2 / 3
真夜中のバレンタインデー【後編】
しおりを挟む
「やっと終わったー……」
思わず机に突っ伏しそうになる。が、慌ててCtrl+Sで保存する。
上書き保存が確認できたところで、私は思いっきり伸びをした。
「終わったか?」
後ろから声がかかる。
「うん、おかげさまで」
振り返ると、ちょうど吉村が立ち上がったところだった。向こうも終わったらしい。
「じゃあこれ。データはお前の社内アドレスに送っといたから」
吉村はそう言って、私に書類の束を差し出した。
「……ありがと。ほんと助かった」
私は心からそう言って受け取った。
「あとはファイル統合だけだろ?……これ、ついでだから洗ってきてやるよ」
私が返事をする前に、吉村は私のマグカップを持って行ってしまった。
(ついでって、何の? 手でも洗うのかな?)
少し気になったが、まずは仕事を終えるのが先だ。
吉村から届いたファイルを統合し、微修正を施す。そして最終確認。
問題なかったので、そのまま先方に送信した。
〈送信しました〉
画面に表示される文字を確認する。これで何とか上司の言いつけ通りに仕事が片付いた。
もしまた似たようなことがあったら、その時こそ辞めてやると心に誓う。
「──お疲れ」
すぐ横で吉村の声がした。
いつの間にか戻ってきていたらしい。
「……ほんと、この度はお手数をおかけしました」
少々わざとらしいとも思いつつ、私は彼に頭を下げた。
と、吉村の咳払いが聞こえる。
顔を上げてみると、私のデスクの端に何かがちょん、と置かれるのが目に入った。
「……深夜まで残業の佐藤さんに、ささやかながら差し入れを」
それは小ぶりな白い箱だった。
真っ赤なリボンがかけられている。この配色はいかにも──
「……やっぱり、モテ男さんは食べきれないくらいもらうのね」
私は小さくため息をついた。
きっと、自分にとっての本命チョコ以外は家族とか友達とか、害のなさそうな相手に配っているんだろう。
他人に横流ししてるなんて贈り主にばれたら修羅場だろうし。
私がこうやっておすそ分けをもらえたのは、こいつなら誰かに言いふらしたりしないだろう、という信用からなのかもしれない。
吉村から返答はなく、代わりにため息が聞こえてきた。
「……どうだかな。──でも、食べ物は粗末にすんなよ」
そう言うと吉村はコートを手に取った。
羽織りながらパソコンをシャットダウンしている。
「あ、うん……。ありがとう」
ワンテンポ遅れてそう言うと、吉村は「おう」と答えた。
「それじゃ、お先。お前も気を付けて帰れよ」
そう言い残してオフィスを出ていく。
私は残された箱に視線を戻した。
おすそ分けとはいえ、まさかバレンタインデーに男性からチョコレートをもらうことになるとは……。
念を押されるまでもなく食べるつもりだったけれど、少し不安になってきた。
(ハート型に“LOVE”みたいな手作りのチョコとかだったらやだな……さすがに食べにくいし)
無意識に顔をしかめてしまう。
家までこのモヤモヤを引きずるくらいならと、もう思い切ってここで開けてしまうことにした。きれいに結ばれたリボンをほどく。
「──えっ」
思わず声が出る。
箱の中身はチョコレートではなかった。もちろん、“LOVE”とも書かれていない。
(これは……)
箱から出てきたのは、手のひらサイズの苺のタルトだった。
ホワイトチョコの小さなプレートが載っている。そこにブラウンのおしゃれなフォントでプリントされていたのは──…
「Happy……Birthday……」
はっと時計を見上げる。ちょうど、長短両方の針が12を指していた。
日付が変わり、2月15日──私の誕生日になったのだ。
(自分でも忘れてたのに……)
今日は丸一日ずっと忙しすぎて、そんなことまで気が回らなかった。
それなのに吉村は覚えていてくれたのだ──いち同僚に過ぎない私の誕生日を。
(おすそ分けなんかじゃなかった……お祝い、だったんだ……)
自然に笑顔がもれた。
ふと彼の言葉を思い出す。
(ついでって、これを取りに行くついでだったのね……)
冬場とはいえ、ケーキ類は要冷蔵だ。給湯室の冷蔵庫に入れてあったのだろう。
マグカップを洗ってくれたのも、私が早く帰れるための配慮だったのかもしれない。
(来週、ちゃんとお礼言わなきゃ)
私はそっと箱を戻し、元通りリボンで結んだ。
斜めにならないよう気を付けながら、バッグに滑り込ませる。
終電は15分後だ──今出れば、少し余裕を持って着けるだろう。
いつもは乱暴に肩にかけてばかりのバッグだけれど、今日はそっと手に提げる。
帰ったらお気に入りの紅茶と一緒にいただこう。
私は残業の疲れも忘れ、軽やかな足取りでオフィスを後にした。
思わず机に突っ伏しそうになる。が、慌ててCtrl+Sで保存する。
上書き保存が確認できたところで、私は思いっきり伸びをした。
「終わったか?」
後ろから声がかかる。
「うん、おかげさまで」
振り返ると、ちょうど吉村が立ち上がったところだった。向こうも終わったらしい。
「じゃあこれ。データはお前の社内アドレスに送っといたから」
吉村はそう言って、私に書類の束を差し出した。
「……ありがと。ほんと助かった」
私は心からそう言って受け取った。
「あとはファイル統合だけだろ?……これ、ついでだから洗ってきてやるよ」
私が返事をする前に、吉村は私のマグカップを持って行ってしまった。
(ついでって、何の? 手でも洗うのかな?)
