終えるものの、口許が緩みっぱなしの桜の顔をみて牧田はふと問いかけた。
「そんなにケーキ食べたかった?」
「だって…美味しそうだったから…」
「悩むことでもないだろうに…」
「悩みますよ!」
ぷぅ…と少しばかり頬を膨らませながらも桜はしっかりと牧田を見つめる。声は大きくないものの 、確実に力は入っているのは手に取るようにはっきりとしていた。
「お待たせいたしました」
そうして運ばれてきた物を見て桜の目は一気に輝きは増した。
「美味しそう…」
「どうぞ?」
「あ、でも待ってます!会長の来るのも…」
「いいよ、先に食べな?」
「じゃぁ、いただきます!」
丁寧に手を合わせフォークでひと掬いし、口に運ぶ。
「…ーーっ!!!」
「美味しいんだな?」
「はいっ!」
「よかった」
そう話していればすぐに他のものも随時運ばれてくる。その合間に桜は嬉しそうに牧田に問いかけた。
「会長も、一口食べます?」
「いや、大丈夫」
「あ、すみません、食べちゃったから…」
「そうじゃなくて…食べた、食べる前とか関係なく……」
「ケーキの気分じゃなかった?」
「あぁ。ありがとう」
そうしてゆっくりとした時間を過ごしていた二人。そんな時だ。
ピリリリリ…ピリリリリ…
牧田のスマホに着信が入る。それを一旦は無視するものの、再度かかって来るのを見て桜は出てください?と促した。
「ごめん」
「大丈夫ですよ、急ぎだと困るし…出てください!」
そうにこりと笑う桜に、そのまま甘えて電話に出る。仕事の話だろうが、少しその場で離していたものの席を立った。視線で会話を済ませると、外に出る者とケーキを食す者に別れた。休みである訳でも無く、仕事の合間に来ているだけの為、行ってしまえば出ない訳にもいかなかった。
『あぁ、……そう、それで?………うん、解った。じゃぁ、何か変わりがあったらまた連絡してください。』
そう言い、話を終わらせれば柄にもなくため息が吐いて出る。重たくなった足取りを引きずり、牧田は店内に戻り桜の元に向かった。
そんな時の桜…ずっと食べていたケーキだったものの、フォークが進まない。
『…美味しかったはずなのに…』
カチャっとフォークを置いていたずらにストローを回している。やることがないわけでもない。美味しいと感じたケーキを食べて待つもよし、紅茶でひと息つくも良し…やる事、出来る事はこの時間の間にもある。しかしただ牧田が仕事の電話で席を外しただけなのに。こんなにも寂しく感じるなんて思いもよらなかった。
「ごめん、」
「…!」
「ん?…ケーキ減ってない?どうした?」
「なんでもないですよ?ただ戻るの待ってようかなって思って…」
「よかったのに」
そんな事は嘘だな…と牧田は一瞬で見抜いていた。それも仕方のない事。桜自身は全く自覚がないのだろうが、不意に顔をあげたその表情は淋しそうにしか見えないものだった。
***
それから少し話をしながらも、目の前のオーダー品は減っていく。ティータイムもそこそこに店を出た二人。駐車場に戻り車に乗ろうとした時、不意に桜は背中を見ていたものの、きゅっと牧田のシャツを摘まんだ。
「…どうした?」
「ううん…あの、ごちそうさまです」
「うん」
「本当にごちそうになってもよかったんですか?」
「男が恋人にティータイム代出したからって何か問題でも?」
「…えと…ないです、が…」
「無いけど?」
「少しは出さないと…って…」
「気にしなくてもいい。しかも初めてので?一万も二万もねだられたわけでも無いんだ。」
「…それはそうですが…」
「それより…」
シャツを摘まむ手を掬い取った牧田。
「…気にするならこれでいい」
「…ッ」
そうして車までの少しの距離を歩いていた。
「…さ、あとは?」
「会長…?さっきの電話って…急ぎじゃないんですか?」
「ん?急ぎじゃない。確認の電話なだけだったから。」
「そっか…」
「ん。」
そう答えればエンジンをかけ、車は走り出す。そこから少しだけ離れた場所にある展望広場に着いた。
「今日は案外空いてるな…」
「こんな所あったんですね!」
「あぁ、知らなかった?」
「はい」
「降りるか」
駐車場も端の方に停めた牧田。それでも他に停めている車は少ない。その為、ゆっくりと出来そうであった。
「…それほど寒くないな。」
「はい…あったかいですよね!」
「あぁ。」
走り出して、柵越しに下を見下ろす桜。
「…下の遊具のある広場側にはたくさん停まってますね!にぎやか…」
「だな。上まで上がってくると夜景的にはいいんだけど日中はこの通りだからね」
そう言いながらも柵と牧田の間に桜をはさむ様にして牧田は柵に手を置いた。
「会長…ッッ?」
「言ったろ?会長は社外ではやめてほしいって…」
「…ん…」
「こっち向いて?」
そう言われて桜はゆっくりと体の向きを変えた。
