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決断の時
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幸いにも翌日、桜は仕事が休みだった。朝起きればあまり眠れなかったこともあって体は重たい。
「…ッッ」
いつもなら早い時間とはいえ牧田からの挨拶がほぼ入ってきていた。それが今日はある訳も無く…
「…やっぱり…そうだよね…私が別れたいって切り出して…それで何望んでるんだってはなしで…」
解ってた。そう思っていたはずだったものの、桜の心はどこか押しつぶされそうに詰まっていた。好きなのに、離れなくてはならない…でもそれは自分の一方的なもの…
自分が切り出して…牧田はあれ程に引き留めてくれたのに…そう思いながらも明日の仕事に影響させぬよう、涙を心の奥にしまい込む。
「…あ、これも…返さなきゃ…」
貰ったばかりのアクセサリー。きっと…持っていたら…いけないから…
そう思って桜は今の想いを紙に託すことにした。
「書いてももう読んでもらえないかも知れないけど…」
どれだけ自分勝手なものか…そんなのは解っていた。それでもどうしても牧田の事を好きだったことは嘘ではない。もっと言えば今でもまだ好きなんだ。そう思いながらも桜は踏みとどまる事をすることも無いままにペンを取った。
『柾へ
柾って書くのも少し迷ったけど…ごめんね?
これ、貰えた時はすごく嬉しかった。でももうきっと私が持ってちゃいけないんだよね
柾に次の新しい恋人が出来た時に、きっと私に渡したし…って感じるかも知れないし…どっちにしても私じゃ捨てれないから、柾に捨ててもらいたい。
もう全部が私のわがままだって言うのは解ってる。でも、そうでもしないと本当に困るから
本当に今までありがとう…幸せになってね?
御門桜』
封筒に手紙とネックレスを入れて準備をする。会う事も無いため、牧田のロッカーに入れる事にした。どうしても伝えたい事はかけない。そう思いながらも好きの一言は封印したままに書き終えた。
翌日、出勤してまず初めに牧田のロッカーに投函する。いつみるかもわからない。でも、早かれ遅かれ、目にするのは間違いなかった。
「…最悪…本当に…」
そう呟くもののどうにもできなくなった桜は自身の心を奮い立たせてフロントに立つほかなかった。
「どうかした?」
「え、っと…なんでもないですよ?どうかしました?」
「いや、どうかした?は俺が聞いてる。」
そういうのは金本だった。
「…あー、ちょっと…別れちゃいまして…」
「え、彼氏できてた?」
「はい、一応…」
「あー、なるほどね…それでフラれてへこんでるって訳か」
「振られたんじゃないです…」
「・・・・は?」
「え?」
「へこんでるからフラれたのかと…」
「いえ…振っちゃった側です…」
「で、何でへこんでるの?」
「話せば長くなりますがいいですか?」
「まぁ、別に。」
「好きだけど振ってしまったんですよ。」
「意味が解らないんだけど?」
「…ですよね。普通は解りません…」
「…で、後悔してる系?」
「……後悔…は…その…」
「ん?」
後悔するって言うのは少し違うかも知れない…そう思い込もうとしていた桜にとって、金本のこの言葉は少し心を動かされる。
「んー、まぁ、どっちにしても後悔しないでいい方法が一番の方法なんだろうけど…そうもいかないって事だろ?」
「…はい、そうですね…」
「話し合って、って感じ?」
「…話し合いを拒みました…」
「御門さんが?」
「はい」
「相手が相当ヤバい奴?」
「ヤバくはないです。」
「…良く解んないけど…」
そう前置きをして金本は話を続けた。
「何か不満があったとかじゃないならもう一回話し合いしてもいいんじゃないの?その、御門さんの為というか、相手の為というか…」
「…そうです、よね」
答えはするものの、話をすれば気持ちが絶対に揺らいでしまう…そう思った桜は話し合いをするという状況を持とうとはしなかった。
それから一週間、二週間…と牧田に会う事は無かった。週一回のペースでの来訪だったので桜の週二階の休みの間に来ていれば仕事は出来ていることになる。問題はないのだ。
「はぁ…誰でもいいからいて欲しかった…」
そう、この日はフロントメンバー1人欠員が出ていた。加えて言えばクレンリネスのスタッフもほぼ少ない日。
「…こんな時に限って…思い出すんだよな…」
ホテルの場所というのがまた思い出させる原因だった。牧田との出会いから始まっていろいろと詰まっている場所でもあった。その時だ。ガチャっと扉を開ける音がした。
「…?」
誰だろうと確認する前に桜は癖になっているのだろうモニターを見ればドクリと胸が弾む。まだその人を確認していないのに…車だけでわかる。
「…ま、さき…」
職場ではいつも変わらずに会長と呼んでいるものの、この時だけは人が居ない事もあって気が緩んでしまったのだろう。フロントには来ないでほしい…そう思っていた時だ。
コンコン…
「…あ、御門さんだけ?」
「あ、おはようございます」
「あー、うん」
そういって牧田はフロントに書類を持って入ってくる。桜のいる椅子はフロントの奥の席、コピー機の近くだった。
「…ッッ」
「ごめん、これコピーさせて?」
「あ、はい。終わったら持っていきます。」
「大丈夫。やってくから」
「…はい…」
短くも小さな声での返事。ドクドクと煩いその鼓動。今までとは違うその雰囲気にどうにもならなくなった。
「…あの、会長…」
「何?」
「…その…」
「どうした?」
「…・・・いえ…」
俯きながら手をきゅっと握りしめている桜を見て牧田は特段何も言う事は無かった。
「邪魔して悪かったな」
そうしてコピーを必要なだけ取れば牧田はフロントを後にする。
「邪魔な訳…ないよ…」
少し前とは違う。それを実感させられた。いままでこんなに無言である時間は無かった。そんな時、少しいつもよりも早めに郵便が届く。
「…はぁ…」
郵便を届けに行くだけでも気が重い…自業自得なのに…そう思いつつも桜は事務所に向かって行く。
「…失礼します、あ、もうお帰りですか?」
「あぁ、」
「これ、入れておきますか?」
「もらってく」
そういって手渡す時、少しだけ触れる指先にドキッとするのは桜だった。
「…あの…」
「悪い…」
そのまま桜の手から受け取れば無造作に鞄に入れて牧田は事務所を出る。これ程の対応は初めて出会った時から初めての事だった。
「…ッッ…しかたない、よね…」
触れた指先だけが熱を持つ。それだけで胸を苦しめていくのにどうして別れを切り出したのだろう…桜の心は少しだけツキン…と痛むのだった。
***
「くそ…大人ってどこ見て言うんだ…俺は…」
その頃の牧田は早々に運転席に乗り込んでいた。触れた指先が熱い…右手の数本だけに熱がこもる。
「…フラれたってのに…いつまで期待してるんだ…俺は…」
牧田は珍しく少しだけの期待を持っていた。もしかしたら何も今までと変わらない様に…あの話が嘘だと言わんばかりにいつも通りに屈託ない笑顔を見せてくれるのかもしれない…そうしたらもう一回自分から話しかけてみよう…そう思っていた。それでも桜の反応は余所余所しくて…
「初めてだな…こんな事ならセクハラだのなんだの言われていた…あの頃のがよっぽどよかった…」
あの日からずっと牧田の心は置き去りになっている。誰に言われるでも無く、ただ…自分の中で踏ん切りが全くつかないでいた。
「…限界だな…」
そう呟いてひとつ息を吐き出せば車を発進させた。
「…ッッ」
いつもなら早い時間とはいえ牧田からの挨拶がほぼ入ってきていた。それが今日はある訳も無く…
「…やっぱり…そうだよね…私が別れたいって切り出して…それで何望んでるんだってはなしで…」
解ってた。そう思っていたはずだったものの、桜の心はどこか押しつぶされそうに詰まっていた。好きなのに、離れなくてはならない…でもそれは自分の一方的なもの…
自分が切り出して…牧田はあれ程に引き留めてくれたのに…そう思いながらも明日の仕事に影響させぬよう、涙を心の奥にしまい込む。
「…あ、これも…返さなきゃ…」
貰ったばかりのアクセサリー。きっと…持っていたら…いけないから…
そう思って桜は今の想いを紙に託すことにした。
「書いてももう読んでもらえないかも知れないけど…」
どれだけ自分勝手なものか…そんなのは解っていた。それでもどうしても牧田の事を好きだったことは嘘ではない。もっと言えば今でもまだ好きなんだ。そう思いながらも桜は踏みとどまる事をすることも無いままにペンを取った。
『柾へ
柾って書くのも少し迷ったけど…ごめんね?
これ、貰えた時はすごく嬉しかった。でももうきっと私が持ってちゃいけないんだよね
柾に次の新しい恋人が出来た時に、きっと私に渡したし…って感じるかも知れないし…どっちにしても私じゃ捨てれないから、柾に捨ててもらいたい。
もう全部が私のわがままだって言うのは解ってる。でも、そうでもしないと本当に困るから
本当に今までありがとう…幸せになってね?