少し気になったが、まずは仕事を終えるのが先だ。
吉村から届いたファイルを統合し、微修正を施す。そして最終確認。
問題なかったので、そのまま先方に送信した。
〈送信しました〉
画面に表示される文字を確認する。これで何とか上司の言いつけ通りに仕事が片付いた。
もしまた似たようなことがあったら、その時こそ辞めてやると心に誓う。
「──お疲れ」
すぐ横で吉村の声がした。
いつの間にか戻ってきていたらしい。
「……ほんと、この度はお手数をおかけしました」
少々わざとらしいとも思いつつ、私は彼に頭を下げた。
と、吉村の咳払いが聞こえる。
顔を上げてみると、私のデスクの端に何かがちょん、と置かれるのが目に入った。
「……深夜まで残業の佐藤さんに、ささやかながら差し入れを」
それは小ぶりな白い箱だった。
真っ赤なリボンがかけられている。この配色はいかにも──
「……やっぱり、モテ男さんは食べきれないくらいもらうのね」
私は小さくため息をついた。
きっと、自分にとっての本命チョコ以外は家族とか友達とか、害のなさそうな相手に配っているんだろう。
他人に横流ししてるなんて贈り主にばれたら修羅場だろうし。
私がこうやっておすそ分けをもらえたのは、こいつなら誰かに言いふらしたりしないだろう、という信用からなのかもしれない。
吉村から返答はなく、代わりにため息が聞こえてきた。
「……どうだかな。──でも、食べ物は粗末にすんなよ」
そう言うと吉村はコートを手に取った。
羽織りながらパソコンをシャットダウンしている。
「あ、うん……。ありがとう」
ワンテンポ遅れてそう言うと、吉村は「おう」と答えた。
「それじゃ、お先。お前も気を付けて帰れよ」
そう言い残してオフィスを出ていく。
私は残された箱に視線を戻した。
おすそ分けとはいえ、まさかバレンタインデーに男性からチョコレートをもらうことになるとは……。
念を押されるまでもなく食べるつもりだったけれど、少し不安になってきた。
(ハート型に“LOVE”みたいな手作りのチョコとかだったらやだな……さすがに食べにくいし)
無意識に顔をしかめてしまう。
家までこのモヤモヤを引きずるくらいならと、もう思い切ってここで開けてしまうことにした。きれいに結ばれたリボンをほどく。
「──えっ」
思わず声が出る。
箱の中身はチョコレートではなかった。もちろん、“LOVE”とも書かれていない。
(これは……)
箱から出てきたのは、手のひらサイズの苺のタルトだった。
ホワイトチョコの小さなプレートが載っている。そこにブラウンのおしゃれなフォントでプリントされていたのは──…
「Happy……Birthday……」
はっと時計を見上げる。ちょうど、長短両方の針が12を指していた。
日付が変わり、2月15日──私の誕生日になったのだ。
(自分でも忘れてたのに……)
今日は丸一日ずっと忙しすぎて、そんなことまで気が回らなかった。
それなのに吉村は覚えていてくれたのだ──いち同僚に過ぎない私の誕生日を。
(おすそ分けなんかじゃなかった……お祝い、だったんだ……)
自然に笑顔がもれた。
ふと彼の言葉を思い出す。
(ついでって、これを取りに行くついでだったのね……)
冬場とはいえ、ケーキ類は要冷蔵だ。給湯室の冷蔵庫に入れてあったのだろう。
マグカップを洗ってくれたのも、私が早く帰れるための配慮だったのかもしれない。
(来週、ちゃんとお礼言わなきゃ)
私はそっと箱を戻し、元通りリボンで結んだ。
斜めにならないよう気を付けながら、バッグに滑り込ませる。
終電は15分後だ──今出れば、少し余裕を持って着けるだろう。
いつもは乱暴に肩にかけてばかりのバッグだけれど、今日はそっと手に提げる。
帰ったらお気に入りの紅茶と一緒にいただこう。
私は残業の疲れも忘れ、軽やかな足取りでオフィスを後にした。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
密会~合コン相手はドS社長~
日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる