この夢が醒めるまで──図書室から始まる恋の物語

蒼村 咲

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第22話 人質

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「ねえ、スマホ貸してくれる?」

 隣の女性がそう言ってこちらに手を向けた。GPSで居場所を突き止められないように壊されるのだろうか──そう思って一瞬躊躇する。

「あ、ロックは解除してね」

「は、はい……」

 ロックを解除させるということは、少なくとも壊すためではないらしい。私は素早く暗証番号を入力してスマホを手渡した。

「ありがと」

 言うが早いか、彼女はものすごい速さで何か文章を入力し始める。

「これでいい?」

 あっという間に終わったらしく、彼女は画面を運転席の男に見せた。男がうなずくと、彼女はこっそり私にも見せてくれる。一瞬だったけど、短文だったのでちゃんと読み取れた。

〈このスマホの持ち主は預かった
 返して欲しくば高架下に来い〉

 ここまではっきり示されてしまえばもう疑いようがない。私は人質なのだ。

「じゃ、電源は切らせてもらうね。たぶん、鬼電かかってくるだろうから」

 彼女はその言葉の通り、私のスマホの電源を落とした。そして私の制服のポケットに入れる。と、運転席のドアが開いた気配がした。

「あとは頼む」

 そう言い残し車を降りて行った男を首だけ回して見送ると、隣の女性はふっと息をついた。

「ちょっとごめんね。痛くないようにするから」

 彼女は申し訳なさそうに言って、私の肩に手をかける。そしてくるりと窓の方に向けたかと思うと、両手が後ろに引っ張られた。後ろ手に縛られているのだと感覚でわかる。でも確かに痛くはない。肌に食い込む紐や縄のようなものではなく、たぶん幅の広いリボンか何かが使われているようだ。
 この人なら大丈夫な気がして、私は思い切って口を開いた。

「……私は人質、なんですか?」

 小声だったが、間違いなく彼女の耳には届いていると思う。ややあって、「そうね」というシンプルな答えが返ってきた。

「誰を、呼び出すんですか?」

 少なくとも私の親ではないことはわかっている。親を呼び出すなら目的は身代金だろうけど、さっきのメッセージには金銭についての要求はなかった。ただ、「高架下に来い」とあっただけだ。
 何の高架の下なのかは書かれていなかったから、この場所を突き止めることが相手に与えられた問題なのかもしれない。あるいは「高架下」という言葉だけでこの場所を特定できる人物が相手か。

「……もうすぐわかるわ」

 何か逡巡があったのかはわからないけど、少し間をおいてから彼女はそう答えた。答えを教えてはくれないらしい。
 なんだか嫌な予感がした。両親以外で、私という人間が人質として機能する相手なんて、聞くまでもなく実質一人しかいない。
 その時突然、本田先輩の言葉が脳裏によみがえった。

(──! 今の今まで忘れてたのに……)

 本田先輩の言う「危ない目に遭う前に」とは、こういう状況に陥る前にという意味だったのだろうか。

(いや、でもまだ佐伯先輩が関わってるって決まったわけじゃ……)

 それでも、無差別に狙われたわけでもないのに見知らぬ二人組に車で連れ去られるなんて、私にとってはやっぱり普通じゃない。「危険な目」であることは否定できない。

(この人たち、いったい何を企んでるんだろう……)

 と、そう思った瞬間に車のドアが開いて、私は文字通り飛び上がって驚いた。

「なあ。あいつ、来ると思うか?」

 男はこちらを覗き込んでいる。どうやら私に話しかけているらしい。

「あいつって……誰、ですか……」

 震えがちな声で尋ねると、男はフンと鼻を鳴らした。

「佐伯だよ佐伯。お前あいつの女なんだろ? 来ると思うか?」

 わかってはいたけれど、はっきり言われてしまうと胸が痛んだ。私は、この人たちが佐伯先輩をおびき出すための駒なのだ。私のせいで佐伯先輩が危ない目に遭うかもしれない。私がもっと警戒してさえいれば、こんなことにはならなかったのに。

「……危険な目に遭うくらいなら来なくていい、と思います」

 つい正直に言ってしまってからはっと男の顔を確認する。と、彼は珍しい生き物でも見るような目でこちらを眺めていた。

「お前……変わってんな」

 そうだろうか。誰だって、自分のせいで身近な人が危ない目に遭うなんて嫌だと思うけど。

「ま、ある程度変な奴でもなきゃあいつと付き合うとか無理か」

 男は独り言のように言って、それからまたこちらに視線を戻した。

「もし来なかったときはお前で遊ばせてもらうことにでもするかな」

 そう言った男の目が怪しげに光る。心臓がまたどくりと嫌な跳ね方をして、私はとっさにじろぎした。

「研吾」

 私の反応を感じ取ったらしい女性が咎めるように言うと、男はおとなしく身を引いた。

「わかってるよ。冗談。……それに、どうせあいつは来るだろうしな」

 そう言い残し、男は車のドアを閉めた。その瞬間、隣の女性がふっと息をつく。

「私たちも行きましょ」

「えっ?」

 行くって、どこに?──そう尋ねる前に、彼女は車を降りて行ってしまった。と、すぐに反対側のドアが開く。私が降りやすいように、わざわざ反対側にまわってくれたようだ。

「……っ」

 両手が使えないため、くねくねと不自然な動きをしながら車を降りる。
 と、そこは確かに「高架下」だった。頭上に渡されているのは線路だろうか。日光は遮られ、まだ日は沈んでいないはずなのに薄暗い。そして周囲はフェンスで囲まれていて、外からもあまり見えないような場所だった。

(いったい、どこなんだろう……)

 隙を見て逃げ出すことができたとしても、私の足じゃ遠くまでは逃げられない。この二人にとってこの辺りがなじみの場所だとしたら、彼らに見つからずにどこか安全な場所に逃げ込むのはかなり難しいだろう。
 やっぱり、危害を加えるつもりはないと言われている以上、このまま大人しく言うことを聞いているのが最善かもしれない。

 と、電車や近くを通る車の走行音に交じってどこからか足音が聞こえてきた。
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