御門桜』
封筒に手紙とネックレスを入れて準備をする。会う事も無いため、牧田のロッカーに入れる事にした。どうしても伝えたい事はかけない。そう思いながらも好きの一言は封印したままに書き終えた。
翌日、出勤してまず初めに牧田のロッカーに投函する。いつみるかもわからない。でも、早かれ遅かれ、目にするのは間違いなかった。
「…最悪…本当に…」
そう呟くもののどうにもできなくなった桜は自身の心を奮い立たせてフロントに立つほかなかった。
「どうかした?」
「え、っと…なんでもないですよ?どうかしました?」
「いや、どうかした?は俺が聞いてる。」
そういうのは金本だった。
「…あー、ちょっと…別れちゃいまして…」
「え、彼氏できてた?」
「はい、一応…」
「あー、なるほどね…それでフラれてへこんでるって訳か」
「振られたんじゃないです…」
「・・・・は?」
「え?」
「へこんでるからフラれたのかと…」
「いえ…振っちゃった側です…」
「で、何でへこんでるの?」
「話せば長くなりますがいいですか?」
「まぁ、別に。」
「好きだけど振ってしまったんですよ。」
「意味が解らないんだけど?」
「…ですよね。普通は解りません…」
「…で、後悔してる系?」
「……後悔…は…その…」
「ん?」
後悔するって言うのは少し違うかも知れない…そう思い込もうとしていた桜にとって、金本のこの言葉は少し心を動かされる。
「んー、まぁ、どっちにしても後悔しないでいい方法が一番の方法なんだろうけど…そうもいかないって事だろ?」
「…はい、そうですね…」
「話し合って、って感じ?」
「…話し合いを拒みました…」
「御門さんが?」
「はい」
「相手が相当ヤバい奴?」
「ヤバくはないです。」
「…良く解んないけど…」
そう前置きをして金本は話を続けた。
「何か不満があったとかじゃないならもう一回話し合いしてもいいんじゃないの?その、御門さんの為というか、相手の為というか…」
「…そうです、よね」
答えはするものの、話をすれば気持ちが絶対に揺らいでしまう…そう思った桜は話し合いをするという状況を持とうとはしなかった。
それから一週間、二週間…と牧田に会う事は無かった。週一回のペースでの来訪だったので桜の週二階の休みの間に来ていれば仕事は出来ていることになる。問題はないのだ。
「はぁ…誰でもいいからいて欲しかった…」
そう、この日はフロントメンバー1人欠員が出ていた。加えて言えばクレンリネスのスタッフもほぼ少ない日。
「…こんな時に限って…思い出すんだよな…」
ホテルの場所というのがまた思い出させる原因だった。牧田との出会いから始まっていろいろと詰まっている場所でもあった。その時だ。ガチャっと扉を開ける音がした。
「…?」
誰だろうと確認する前に桜は癖になっているのだろうモニターを見ればドクリと胸が弾む。まだその人を確認していないのに…車だけでわかる。
「…ま、さき…」
職場ではいつも変わらずに会長と呼んでいるものの、この時だけは人が居ない事もあって気が緩んでしまったのだろう。フロントには来ないでほしい…そう思っていた時だ。
コンコン…
「…あ、御門さんだけ?」
「あ、おはようございます」
「あー、うん」
そういって牧田はフロントに書類を持って入ってくる。桜のいる椅子はフロントの奥の席、コピー機の近くだった。
「…ッッ」
「ごめん、これコピーさせて?」
「あ、はい。終わったら持っていきます。」
「大丈夫。やってくから」
「…はい…」
短くも小さな声での返事。ドクドクと煩いその鼓動。今までとは違うその雰囲気にどうにもならなくなった。
「…あの、会長…」
「何?」
「…その…」
「どうした?」
「…・・・いえ…」
俯きながら手をきゅっと握りしめている桜を見て牧田は特段何も言う事は無かった。
「邪魔して悪かったな」
そうしてコピーを必要なだけ取れば牧田はフロントを後にする。
「邪魔な訳…ないよ…」
少し前とは違う。それを実感させられた。いままでこんなに無言である時間は無かった。そんな時、少しいつもよりも早めに郵便が届く。
「…はぁ…」
郵便を届けに行くだけでも気が重い…自業自得なのに…そう思いつつも桜は事務所に向かって行く。
「…失礼します、あ、もうお帰りですか?」
「あぁ、」
「これ、入れておきますか?」
「もらってく」
そういって手渡す時、少しだけ触れる指先にドキッとするのは桜だった。
「…あの…」
「悪い…」
そのまま桜の手から受け取れば無造作に鞄に入れて牧田は事務所を出る。これ程の対応は初めて出会った時から初めての事だった。
「…ッッ…しかたない、よね…」
触れた指先だけが熱を持つ。それだけで胸を苦しめていくのにどうして別れを切り出したのだろう…桜の心は少しだけツキン…と痛むのだった。
***
「くそ…大人ってどこ見て言うんだ…俺は…」
その頃の牧田は早々に運転席に乗り込んでいた。触れた指先が熱い…右手の数本だけに熱がこもる。
「…フラれたってのに…いつまで期待してるんだ…俺は…」
牧田は珍しく少しだけの期待を持っていた。もしかしたら何も今までと変わらない様に…あの話が嘘だと言わんばかりにいつも通りに屈託ない笑顔を見せてくれるのかもしれない…そうしたらもう一回自分から話しかけてみよう…そう思っていた。それでも桜の反応は余所余所しくて…
「初めてだな…こんな事ならセクハラだのなんだの言われていた…あの頃のがよっぽどよかった…」
あの日からずっと牧田の心は置き去りになっている。誰に言われるでも無く、ただ…自分の中で踏ん切りが全くつかないでいた。
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