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真夜中のバレンタインデー【前編】
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(もう、全然終わらない……!)
時計を見上げるともう夜の十時前だった。
乱暴にキーボードをたたきながら周囲を見渡す。が、フロアにはもう誰もいない。普段ならこの時間でも誰か一人くらいは残っているのに。
この静けさには訳がある。
今日は2月14日──そう、俗に言うバレンタインデーなのだ。
(嫌がらせにもほどがあるでしょ!)
私は今、定時直前になって「今日中にお願い!」と渡された書類と格闘している。
ちなみに、押し付けてきた犯人はこのオフィスで一番バレンタインに縁のなさそうな上司だ。
まあ、かくいう私もバレンタインデーに縁がない人間なのだけれど。
何人かの同僚には気の毒そうな顔をされたが、日付が日付だけに応援は頼みづらかった。
「……ふう」
作業が一段落したので息をつく。
残り三割を切り、ようやく終わりが見えてきた。Ctrl+Sでさっと保存し、座ったままでぐーっと伸びをする。
長時間同じ姿勢でいたせいか、体のあちこちが悲鳴を上げていた。
(コーヒーでも飲もう)
私はデスクに放置していたせいでもうカラカラに乾いてしまっていたマグカップを持って、給湯室へ向かった。
熱々のコーヒーを淹れ、オフィスに戻る。
「──!?」
驚きのあまり心臓が止まるかと思った。誰もいないはずのオフィスに人影がある。
その人影は、少し身をかがめて私のパソコンをのぞき込んでいた。よくよく目を凝らしてみると、その正体は同期の吉村だった。
「──え、ちょ、あんた何してんの?」
早足で近づきながら尋ねる。
吉村は私に気づくと呆れた顔で言い返した。
「佐藤こそこんな時間まで何やってんだよ──それもまたこんなタイミングで」
吉村は柱のカレンダーをちらりと見た。彼の言わんとすることを察してカチンとくる。
あまり認めたくはないけれど、吉村はモテる──私と違って。
きっと今日だって、文字通り抱えきれないような量のチョコレートをもらったに違いない。
「……ほっといてよね。あんただって彼女とデートじゃないの?」
私は言いながら吉村を押しのける。
画面をのぞき込んでいたせいで、絶妙に邪魔な場所にいるのだ。
「……忘れ物取りに来ただけだよ」
そんな声とともにパソコンの起動音が聞こえてきた。
驚いてはっと振り返る。と、吉村が手を出してきた。
「何? この手……」
訝しく思って見上げると、吉村は例によって呆れた顔をした。
「それ、半分貸して」
そう言って件の書類を指さす。手伝うということらしい。
「え、いいよそんな」
私はもちろん固辞した。忘れ物を取りにきただけなのに残業に巻き込んでしまってはさすがに気の毒だ。
が、吉村は私の言葉を無視して何束か持っていってしまう。
「あ、ありがと……」
なんとなく気まずくて、私はぼそっと言った。
聞こえたのか聞こえなかったのか、吉村は何も言わない。
しばらくするとキーボードをたたく音が聞こえてきた。
(ほんとに手伝ってくれるんだ……)
キーボードの音を背に私も作業を再開する。
私の同期は、なんだかんだ言っていいやつらしい。
(そりゃモテるよなぁ……)
そんな考え事をしながらも手は止めない。
吉村が手伝ってくれていることで、一時間くらいは早く終われそうな気がする。
これなら終電にも間に合いそうだ。
斜め後ろにある吉村の席をちらりと振り返る。
黙々と作業を進めているようだ。書類をめくる音、キーボードをたたく音だけが響く。
すらりと背が高く、それでいてヒョロさを感じさせない程度に身に着いた筋肉。
仕事もそこそこできて顔も悪くない。わが同期ながらなかなかの優良物件だと思う。
(それに対して私はこのざまだもんなぁ……)
バレンタインデーに一人オフィスで残業。彼氏どころか、チョコを渡したい相手もいない。
ため息がこみあげてくる。
「……ふぅ」
ため息に聞こえないよう意識して息をついた。
こんな時間に仕事を手伝わせてしまっている申し訳なさと疲れも相まって、思考が卑屈になってくる。いけない、と私は頭を振った。
(とりあえず今はこれを片付けることだけ考えよう)
ゆっくり息を吐いて集中する。もう少しだ。
時計を見上げるともう夜の十時前だった。
乱暴にキーボードをたたきながら周囲を見渡す。が、フロアにはもう誰もいない。普段ならこの時間でも誰か一人くらいは残っているのに。
この静けさには訳がある。
今日は2月14日──そう、俗に言うバレンタインデーなのだ。
(嫌がらせにもほどがあるでしょ!)
