この夢が醒めるまで──図書室から始まる恋の物語

蒼村 咲

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第39話 違う視点

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「で、話はあなたと佐伯くんに戻るわけよ!」

 伸ばした人差し指を振りながら言う辻先生に、私はまた「へ?」と間抜けな返事をしてしまった。
 話題の飛躍について行けずに目を瞬かせていると、辻先生がふっと真面目な顔に戻る。

「詳しくは知らないけど、佐伯くんって何かいろいろ抱えてるでしょ。でも高校生であることは事実なのよ。仮に何か他の人と違うことがあっても、それで遠慮する必要はないと思うの」

 壁の向こう──佐伯先輩がいるであろうカウンターの方向を見つめながら、辻先生は言った。私はその言葉にはっとする。
 そう、佐伯先輩だってれっきとした高校生なのだ。たとえ戸籍の上では十九歳だったとしても。二年のビハインドは、佐伯先輩が選んだことではあっても、佐伯先輩のせいじゃない。

「佐伯先輩は、遠慮……してるんですか?」

 たしかに、進んで前に出るタイプというよりは、一歩下がってみんなを後ろから見守っているタイプに思えるけど。
 すると辻先生は、その顔を気持ちこちらに近づけ、さらに声を潜めた。

「あの子、今年も体育祭出なかったんでしょ。古傷のせいにしてるらしいけど、ほんとはもう何ともないんじゃないかしら。図書室での働きぶりを見ても、ハードカバーが何冊も入った段ボールも軽々運んじゃうし。それに、体育の授業は普通に出られるのに体育祭の競技には参加できないなんて、そんなことあると思う?」

 私はびっくりして辻先生を見つめた。詳しくは知らないと言ってはいたけれど、佐伯先輩の事情にかなり通じているように思える。いや、今はそれよりも……。

「佐伯先輩は、たとえば同じクラスの人たちとかに遠慮して、体育祭に出なかったんですか?」

 辻先生にならって小声で尋ねる。けれど辻先生は「さあ?」と肩をすくめた。

「本人が言ったわけじゃないし、なんなら本人は否定するでしょうね。でもほかに説明がつく?」

 辻先生が、私に答えを期待してそう言ったのではないことはわかる。でも答えようと思っても答えられなかった。
 体育祭の日、中庭で交わした佐伯先輩との会話を思い出す。自分のことを、体育祭のエースでもチーム優勝の立役者でもなく応援のしがいがないと評した佐伯先輩は、一体どんな顔をしていただろう。
 思い出そうとしたことで、私は心臓がきゅっとなるような、あのとき感じた息苦しさを感じた。

「断言はできませんけど……ありそうな気はします」

 違う学年の自分が交ざっていることで本来のエースが活躍の場を奪われる──言われてみれば佐伯先輩が嫌がりそうなことかもしれない。
 だとしたらあの瞬間、佐伯先輩はその決断と迷いのはざまで苦しんでいたのだろうか。

「ま、私たちが何を言おうと所詮は憶測でしかないけどね」

 辻先生は妙に明るく言って手をひらひらさせた。
 なんだかんだで辻先生は、佐伯先輩のことをよく見ていると思う。図書委員長である以上、他の生徒より近くにいるのは間違いないだろうけど、それだけではないと思えるくらいに。

「……辻先生」

 どうしても聞きたいことが出てきてしまって、私はその名前を呼んだ。
 辻先生は「なあに?」と首を傾げている。聞かないでいた方がいいかもしれないと迷いながらも、私は結局尋ねた。

「……もし辻先生が今高校生だったとしたら、佐伯先輩に……惹かれてたと思いますか?」

 辻先生がはっとしたように動きを止める。でもそれはほんの一瞬のことだった。もしかしたら私の気のせいだったのかもしれないと思うくらいに。

「……どうかしらね。惹かれてたような気もするし、全然興味持たなかったような気もするし。……でもただ一つ言えるのは、私が仮に今高校生で富永さんとは恋敵だったとしても、あなたはあなた、私は私ってことよ」

 辻先生はそう言ってにっこりと微笑んだ。

(あなたはあなた、私は私──…)

 どういう意味だろう、と考える。でもそれを問う前に、辻先生が立ち上がった。

「富永さん。今日はおしゃべりに付き合ってくれてありがとう」

 そろそろ仕事に戻らないといけないのだろう。私も慌てて立ち上がる。

「あなたならいつでも歓迎だから、良かったらまたいつでも遊びに来て。そして佐伯くんとの進展を聞かせて」

「はい! いや、えーと……」

 辻先生はいつの間にか、友達のお姉ちゃんの雰囲気に戻っていた。
 私は楽しくおしゃべりさせてもらったことにお礼を言い、司書室を後にする。

(……あれ?)

 図書室に戻ってくると、あんなに混雑していた閲覧席が、普段通りとはいかないまでもかなり空いてきていた。
 集中できなかったり、飽きたりで帰ってしまったのだろうか。結局、図書室で勉強するっていうのも所詮はポーズなのかもしれない。
 カウンターを見やると、中から佐伯先輩が微笑みかけてくれる。私はそれに笑みで答え、いつもとは違う、今使っている人が一番少ない机の席を選んで座った。

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