「…桜…」
囁く様にして声をかける牧田の胸にぽすっと額を当て、腰に巻き付いて行く桜。どくどくと煩いほどの鼓動を抑え込む様に絞る様に口を開く。
「…ま、さき…」
「ん?」
「…変だって言ってくれても…いいから…」
「何が?」
「…あの…ね?」
きゅっと巻き付く手に力が入る。
「…今日、もう触れれないかなって…そう思ってた…」
「…ん?」
「ほんとは…触れたくて…会いたくて…そう思ってた…でも、触れたいとか言ったら困らせるかなって思ったり…そう思ったら、ちょっと寂しくなって…会えただけでも嬉しいはずなのに…」
「…そっか」
「呆れちゃうよね…」
ゆっくりと肩を押し戻す牧田の行動に桜は俯くしかなくなっていた。
「やっぱりこういうの重たいって思うよね…」
「…そんなことない」
「…え?」
「思う訳ないだろ…そんな事。」
「…でも…」
「そんなんで重たいなんて言ってたら俺なんて馬鹿にされる」
「バカには…しないとおもいます…」
「それは一般論だろ?桜の心でって言いきれるか?」
「それって…どういう…こと?」
「そのままだ」
そう言うと牧田は腰を抱き、引き寄せた。
「…俺は触れるだけじゃ物足りない」
「…ッッかい、ち…ょう?」
「そうやってすぐ戻る呼び方も消し去る位に触れて、離したくない。名前でしか呼べなくなるくらいに溺れさせれたら…そう思ってる。」
「…ッ」
二っと笑いながらも桜をぐっと抱きしめた牧田。そのまま続けようかという時だ。
「…ーーーでさぁー!!」
「マジで?!」
遠くの方から近付いてくる声がする。その声でふっと離れた二人の距離が微妙に空いている。
『一旦車に戻ろう』と促されて桜は牧田と一緒に車に歩いて行く。すっと後部座席を開けた牧田に促されて、桜は初めて後部座席に座った。
「…クス、もう少し詰めてくれると助かる」
「え?」
牧田自身も座ると思っていなかった桜。ゆっくりと奥に詰めると牧田も隣に座ってドアを閉めた。
「…あの…会長…?」
「くるか?」
そう言って少し手を差し出した。躊躇いがちに牧田の手を取り、巻き付いて行く桜。
「…もしかして色々と初めて?」
「いえ…その…前にお付き合いしたことはあります…ただ…」
「ただ?」
「会長…と違い過ぎて…」
「なるほどね。」
そう答えれば牧田は小さく笑う。
「その元カレと付き合ってるわけじゃないし、今は俺と付き合ってる。その自覚はある?」
「…あるけど…」
「そこは言い切ってほしかったな」
「…ごめんなさい…」
「俺は、思っている事を話してくれたらそれでいい。嫌気何か差したりしない。やりたい事や、したい事、そういうのも言ってくれたらいい。叶えて上げれる事かどうかは聞かないと解らない。そうだろ?」
「…ん」
「だから、俺も言いたい事は言う事にしてる。そうだろ?」
「ん…」
「まぁ、トラウマがあるのかもしれないけど、それでもきちんと話してほしい。これが嫌、こうしたい、全部。」
「…解った…」
「で、早い所、名前で固定させてくれると俺は喜ぶぞ?」
「…ッ…」
「仕事中は譲って会長でもいいけど。」
「…柾…」
「ん」
「柾…」
「何?どうした?」
そう小さく、それでもはっきりと名前を呼べば桜はきゅっと巻き付いて行く。
「もう少し、こうしてたい…いい?」
「ん、大丈夫。」
「…柾…時間は?」
「あと少しなら問題はない」
「…次いつ…会える?」
「そうだな、毎週月曜に行く様にしようかと思ってたからな」
「祝日なら翌日の火曜日?」
「ほぼほぼ、関係なくだな」
「…解った。」
「仕事以外で会えないの?とかは聞かないのか?」
「だって、そうそう、変えれないでしょ?」
「ん?」
「私は土日休みじゃないし、柾は…基本土日休み。シンテクノがそうでしょ?」
「あぁ。そうだな」
「土日出勤できるのが条件的なところもあるから…そうしたらデートは出来ないじゃない?」
「…そうか?」
「そうかって、そうでしょ?」
「ねぇ桜?」
「何?」
「有給って制度、知ってる?」
そういう牧田の声色はいつも以上にとろける程に甘いものだった。
「有給…でも…」
「俺も会長って地位にあっても一応あるはあるんだよ。平日でも、取ろうと思えばとれる。」
「…ッッ…」
「桜が融通取れにくいならたまには俺が合わせる。それなら大丈夫だろ?」
「…でも…」
「気にしない。度々だと困る所もあるけどな。今まで一回もどこかに行く事出来なかっただろう?今日だって、ほんの数時間だ。」
「…仕方ないかなって…」
「諦めるところが違うって。な?」
そう言って体を離せばぽん…と頭を撫でる牧田の手の温もりに桜はありがとうと返すのだった。
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