この夢が醒めるまで──図書室から始まる恋の物語

蒼村 咲

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第50話 斬新な視点?

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「いや、別に歌って踊る必要はないんじゃないかと……」

 自分でそう言った瞬間に気づく──「歌って踊る」というのはつまりミュージカル仕様ということなのだ。
 素人集団が観客を飽きさせず楽しませるためには、演技の巧みさよりも華やかさが重要なのだろう。
 なるほど、議論が行き詰まるわけだ。

 男性キャストがメインのジャンルとしては、青春ドラマや刑事ドラマが浮かぶけど、どちらもあまり舞台演劇には向かない気がする。
 こう言ってはなんだけど、たぶん、絵面が地味では「勝てない」のだ。

(華やかさ……派手さ……目新しさ……。何かしらのアピールポイントが要る……)

 このクラスの人間じゃない、部外者だからこその視点で考えなければ──そう思って私はついさっき、初めてこの教室にやってきた瞬間に思いを馳せる。

 異分子の認識からの敵意。
 そして対処への意識と動き──スパイだの曲者だのと散々な言われようだった。

(……ん? 「曲者」……?)

 そのたった一単語をきっかけに、私の脳裏には眩しく光を反射する無数の切っ先が、甲高い金属音を立ててぶつかり合う光景が浮かんだ。

「時代劇……とかどうですかね……?」

 思いついたままに言ってみる。
 と、周囲にいた人たちの目が面白いくらいに点になった。
 誰かに突っ込まれるまでもなく瞬間的に(あ、これは違ったな)とわかる。

「あ、やっぱり今のは忘れてくだ──」

「時代劇って! まさかの発想だわ」

 最後まで言い終わらないうちに、近くにいた誰かが声を上げた。
 するとあちこちで「時代劇?」「え、渋っ」などとざわめきが広がる。
 予想通りの反応があった一方で、中にはこの案を妙に気に入った人たちもいるようだった。

「やべ、さすが佐伯の彼女じゃん」

「え、で、時代劇って具体的に何やんの?」

「俺時代劇とか暴れん坊将軍しか知らないわ」

「あれは? 大奥」

「女子が足りねーよ女子が」

「てか、お前ら大河は見ないのかよ……」

 そんな言い合いが始まる中、なんとなく視線を感じて振り返ると、時田先輩が興味深そうにこちらを見ていた。

「どうして時代劇がいいって思ったの?」

 表情や声の調子から、純粋な疑問としての質問であることがわかる。
 下手なことは言えないな、と私は気持ちを引き締めた。

「ええと、毎年の雰囲気を見る限り、ミュージカル仕立ての華やかな劇に対抗しないといけないんですよね。そういう劇の強みが女子がたくさん出演することなんだったら、女子が少ないクラスとしては全く違うことをやる方がいいんじゃないかと思って……」

 そこまで言って反応を伺う。
 時田先輩は「続けて」と言うようにうなずいた。
 気づけば他の人たちからも注目されている。

「男子がたくさんいないとできなくて、かつ女子がたくさん出演するミュージカルと同じくらい派手さのある劇って考えて浮かんだのがチャンバラだったので……」

 私が言い終えると、時田先輩はふふっと声を上げて笑った。

「なるほどね。おもしろいと思うわ」

 それから、クラスメイトの方へ向き直る。

「時代劇、私は案外ありなんじゃないかと思う。あのお嬢さんの言う通り、他と同じことをやってたんじゃ勝てない」

 そう言った時田先輩の横顔は真剣そのもので、決して「クラスの女王様」ではないんだなと私は思った。

「ただ、問題は演目よ。時代劇って決めただけじゃ何も決まってないのと同じだし」

 時田先輩のその指摘は正しい。時代劇というのはジャンルに過ぎないのだから。
 すると例によって口々に意見が出始める。

「やっぱ暴れん坊将軍じゃね?」

「いや、馬どうすんだよ」

「男のロマン的には戦国武将だって! 風林火山!」

「あの、ほら、『この紋所が目に入らぬか~!』ってやつは?」

 私はそれを聞きながら、自分のクラスに思いをはせた。

 二学期になったら、きっとうちのクラスでも文化祭の出し物の相談が始まるだろう。
 そしたらこんなふうにフランクに意見を出し合ったりできるのだろうか。
 あるいはこれは、クラス替えがあるとはいえ三年間一緒に過ごした結果なのだろうか。

「佐伯くんは? 何かアイデアある?」

 時田先輩が佐伯先輩を振り返る。
 たぶん、佐伯先輩が会話に加わらなかったからだろう。
 でも佐伯先輩はこうして意見を求められでもしない限り、一歩下がったところで見守るスタンスなのだと思う。

「うーん、日本人としてはやっぱり、判官贔屓かな?」

 少し笑って言った佐伯先輩に、時田先輩は「さすがね」と満足そうに微笑んだ。
 けれど彼女以外の面々はピンと来ていないように見える。

「ホーガンビーキって何?」

「さあ……」

 判官贔屓が通じないとなると前途多難なのでは……なんてことを思っていると、隣から声をかけられた。

「香乃ちゃん、ホーガンビーキって何か知ってる?」

 私のことを香乃ちゃんと呼ぶのはあの人だけだ。

「ええと、判官っていうのは源義経のことで……」

 判官贔屓とは、判官の職にあった源義経のような不遇な人間に同情したり味方したくなったりする心情のことだ。
 でも文脈を考えると、佐伯先輩が言ったのは義経本人のことだろう。

「そう、それこそ昔大河ドラマにもなったでしょ?」

 時田先輩が言うが、上がるのは「そうなの?」、「え、知らない……」などつれない声だ。

「牛若丸と弁慶の活躍とか、兄頼朝との確執とか、静御前との……いわゆるロマンスとか、とにかくドラマのある人なの」

 そんな時田先輩の言葉を聞きながら、鵯越の逆落しや安宅の関の勧進帳などの逸話を思い出す。

「悲劇の英雄・源義経か……ありかも?」

「よし、もうアクションも恋愛も全部盛り込んで本気で大賞取りに行こうぜ!」

 方向性──というかテーマは決まりつつあるようだった。
 当日は絶対見に来なきゃと私は心に誓う。たとえ佐伯先輩がキャストとして出演することはなかったとしても。

「頼んだぞ佐伯!」

 そんな声に私は思わず目を瞬いた。
 けれど予想外だったのは佐伯先輩本人も同じだったようで、「えっ?」と声を上げている。

「うちのクラスで脚本なんか書けるのお前しかいないって!」

 異論はないのか、みんなうなずいている。
 そうだった──ここは理系クラスなのだった。

「……まじか」

 佐伯先輩はそうつぶやいて額に手を当てた。
 正直、同級生に振り回される佐伯先輩というのはものすごく貴重で、それを見られただけでも私はここに来てみてよかったと思うのだった。
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