私は今、定時直前になって「今日中にお願い!」と渡された書類と格闘している。
ちなみに、押し付けてきた犯人はこのオフィスで一番バレンタインに縁のなさそうな上司だ。
まあ、かくいう私もバレンタインデーに縁がない人間なのだけれど。
何人かの同僚には気の毒そうな顔をされたが、日付が日付だけに応援は頼みづらかった。
「……ふう」
作業が一段落したので息をつく。
残り三割を切り、ようやく終わりが見えてきた。Ctrl+Sでさっと保存し、座ったままでぐーっと伸びをする。
長時間同じ姿勢でいたせいか、体のあちこちが悲鳴を上げていた。
(コーヒーでも飲もう)
私はデスクに放置していたせいでもうカラカラに乾いてしまっていたマグカップを持って、給湯室へ向かった。
熱々のコーヒーを淹れ、オフィスに戻る。
「──!?」
驚きのあまり心臓が止まるかと思った。誰もいないはずのオフィスに人影がある。
その人影は、少し身をかがめて私のパソコンをのぞき込んでいた。よくよく目を凝らしてみると、その正体は同期の吉村だった。
「──え、ちょ、あんた何してんの?」
早足で近づきながら尋ねる。
吉村は私に気づくと呆れた顔で言い返した。
「佐藤こそこんな時間まで何やってんだよ──それもまたこんなタイミングで」
吉村は柱のカレンダーをちらりと見た。彼の言わんとすることを察してカチンとくる。
あまり認めたくはないけれど、吉村はモテる──私と違って。
きっと今日だって、文字通り抱えきれないような量のチョコレートをもらったに違いない。
「……ほっといてよね。あんただって彼女とデートじゃないの?」
私は言いながら吉村を押しのける。
画面をのぞき込んでいたせいで、絶妙に邪魔な場所にいるのだ。
「……忘れ物取りに来ただけだよ」
そんな声とともにパソコンの起動音が聞こえてきた。
驚いてはっと振り返る。と、吉村が手を出してきた。
「何? この手……」
訝しく思って見上げると、吉村は例によって呆れた顔をした。
「それ、半分貸して」
そう言って件の書類を指さす。手伝うということらしい。
「え、いいよそんな」
私はもちろん固辞した。忘れ物を取りにきただけなのに残業に巻き込んでしまってはさすがに気の毒だ。
が、吉村は私の言葉を無視して何束か持っていってしまう。
「あ、ありがと……」
なんとなく気まずくて、私はぼそっと言った。
聞こえたのか聞こえなかったのか、吉村は何も言わない。
しばらくするとキーボードをたたく音が聞こえてきた。
(ほんとに手伝ってくれるんだ……)
キーボードの音を背に私も作業を再開する。
私の同期は、なんだかんだ言っていいやつらしい。
(そりゃモテるよなぁ……)
そんな考え事をしながらも手は止めない。
吉村が手伝ってくれていることで、一時間くらいは早く終われそうな気がする。
これなら終電にも間に合いそうだ。
斜め後ろにある吉村の席をちらりと振り返る。
黙々と作業を進めているようだ。書類をめくる音、キーボードをたたく音だけが響く。
すらりと背が高く、それでいてヒョロさを感じさせない程度に身に着いた筋肉。
仕事もそこそこできて顔も悪くない。わが同期ながらなかなかの優良物件だと思う。
(それに対して私はこのざまだもんなぁ……)
バレンタインデーに一人オフィスで残業。彼氏どころか、チョコを渡したい相手もいない。
ため息がこみあげてくる。
「……ふぅ」
ため息に聞こえないよう意識して息をついた。
こんな時間に仕事を手伝わせてしまっている申し訳なさと疲れも相まって、思考が卑屈になってくる。いけない、と私は頭を振った。
(とりあえず今はこれを片付けることだけ考えよう)
ゆっくり息を吐いて集中する。もう少しだ。
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